猫とじいと僕。
国間移動パスを買えた僕たちは、晴れて、この自動電車に乗ることが出来た。
といっても、安い座席なんだけど。
四人が座れるボックス席というやつが空いていたから、僕たちはそこへ座った。もちろん僕は勇者の膝の上だ。なかなかに座り心地はいいから、馬鹿に出来ないんだからな。
「なかなか景色いーじゃねーか」
「ちょっと、あまりはしゃがないでください!他の方も乗ってるんですよ!」
勇者の隣に行儀よく座った武闘家が、静かにとジェスチャーをした。
もちろん魔法使いはどこ吹く風だ。
勇者は窓から見える景色や、たまに通路を通る他の人を眺めては、終始楽しそうに笑っている。
僧侶?いつも通りさ。
「あーっと、これどこ行くんだっけ?」
乗る前に散々確認して切符も買ったのに、この馬鹿はもう忘れているみたい。
「“赤の国”だね。なんでも、年中暑くて一年中海水浴が出来るらしいよ」
「海か、いーね!綺麗なおねぃちゃんいるかなー」
そう魔法使いは、ぐへへと気持ち悪い笑い声を漏らした。隣に座る聖職者に浄化されてしまえと思ったが、いや、この薬草僧侶は奇跡の魔法は使えなかったんだ。忘れてた。
「綺麗なお姉さんもいいけど、困ってる人も助けて、それから依頼もこなしていこう」
「へいへーい」
「もうちょっとヤル気のある返事をしたらどうですか!」
注意する武闘家の声が一番大きいのは、この際もう気にしないでおく。
電車はぐんぐん進む。
確か“にじかん”くらいで着くって勇者が言ってたはずだ。それがどのくらいかはわからないけど、まぁ、こうして話していればすぐに着きそう。
窓から見える緑いっぱいの景色が次第に少なくなって、そして一面の砂が見えたかと思うと、今度はたくさんの水が見えてきた!
こんなにたくさんの水、見たことない!というか、水の上進んでる!何これすごい!
僕はもっと見たくて、勇者の膝から窓枠に飛び移った。少しだけ近くなった水が更に迫力満点で、僕はそれをじっと見つめていた。
「フロイは海、見たことないんだね。すごく嬉しそうだ」
「うみ?」
「海はね、たくさんの海水……えぇと、しょっぱいお水で出来た水溜まりなんだよ」
「ちょっぱい……」
それは嫌だな。甘かったらいいのに。そしたらこの水全部飲めるのに。
「この自動電車は、海に造った橋の上を走ってるんだよ。場所によっては、海中を走る電車もあるらしいね」
しょっぱい中を走るとか正気の沙汰じゃない。
僕は絶対に、そんな電車には乗らないでおこうと決めた。
どうやらしばらく海の上を走るらしく、ほとんど変わらない景色に嫌気が差した僕は、また勇者の膝に戻ることにした。
撫でてくれるあったかい手に、今までは無かった固い何かに気づいて、僕はイヤイヤと体をよじる。固い何かが微妙に痛い。
「ん?あぁ、ごめんよ。豆が出来てたみたいだ」
「なんだ勇者。今まで剣とか振ってこなかったのかー?」
「どちらかといえばね。じっちゃから手斧の持ち方は習ったから、それの要領で握ってたんだけど、やっぱり力を入れる部分て違うのかなぁ」
勇者は右手をまじまじと見る。指の付け根辺りのそれは、少し痛そうにも見えた。
「今度教えてやるよ。ま、気が向いたらだけどな」
「ありがとう、楽しみにするよ」
微笑んだ勇者に、魔法使いは「任せとけ」と親指を立てた。脳筋に教えてもらうとか、勇者も脳筋になってしまいそうだ。
いや、それはそれで、今より馬鹿になるから倒しやすくなるかもしれない。でもムキムキな勇者は……ちょっと見たくないなぁ。
適当にそうやって話していると、少し離れた席が、何やら騒がしいことに気づいた。
「なんでしょう?何か揉めてるようですが……」
武闘家が席から頭だけ出して、恐る恐る覗き込む。魔法使いも座席の影から顔を出す。勇者と僧侶は動く気がなかったようだから、僕は魔法使いの頭に乗るようにして覗き込んだ。
ひょろい、背が曲がった胡散臭そうなジジイと、それとは真逆の、肥った、宝石をジャラジャラつけたババアが、何やら言い合っているようだ。
「このイカサマジジイ!ワタシのカワイイ猫チャンはどこに迷子になっちゃったんザマス!」
「どうやら肥えたのは見た目だけでなく、目も肥え太ったようで。何度も言うが、アンタさんの猫チャンとやらは、さっきからここにおるではないか」
ババアの猫がいなくなったのかな。いや、でもおかしいな。
だって、ジジイが小さな猫を抱えているんだもの。少し汚れてるみたいだけど。
「黙るでザマス。その薄汚い猫が、ワタシのカワイイ猫チャンなはずがないザマス」
「綺麗な宝石で外見をきらびやかに出来ても、その中にある脂肪という醜態までは隠せてないようじゃ」
二人が揉めてる間も、ジジイに抱かれた猫は“泣いて”いたけれど、それにババアは全く気づかない。
そうこうしてる内に、ババアが呆れたように通路をズンズンとこっちに歩いてきた。覗いていた僕たちは、すぐに頭や体を引っ込めて何も見てないフリをする。
ババアが行ったかだけ魔法使いが確認して、緊張が切れたように息を吐いた。
「お前さんたち見ていたな?」
「うわ!」
「きゃっ!」
魔法使いと武闘家が飛び跳ねる勢いで声を上げた。
勇者は特に驚かず、ジジイに抱かれた猫を見て、少しだけ悲しそうな顔をした。
「いや、ふざけることもないかの。お前さん、そんな顔をするでない。優しいのはいいことだが、それだけではどうしようもないこともあるんじゃ」
「けれども僕は、これからも優しくありたいと思ってます」
「そうか。お前さんは、さて、本当に優しくなれるのかの」
ジジイはそう言って苦笑いすると、また「ほっほっほっ」とババアとは反対に歩いていった。
何を言ってるのかわからなかったけれど、勇者が何かを真剣に考えているように、しばらく額に皺をつけたままだった。
次第に見えてきたたくさんの砂と、そして緑の国よりきつい陽射しに、僕はジジイのことよりも、焼けフワリンにならないかだけを、ずっと心配していた。