世界の真実。
そうして魔王と姫騎士のデートを終えて戻った会議室は、なんだか重苦しい空気に満ちていた。特にリーパーなんかは、顔に出るくらい不機嫌さが漂っている。
「……どうやらあんまり良くない話だったみたいだね」
魔王がさっきとは違って真剣な顔つきになる。
「リーパーの様子を見るに、どうやら協主が何かもわかったみたいだね」
魔王は姫騎士を緑の椅子に座らせて、渋い顔のままのリーパーの横に立った。重い空気の中、勇者が魔法剣士を見る。
「魔法剣士さん、知っていることがあるなら話してほしいです。僕は協会の真実を知りたい」
「……だそうだよ、リーパー?もう彼らは十分部外者じゃ無くなってしまった。まぁ、君が話したくないなら俺から話すけど?」
「……」
リーパーは考え込むように黙ったままだ。でもそれは無言を貫くわけではなく、どこから話せばいいのか迷っているようで、僕たちはリーパーが何か言うのを待った。
「……ボクは“灰の国”、いや“虹の国”の錬金術士だった」
ぽつりと呟かれたそれに、魔王軍以外のメンツの顔が引き締まる。
「ある日、国王にある研究をボクは言い渡された。端的に言うと、国王は不老不死を望んでいた。そうすることで、“死という終わり”をないものとしようとしたんだ」
段々と震えていくリーパーの声。思い出したくないそれを、なんとか絞り出しているんだろう。
「ボクはそれを実現させようと、まぁ……色んなことをやってね。結果出来上がったのが、魔法石と呼ばれる不思議な石だ。それを体内に取り込むと、老化速度が格段に遅くなり、身体機能の向上、さらには自己修復機能が備わった」
「……それって」
武闘家の言葉を、勇者が静かにと指で示す。
でも僕も気づいた。若い見た目と、すぐに再生する身体。目の前にいるこいつは、もしかして……。
「けれども合わなかった人たちは、人ではないナニカに変化していった。成功しても、人であった頃の記憶を持った人は少数だった。ボクも余り覚えてないんだ。それでもまだ覚えてるほうだけどね……」
リーパーが気分が悪そうに口を押さえた。魔王が「もう俺が言うよ」とリーパーの肩に手を置いた。
「そうして魔物や魔族の完成というわけだ。後に彼らの家系の者は“賢者”と呼ばれるようになったんだ、皮肉を込めてね」
「賢者……、それって人形使い?」
「うんうん、俺驚いちゃったよ。まさか俺らを討伐しに来るなんて思ってなかったからさ」
さも何事も無かったように魔王は笑って、それから「あ」と続ける。
「でもあの魔法は使わないほうがいいね。あれはリーパーが残したものを魔法として確立させたんだろうけど、本人の生命を削って魔法を使っているようだからね」
それを聞いた勇者がハッとした。
僕も思い出す。人形使いが魔法を使うたびに、少し苦しそうに息切れしていたことを。魔法を使うたびに、剣士が不機嫌そうにしていたことを。ゆる子と狩人が人形使いを戦わせないようにしていたことを。
それでもどうしようもない時だけ、人形使いは魔法を使っていた。
「人形使い……」
この場にいないあいつを思って、勇者は唇を悔しそうに噛んだ。
「まぁ、これが“灰の国”の話。んで協主は恐らくだけど、同じ元錬金術士だと予想をつけた。俺は賢い奴ではないから、あくまで俺の見解だけど、協主はリーパーよりも遥かに劣った錬金術士じゃないかな」
「魔王様、なぜそうお考えに?」
姫騎士が魔王を真っ直ぐ見つめている。魔王の言葉、そしてその考えを全て見透すように。
「俺の仲間が、あんな私欲の塊なんかに劣るわけがないからさ。ま、それはそれとして。前に言ったよね?一度協主は消しているって。つまり、身体を消しても他者に乗り移ることが可能なら……?」
「存在そのものを消してしまうしかない……」
勇者の出した答えに、魔王が「賢いなぁ」と爽やかに笑った。
「実は先代の魔王というのは、かつての“灰の国”の国王でね。だから魔物や魔族、つまり元国民だった彼らを守ろうとしたわけだ。長い長い歴史の中、彼の思想は歪み、そして理性や言葉を失くした者が増えていったけれどね」
魔王は姫騎士の座る椅子へ近づき、腕置きに腰を降ろした。
「魔物も魔族も、普通に暮らせる世界が見たいって奴は消えていったからさ。俺はそこに、人間もそれ以外も含めたいと思う。だからこそ協会には、ちょっと考えを改めてもらいたかったんだけど……。話が変わってきちゃったなぁ」
「……魔王様」
「ん?」
姫騎士が、魔王にもたれかかるように頭をそっと寄せた。一瞬魔王は目を見開くけれど、拒絶することもしない。
「“その時”はわたくしをお使いくださいませ。所詮、貴方様にとって、わたくしは出会ったばかりの一人に過ぎません。ですから」
「出会って、話して、笑って。そうして俺は君を知ってしまったから、“それ”は出来ないなぁ。それに俺は、自分を慕ってくれる人を見放せるほど、冷たい奴でもないと自負してるんだけど?」
魔王は四天王の面々を見る。それぞれが反応を示すのを見て、魔王もまた深く頷いた。
けれども姫騎士は別で、さっきまでの重い空気はどこへやら。嬉しさからか奇声を上げだした姫騎士をほっといて、魔王は「さて」と勇者を真っ直ぐに見つめた。
「わかってくれた?」
「はい。でも、なんで協主は人間だけを残そうとするんだろう……」
「そこなんだよ。それは俺たちも」
バタン!
勢いよく開かれた扉に、全員が注目した。
「ま、魔王様……!」
息切れしたあの受付嬢が入ってきたのだ。
まだ息も整う間もなく、受付嬢は途切れ途切れに声を絞り出していく。
「へ、辺境伯から、使いが……!」
「伯が?」
「魔王領へ向かって協官騎士たちが侵攻しているとのことです!」
落ち着いているのは魔王と四天王くらいで、他の面々は慌ただしくなり始める。結構ここに来ているけれど、本格的な侵攻なんて初めてだ。勇者が真っ青な顔をしている武闘家に、
「僧侶と一緒に魔法使いたちに伝えてきてほしい。その後の判断は魔法使いに任せるよ」
「わ、わかりました!」
「……」
深呼吸をして自分を落ち着かせた後、武闘家は僧侶と一緒に会議室を出ていった。勇者はどうするつもりなんだ?とりあえず一緒にいるのが無難だと思って、僕は舞手の肩から勇者の頭に飛び移った。
「リーパー、一緒に来てくれ。他の三人は魔王領を頼む。指揮はまいちゃんに任せた」
「えー。おにぃなの?」
「不満なら愛しのもやしにでもついていきな」
「別に……、不満じゃない」
じゃ何が気に入らないのか突っ込みたかったけど、そんな余裕も時間もなさそう。
「魔王様、わたくしもご一緒致しますわ!」
「いやいや。仮にも君たちはお客人なんだから、大人しく待っていなさいな」
魔王の言葉に、姫騎士は「いいえ」と首を横に振ってから、
「わたくしの剣は、貴方様の間違いを正す為に在ると同時に、貴方様を御守りする盾にも成るのです。どうか隣に立たせて下さいませ、必ず貴方様を望む場所へと導きますわ」
と魔王の右手を両手で優しく包み込んだ。魔王は目を伏せ、小さく「馬鹿が多すぎて困るなぁ」と零してから、姫騎士の手に自分の左手を重ねた。
「じゃ、よろしく。王子は魔法が得意なんだっけ?三人と一緒に行動してくれ」
いきなり話を振られた王子は「私か!?」と驚いたものの、すぐにキリッとかっこよくポーズを決める。
「任せておきたまえ。義弟の頼みならば断る理由もないだろう」
「まだ結婚とか決まってないからね?あと足震えてるけど大丈夫なの、君」
「ふっ……。義弟に心配されるとは、私もまだまだのようだ」
「もうどうでもいいからさ、早く向かって、ほら」
戦士に軽々と担がれて、それでも王子はキメるのを忘れずに、そのまま会議室を出ていった。
「さて、少年」
「もちろん僕は貴方たちについていきます」
「言うと思った。リーパー、行こうか」
待て待て待て!
僕はそんなこと言うなんて思ってなかったし、魔王も止めろよ!危ないことに巻き込んじゃ駄目だろ!そういう巻き込まれ体質は、どっかのよくある物語の主人公だけで十分だ!
「さ、フロイ!行こう!」
「え!?ゆうちゃ!?」
勇者は僕を頭から懐に移すと、穴を出現させたリーパーの手を握った。僕は嫌で嫌で仕方なかったけど、勇者が知らないとこで倒されるのはごめんだし、仕方ないから大人しくしていることにする。
そうして穴をくぐった先――、
あの、かつて森があった荒野に僕たちは出た。おぞましいほどの、半人間の大群に面しながら。