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迷霧の戦い。

 ※ 



 その昔。

 どれくらい昔かは忘れたんだけど。


 まだ人間だった頃の話だ。


 他の国より小さな、本当に小さなその国は、傷を癒す力――奇跡の魔法を扱える王族と、そして上級貴族と呼ばれる錬金術士(アルフィリスト)や王宮騎士、それからそれ以外の下級貴族。


 自分は最下層の農民の子だった。


 国の外れにあるその村は、漁業と農業が盛んで、けれど自分は隅でいつも本ばかり読んでいた気がする。別に仕事が嫌いだったわけじゃない。それよりも本を読むのが好きだっただけだ。


 そんなある日。

 国の偉い人がやって来た。


 その人は、数少ない魔法力を持っている人間を“学院”と呼ばれる場所に連れて行くのが仕事なんだと言って、まだ二桁にもならない自分と、少し年上の従兄を連れて行こうとした。


 両親は渋ったけれど、偉い人は自分たちが学院へ行くことを条件に、この村から優先的に物資を買い取ってくれると言う。自分は渋る両親に、村が豊かになるなら構わないと言い、学院へ行くことを承諾した。

 それは従兄もそうだった。

 そうして自分たち二人は、行ったことも見たこともない場所に連れていかれたのだ――。



 ※



 こういう濃い霧のことを濃霧って言うんだって。

 すぐ近くに皆いるはずなのに、肩に乗っている勇者以外よく見えない。


「皆、いるかい!?」

「おー。おめーの横になー」


 緊張感の欠片もない魔法使いの声が聞こえる。


「ちょっと魔法使いさん、どこ触ってるんですか!」

「散々担がれといて今さらどこも何もねーだろ」


 よく見えないけれど、どさくさに紛れてやましいことをしているわけではないらしい。いつもの調子でやり取りする二人に、勇者も安心したのか頬が少し緩んだ。


「でも~、これじゃ向かっているかわからないのです~」

「姉さん、前、後ろ、逆」


 逆?

 目を凝らしてよく見ると、僧侶にいつも通り肩車されているんだけど、僧侶の顔を隠すようにエルが乗っている。むしろどうやってバランス取ってるのか不思議だ。


「まお……、魔法剣士サンよ。この霧について知ってるんスよね」

「敬意を払ってくれてるのは嬉しいけど、いつも通りでいいよ。誰も敬ってくれてないしね……」


 悲しそうな魔王の声が聞こえて、人形使いが苦笑いしたのがわかった。


「この霧はね“迷いの霧”と呼ばれていて、“灰の国”の防衛機構のひとつさ。通常なら入ったらいつの間にか普通の海域へ戻されるんだけど、例外がある」

「例外?」


 勇者が魔王に聞こうとして、でも聞こえてきた変な音に空を見上げる。

 人型の何かが見えた。それは背中から硬い翼みたいなものを生やした、異形の人間だ(生きているのかはわからない)。


「あれってぇ、人ぉ?」

「人にしちゃー、ちょっと柔らかさが足りねーなー」


 こんな時でも頭お花畑のゆる子が小首を傾げた。


「例外。それは“奇跡の一族”が帰還したならば、再建の為国へ連れてくること。その目的の為なら、手段は問わない」


 翼を生やしたそいつが、手に生やした剣を振り回しながら僕たちに突っ込んできた!

 一同が声を上げながらそれを避ける。


「魔法剣士さん、あれは一体……人形?」

「君のジェシカと理屈は一緒さ。人形に魔法力を入れて操作している。さしずめ自動人形(オートプッチェ)というところかなぁ」


 のんびり解説をありがとう!

 自動人形は更にその数を増やしていって、空がそいつで埋め尽くされていく。


「なんにしろ、霧が濃いと色々大変そうだ。リーパー」


 手から生やした刃や矢を避けながら、魔王がどこかにいるリーパーへ呼びかけた。


「船を壊さない程度に、ちょっと頑張ってくれない?」

「また難しい注文を……」


 リーパーが呆れながらも、それを了承したのがわかる。鎌が(くう)を斬る音が聞こえて「そうちゃん!」とお嬢に声をかけた。


「リッくん!」

「ごめんね、ちょっと痛いけど我慢してね」

「うん!」


 そんな会話の後、空気がピリッと張り詰めた。僕の毛が逆立っている。何か、怖いものが来そうな……。


 瞬間、ある場所を中心に風が渦巻いた!

 風は濃霧を吹き飛ばし、透き通った空と大量の自動人形の姿を僕たちの前に曝け出す。

 風の中心には、真っ赤な目をしたリーパーが。口元についた血を片手で拭うと、まるで吸血鬼(ヴァンパイア)を思い出させるような冷たい笑みを浮かべた。


「あぁ、久々にいい気分だよ。ちょっと遊んでくれないかい……?」


 いつもより少し低い声がその口から零れる。そしてふわりと浮き上がると、鎌を手に、一人空へ行ってしまった。


「わぁお。ちょっと餌やりすぎてない?」


 危機感を全く感じていない魔王が、首を押さえるお嬢を振り返る。首元は血が滲んでいて、少し青い顔をしたお嬢が「そう、かも?」と力無く笑った。


 ゆる子がお嬢に奇跡をかけて、首元の傷を塞いだようだけれど、リーパーが“食べた”血は戻らず、足元は頼りないままだ。お嬢が舞手に寄りかかるのを、舞手は文句も言わずに受け入れた。


「さて。リーパーが空で頑張っている間、俺らのやることは二つだ」


 空に舞い上がったリーパーを見送って、魔王が爽やかに笑う。鎌で斬られた人形が「ウケケ」と気味悪い笑い声を上げながら落ちてくるけれど、それにも全くお構いなし。


「まず、船を安全に“灰の国”へ着かせること。それから」


 ブスッ。

 向かってきた人形をその細剣で串刺しにして、何事もなかったように床へ叩きつけた。武闘家が「ひっ」と口元を押さえた。


「主人がいるはずだ。それを乗っ取る」

「はー?主人てなんだよ」


 魔法使いも人形を杖でぶん殴って海へ落とす。


「それは人形使いくんがわかるはずさ、ね?」

「え!?オ、オイラ!?」

「何言ってるんだい。君以外出来ないだろ?」


 ジェシカを持つ手が震えている。それを見た剣士が、舌打ちと共に魔王に掴みかかった。


「何も知らねぇ奴が、簡単に抜かしてんじゃねぇぞ」

「知らないから言えるんじゃないか。簡単に。無情に。さ、早くしよう。あの人形が無限に沸いてくるからさ、蛆虫みたいに」

「この……!」


 殴ろうとした剣士の手を、魔王が優しく包んだ。それからふっと優しく目を細めると、


「ここにいる奴らは、彼をそんな目で見るような奴はいないだろ?わかったら早くしてくれ。リーパーだってあの状態は長く維持出来ないんだ。狂ってしまうからね」


 剣士がハッとしたように弱々しく拳を下ろした。

 尚も空ではリーパーが鎌や魔法で人形を焼き払っているし、それを掻い潜って降りてきた人形たちを魔法使いや狩人、戦士が粉砕している。


「……オイラ、やれるかな?」


 小さく肩を丸める人形使い。

 勇者が「人形使い」と肩を叩いた。


「僕は“出来る”と思ってるよ。何するかわかってないけどね」


 まいったように頭を掻いてから、勇者もまた剣を構えた。


「だから任せてよ!“出来る”ように、僕らがいるんだから!」

「勇者くん……」


 剣を振るって人形を斬り捨てる様を見て、人形使いが決心したように顔を上げる。ジェシカを持つ手は、もう震えてなんかいない。


「これだけ大量の人形を操るんだ。近くに主人となる人形がいるはず……、その主人をオイラの支配下に置く」

「ふむ!ではその主人とやらはどこのどの人形であるか!」


 力技で人形を破壊した戦士が叫ぶ。


「一体だけ動かない人形がいるはず……。それを引きずり降ろしてほしい!」


 扇で人形を二つに裂いた舞手が空を見上げる。


「もやしがあんだけ暴れてんだぞ!ついでに巻き込めねぇのか!」

「まぁ、ああなったら殆ど理性ないからなぁ」


 細剣でまた人形を串刺しにした魔王が笑う。空から降ってくる人形の残骸に「うわわ」とたまに声を上げながら。


 僧侶が拳でエルに近寄る人形を粉砕する傍ら、エルがじっと空ばかり見ている。まるで何かを探すように。


「……いたのです~!」


 エルが指差した先、いた。

 動こうとしないその人形は、遥か高みから冷たい視線を僕たちに送っている。


「あんな高さではリーパーさん以外届きませんよ!」


 人形の猛攻をひらりひらりとかわしながら、武闘家が「どうしますか!?」と叫んでいる。動きながら話せるようになったんだ、あいつ……。


「高さ、ねー。よし、剣士」

「呼び捨てしてんじゃねぇぞ、クソ魔法使い」


 クソ呼ばわりされたことを特に気にも止めずに、魔法使いは剣士ににやりと笑った。


「あれやろうぜ。闘技大会の、あれな」

「はぁ?あれって……、まさかあれか!?」


 なんだあれって!

 もちろんこの二人以外理解していないし、いやしたくないような……。


「あん時よりたけぇんだぞ、正気か!?」

「うっせー!いいか?タイミングが命だ、蹴った瞬間に撃て!」


 剣士の返事を待たずに、魔法使いが杖を高く放り投げる。続いて飛び上がる魔法使い。

 こ、これってまさか、まさか……!


 落ちてきた杖を魔法使いが踏み台にして更に高く飛び上がる!


若葉風(わかばかぜ)!」


 剣士が風の魔法を、飛び上がる魔法使いに向かって撃つ!その風は魔法使いを後押しするように加速させ、主人と思われる人形の上を取った。

 周囲の人形が魔法使いに一斉に向かう!


「やらせない!大石(おおいわ)!」


 勇者が放った土の魔法が、石のツブテとなって人形に襲いかかる。人形たちが怯んだその隙に、魔法使いが両手を握って拳を作る。それを主人の頭向けて振り降ろした!


「っらー!!!」


 殴られた主人がものすごい勢いで落ちてくる。あのままじゃ船体に穴が空いちゃうよ!馬鹿力!

 けれどそれを掛け声と共に戦士が受け止めた!


「っしゃ!」


 なんというパワープレイだろうか。


「よし、あとはオイラに任せてほしい!」


 言うが如し、人形使いが主人のお腹辺りを触る。それから「ここだ」と呟いた後、思いきりお腹に手を突っ込んだ!


「エラー、エラー。全機に通達、異物を確認しました」


 無慈悲な声と共に、激しい電撃が人形使いを襲う。けれど人形使いは臆することなく、突っ込んだ手を抜こうとしない。


「黙って……、オイラに従え!」


 他の人形が主人を助けようと襲ってくる。けれど、僕たちに敵うはずはなくて。

 ピタリと攻撃が止んだ頃。人形が力を無くしたようにバタバタと落ちてきた。


「命令の変更を承諾、確認しました。全機に通達、直ちに実行に移します」

「やっ……た、よ」


 人形使いが苦笑いを浮かべた。



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