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どうしようもなくなって、八方塞がりで。

 魔王城の会議室では、お嬢がいそいそと地図を机に広げているところだった。僕たちを見ると「あ」と口にしてから、隣にある小部屋から椅子を出してきた。

 僧侶がすぐに出す手伝いをする。並べるのは勇者と武闘家で。魔法使いは壁に背を預けて、手伝う気はないとばかりに欠伸をした。


「ねぇね、ありがと!」

「これくらいお手の物ですよ!」


 力こぶしを作る武闘家に、魔法使いが「椅子くらいで……」と苦笑いしていると、お嬢の鎌が容赦なく振り回された。それを杖で受け止めてから、魔法使いは「おい」と自分より低いお嬢を睨みつける。


「ねぇねのこと、バカにしたでしょ!アタシ今でもパフェのこと許してないんだからね!」

「しつけー女は嫌われるぜ?鍵をやったんだからチャラだろ」

「それはそっちの都合で押しつけてきただけ!頼んでないんだから!」


 お嬢はまた鎌を振り上げる。それをため息をつきつつも、魔法使いは杖で軽くいなしてから握っている手を杖で小突いた。乾いた音を立てて落ちた鎌を見てから、お嬢は半泣きで魔法使いを見上げる。


「痛い!」

「うそつけ。強く叩いてねーだろ」

「痛いものは痛いの!」


 お嬢がべしべしと魔法使いを叩く。魔法使いは「悪かった悪かった」と思ってもいないことを言いながら、少し乱暴にお嬢を撫でている。

 そんな二人を勇者がのんびりした様子で眺めながら、


「僕も兄妹欲しかったなぁ」


 と見当違いなことを言っている。いや、あんなワガママな妹がいてたまるか!

 騒ぎ続ける中、扉が開いて魔王と姫騎士、それから他の四天王たちが入ってきた。魔王がなんとも言えぬ顔をして、それから一番奥の自分の椅子に座った。


「随分仲が良くなったみたいだね。さ、座って座って」

「仲良くないの!アタシ痛い思いしたんだから!」


 まだ騒ぐお嬢をリーパーが宥めて、一緒に席へと座る。

 そうして全員(魔法使い以外)が座ると、魔王が一同を見渡す。


「まずは今回、魔王領(エルケニアート)を助けてくれた男爵と陛下には多大なる感謝を。御二方はこの場にはいないが、これからも友好な関係を築いていきたいと思っている」

「もちろんです!」

「ふっ、陛下と呼ばず義父と呼べばいいものを。しかし最初は恥ずかしいのも致し方な」

「で、堅苦しい話は終わりにして」


 王子が何か言っているけど、魔王は完全に無視している。まぁ、相手をしていたら時間も惜しいし、とっとと本題に入ってほしいしね。


「協主と吸血鬼(ヴァンパイア)がどこに向かったのか、だけど。まぁ、十中八九“灰の国”だろうね」

「なぜそうお考えに?」


 魔王の隣に座る姫騎士が首を傾げてみせる。


「勘かな。まぁ、リーパーならその勘も確信に変えてくれるだろうけど?」


 勘かよ!かっこつけやがって。


「ゆうくんの勘は合ってると思うよ。恐らく協主は、研究結果の再生を考えているはず」

「研究結果の、再生?」

「勇者くん。キミは“灰の国”に舞う灰が何か、わかるかい?」


 リーパーの言葉に、勇者も武闘家も返す答えがわからず黙っていると、壁に背を預けたままの魔法使いが鼻を鳴らした。


「人間だろ?」

「流石、魔法使いくん。そう、あの灰はかつての国民の成れの果てであり、何者にも成れなかった物であり、そして同時に、ボクの研究の罪そのものだ……」

「……それの再生を、なぜ協主は望むのですか?」


 武闘家がリーパーに聞いた。


「人間に戻りたいから、なのか。それとも灰を戻したいのか。ボクにはわからないけれど、言えることがあるのなら……、彼はきっと諦めてはいないんだろうね。ボクと違って」

「リッくん……」


 お嬢が気遣うような視線をリーパーに向ける。「大丈夫だよ」とリーパーは力無く笑って、魔王に話の先を促した。


「そういうことだから、じゃ、“灰の国”へ行く人!」


 そう言って魔王が手を挙げた。もちろん勇者が「はい!」と元気に手を挙げる。姫騎士も「ついていきますわ!」と手を挙げた。


「……ちょっと。ノリ悪くない?」


 手を挙げたままで周りを恨めしそうに見て、魔王は僕たちを最初に見つめる。


「そっちさ、少年しか手挙げてないよ?何、大事な勇者くんを一人で行かせるつもりなの?」

「ちげーよ」


 魔法使いが間髪入れずに答え、それからにやりと笑った。


「オレらは勇者について行くって決めてんだ。手なんか挙げなくても、答えは出てんだよ」

「え。何そのうらやま……いやいや、じゃ俺らのほう!ほら、手挙げて!ほらほら!」


 少し涙ぐみながら、魔王が四天王の面子を煽っていく。もちろんと言うべきなのか、手を挙げる様子なんて全く無さそうだ。姫騎士だけが「行きますわ!」と意気込んでいる。


「あのぉ、誰か反応してくれませんか」

「ねぇ、リッくん。髪くくってぇ」

「はいはい」


 無視されている。

 見ているこっちが可哀相に思えてきた。魔王はついに見栄を張ることも忘れたのか、年上らしからぬ泣き言を口にしだした。


「いつもこうだよぉ!いつも俺ばっかり除け者だよぉ!」

「……はぁ」

「なんでため息!?」


 舞手が面倒だと言わんばかりに魔王を睨みつけ、


「オレらがなんと返事しようが、お前はオレらを“連れて行く”んだろ?ならそれがこっちの返事だ」

「まいちゃん……、やだ惚れる」

「やめろ気持ちわりぃ」


 鼻水を垂らす魔王に、戦士がそっと手拭いを差し出した。微妙そうな顔でそれを受け取ってから「……ありがと」と魔王は鼻を噛んだ。


「それで?“灰の国”へは航路で行くのか?」


 魔法使いが机まで寄ってきて、“灰の国”があるとされている海域ら辺を指差した。まだグズグズの鼻を啜りながら、魔王が「うん」と頷く。


「実はこの城の裏手から見えるんだ。うっすらとね。でも波が荒いから、行くには男爵領(フライヘルト)から航路がいい」


 地図の男爵領を指して、そこから大陸を北にぐるりと回りながらある地点で指が止まる。


「俺らもここへ行くのは久々だから、正直何があるかわからない。そもそも、島が見えているのに辿り着けないことで有名だし。……本当にいいんだね?」


 真剣な面持ちの魔王に、一行は頷く。魔王も頷き返すと、姫騎士に視線をやった。


「君はお留守番だ」

「なぜですの!?」

「帰った時に新居ないと困るし?式もすぐにしたいなら準備が必要だろ?守ってよ。俺の剣に成り盾と成るのなら、この場所を」

「魔王様……」


 姫騎士は唇を噛み締めて、けれど「わかりましたわ」と強く頷いてから微笑み返した。


「それじゃ、早速向かおうか。集合はそうだな、屋敷の中ならいきなり現れても大丈夫だろう。あの広間で落ち合おう」


 言うが如し、魔王はお嬢の髪を綺麗にまとめ終わったリーパーに「へい!」と合図をする。リーパーが仕方ないと腰を重そうに立ち上がり、穴を出現させた。

 魔王側の全員が消えるのを見送って、勇者もまた指輪を高く掲げた。


「皆、行こう!」


 そうやって僕たちも穴へと入る。

 そうして出たのは、


 港だった。




 いきなり現れた僕たちに、商人だけでなく、観光客も騒がしく集まってきた。聞こえてくるのは「魔族?」や「助けて!」といった、どう考えてもヤバそうな声ばかりだ。


「おい、勇者……」

「いやぁ。船って聞いたら、なんかこっちが思い浮かんじゃって」


 まいったなぁと頭を掻く勇者。まいったのはこっちだよ!

 騒ぎを聞きつけたのか、人混みから「魔族だと!」と勇ましい声が近づいてくる。聞き覚えのある声だ。嫌な予感って当たるんだよなぁ……。


「俺様が来たからにはもう大丈夫だ!魔族はどこ、だ……」

「わぁ!久しぶりだね、剣士」

「……帰るぞ」


 勇者の姿を見てくるりと背を向けたのは“緑の国”以来の剣士だ。もちろん他の仲間もいる。


「わぁ、久しぶりだねぇ。んんん?もしかしてぇ、魔族って勇者くんたちぃ?」


 相変わらずゆるゆるな話し方をするゆる僧侶、もといゆる子。実はゆるいのは話し方だけで、結構凄い奴。


「魔族、倒す。でも、違う」


 片言で話す狩人。森妖精(エルフ)に育てられたから言葉が不自由なのかと思ったけれど、エルたちを見ているとそうではないことがよくわかる。


「勇者くん、久しぶり。あぁ、安心して。オイラたちも、魔物や魔族を手当り次第に狩ってるわけじゃないからさ」


 大事そうに抱いた人形、ジェシカの頭をひと撫でしてから、人形使いがふわりと笑った。またジェシカの洋服が変わっているのは何も言わないでおこう。


「剣士たちはどうしてここに?」

「いや、協会が魔王領へ侵攻したって話題になっててな。近い街がここだったもんで、情報を集めようと思ってな」

「あ!それじゃ、剣士たちも行こうよ」

「あん?どこにだよ」

「それはもちろん……」


 勇者が他意のない笑顔を向けた。


「“灰の国”に!」


 僕や剣士だけでなく、魔法使いたちはもちろん。

 周囲の取り巻きにまで驚かれたのは、言わなくてもまぁわかるか……。


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