とんでもない勘違い。
血生臭さに目眩がする。
半人間を率いた協官騎士たちは、魔王領で保護されている魔物たちを容赦なく斬り捨てている。
それを見た各々が、逃げる魔物を守る為に散っていく。
確かに魔物は危険な存在かもしれない。
でも、でも……!
「やめろぉぉおおお!」
勇者が雄叫びを上げて剣を抜く。迷わずに協官騎士と魔物の間に入ると、協官騎士の振り降ろした剣を受け止めた。
「くっ」
「貴様!人間のくせに魔物を庇うのか!」
「人間だとか、魔物とか、もううんざりだよ!一緒に生きようと手を取り合っている人がいるのに、なんでそれが出来ないんだ!」
協官騎士が舌打ちして、勇者に足払いをかける。不意を突かれた勇者はバランスを崩して地面に転がった。
こいつあくまでも“騎士”を名乗っているのに、なんて卑怯な奴なんだ!
「ひきょ!きし、なりきん!」
懐から叫んだ僕を、協官騎士が「あぁん」と睨みつける。僕は怖くなって少し奥に潜り込んだ。すると協官騎士は何か納得したのか「あぁ!」と頷いた。
「そぉか、そんなちっせぇ奴に騙されてるのか。いいか?そいつら魔物はなぁ、隙さえあればてめぇの命を狙ってんだぞ!」
やめろ!バラすなよ!僕がそれを隠すのにどれだけ苦労したと思ってるんだ!
「ちがう!ゆうちゃ、ちがう!」
「なぁにが違うだ!今も虎視眈々とてめぇを狙ってんだ!わかったらその魔物を殺っちまうんだよ!」
「やめろ!ちがう!ゆうちゃ!」
なんでポロポロポロポロ話すんだってば!その口に詰め物でもしてやろうか!?
僕の大事な、ここまで隠してきた作戦が……。
こんな形でバレてしまうなんて……。
僕は悲しくて、悔しくて、もう一緒にいれないと思って、涙が止まらなくなった。
「ゆうちゃ、ゆうちゃ……」
「フロイ」
勇者が僕に優しく触れた。
それから協官騎士を睨みつけて、
「僕の友達を泣かせるな!お前みたいな奴に、フロイの何がわかるんだ!フロイが僕たちと過ごした時間は、この旅路は、偽物なんかじゃない!」
「ゆうちゃ……」
あぁ、本当に。
こいつが能天気で良かった。
僕はまだバレてないことに安心して、誇らしげに勇者を見上げる。勇者もまた、僕に笑いかけてくる。フッ、能天気な奴め。
「そうか。ならば何を言っても無駄のようだな。仲良く“友達”とあの世へ旅行にでも逝ってこい!片道切符なら出してやるぞ!」
勇者が体勢を整えるよりも早く、協官騎士の剣が勇者の首を狙って薙ぎ払われる。それを受け止める術がない!首が切れる……!
「少年!」
魔王の声が聞こえた。魔王は細剣で倍の太さくらいある剣を軽く弾くと、高く高く飛んだ。そして宙に十字を斬った!
「超・十字斬り!」
その十字の風圧は協官を簡単に吹っ飛ばす!
てかネーミングセンスダサい!なんだ十字斬りって!
でも魔王は誇らしげな顔をして、勇者を振り返った。
「少年、無事かい?」
「は、はい……っ!」
勇者は立ち上がって剣を拾うと、未だに我が物顔で歩き回る半人間と協官騎士たちを見る。ある程度避難は出来たようで、もう魔物の姿はほとんど見えない。
と、その中からピンクの毛玉がこっちに跳ねてくるのが見えた。
「まお……ううん、だーりん!ぶじだったでち!?」
「ロディア!」
あぁそうだ!あのムカつくフワリンだ!
ピンクの毛玉(仕方がないからロディアと呼ぼう)は、嬉しそうに魔王が差し伸べた手に乗ると、そのまま頬に擦り寄った。
「だーりん!」
「ロディア、皆の誘導ご苦労様。君も早く逃げるんだ」
「だーりんのそばがいちばんあんぜんでち!」
そう言って頭に乗ってきたロディアに、魔王は仕方ないとばかりにため息をついた。それから、僕たちを取り囲むようにして立つ協官騎士と半人間の中の、ある人物に目が止まった。
勇者もその先を追いかける。
協主だ。
「……協主、様」
「おや?貴方は孤児院でお会いした……、それから隣のかたも見覚えがありますねぇ。確か、そう、あぁ、勇者様ではありませんか」
「勇者、様?」
勇者が魔王を見る。協主が“勇者様”と呼んだのは、そう、魔王なのだ。いや、前から僕は気づいてたけどね!
「そう呼ばれるのは好きじゃないし、そもそも俺は勇者じゃない。救いたいものも救えない、イキるだけの、口だけの野郎なんて、ね。それに俺は君が嫌いだ。このイキリスト野郎が」
「おやおや。もしや勇者様は魔王を討伐した際に、何か呪いにでもかけられてしまったようで。そんなことを言うようなかたでは無かったでしょう?」
胡散臭い笑みを浮かべた協主に、勇者が剣を向けたままで話し始める。
「協主、なぜ貴方は人間にそこまで拘るのですか。なぜそこまで、人間以外を排除したがるのですか」
「決まっています。愛しているからです」
なんだろう、意味がわからない。
「私は人間を愛しています。自身がなりたいほどに!そのものに、人間そのものに私はなりたい、いや、戻りたい!」
協主は自身を愛おしそうに抱きしめた。
「わかりますか?ある日突然、天才だとうたわれたあの!あの憎き錬金術士によって、こんな醜いものに成り下がった気持ちが。わかりませんよね?私は人間であることに誇りを、愛を、全てを!捧げていたというのに」
「……そんなに、人間であるというのは、素晴らしいことでしょうか」
勇者の言葉に、協主は意味がわからないというように首を傾げる。
「貴方が誇りや愛といったものを持っていたのはよくわかりました。けれどもそれは、その言葉は、他者を簡単に蔑むような人が言っていい言葉じゃない。人間こそが頂点だと勘違いしてる貴方は、それを語る資格なんてどこにもない!」
剣を振りかぶって地面を蹴る。
勇者はなんの躊躇いもなく、協主に向かって剣を振り降ろした。
けれど間に入ってきた黒い影が、その剣を受け止めた。
「……っと。協主サマ、よけることを覚えようぜぃ」
陽気な声色の吸血鬼だ。協主が呆れたように吸血鬼に視線をやる。
「やっと来ましたか。さて、魔王領は目と鼻の先です。いくらあちらが強かろうが、この数です。押せばいいのです」
協主が「さぁ、人間の名の元に!」と両手を広げる。それを合図に協官騎士と半人間たちが歩き出す。いくらリーパーと姫騎士が違うところで頑張っているといっても、この数ではなかなか減りもしないだろう。
「絶対、絶対に通しはしないぞ!」
勇者の剣が更に光っていく。魔王もそれに呼応するように細剣を構える。
「僕は僕の信じたものを、見てきた世界を、その全部を守るんだ!!」
「少年……、うん、そうだね」
魔王が薄く微笑んで、そして地面を蹴ろうとして。
「儂も助けに来たぞ!」
「だ、男爵!?」
そう。リーパーと一緒に向かってきたのは、獣妖精の件で色々あった男爵だ。私兵らしき兵士が、槍を構えて半人間に向かっていく。
「ハッハッハッ!国王、参上じゃあ!」
「お、王様!?」
更に別方向から来たのは、姫騎士率いる伯の私兵と王様と近衛騎士たち。指揮を執っているのはもちろん姫騎士だ。
王様?あぁ、王様なら腰が抜けたのか、持ってきた椅子にすぐ座っちゃったよ。王様といい、王子といい、あれは血筋なのかな。
「皆、なんで……」
一番困惑しているのは魔王だ。
細剣を降ろして、どういうことかとその光景を呆然と眺めていた。
「儂らの領地を助けてくれたのは貴公らではないか!ならば今度はこちらが、貴公らを助ける番であろう!」
「そそそそういうことだ、魔王よ!いや息子よ!」
「あ、あぁ、お義父さんこんにちは……。じゃなくて、まだお付き合いもしてないから!」
危うく流されそうになったのを踏みとどまるけれど、“違う”と否定しない辺りだいぶ流されてる気がしなくもない。
予想外の増援に戸惑っているのは協官騎士も同じで、あれよあれよという間に地面に倒れていく。それを勇者と魔王が、動けないように手足だけ凍らせていく。
協主と吸血鬼が邪魔をしようにも、元々協主は戦いが不慣れなのか役に立つようなこともなく、吸血鬼はリーパーが仲良く“喧嘩”をしてくれたから、お互いの手足が片方ずつ吹っ飛んだくらいで、とりあえず一旦距離を取った。
「兄弟ぃぃ、しつけぇなぁ、おめぇもよぉ」
「しつこくなければ新しい発見は出来ないのだと、彼らに教えてもらったからね」
リーパーが残った右手で鎌を器用に回してみせる。左手周りに赤い線が走り出すのを見るに、なんとか再生は出来るようだ。
対する吸血鬼は再生が出来ないのか、赤い線が走る様子は見られない。
「一旦逃げるかぁ。流石に分がわりぃなぁ」
「な、何を言って……!」
「黙ってついてこい。利用価値はあるようだからなぁ」
吸血鬼は協主の頭を鷲掴みすると、そのまま無数のコウモリへと姿を変えて飛んでいってしまった。
疲れた僕たちがそれを追える体力なんて残ってなくて、更に姫騎士の「帰ったら式を挙げましょう」の笑い声に、魔王は更にゲンナリした顔を見せた。