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どういうことか説明を。

 

「魔法使いさん!」

「あー?」

「着地はどうするんですか!」


 一階への長い螺旋階段、ではなく、吹き抜けを落ちながら武闘家が悲鳴に近い声を上げた。ちなみに僕も、風で飛んでいきそうになるのをなんとか堪えながら、魔法使いに引っついている状況だ。


「あー……、考えてねー」

「だから貴方は、いつもいつもいつm」

「うるせー!今考えてんだろ!」


 小脇に抱えたままの武闘家に怒鳴ってから、魔法使いは下を見た。流石の魔法使いも、このままぶつかったら只ではすまないのはわかっているだろうし、何か策があるなら早く実行してほしい。


「あー」

「何か思いつきました!?」

「いや、なんも」


 武闘家が恨めしそうに睨んできた。それをヘラヘラ笑って流すと、魔法使いは「ま」と近くを落ちている兄妹に目をやった。


「偉大なる王族サマがなんとか……」

「ふっ、美しいままで私の命は儚く散っていくのか。それもまた運命」


 ナルシスト王子は、自分が落ちた時の格好を気にしているのか「こうか?これか?」と変なポーズを披露している。呆れた視線を王子に投げてから、魔法使いは「ダメだな、こりゃ」と苦笑いを浮かべた。


 また何か言い出した武闘家を無視して、魔法使いは少し上を落ちているエルを見上げた。


「エル公!」

「はいなのです~!?」


 半ば叫ぶように返事が聞こえる。そのせいか、部屋に明かりが付き出した。


「風の魔法を下へ打ってくれ!」

「で、でもエルちゃんの魔法じゃ……」

「エル!頼んだぜ!」

「……!」


 少し渋り気味だったエルが、小さく息を呑んだ。


「くるくるくる~。回れば楽しい~、皆で楽しい~」


 上で緑の光が見える。

 あ!でももう床が見えてきたよ!このままじゃぶつかる!


「ビュ~ビュ~、バサバサ。吹かれて遠くへ飛んでっちゃえ~。青北風(あおきた)!」


 僕たちの上から吹いてきた風は、まるで僕たちを包み込むように周囲を廻りだし、そして落ちる速さを段々遅くしていくと、そのまま床へ優しく降り立たせてくれた。


「ナイス、エル公!」

「む~。さっきはちゃんと呼んでくれたのです~」


 僧侶の肩からプンスカ怒るエルを無視して、魔法使いは武闘家を地面へ降ろしてから王子を振り返った。


「死に方考えてる時間は終わりだ。王サマはどこへ逃した」

「父なら既に騎士の元だ。何、話してやる暇はたっぷり掛けてやる。走れるか、庶民。因みに私は足がガクブルだ」

「おめーが走れる状態じゃねーだろ!」


 下を見なければ格好良くキメてるのに、震えっぱなしの下半身で台無しだ。今にも腰が抜けそうだけど、それはプライドが許さないのか、なんとか踏ん張っている。


「我が妹よ。こんな兄でも慕ってくれるか?」

「もちろんですわ、お兄様。魔王様の次くらいに」

「構わん!」


 それでいいんだ。

 そんな兄にはもう興味がないとばかりに、姫騎士は外への扉に手をかけた。


「さ、早く行きますわよ。騒がしくなってきたことですし」


 ちらりと視線を上へ上げれば、確かに、螺旋階段を駆け下りてくる音と、騒ぎ声が近づいてきている。もたもたしている暇はなさそうだ。


「魔法使い、もう大丈夫だよ。ありがとう」


 まだふらつく勇者が、軽く魔法使いを押して離れる。武闘家はまだ心配そうな顔をしているけれど、押し問答をしている場合でもない。

 勇者が自分の指を見る。あの指輪が光を反射して輝いている。


「王子、王様は騎士の元とおっしゃいましたね」

「嘘は言っておらんぞ」

「お城に帰るはずがない。なら、その騎士と共に向かった場所があるはずですよね?それはどこですか」


 王子は躊躇う。けれども姫騎士が強く頷くのを見、


「……辺境伯の屋敷だ。しかし今からでは」


 と悔しげに唇を噛んだ。

 指輪に手をやった勇者が「よし」と全員を見渡す。兄妹以外の全員が、わかっているというように頷いた。


「指輪よ。僕の望む場所への穴を開いてくれ!」


 勇者が高く指輪を掲げた。一瞬光ると、それは孤児院の時みたいに真っ暗な穴を目の前へ出現させる。


「皆、行こう!」


 勇者が差し伸べた手に捕まるようにして、僕たちは穴へと吸い込まれていった。






 着いたのは、前にお世話になった辺境伯の別邸の広間だった。


 ソファへ腰かけ、優雅に本を読んでいた伯。それから見たことない、小太りの冴えない眼鏡のおっさん。眼鏡は不安そうに伯を眺めていたけれど、急に現れた僕たちに更に焦ったのか、逃げるようにしてソファの後ろへ回った。


「伯、お久しぶりです!」


 勇者が少し疲れの滲んだ笑顔を向ける。

 伯は本を机へ置くと、僕たち、いや兄妹に目を止めた。


「ほら、陛下。何も心配する必要はなかったでしょう」


 陛下。つまりあの眼鏡は王様なのか。全然見えないし、どちらかと言えば伯のが偉そうだ。


「ききき貴様!我が子たちに何用だ!」

「陛下。私の後ろからでは凄みも威厳もあったものではないですな」


 伯はそう言って立ち上がり、僕たちに「元気そうで何よりだ」と優しく笑いかけてくれた。


「伯。いきなりで申し訳ないのですが……」

「あぁ、安心したまえ。事情は概ね理解している。そして殿下は私のことも知っている、いや知った、のが正しいかな」


 さして慌てる様子もなく、伯はあのジジイの執事を呼ぶと、何か用意させるよう言い、それから僕たちに座るよう促した。


「そうだな……。殿下からの話を一先ず私からしようか」


 兄妹を少しいいソファに座らせて、それから武闘家とエルが質素な椅子に座る。男組は場所もないから、失礼かなとは思ったけど、床に座らせてもらった(魔法使いは気にしてないけど)。


「少し前のことだ。殿下から“魔王は力があるとお考えか”と問われてな。私は“力があるならば侵略など容易いのでは?”と答えた」

「我が妹が惚れ込む相手だ。不躾ながら観察日記も読ませてもらった。そして考えた。力のない魔王軍を、なぜああも協会は警戒するのかと」


 王子は大袈裟すぎるくらいに身振り手振りを交えながら話していく。


「しかし我が父は協会に盲信している。協会の怪しさを説いたとて、聞き入れてはくれぬだろう。ならば内側から暴くしかないと踏んだのだ」

「それで?暴けたのかよ」


 執事が持ってきた“まふぃん”に手を伸ばして、魔法使いが皮肉たっぷりに問う。


「父よ。あれを見て尚、協会を信じるというのですか」

「し、しかしあんなもの、出来るわけが……」


 未だにソファの後ろで丸くなって震えている王様。


「一体何を見てきたんだ?」

「……信じてくれないかもしれないが、人間や動物を魔物に変えていたのだ」

「なかなかそれは……、ハードな話だなーおい」


 真剣な顔つきで、けれども自分が格好良く見える角度は崩さずに、


「魔物に対するには、己にも同じ力を得るしかないのだと言っていた。目には目を、歯には歯を。魔物には魔物を、ということだな。協会は人間が大切だと言ってはいるが、その実、その為の犠牲も致し方なしという考えのようだ」

「はっ、なるほど。協会で魔物を作る、解き放つ、魔王軍の仕業だと騒ぎ立てる。作りすぎた分はあの森で管理して、さも魔物から守っているように見せる。よく出来た儲け話だな」


 魔法使いが心底嫌そうに、次のまふぃんをかじった。

 しかしその話、どこかで聞いた。つい最近だ。

 勇者も同じことを思い出したのか、しばらく黙っていたかと思うと、ぽつりと「“虹の国”……?」と呟いた。


「“虹の国”?聞いたことない国ですね」

「あ、あぁうん。協会の本で少し読んでね、昔、奇跡の一族と錬金術士(アルフィリスト)が住んでた国らしいんだけど」

「ん~、それって“灰の国”なのです~?」


 ウサギ型の林檎をかじるエルが、壁にかけてある世界地図を指差した。


「“白の国”と“青の国”の間に小さな島があって、そこが“灰の国”なのです~。名前の通り、たくさんの灰が積もっている、一面灰色の国なのです~」


 ご機嫌に説明してくれたけれど、そんな島は地図に見当たらない。姫騎士が「間違いではなくて?」と腕組みをした。


「間違いではないのです~。でも地図から消えたのは、えっとえっと~、エルちゃんが生まれる前なのです~」


 最低でも百五十年前かよ!知るわけないだろ!

 また林檎をかじりだしたエルを放っといて、勇者たちはどうしようかと話し始める。


「“灰の国”、僕は行ってみる価値があると思う。協会と何か繋がりがあるのかもしれない」

「でも一面灰なら誰も住んでいないのでは……?」

「誰かに会う必要はねーだろうよ。ま、何かに会うかもしんねーけどな」


 怖いことをしれっと言うなよ……。


「じゃ、行く方法も考えないとだね」

「ちょっとお待ちなさい」


 意気込む勇者に、姫騎士が横槍を入れてきた。


「なんだい、姫騎士」

「約束。守らないつもりなのかしら?」

「あ」


 行く方法の前に、もう一波乱起きそうだ――。



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