高速の白百合。
言われた通りの二日目の夜。
僕たちは借りていた宿を引き払うと、夜の都へと繰り出した。
昼間は大道芸人やら行商人やらで騒がしい都も、夜になればたちまち静かになる。たまに聞こえてくるのは、酒場からの喧騒と、それを煽る誰かの声。駆り出される兵士たちが、気の毒に思えんでもない。
その中に、あの日と同じ仮面に鎧を身にまとった姫騎士の姿が見えて、僕たちは足早に合流をした。
「姫騎士様!」
「御機嫌よう。今夜の月はいかがしら?」
仮面を少しずらして僕たちに笑ってみせてから、姫騎士は控えていた年配の騎士に目配せをする。
「後は任せましたわ」
「はい、姫様。どうかご武運を」
姫騎士はひとつ頷いてから、僕たちに「都から出ましょう」と言い、先を歩き出した。
途中、あまり流行ってなさそうな小さな酒場へ入ると、姫騎士は「待ってなさい」と伝えて奥へ入っていく。言われた通り待っていると、
「お待たせしましたわ」
と、さっきまで着ていた鎧を脱いで、動きやすそうな軽装姿へと早変わりしてきた。惜しみなく出された細い脚に、魔法使いがだらしなく鼻の下を伸ばす。もちろん武闘家に思いきり足を踏まれた。
「っとに、おめーは乱暴だな!」
「いつもいつも女の人ばかり見てるからですよ!」
いがみ合う二人を「まぁまぁ」と勇者が宥めて、それから改めて姫騎士を見る。
腰から下げているのは細剣だ。その反対にはあの仮面を下げている。
「もしかして、その仮面は魔王を真似してるんですか?」
「えぇえぇ、もちろんですわ!これも作らせた特注品ですの!わたくしが騎士団を率いて魔王軍に攻めましてね、絵師や彫金師に作らせたのですわ!」
あぁ。だから何度も騎士団は攻めていたわけだ。私欲の為に騎士団を率いるとか、全くどんな根性なんだろう。
「危ないとか思わなかったんですか?」
勇者の質問に、姫騎士は「もちろんですわ」と胸を張る。
「魔王様は、いえ、彼らがこちらを殺る気などないことくらい、わたくしにはわかっておりましたもの。それから貴方がた、わたくしに気など使って頂かなくて結構。戦場ではそれすらも命取りになりかねませんことよ?」
酒場を出る際に姫騎士はくるりと振り返って「返事をなさい?」と不敵に笑った。勇者は一瞬驚いたけれど、すぐに口元を引き締めて頷くと、
「わかったよ、姫騎士」
と手を出した。それを握り返し、姫騎士は「行きますわよ」と酒場を後にした。
夜だからか、姫騎士の顔はよく見えず、通り過ぎていく民たちは誰も姫騎士に気づくことはなかった。騎士でさえ、喧騒を収めるのに忙しいのか、騒ぎを起こしていない僕たちには無関心だ。
それでも困ったことがある。
都の西に山があって、その上に総本山があるんだけど、その山の麓にある森へ入るのに、どうやら検問所を抜けないといけないんだって。流石に姫騎士は通れないんじゃないかと、近くの物陰にて話しているところだ。
「どうしよっか、あれじゃ通れないね」
「んなもん、堂々と入ればいーじゃねーか」
「貴方の堂々は堂々過ぎるから問題なんですよ……」
指を鳴らす魔法使い。武闘家は呆れたようにそれを見て、姫騎士に「でも……」と向き直った。
「姫騎士さんは通れないのですか?」
「魔王を討伐すると意気込む父が、魔王様をお慕いしているわたくしを通すとでも?」
「ですよね……」
さてどうしたものかと頭を抱えていると、お昼寝からやっと起きたらしいエルが、僧侶の上で「ん~」と背伸びをした。そして首を傾げると、
「簡単なのです~。姫騎士が姫騎士に見えないようにしちゃえばいいのです~」
「なるほど!流石エルちゃん、そういう魔法があるんだね!」
森妖精しか知らないとか、扱えない魔法でもあるのかな?だとすれば勿体ぶり過ぎるだろ。
全員が期待の眼差しをエルに向ける中、エルは僧侶の頭を軽く叩いてから、にっこりと微笑んだ。
「僧侶~、お願いなのです~」
僧侶?確かに奇跡の魔法を使えはしたけど、そんな魔法も使えるのかな?何をするつもりかと見ていると、僧侶は自分の服に両手をかけて――。
パカッ。
「!?!?!?」
開いたぁぁあああ!あいつ!あいつ着ぐるみ!着ぐるみを真ん中からパカッて開きやがった!
困惑する僕たちを他所に、僧侶はそのまま姫騎士をばくりと食べてしまった!(食べたとは違うけど)。
「な、な、いきなりなんですの!」
僧侶の中から姫騎士の声が聞こえてくる。
ある意味ホラーだ。
「ちょ、ちょっとここ……。案外居心地いいもの、かしら……?」
いいの!?中身おっさんじゃなかったっけ!?
「そ、そうりょ……、たべた……」
「まー、これで通れるか。ほれ行くぞ」
勇者の頭で震える僕には目もくれず、チャンスだとばかりに魔法使いが先に行く。騎士たちは僕たちを怪しいとは思わなかったのか、素直に通してくれた。
少し進んだところで物陰に潜んで、僧侶は姫騎士を外に出した。少し暑かったのか、頬に張りついた髪を手で掬って姫騎士は一息つく。
「助かりましたわ、僧侶様」
「……」
「とんでもないです。なかなか良いものでしたわ」
なんの話をしてるのかさっぱりだし、てかお前も僧侶が何言ってるのかわかるんかい!
「にしても、なんつーか……薄気味悪い森だな」
「それはそうでしょう。何せ、ここには魔物がいるのですから」
当たり前だと言わんばかりの姫騎士。
「それはどういうことだい?」
「わたくしも父から聞いただけですが、この森は周囲を魔法で覆っているんですの。協会が出来た、それこそ昔の話ですが、その際に“白の国”の魔物をここへ集めたらしいのです」
「矛盾してんなー」
杖を手にした魔法使いが、片手で耳をほじりながら続ける。
「人間以外を化け物呼ばわりする協主サマ。その協主サマのお膝元にわざわざ集めるたー、意味深なこって」
「守るため、とかじゃないですか?」
「それなら魔物を殺っちまえばいー話だ。逆かもしれねーなー、こりゃ」
指についた耳クソを吹いて、魔法使いは道の先にある山を見上げる。山肌が見えている総本山は、森を抜けても尚道のりは厳しそうだ。
「魔法使い、逆って……ん?」
勇者が剣を抜いた。
空気が張り詰める。木がカサカサと揺れている。
「お出迎えにしちゃ、ちょっと豪華な相手のようだなー」
魔法使いが杖を森へ向け――、
暗闇から巨大な手が伸びてきたのはすぐだった。
その手から逃げるように、各々が散り散りに飛ぶ。
手は地面を殴りつけると再び高く振りかざした。
「ああああの手はなんですか!」
動転気味の武闘家を庇うように前に立ち、魔法使いが「お出迎えだよ」とにやりと笑う。
木々を薙ぎ倒しながら姿を現したのは、巨大な人間、のようなものだ。大きな頭に目はひとつしかないし、手だって片方しかない。足なんて一本だ。どうやって移動するのか疑問しかない。
「半人間ですわ。ここ以外では生息していないと城の文献にありました」
「勤勉な姫騎士サンだな……っと」
半人間が振り回す腕を軽々とよけて、魔法使いが「見た目の割にはえーな」と武闘家を小脇に抱える。
「せめて背負ってくれませんか!?」
「両手が塞がるだろ、バカか!?」
言いながらも身軽に距離を取って、魔法使いは少し乱暴に武闘家を地面に落とした。
「氷蝕!」
勇者が魔法を使う。それは半人間の足元を凍らせて、一瞬だけ隙を作った。
細剣を握る姫騎士が地面を蹴る。
「白剣技・速」
そう聞こえたかと思うと、姫騎士は地面に格好良く着地を決めていた。
「散りなさい」
髪を風に舞わせ振り返ると、半人間はミンチのように細かくなって地面に崩れてしまった。
姫騎士強くない!?
「うわぁ、すごいや!」
「当たり前ですわ。こう見えて騎士を率いているのですよ?腕に覚えが無ければ、そもそもここに来たりしませんことよ」
細剣をしまった姫騎士は「行きますわよ」と背を向けてズンズン歩いていく。その背中を追いかける僕たちが、あの半人間について知るのは、結構すぐになるわけなんだけど。