君が望んだ未来への系譜。
虹色のその剣は、勇者の思いに応えるように眩しく輝いている。
「勇者!」
脳裏に“白の国”でのことが過ぎったのか、魔法使いが声の限り勇者を呼んだ。それに答えるように、勇者は大きく息を吸って、静かに吐き出すと、
「大丈夫。あの時みたいに、僕はもう怒りで剣は振るわない。だけど、振るわなきゃいけない時の分別はつけてるつもりだ。そしてそれは」
勇者が地面を蹴った!僕は慌てて肩から飛び降りた!せめて僕がいることを忘れないでほしい!
「今振るわなきゃいけないんだ!」
なんかかっこいいことを言いながら、大きく振りかぶった剣を振り降ろした!
迷いのないそれは、微動だにしない協官の頭をかち割るかと思った、んだけど。
「っ!?」
見えない何かに受け止められるように、勇者の剣は協官には届かずに止まってしまった。
あの見えない壁みたいなの、なんだろう?魔法?いや、でもあんな魔法は見たことない。
「魔法力を詞に乗せて発するだけの能無しに、わたしの魔法力を破れるとでも!?」
「くっ」
勇者が一旦引いた。けれど協官はその隙を逃さずに魔法を唄い始める。
「月下へ渡る永久の、在りし有りして氷面鏡。冷たき息吹は誰が為。咲きし銀花は我が為。果てへと続き、風花と舞え!氷冠!」
氷の一番強い魔法だ!
協官が両手を空にかざすと、空中に大きな氷の塊が出来上がっていく。それは切っ先を尖らせていて、あんなの刺さったら、凍死になるのか刺殺になるのかよくわからないよ!
「せめてもの慈悲です。皆さんで仲良く樹氷になりなさい」
協官が両手を降ろした。
大きな塊が僕たち目掛けて飛んでくる。
ああああ!もう駄目だ、刺さる!
「死炎!」
勇者だ。
両手に激しく燃える炎を出現させて、それをひとつに合わせたかと思うと、飛んでくる塊を迎え撃つように突き出した!
二つの魔法は激しくぶつかると相殺しあったのか、水蒸気が辺りに立ち込める。
「ほぉぉおおお!死炎を詞なしで使うとは、今の魔王とそっくりですな!ま、威力も本人の魔法力も、魔王には遠く及ばないようですが」
「ぅ……」
勇者が膝から崩れ落ちた。
すぐに魔法使いが駆け寄って肩を貸す。僕も魔法使いの肩から勇者の顔を覗き込んだ。顔色が悪いし、呼吸も荒い。出来もしないことをするからだよ!馬鹿勇者!
「ゆうちゃ!」
「み、んな……大丈夫、かい?」
「安心しな!おめーのお陰で誰も冷凍保存されずに済んだぜ!」
魔法使いがなるべく軽口を叩く。けれど、こんな状態の勇者と、戦意喪失気味の姫騎士を連れて逃げるなんて出来っこないよ!
それは魔法使いだって感じてるんだ。勇者の指輪を使おうにも、今の勇者じゃ使えない。あぁもう、どうする、どうする?
「さて、次は防げませんね」
協官が再び魔法を唄い出す。
「暗夜に彷徨う木偶人形。導く歩は進み征く灯台。糸を失くして曙光を祖に!火雷電気毒王!」
空に真っ黒な雲が集まってくる。電気が走るそれを見て、あんなもの落ちたら黒焦げじゃ済まないと涙目で見上げた。
「さようなら」
協官が優雅な動きで頭を下げた。
激しい音が聞こえて、今度こそ防げないと目を強く強く閉じた。
すると、耳に残る少し低めの声が響いてきた。
「怒りに狂った地裂の罠、響くは無、底無しの沼。万事を以て秘めたる静寂を解き放て!巨石!」
僕たちを包むように地面が盛り上がる。
雷が地面に直撃すると、そのまま砂へ戻ってしまった。
「……おにい、さま?」
半分放心状態だった姫騎士が、声の聞こえた入口に目をやる。マフラーみたいな、なんかかっこいい服をはためかせた奴がいた。立ち方もなんか、こう……魅せ方を意識してそうな感じだ。
「お兄様!」
「皆は無事のようだな!積もる話もあるだろうが、ひとまずは協官、貴様を裁かなければなるまい」
どうやらこのナルシストが王子らしい。
顔を片手で覆って、指の隙間から協官を見据えている。
「何か弁明があるなら聞こう。最も、この私と、そして父と、我が妹を陥れたことに、微塵の慈悲もないがな」
ビシッと音が鳴りそうな勢いで協官を指差して、それから小さく「決まった……」と呟いた。王子の姿を見た姫騎士は元気を取り戻したのか、ずっと「お兄様!」と騒いでいる。
「……ナルシスト王子とか、まじか」
「ふっ、そこの庶民、聞こえているぞ。しかし我が妹を助けてくれたことに感謝し、今は流してやろう。感謝するがいい」
「……おー、そーか」
呆れながらも、魔法使いは肩を貸したまま少しずつ下がって皆と合流する。半人間が王子だったんじゃないのとか、王様はどことか、今はそんなのどうでもいい。
「逃げれるんだろうな」
「逃げる?王族に逃げるの辞書はない」
「文字の間違いですよねそれ!」
「ハッハッハッ。御令嬢、なかなかジョークが上手いようだ。よければどうだろう、今度食事でも」
「うるせー!おめーら走る準備をしろ!」
なんだ?わけがわからないけど、僕は落ちないように魔法使いの肩に力いっぱい引っ付いた。
「教えてやるよ、人は闇だけに隠れるだけじゃねーってことをな。てめーらみてーな奴は、光に焼かれちまいな!閃光弾!」
魔法使いが懐から何かを取り出して、地面に思いきり叩きつけた!途端に眩しくなって、何も見えなくなる。
勇者に肩を貸したままで、片手に武闘家を抱えて、魔法使いは吹き抜けを飛び降りる。ほぼ同時に王子と姫騎士も続いて、最後にエルを肩車した僧侶が飛び降りた。
上から微かに「必ず!必ずや……!」と叫び声が聞こえたけど、それは次第に聞こえなくなっていった。
※
後世、もしこの研究が誰かに知られれば、いや知られてはいけないものなんだけど。
恐らく、悪用されてしまうのだろう。
確立させた自分が言うのもなんだけど、これは手を伸ばしてはいけない領域だった。
人の生命を弄ぶようなその行為は、数えられないほどの人間を死なせ、また生き残った者は“人間ではないナニカ”へと変貌していった。
生命を材料や資源としてしか見ていなかった自分たちへの、いや自分への罰なのだと思う。
しかし、自分にはもうそれを止める術がない。来るところまで来てしまったのだ。もう、止まることすら許されない。
唯一同じ志を持っていた同期は、既に最初の一人として世に放たれてしまった。あの同期が狂ったように“奇跡の血”を求めるのは、内に秘めた憎しみからなのか、それとも……。
何度か言葉を交えようと試行錯誤をしてみたものの、どうやらナニカになってしまうと、人間だった頃の記憶は薄れていくらしい。それを見た王は「改善しろ」と言うだけで、あの同期については触れることすらしない。
自分もああなるのだろうか。
いや。せめて、自分も人間では無くなるのだとしても、この記憶は持っていなければならない。自分はこれを記憶し、そして、石を回収しなければ……。
せめて。
先に逃した従兄が、王女とどこか遠くで暮らしてくれればと願う。
あぁ、時間だ。
今日、この日を以て、祖国“虹の国”はその歴史に幕を閉じるだろう。
誰も望まぬ、誰も想像すらし得なかった現象で。
※
――何処に埋もれた、ある錬金術士の手記より――