人を惹きつける三つの言葉。
暗闇の森は危険がいっぱいだ。
月明かりに魔物の目が光ったかと思うと、すぐにそいつらは牙を剥いて飛びかかってくるんだから。
けれど、勇者と魔法使い、更には姫騎士も加わった僕たちの足を止めるには、全然力量が足りていなかった。
「思ったのですが……」
「どうかしまして?」
武闘家が辺りに気をやりながら、魔法使いの影から姫騎士を覗き見た。
「これほど魔物がいるのに、一般のかたは襲われないのですか?」
「都には協会の支部がありまして、そこで魔物除けの札を頂いて巡礼をなさるんです。わたくしたちには不要でしょうし、何より頂けませんわ」
それだけ説明して、姫騎士はズンズン進む。
「お、森を抜けるみたいだぜ」
お月様が真上を過ぎた頃。僕たちは森を抜けて、そして山肌が見えている道の前に出てきた。
迷うことはなさそうだ。だって、道は一本しかない。
そう。両側が崖の、落ちたら終わりみたいな道が、少し曲がりくねりながら、総本山へと続いている。
「わぁ、ドキドキするなぁ」
「ドキドキ、ですか。私もドキドキしてますよ、落ちそうで……」
狭くはないんだけど、大人五人が並んだら確実に危ないその道を、今度は勇者が先頭になって歩いていく。次に姫騎士、武闘家、魔法使い、それからエルを肩車した僧侶だ。
吹き上げてくる風が強くて、少しでも気を抜けば足元がふらつく。たまに後ろから「きゃっ」と悲鳴が上がるたびに、魔法使いの呆れたため息が聞こえた。
真ん中まで歩き切った頃、少し余裕が出てきたのか、勇者が前を向いたまま姫騎士に話しかけた。
「ねぇ、姫騎士。君は王女様なのに、なんで細剣を手にしたんだい?」
「わたくし、魔法力がありませんの」
意外な答えに、勇者が首だけ姫騎士に向けた。いや、前見て前!
「父も母も、兄も、魔法の才に秀でていまして。あぁ、だからといって兄を贔屓されたわけではございません。むしろわたくしは、ならば剣の才を磨き、国を守る騎士たちを率いてみせようと、幼き日に誓いを立てたのですわ」
姫騎士が、腰に差した細剣にそっと触れる。
「それに、万が一魔王様が間違いを犯した時にわたくしがお止めしませんと……。もちろんその後は閉じ込めて、わたくしが付きっきりで調教を、いえ教育をし直すのですわ」
「おもてー愛だなー。ま、好きにすればいーさ。首輪でも足枷でも、それこそ硝子ケースに入れて愛でるもよしだろ」
「貴方も捕まえるのに協力してくださる?」
「しねーよ。必要ねーだろ?」
笑う魔法使いに「そうですわね」と肯定して、姫騎士は鼻を鳴らした。さり気なく怖い会話な気もするけど、突っ込むのは更に怖いので黙っていることにする。
道は難なく通り終えて、それはそれは立派な白い建物が現れる。神々しさが溢れてて、手入れもされているようだ。
きっと昼間なら、たくさんの人がいるであろう噴水も、綺麗な花壇も、人気が無いとただの不気味なモニュメントに早変わり。人型の像も見下ろしてくるし、早く違う場所に移動したい。
「それで、ここからどうするんですか?王様やお兄さんがいる場所はわかりますか?」
武闘家の質問に、姫騎士は首を横に振る。
「姫騎士サン、なーんにも考えてないわけじゃないんだろ?」
「もちろんですわ。父と兄がどこにいるのかは存じませんが、儀式を行うのは、最上階の空中庭園ですわ。そこは魔法で鍵をかけられていまして、鍵を三つ揃えないと入れなくなっております」
なるほど。なら鍵を揃えて、扉を開けて……ってやること多くない?
「鍵の場所は?」
「調べでは、神の塔、愛の塔、正義の塔に安置してあるとありました」
「はんっ」
向かって真ん中、右、左を説明する姫騎士。それに魔法使いが、不愉快だと言わんばかりに鼻を鳴らした。
「人を心酔させる嫌な言葉の羅列じゃねーか」
同じく塔の名前を聞いた武闘家が、何かを思い出すように宙へ視線を彷徨わせた後「あ」と小さく声を上げた。
「“我らは神に愛されし愛しき子。汝がその御名を口にする時、いつ如何なる時代を得ようとも、必ずや神は我らに光を授けんとす。我らは正しき力を以て、正義の名の元に、その鉄鎚を振り降ろさん”」
「なんだそりゃ」
「協会の教えです。“白の国”では、これを暗唱出来るまで覚えさせられるんですよ」
明らかに顔をしかめた魔法使いをほっといて、武闘家は姫騎士に「そうですよね」と同意を求める。姫騎士は「そうですわ」と頷いてから、
「けれども勘違いしないでくださいませ。皆が皆、協会のその教えに賛同しているわけではございません。正しき力と言うのも怪しいものですし」
本当にこいつは王女様なんだろうか。
堂々と言い過ぎでは?
「それなら三つに別れたほうがいいね。いつものでいいかい?」
「いつものって、ここは喫茶店じゃねーぞ」
「帰ったら魔王領で甘いもの食べたいのです~」
夜中にしては元気なエル。魔法使いは苦笑いすると、武闘家について来いと手で示しながら左の、正義の塔へ入っていく。
「ちょ、ちょっと。場所聞かなくていいんですか?」
「てきとーに探せばあんだろ」
適当なのはお前の頭ん中だよ、この脳筋。
「あ!魔法使い、壊しちゃ駄目だよ!」
「わーってら。そっちも精々頑張んなー」
鍵を壊すくらいの馬鹿力。まぁ、魔法使いなら有り得るから怖い。
「……」
「もちろんなのです~。さ、出発なのです~!」
エルが元気に手を上げて、右の愛の塔へ入っていく。まぁ、なんだかんだで僧侶がいるし、なんとかなるだろう。
そして僕たち。
「あれですのね、貴方のお仲間は話を聞くのが不得手なのかしら?」
「あはは……。でも任せていいよ。皆、ここまで一緒に来てくれた仲間だから」
勇者が「さぁ、行こう」と真ん中の神の塔へ入っていく。姫騎士が「仕切らないでくださる?」と不満気に言うのを、勇者が口に指を当てて静かにとジェスチャーをした。
木造の扉には鍵はかかっていなくて、不用心だなと思ったけど、そもそもこんな場所に夜中に来る奴はいないだろう。
中は上までずっと吹き抜けが続いていて、螺旋階段が続いている。ところどころに部屋があるっぽいから、しらみ潰しに探してたら夜が明けてしまいそう。
「どの部屋かな?」
「神の塔の鍵は、空中庭園の手前の部屋ですわ」
「意外とすぐだね」
「そう思われるでしょう?これ、どれだけ高いと思ってますの?」
見上げる僕たち。夜だから上が見えないのかなと思っていたけど、今の言葉を察するに、高すぎて暗いのだとわかった。
「体力に自信はおあり?」
勇者は少し考える。それから照れたように頭を掻いて、
「半日薪割り出来るくらいには」
「十分ですわ、走りましょう」
足音を立てずに走り出す姫騎士。あんなに早いのに足音ひとつしないとか、あいつ人間かな、大丈夫かな……。
勇者の肩でバランスを取りながら、僕は前を行く姫騎士をじっと眺めていた。