ハローハロー、過去の自分は元気かい?
閉まった扉の向こうでは、激しい攻防の音が聞こえてくる。武闘家が「やっぱり戻りましょう」と言うのを、勇者が首を横に振って跳ね除けた。
「皆さん死んじゃうかもしれないんですよ!?」
「剣士たちなら大丈夫だよ。だって、一緒に戦って、一緒に逃げて、一緒に来たんだ。帰るのも一緒になるよ!」
無茶苦茶なことを言う勇者。でもなんでかな、こいつが言うと“そうに違いない”と思えてくる。きっと不思議な魔法に違いない、侮れないな、勇者……。
まだ不安そうに俯く武闘家の頭を、魔法使いがぐしゃぐしゃと撫でた。もちろん武闘家は抗議するけれど、そんなものお構いなしだ。
「最強の魔法使いがいるんだぜ?必ずなんとかさせるさ」
「魔法使いさん……。えぇ、そう、ですね。そうですよね!」
元気、とは言えないけれど、それでもなんとか明るく笑う武闘家。魔法使いはそれに少しだけ笑ってから「んで」と建物の中をぐるりと見回した。
「随分ひれー場所だな。ここが“学院”か?」
いくつかの窓口と、それから案内板。奥には丸い床がいくつかあって、なんだか動きそうな感じがする。
「学院の玄関てところかな。ここ、小高い丘の上にあっただろう?あの床に乗ると、下へ向かうようになっていて、それで各階層に行けるようになっているんだよ」
「魔法剣士さんは来たことあるんですか?」
「俺だけじゃないよ。そうだな、機会があれば君も観光してみるといい」
魔王は意地悪く笑ってから、奥の丸い床に向かう。同じ床に四天王たちが乗るのを見てから、僕たちは隣の床へ乗った。
「これは同じ場所に行きますか?」
「もちろん。なぁ、リーパー」
「……わかったよ」
リーパーがため息と共に、空中に浮かび上がった光に触れる。魔王たちの乗っている床に続いて、僕たちの床もゆっくりと下がり始めた。
その床は、外で見た透明の筒?みたいな中を下がっている。丘の中を下がっているのなら、地面の中にいるはずなのに、周囲はまるで海の中みたいにたくさんの水で満たされている。
「これは一体……」
「綺麗なのです~」
不思議がる勇者と、目をキラキラさせているエル。そんな僕たちを見て、魔王がどこか悲しそうに微笑んでいた。
「魔法、剣士さん……?」
「少年。いいかい、よく聞くんだ」
「何を……」
聞き返そうとする勇者は、けれどそれ以上言えなかった。余りにも魔王が、真剣だったから。
「最下層に奴らはきっといるだろう。けれど動いている人形たちを見るに、どうやら内部の防衛機構を動かしてしまったらしい。ムカつくことにね。それで、だ。俺らはそれを止めてこようと思う」
「止めるって、どうやって……」
「機構そのものに干渉するんだ。余り詳しく言うとなんだけど、ま、生きて帰れたらまたイカ焼きを食べようじゃないか」
勇者が筒を殴りそうな勢いで、魔王たちが乗っている床に身を乗り出した。もちろん届かないし、落ちることもない。
「それなら僕たちが……!」
「リーパーしか操作が出来ない。それから、魔法力のない子にも無理だ。早くしないと剣士くんたちも危ないしね」
爽やかに笑う魔王。
魔王たちの乗る床が止まって、筒に扉が現れる。五人が扉の先に消えていくのを、僕たちは下がり続ける床から見ていることしか出来ない。
「少年。後は、頼んだよ」
扉が閉まる寸前に見えたのは――。
※
本当は足が震えそうなんだ。
でも俺は見栄っ張りだから。
ヘタレだし、戦いなんて嫌いだし、強くもなんてなりたくなかったけど。
「でも来ちゃったからさぁ、しょうがないじゃないかぁ……」
扉が閉まった途端に足は震えてきて、俺は情けないけどへたり込みそうになる。
情けないなぁ。俺は魔王なのに。
「ったく。変わったんだか変わってないんだか」
「もう。いつまで経ってもゆうにぃは情けないんだから」
「でもそんな彼だから、キミたちもついてきたんだろう?」
ため息を漏らしつつも、苦笑いをしてくれる義妹。本当は彼女だって怖いはずなのに、それを見せることは少なくなってきた気がする。
「本当は少年たちも、剣士くんたちも、返したかったんだよぉ。関わらせたくなかったのに。俺はこれ以上、零したくないのに……」
「うむ。貴殿がそう考えているのはわかっていた」
「戦士だって家族いるし、義妹はやっと普通の生活出来るようになってきたし、リーパーだって隠居したいだろうし。俺のせいで……」
「オレのことは考えてねぇのかよ」
間髪入れずに話に入ってきた舞手に、俺は「うん」と素直に頷いた。
「まいちゃんは彼女いっぱいいるからいいや」
「あぁそうかよ、勝手に言ってろ」
舞手は舌打ちをする。それに戦士が苦笑いをして、義妹が「おにぃ口悪い」と漏らす。それを穏やかに見ていたリーパーが、俺の肩を優しく叩いた。
「ゆうくん。今更、なんだよ」
「今更?」
「キミが上手いことやれない人間だって、今更ってこと。それでもキミは、自分に嘘をついてまで振る舞ってきただろう?ね、ボクたちの“勇者”くん」
ふわりと笑ってくれたリーパーが「さ、行こう」と歩き出す。
「ゆうにぃ。アタシね、ゆうにぃみたいなお兄ちゃんが出来て、すごく幸せ。パパやママの代わりに、村の皆の代わりに、アタシを愛してくれた皆が、アタシは大好きだよ」
無邪気な笑顔を俺に見せて、義妹はリーパーの後ろを追い出した。
「“勇者”殿」
「俺は勇者じゃ……」
「貴殿は間違いなく“勇者”である。そうでなければ、誰が好き好んで魔王と成ろうか。人に嫌われるというのは、存外響くものであるからな」
豪快に笑う戦士は、最後まで普段通りに過ごすらしい。俺は未だに情けないままだというのに。
歩き出せないでいる俺の肩に、急に重みが感じられる。舞手が腕を置いて、先に行く仲間たちを眺めていた。
「……本当は、逃げ出したい」
「じゃ、逃げるか?あいつらも追いはしないぜ?」
「でも投げ出したくないんだよ。ははは。俺は迷ってばかりだ。少年や剣士くんみたいに、仲間の為って、皆の為って先頭を歩けたらいいのに……。情けないなぁ、情けないよ」
自分の両手を見つめる。
昔と比べると少し大きく、傷が多くなった手は、でもあの日から変わらず震えるばかり。
ふと肩が軽くなった。
舞手が俺から離れて、皆の後を追い出したからだ。
「全員そうだろうよ。迷わない奴はいない。だからこそ、全員が自分の意思で決めて立ってんだ。よく考えてもみろ。お前が連れて行くって言ったとして、なんで誰も拒否んねぇんだよ、阿呆」
「まいちゃん……」
未だに震える両手で、俺は自分の足を叩いた。次に顔も叩いた。
「み、皆!しゅ、集合!」
「集合って……、もやしは先行っちまってるぞ」
「あああもう!待って待って、聞いて!」
俺はあわあわしながらなんとか早足で歩いて、戦士の前に出た。そして先頭を歩くリーパーに「集合!」と叫んだ。
止まって振り返ってはくれたけど、こっちに来るつもりはないらしい。仕方ないからリーパーのところまで小走りで集まる。
「ま、魔王軍に、命令だ……!」
緊張で息が切れる。でも言わなきゃいけないから、声が震えそうになるのを押さえつける。
「我ら魔王軍!未来ある少年たちの為、未だに泣き続ける生き物の為。その力を結集し」
「なげぇ。早くしろ」
「最後くらい決めさせてよぉ!と、とにかく皆、やり遂げよう!」
拳を上げたのは俺だけだったけど、皆の表情を見れば答えはわかってる。
「もちろん、我が主」
「仕方ないわね、魔王様」
「魔王殿に従うまでだ」
「頑張ろうぜ、魔王」
俺は「ノリ悪いなぁ」とあの日から変わらない返事をして、そして歩き出した。
過去の自分たちから、未来の少年たちに繋げる為に。