お初にお目にかかります貴方様の婚約者でございます。
目の前の魔王(今は魔法剣士か)は、頭が痛そうに深い深いため息をついてから、自分の腕にまとわりついている姫騎士をそっと見た。
「あのぉ」
「はい、魔王様!」
「えぇっと、とりあえず自己紹介しない……?」
「まぁ!わたくしったら嬉しさのあまりついうっかり!わたくしは貴方様の婚約者ですわ!」
「は、はぁ……?」
魔王領内を歩く二人。それを少し離れながら見ている僕たち。ちなみに僕と武闘家とお嬢、それから舞手がいる。
まぁ、話は少し遡る。
僕たちが着いたのは、あの色とりどりの椅子がある会議室だった。どうやら会議をしていたようで、魔王と四天王が揃って僕たちに視線を向けてきた。
急に現れた僕たちに慌てたのは魔王くらいで、特にリーパーなんかは、一瞬視線を向けただけで「次の課題だけど」と構わず話を続けようとしたくらいだ。
「リーパー。少しは慌てよ?なんかまた増えてるよ?」
「それはボクの仕事じゃない。キミに一任してるはずだけど」
「そ、そうかもしれないけどさぁ、でもさぁ」
尚も渋る魔王に呆れたのか、リーパーが珍しく面倒そうに両肘をついて顎を乗せた。相変わらずのヘタレっぷりだ。
「戻りました、魔法剣士さん!」
勇者も構わずに笑顔を向ける。いや、構う構わない以前の問題か、こいつは。魔王が「あぁぁぁ」と項垂れて、指の隙間から僕たちを見る。
「戻ったって言われてもね、第一ここ、君たちの家じゃないよね。魔王軍でもないよね、勇者だよね」
「魔王軍に入ってる勇者って駄目ですか?」
「いつの間に入ったのとか駄目じゃないけどとか、まぁ言いたいことは色々あるけど……」
魔王はいつも以上に大きなため息を吐いてから、
「その子ら、誰」
隙間から見える視線が、微妙に冷たいことには気づかないフリをした。
魔王が言ったのは、もちろん兄妹だ。ちなみにビビりまくっていた王様は、伯が面倒を見てくれるということで、有り難いとばかりに置いてきた。代わりに来たのが、この二人、なんだけど……。
「ああぁぁぁぁぁん!魔王様ですわね!」
早速姫騎士が暴走を始めた。
「待って、俺魔王だなんて言ってな」
「わかりますわ!この喉仏!」
素早く背後に近寄った姫騎士が、まだ座ったままの魔王の首に腕を回した。
「ぐえっ」
「ああぁぁぁぁぁん!これが生魔王様!す、て、き!ですわ!」
「ううう……」
すごい、あの魔王が苦しんでる……!やっぱり姫騎士は強いや!
「もやし、なんとかしてやれ」
「キミが魅了すればいい話だ。……面倒くさいし」
ボソリと最後に言わなかったか?
リーパーは「で、課題なんだけど」と強引にでも話を進めていく。舞手が舌打ちしながら、手元の書類に目を落とした。
「せんにぃ、せんにぃ。助けないの?」
「ガッハッハ。俺は女性に力づくで物事の解決をしようとは思わん」
「そっか。じゃ、しょうがないね」
しょうがないの、か?真っ赤になっていく魔王の顔は、今にも息の根が止まりそうだ。
「魔王様こんなに赤くなって!照れてるのかしら!」
盛大な勘違いで魔王討伐を果たそうとする姫騎士。
待てよ?このままじゃ魔王が死ぬ、勇者が魔王を倒せない、魔王を倒した勇者を倒す僕の計画が崩れる……。駄目じゃん!
「ゆうちゃ、まお、ちぬ!」
「あ!姫騎士、そのままじゃ魔法剣士さん死んじゃうよ!」
「あら?」
やっとのことで解放された魔王は、しばらく酸素を求めるように口をパクパクさせて、それから「で」と若干咳込みながら僕たちを見た。
「この暗殺者誰」
「姫騎士です。約束なので連れてきました」
「俺には全く覚えがないよ!?」
まだ息切れする魔王の腕に姫騎士が絡みついて、魔法使いだったら喜びそうなその身体を魔王に押しつける。
「魔王様、式はいつになさいますか?」
「式って何!?」
さっきとは違う意味で赤くなる魔王。それを面白いものを見る目つきで舞手が眺め、
「王女様か。よかったな、上玉じゃねぇか。お前好みだぞ?」
「それとこれとは別だよ!」
興味が無さそうだったリーパーが「王女様か」と姫騎士を改めて見る。
「王族と婚姻関係を結ぶのは利益が大きい。彼女は君に好意を寄せているようだし、何も損は無いと思うけど?」
「そういうとこ!そういうとこ直そうよ!」
ならばと魔王はお嬢を見る。
「ゆうにぃ、おめでとー。モテ期来てるね」
「これモテ期になるのかな!?」
最後の望みは戦士だ。けれど戦士は二回頷くと、
「尻に敷かれる快楽を、是非に、味わって貰いたいものだ」
「そんな快楽はご遠慮願いたい!」
四天王は魔王が姫騎士と結婚することに賛成?しているようだし、姫騎士も満足そうだし、これで約束は守ったでしょ。
「とりあえず、さ。交換日記から始めない……?」
「おめーはそっからかよ!」
とことんヘタレな魔王に、呆れたとばかりに魔法使いが声を上げた。それからため息と一緒に手をヒラヒラと振って、
「ガキ共んとこ行ってくる」
「エルちゃんも皆に会いたいのです~」
僧侶の肩からピョンと降りると、エルは魔法使いに「手を繋ぐのです~」と手を伸ばした。それに舌打ちを返して、魔法使いは「服でも掴んでろ」と会議室を出ていってしまった。
「魔王様!わたくしもデートがしたいですわ!」
「へ?デート!?」
「魔王領を案内してくださいませ!」
半ば強引に手を握られた魔王が、泣きそうな顔を舞手に向けた。
「まままま、まいちゃん!不安だから一緒に来てよ!後ろついてくるだけでいいから!」
「なんだその“息子の初デートが気になる母親”みてぇなポジションは。あとまいちゃんやめろ、ころ(放送禁止用語だよ)ぞ」
「お願いまいちゃん!」
半泣きの魔王に、舞手は「う」と少し押され気味だ。姫騎士はそれでも構わないのか、早く行きましょと言わんばかりに手を引いていく。
「じゃ、アタシも行こーっと。おにぃ、ねぇね、行こ?」
椅子から飛び降りたお嬢が、先に出た二人の後を追いかけながら手招きしている。武闘家が「そうですね!」と何故か鼻息荒くして追いかける。舞手もため息をつきながらも、渋々席を立った。
「それじゃ、僕は王子と一緒に協会のことについて話していようかな。リーパーと戦士さんも。あ、舞手さん、フロイをお願いします!」
「え?ゆ、ゆうちゃ?」
僕をなんであっちにやるんだよ!さては秘密会議でもするつもりだな!
でも抗議の成果も虚しく、僕は舞手に摘み上げられてしまったのだ。
そうして冒頭に戻るわけだ。
「第一ね。俺は君のこと知らないわけだよ?好きになるには早いと思うんだよね」
「あぁ、式は確かに早すぎましたわね。まずは父に会って頂いて……」
「そっからかぁ。俺の気持ちガン無視かぁ」
そう口では言っているけれど、姫騎士を振り解くつもりもないらしい。二人は適当に店を回っている。すれ違う住民や受付嬢から「恋人ですか?」と聞かれるたびに「魔王妃ですわ」「違うから」のやり取りをしている。
そんな二人を後ろから眺めながら、お嬢が「んー」と腕組みをした。
「でもお似合いそうなんだけど。ゆうにぃには、あれくらい押しの強い人がいいと思うの」
「私も思います。リード出来無さそうですし」
「童貞だからな、あいつ」
舞手の言葉に、魔王が鬼のような形相で振り返る。特に気にした様子もなく、舞手は暇だとばかりに欠伸をした。
前を歩く二人が、装飾品を扱っているお店の前で立ち止まる。ショーケースの中には、いくつかの綺麗なネックレスが並んでいる。
「あ、魔王様。わたくし、これが欲しいですわ」
「ん?いやいや、王女様なんだよね。こんなとこで買うより、もっといいものあるでしょ」
舞手がため息をついて何か言おうとした。
けれど、姫騎士の少し悲しそうな笑顔に、足が止まってしまう。
「貴方様から頂くことに、わたくしは喜びを感じているのですわ」
「そっ……か。なら、君にはこっちのが合うと思うよ?」
姫騎士が選んだものとは別の、緑色の宝石がついたネックレスを選んで、魔王は素早く代金を支払う。それをせがまれるまま首につけると、姫騎士が嬉しそうに頬を緩ませた。
「ありがとうございます、魔王様」
「ご満足頂けたなら嬉しゅうございます。じゃ、帰ろうか」
今度は魔王から姫騎士に手を伸ばした。それをしっかりと握り返して歩く二人は、なんだかさっきより、近いような気がした。