全てはこのためだったのかと、でも納得は出来ない。
床へ倒れた協主が、肩で息をしながら虚ろな視線を勇者へ向ける。
「何、をしたのです、か」
「リーパーから聞いた。魔法石を取り込んで、そうなってしまったんだって。だから魔法石を斬るって思いを込めたんだ」
勇者は困ったように口元を歪めて、
「どこにあるかわかんなかったから、全部斬るって思いながら剣を刺したんだ」
と手元の柄を見て苦笑いを零した。
もう慣れてはきたけど、躊躇わずに刺すとか相変わらず怖い奴である。
「ワタシの悲願、は、終わる、のか」
「協主……」
「幼いまま死んだ弟の為に、ワタシは、そうだワタシは……」
うわ言のように、協主は何度も何度も「そうだ、そうだ」と呟いている。そんな協主に、勇者はそれ以上何かするつもりはないのか、懐から薬草を取り出すと、動けない魔法使いと武闘家へ渡した。
それをかじって、少しは動けるようになった魔法使いが、勇者に呆れた笑みを向ける。
「ほっといていーのか、あれ」
「たぶん、もう再生出来ない。僕が何かする必要はないよ」
「勇者さん……」
魔法使いに助け起こされた武闘家が、ふらつきながら未だに文字が流れる絵に視線を向けた。
今すぐどうにかなるものじゃないだろうけど、なんにしろ僕たちでどうにか出来るものでないことも確かだ。
「うん。上に向かって、魔法剣士さんたちと合流しよう!」
勇者に頷いて、皆が部屋を出ようとした時。
魔法石を壊されたはずの自動人形たちが、ギギギという耳障りな音を立てながら動き出した。もちろんお腹に穴が空いたままだ。てか手足があらぬ方向へ曲がっていて気持ちが悪い!
「もう、いい……」
身体が半分灰になりかけている協主が、ゆらりと立ち上がって、生気の無くなった目で天井を見上げた。
「どうせ消えるのです。なら貴方がたも一緒に見届けようではありませんか」
協主が自動人形に手を向ける。キラキラと微かに光る明かりが注がれていく。
すると自動人形が形を戻していった!
「なんつーめんどくせーことしてんだ」
「皆、僕に任せて!」
言うが如し、勇者が刀身の無くなった剣を構えるけれど、そこから現れた虹色の剣はさっきより少し弱々しい。
「さぁ、最高の最期を迎えましょう!」
協主の言葉に応えるように、自動人形たちが僕たちを見る。集まっていく光を見て、流石の勇者も顔をしかめたその時、
「少年、待たせたね!」
と何かが(いやわかるんだけど)目の前を横切った!
バタバタと倒れていく自動人形たちに、ドヤ顔を決めているのはもちろん魔王だ。
「魔法剣士さん!」
「全く駄目じゃないか。勇者なら最後まで気を抜いちゃ」
顎に手をやって、満足そうに頷く魔王。その背後に、別の自動人形が迫ってるのに気づいてない!
「後ろ後ろ!」
「へ?後ろ……?」
振り返った魔王と自動人形の視線がぶつかる。
「あ、あぁ、どうも。おらぁ!」
引きつった笑いをした後、魔王が自動人形のお腹に細剣を突き立てた。力を無くしたように光が消えるのを確認して、魔王は入口に向かって手を振った。
「まいちゃあん、遅いぞ!」
「うぜぇ。きめぇ。消えろ」
「酷くない!?」
優雅に入ってきたのは舞手だ。
続いて入ってきたリーパー、お嬢、戦士を見て、勇者の頬が綻んだ。
「無事だったんですね!」
魔王が「お陰でね」と爽やかに笑う。見栄を張りたいのか張り切れないのか、はっきりしてほしい。いや、もうどっちでもいいか。
文字が流れる絵を見ていたリーパーが、何かを思い出すように文字を追っている。
「剣士たちは!?」
「人形使いくんの消費が激しかったから、先に船に戻ってもらったよ。何かあると大変だしね」
何か、の部分を強調してから、魔王は「さて」と協主に目を向けた。
「俺は少年ほど優しくない。協主、お前が俺から奪ったもの、その全てを償ってもらう」
「……償う?何を血迷ったことを……。今こそ叶える時です!さぁ、動きなさい!伝承の中枢機構!」
協主が懐から出したのは短剣だ。それを後ろの“キコウ”に開いている穴へ刺すと、それを思いきり下げた!
「中枢、機構?」
文字を読んでいたリーパーが言葉を繰り返し、それから思い出したように「そ、それは!」と協主を見た。
「協主、やめるんだ!これはキミの思っているものじゃない!」
「そう言われてやめるとでも!?」
リーパーのいつもとは違う必死さに、魔王だけでなく全員の顔に緊張が走る。
「六十」
突然響く無機質な声。
「そ、そんな、まだ動くだなんて……」
元々血の気がない(生きてるのかは疑問だけど)顔から、更に血の気が引いていくように見えて、魔王が堪らずリーパーの肩を掴んだ。
「リーパー、これはなんだ!?止めれるなら止めてくれ!」
「無理なんだ……。これは一旦動き出したら役目を終えるまで止まらないんだ……」
そんなヤバいものだったの!?
焦る僕たちに、どこからともなく「五十三」と感情のない声が聞こえてきた。
「なんだ?爆発でもすんのか!?」
「大変です、早く出ましょう!」
僧侶がエルを慌てて肩車する。
魔法使いも武闘家に肩を貸した。
「三十二」
「いきなり飛んだぞ、どうなってんだもやし!」
「リーパー殿、本当にどうにもならないのか!?」
舞手と戦士がリーパーに詰め寄るけれど、リーパーは弱々しく首を振るだけだ。
「これは、このシステムは、国民全員に対するものだから、そう安々と止められない。しかもここは出入りする類の魔法に制限がかかるんだ……」
「十五」
「なら指輪を使って船で逃げよう!」
勇者が指輪を高く掲げる。
けれど最後の力とばかりに、協主が「木芽風」と魔法を使った。それは最下位の魔法だったけれど、勇者の指輪を割るには十分な威力だった。
「くっ……」
「逃がすわけがないでしょう!一緒に、一緒に見届けましょう!」
身体の右半分を失くしたままでもわかるくらい、協主はにたりと狂った笑いを僕たちに向けてきた。
「二」
「も~、駄目なのです~!」
エルが目を瞑って僧侶の頭にしがみつく。
全員が、息を呑んだ。
「四十四」
「は?」
いきなり増えた数字に、最初にマヌケな声を上げたのは魔法使いだ。続いて「七十一」と聞こえて、武闘家が少し考えてから、
「もしかして、規則性がない、とかですか……?」
「まずいまずいまずいまずいまずいまずい」
「おいもやし、何がまずいんだ!」
誰の言葉も耳に入っていないのか、リーパーはただ「まずい、やばい、どうしよう」の三拍子しか言わない。いつも冷静なリーパーのその姿に、あの魔王ですら「リーパー!」と声を荒らげたほどだ。
と、急に軽快な音楽が鳴り始めて、文字が並んでいた絵に、突然動く人が現れた。絵が動いてるの!?それとも中に人でも住んでるの!?
誰も(リーパーは違うと思うけど)理解出来ないまま、その絵の男女、いや女の人が『皆さん、こんにちは』と笑いかけてきた。黒髪の美人なお姉さんだ。魔法使いが鼻の下を伸ばすのを見て、武闘家が容赦なく頬をつねった。
『第十回、虹の国伝統企画、大ビンゴ大会!中間発表の時間です!皆さん、楽しんでますかぁ?』
『……はぁ。楽しんでるのはキミだけだろ。ボクは早く帰って研究を』
『こぉら。司会なんだからそんなこと言わないんですよ!』
女の人の隣で、大層不機嫌に顔をしかめる奴。興味がないとばかりに手元の分厚い本に目を落としている。
見た目は若いし、髪色だって今と全然違って黒色だけど。間違いない、あれは……。
「リッくん?」
「あああぁぁ……」
お嬢がリーパーと、絵のリーパー(?)を交互に見る。お嬢だけじゃない。僕たちも何度か見比べてから、ほとんど血の気がないリーパーに説明を求めるように視線を送った。
「な、なな、なんですかこれは!中枢にある、伝承の、高位の錬金術士だけが知る機構は一体どこに……」
「だからボクは言ったんだ……。“キミの思ってるものじゃない”と」
リーパーが絵を見る。黒髪の奴は、今よりもずっとずっと若く、たぶん苦労も、挫折も、戸惑いも何もないのがよくわかる。絵の中で二人は何度かやり取りした後、また機械的に数字が読まれ始めた。
「キミもここにいたなら覚えてるだろう?年に二度行われる企画、大ビンゴ大会。最初にビンゴした者は、国王に願いを叶えてもらえるという大会を」
「ぁ、あぁ……、それでは高位の錬金術士しか知らない中枢機構というのは……」
「不正をされては堪らないからね。ここで管理、保管をしていた。お陰様で、ボクらは大会には関与せず毎回司会をしていたんだ」
なんとも悲しい真実である。まぁ、二人の言う“びんご”が何かはこの際置いておいて、嗚咽に近い声を漏らす協主に同情しないことも、ないかもしれない。
『おっと!ビンゴが出たようですよ!』
『ふぅん』
『もぉ、顔はいいんですからもっと笑いましょうよ!知ってます?錬金術士だけじゃなくて、国民からの人気もすごいんですよ?あ、そうだ!笑わないなら昨日のベッドの話をしちゃいますよぉ?』
『誤解を招く言い方はよしてくれ。あれはキミが眠れないから薬を』
『盛られたんですよぉ。乱れた私、どぉでしたかぁ』
『違う、断じて違う!あぁもう終わったんだろ?ボクは帰らせてもらうよ』
苛ついた様子のリーパー(たぶん)は、乱暴に席を立つと絵から消えてしまった。女の人も何か二言三言話した後、リーパー(たぶん)を追いかけて消えてしまった。
気まずい空気だ。
愕然とした協主が床に倒れ込む。
「ワタシは、こんなものの為に。生を捨てたというのですか」
「あのぉ、人の村焼いといてそれはないんじゃない?」
「あぁ、同胞よ、弟よ。どうかワタシを許しておくれ……」
「あのちょっと、俺の話無視?あれこの感覚懐かしい、やだ泣きそう」
魔王のツッコミを散々無視して、協主は力尽きたように動かなくなった。サラサラと灰になっていく姿と、たまに入る明るい効果音が絶妙に合っていない。
「で。キミもいい加減観念したらどうだい?」
「リッくんそんなことよりベッドってどういうこと」
空気を読まないお嬢をとりあえず置いといて、ため息をつくリーパーに呼応するように、協主の残った指先がピクリと動いた。
「ヒッ、ヒヒッ。あの協主、俺っちを舐めすぎたようだなぁ」
「吸血鬼!?」
身構える勇者を抑えたのは魔王だ。魔王は静かにと示すと、ただただ黙ってリーパーを見つめた。リーパーは、もう顔と少しの上半身しか残っていない吸血鬼の元まで歩いていくと、その傍らに膝をついた。
「大人しいキミと話すのはどれくらいぶりかな。封印する時まで、キミは騒がしかったからね」
「ヒヒッ、よく言う、ぜぃ。この“死神”が」
「まぁ、否定はしない。特にキミに対してはね。あぁそうだ、協主に一泡吹かせたようで、実にキミらしいと思ったよ」
嫌味な言い方だけど、なんだろう、この二人はそれが自然な気がした。
「さて吸血鬼。キミの魔法石、今度こそ頂こうと思うんだけど」
「勝手にしやがれ。そして今度こそ、化け物に成り果てろ。一生終わらない一生を、後悔と罪にさいなまれながら生き続けろ……!」
「あぁ。全くだ」
「ねぇ……、リッくんどういうこと……?」
ふっとリーパーが口元を優しく歪めて、それから頭しか残っていない吸血鬼を持ち上げる。そして、
瞳に指を突っ込んだ。
ぐちゅりと音がして出てきたのは、蒼白く光る手のひらサイズの石だ。石を取り出した瞬間、かろうじて形を保っていた吸血鬼の顔が灰になる。
リーパーはその石を口元に持っていき、それを飲み込んだ。少し苦しそうな声がしたけれど、リーパーはすぐにいつもの穏やかな笑みを僕たちへと向けてくれた。
魔王が「お疲れ」と苦笑いして、協主が刺した短剣の近くまで歩いていく。
「……さて、と。この短剣は元々俺の村のだし、返してもらいますかね」
そう言って、魔王が“キコウ”に刺さったままの短剣に手を伸ばす。
「ゆうくん待って!」
「へ?」
魔王が短剣を抜く。何かけたたましい音が鳴り出して、部屋全体が赤く光りだした。
「え?何?何?」
魔王が狼狽える中、入口の扉が突然開いたかと思うと。
大量の水が入ってきた!
「えええええ!?」
そんな誰かの叫び声は、すごい勢いで押し寄せてきた水と一緒に押し流されてしまった――。
「ねぇリッくん、だからどういうこと……?」
うんお嬢、空気読もうよ。