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空中庭園。

 長い階段を駆け上がる。

 たまに部屋から漏れている明かりにビクビクしながら、そんな時は足音を忍ばせて、なるべく静かに、でも早く上へと向かう。


 そうして上がりきった先に、一際大きな扉が見えた。

 コップ?ツボ?に巻き付くように葉が描かれたその扉は、“赤の国”で土妖精(ドワーフ)の里へ入る扉に描かれていたものと同じだ。


「この扉の先に空中庭園がありますわ。鍵はそちらの部屋か、こちらの部屋にありますので、手分けして探しましょう」

「わかったよ。姫騎士も気をつけて」

「心配は無用ですわ」


 高飛車な態度は崩さず、姫騎士は少し離れた部屋へと入っていった。それを見送った勇者も、近くの部屋のドアノブに手をかけた。


 ゆっくりと開いて、中に誰もいないことを確認すると、勇者はするりと体を中へ滑り込ませる。

 扉を閉めた途端に真っ暗になって、何も見えなくなる。勇者が下げた袋から蝋燭を一本取り出して、魔法で火をつけた。


「本がいっぱいだね……」


 薄明かりに照らされた中、ずらりと並んだ本棚に圧倒される。勇者の背丈より少し高い本棚には、なんだか難しいタイトルが書かれている。


 “協会の歩みと歴史”

 “人類同祖論”

 “人の思考とその可能性について”

 “虹の王国史”


 小難しそうな本ばかりだ。鍵なんてどこにもなさそうだし、向こうの姫騎士と合流しようかと考えていると、


「“虹の王国”?」


 勇者が手に取ったのは、古びた分厚い本だ。表紙には金ピカな装飾に、虹色に輝く宝石がついている。


「結構重たい、なっと……」


 近くの机にそれを広げて、勇者は真ん中くらいを開いた。文字が掠れていて読めない部分もあるけれど、勇者は指でなぞって少しずつ読んでいく。


「“虹の王国”と呼ばれたその国には、“奇跡の魔法”を扱う――と、錬金術士(アルフィリスト)と呼ばれた人間が住んでいた。しかしある日、筆頭錬金術士と呼ばれた――によって、“虹の王国”は消滅し、世界に魔物を解き放つことになった」


 その話、今までに聞いたことがあるぞ?

 でも確かその国の名前は“虹の王国”ではなく、“灰の国”と呼ばれていたような。それに魔物を放ったなんて聞いたことないし……。

 勇者が真剣な顔で、更に少し先のページをめくっていく。僕も見逃さないようにと、勇者の手元を一生懸命に追いかけていく。


「錬金術士たちの成果は多岐に渡る。その中で最も注目されるべきは、――が理論を確立させた不死の技法だろう。しかし彼はそれを禁呪とし、その全てを――に葬り姿を消したとされている」

「読書とは呑気なものね」


 更にめくろうとした手が、背後からかけられた声によってピタリと止まった。


「ひ、姫騎士か」

「不満気ね。見回りの協官ではなかったことに感謝なさい。それで?何をそんなに読んでいたのかしら?」


 少し呆れた様子で近寄ってきた姫騎士が、同じように本に目を落とした。


「不老不死、ではなく不死だけに焦点を当てているのが気になるところですわね。老いはしても死なないということなのか、それとも……」


 姫騎士は首を横に振ると、手に握られた鍵を勇者に見せてみせる。


「考えるのは後でも出来ますし、今は早く向かいましょう。見回りの協官が来ないのも怪しいですし」

「わかったよ、ごめん」


 軽く謝ってから、勇者は分厚いそれをまた元に戻した。蝋燭の火を吹いてから消すと、先に行った姫騎士の後を追いかける。


 鍵は羽根の装飾がされたシンプルなものだった。それをあの扉の、ツボ?の部分の鍵穴に差す。そうして少し待っていると、カツンカツンと何かがものすごい勢いで近づいてくるような音が聞こえて、


「よー、待たせたな」


 武闘家を背負った魔法使いが姿を表した。どうやら階段の手すりを、右に左にと飛び跳ねて上がってきたらしい。相変わらず人間離れしてる奴だ。


「魔法使い、武闘家」


 にっこり笑う勇者に、魔法使いもにやりと笑ってみせて、降ろした武闘家に「ほれ」と扉を示す。何か言いたげな顔をしながらも、武闘家はポケットから出した鍵を同じように扉へ差した。


「と~ちゃくなのです~」

「……」


 そう言って吹き抜けから姿を表したのは、エルを肩車した僧侶だ。待って待って、まさか下から垂直に上昇してきたの!?人間とか着ぐるみとかいう問題じゃない。


 嬉しそうにエルが鍵を差すのを見ながら、姫騎士が勇者に耳打ちしている。


「貴方のお仲間は人間離れしてますのね……」

「でも皆いい人だよ?」

「それは……、ふふっ、そうね。貴方がそう仰るのなら、そうなのでしょうね」


 可笑しそうに口元を隠して、姫騎士は扉に手をかけた。けれども勇者がそれを制して、自分の後ろに姫騎士を下がらせた。


「僕が開けるよ。姫騎士に何かあったら、魔王とデート出来なくなっちゃうからね」

「貴方も、気をつけないといけませんわよ」

「うん」


 朗らかに笑って、でも勇者はすぐに顔を引き締めて、扉を開けた――。





 そこには男が一人、立っていた。

 その男は柔和な笑みを浮かべて、月明かりにも負けないほどの金の衣装を纏って、僕たちを穏やかに見つめてきた。


「おや……?こんばんは、姫様ではありませんか?」

「あなたは……?」

「協主様の名代として父と兄に話をした協官ですわ。胡散臭さが漂ってましたので、わたくしはハナから信用などしておりませんでしたが」


 姫騎士が細剣を構える。争う気満々の姫騎士を諌めて、勇者が一歩進み出る。


「協官様、僕たちは争いに来たわけではありません。王様と王子がここにいると聞き、お話をしたいと思いやって来ました。出来れば協主様ともお話をさせて頂けませんか?」


 勇者の言葉に男、いや協官は「はて」と首を傾げる。


「おかしいですね、お二人ならば既にお帰り頂きましたよ?お会いしませんでしたか?」

「あ?こんな一本道で会ったら気づくだろーよ」


 相手が誰であろうと食ってかかる魔法使いだけど、今日は一段と不機嫌だ。でもわかる。僕もこいつの態度、振る舞いには嫌気が差しているし。


「いえいえ、ちゃんとお帰し致しましたよ?協会に伝わる秘術を施して、ね」

「秘術……、まさか」


 勇者が何かに気づいたようにハッとする。


半人間(ジーラッハ)……?」


 協官はにたりと笑う。

 会った、確かに会った。半人間に。姫騎士がミンチにしたあいつだ。


「お会いしているじゃありませんか!どうでした?感動の再会となりましたか?」


 カラン、と姫騎士の手から細剣が落ちた。


「嘘……!嘘ですわ、そんなの、そんなの……!」


 よろめく姫騎士を、倒れないようにと武闘家が支える。

 魔法使いが協官を鋭く、憎しみのこもった視線を向ける。

 エルが信じられないというように体を震わせる。

 僧侶が鼻息荒くして、指を鳴らし始める。


 勇者が、剣を抜いた。


「協官様。いや、協官」


 剣が虹色に輝き出す。

 その先を向け、勇者は、あの時のように怒りのこもった目で協官を見つめた。


「僕はお前を、絶対に許さない……!」


 それを聞いた協官は、狂った笑い声を響かせた――。



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