さよならを言いたい君に。
魔王領では、避難してきた魔物や魔族たちの誘導で半ばごった返しになっていた。舞手が指示を出してはいるものの、急に攻めてきた協会の人間たちに対して、不信感を拭えてはいない。
戻った僕たちに気づいた雪妖精の男が、魔王、ではなくリーパーに駆け寄っていく。
「白き妖精王!協会の奴らが攻めてきたと聞いて、“青の国”から飛んできたのです!やっぱり人間は信用出来ないのだろうか……」
雪妖精の言葉は次第に小さくなっていって、最後のほうは何を言っているのか、ほとんど聞き取れなかった。
「雪妖精」
そう口にしたリーパーの目が、穏やかに、優しく細められる。
「は、はい」
「確かに、中にはそういった人間もいるだろう。けれどそれはボクたちも変わらないはずだ。それに、そんな悲しいことを言わないでおくれ」
雪妖精の頭をくしゃりと撫でたリーパーは、悲しげに目を伏せた。
「キミの“子供たち”が、悲しんでしまうよ」
「白き妖精王……」
「あぁ、それからそれは朽ちた名だ。次からはやめてくれないかな?」
それを聞いた雪妖精は何度も頷いた。
“青の国”にいる子供たちを思い出していたのだろうか。雪妖精にとって、おそらくは大切であろう種族の違う子供たちのことを。
「まぁまぁ、君を心配してわざわざ来てくれたんだ。でも君がそういうことを言うようになったことが、俺は嬉しいけれどね」
爽やかに笑う魔王をちらりと見て、リーパーは「全く……」とひとつ息を吐いた。
勇者が周囲を見渡して、ある程度落ち着いたのを確認した頃、
「魔法剣士さん、吸血鬼の行き先なんですが」
「あぁ、そうだね。でもとりあえず、君も仲間を連れてきなよ。俺も騒ぎを収めたら会議室へ行くからさ」
それだけ言って、腕に姫騎士をまとわりつかせたままの格好で、魔王は雑踏に消えていく。その後をリーパーも追い出すのを見送って、勇者は魔法使いがいるであろう場所に向かったのだった。
魔法使いは、シスターと一緒に子供たちと宿にいた。
もちろん武闘家もいるし、なんならエルは平和にベッドでおやすみタイムだ。
「勇者さん!」
「おー、帰ったか。どうだ?」
シスターと何か話をしていたのだろうか。
丸机を四人で囲んだまま、魔法使いがいつもと変わらぬ仕草で勇者に手を振った。
「とりあえずは落ち着いた、かな。魔法剣士さんが会議室へ来てくれって」
勇者は座るつもりはないのか、立ったままで用件だけ伝えると、寝ているエルを揺さぶり起こす。寝ぼけ眼のエルは、僧侶に「ん~」と甘えるように両手を伸ばした。
僧侶は嫌な顔ひとつせずに、ベッドまで近づくとエルを背負う。
「……」
「うん、吸血鬼も協主もいたよ。逃しちゃったけどね」
「……」
「そうだね。助けられたことを喜ぼう!」
ここまで一緒にいても、やっぱり僕はこいつが何言ってるかわからない。でも、それって気にすることじゃないのかもしれないと、最近では思うようになってきた。
「んじゃ、向かうとしますかね。シスターババア、色々ありがとな」
「なんだいなんだい、今生の別れみたいな言い方をして。アンタには似合わないからやめな」
「へーへー。そのとーりで」
魔法使いが先に宿から出ていく。武闘家がシスターに頭を下げてから魔法使いを追って、それに僧侶も続いた。勇者も「それじゃ」と背を向けたところで、シスターが「待ちな」と引き止めた。
「勇者。アンタはなんで勇者を名乗ってるんだい?」
「なんで……?」
戸惑うかと思ったけれど、意外にも勇者はすぐに笑みをシスターに向けると、
「“勇者だから”です」
「……そうかい。それじゃ頑張ってきなさいな、勇気ある者として」
「はい!」
元気な返事と、それから腕が取れるくらいに激しく腕を振って、勇者も宿を出た。
外にはいつもの顔ぶれがあって、魔法使いが早くしろと言わんばかりにため息をついた。
「お待たせ」
「なーにがお待たせだ。ババアに捕まりやがって」
ブツブツ言い出した魔法使いに「あはは」と笑ってみせてから、勇者は城への道を歩き出す。その隣に武闘家が並んだのを見てから、勇者は「そうだ」と少し後ろを振り返る。
「シスターと何か話していたのかい?」
「おい」
「この流れ久々ですね、もう……。私たちが魔法使いさんと合流した頃に、たくさんの魔物や魔族たちが魔王領へ入ってきたんです。それが避難してきた方々というのはすぐにわかったのですが、子供たちは少し混乱してしまって……」
あぁ。確かに、あれだけ一気に来たら攻めてきたと思うのも仕方ないかもしれない。
「傷ついた魔物を見て“悪者は僕たちがやっつけるんだ”って勇ましくも言い出して……」
その光景を思い出したのか、武闘家の頬が少し緩んだ。
「それを止めるの、本当に大変だったんですよ?」
「でも、ちょっと嬉しいな。皆魔物に大切なものを奪われた子たちなんだよね。きっとここで、悪い魔物ばかりじゃないって知ったんだろうね」
勇者も嬉しそうに笑ってから、目の前に立つ城を見上げた。
「だからこそ、僕は吸血鬼と協主を追いかけようと思う。皆はどうす」
最後まで言い切る前に、魔法使いが「めんどくせー」と勇者を追い抜いて城の前に立つ。そして振り返ると、にやりと笑った。
「今さら聞くことか?それは」
「それって……」
武闘家が意地悪そうに魔法使いの隣に並んだ。
「魔法使いさんが“勝利の魔法”を私たちにかけてくれるんですよね」
「ったく、そーだよ。けど、かける相手がいなきゃ意味ねーだろ?」
まだポカンとしている勇者の頭を、僧侶が横を通る際に軽く叩いた。
「……」
「レッツゴ~なのです~!」
勇者は前にずらりと並んだ四人を順に見ていく。
「魔法使い、武闘家、僧侶、エルちゃん……」
視線を地面に向けて、勇者は拳をギュッと握った。
それから視線をまた上げると、右手を差し出す。
「皆、改めてありがとう。そして、よろしく。皆でまた、ばっちゃの手料理を食べに帰ろうね!」
「ったりめーよ」
「もちろんですよ!」
「……」
「エルちゃんも食べたいのです~!」
勇者の手に皆の手が重なっていく。エルだけ届いてないから、代わりにスティックを重ねた。
「フロイも乗って」
「え」
いやいや。
そういう熱い友情シーンは眺めてるだけでいいよ。
だけど魔法使いが「恥ずかしがんなよ」と僕を掴んで手の上に乗せてきた。恥ずかしいよ!やめろよ!
逃れようとするけれど、馬鹿力で押さえつけられて動くことも出来やしない。
そのまま僕は、一同の同調圧力によって、熱い友情を演じることになってしまったわけだ。