抱えた宝石の重さと輝きと、金勘定。
とりあえず、眠ったままの騎士は隅っこに縛っておいて、魔法使いは武闘家が降りるのを手伝ってから、椅子に座ったままの姫騎士をまじまじと見つめる。
悲鳴のひとつでも上げて、騎士や護衛を呼ぶかと思ったのだけど、やはりそこは肝が座っているらしい。僕たちに対して、特に騒ぎ立てることもしなかった。
「結構大人しく言うこと聞くんだなー、姫騎士サン」
「ここで助けを呼んだとして、仮にも獣妖精解放に関わった者をどうにか出来るだなんて思っておりませんわ」
姫騎士は立ち上がって戸棚へ向かうと、いくつかの包みとティーセットを取り出してきた。
「お話は長くなるのかしら?それでしたら、わたくしお茶にしたいのですけれども」
燦然とした態度を崩さずに言った姫騎士に、魔法使いは楽しそうににやりと口元を歪める。それから図々しく適当なソファへ座ると「いーもん使ってんなー」と体を預けた。
「ま、魔法使いさん……!」
「よろしければ貴方もお座りになって。御令嬢……、とお呼びしたほうがよろしいかしら?」
「……っ」
「そんなに身を固くしなくてもよろしくてよ。先程も言いましたが、わたくし一人ではどうしようも出来ませんので」
武闘家に対しては優しい笑みを向けた姫騎士は、僧侶とエルを見てからしばらく考え、
「森妖精の子女と……、それから貴婦人のかたですか?貴方がたもどうぞ」
いやいや、どこをどう見たら貴婦人になるんだよ!お前も目がおかしい系の奴かよ!
でも誰も突っ込まず、むしろ僧侶なんかは少し嬉しそうに頬を染めて軽く会釈してから、エルと一緒に違うソファに座った。
「貴方がたのお話はなんだったかしら。あぁ、父にお会いしたいとか」
「はい。姫騎士様、どうかお願いします」
「お願いされましても……。まず、貴方がた、ここへ不法侵入されてますでしょ?いきなり来た、初対面にも近いかたのお願いを聞けるほど、流石のわたくしも愚かではございませんよ」
自分の紅茶をテキパキと用意しながら、姫騎士ははっきりと要求を突っぱねた。確かにそうだよね、明らかに僕たちが悪者のこの状況で、浅ましくもお願いだなんて……。
「よし。じゃ、魔王に会わせてやるよ」
「のりましょう」
うんうん、そんな要求にのるわけ……え?のった……?
「魔法使いさん、そんな簡単に決めていいんですか……?」
「あの魔王なら大丈夫だろ。仮にも統治してる奴だぜ?こんなん慣れっこだ」
今頃くしゃみでもしてそうな魔王が思い浮かんで、僕は少しだけあいつが気の毒に思った。
「てことで、交渉成立だ。なんなら会うだけじゃなく、デートの約束も取り付けてやんよ」
「まぁ!わたくし、あの方と街を歩くの夢だったんですの!」
姫騎士は待ち切れないとばかりに立ち上がると、ベッドに置いてある一際大きな魔王人形を抱きしめた。なんだか少しヨレヨレだし、なんならところどころ汚れてるし……。
「魔王様、わたくし貴方のことをお慕いしておりました。“えぇ、俺もですよ、姫。貴方を一目見た時から、この乾いた心は高鳴り始め、いつ如何なる時でも、姫のことを考えておりました”。そんな、魔王様……」
寒い小芝居だ。まぁ、本人は満足そうだから、何も言わないほうがいいんだろうな……。
最後の締めに「魔王様!」と魔王人形に顔を埋めてから、姫騎士は魔王人形を抱いたまま席へと戻ってきた。膝の上に乗った魔王人形が、心無しか少し悲しそうに見えた。
「それにしても貴方、粗野で乱暴そうな風貌の割には聡明のようですわね。魔法使い、だったかしら?」
「色々余計だが、褒めて頂いたと受け取っておきましょう、姫騎士サン」
魔法使いはそう言って手をひらひらと振った。いつもと変わりないように見えるけれど、あいつが聡明?絶対嘘だ、だって脳筋だもの。
「でも魔法使いさん、本当に姫騎士様を信じてもいいんでしょうか……」
「なーんだ、不安か?なら教えてやるよ」
魔法使いが懐から出した何冊かの本のうち、いくつかを武闘家に投げてよこした。開けと言わんばかりに顎で示されて、武闘家が渋々中を開けると、そこには魔王軍のことがびっしりと書かれていたのだ。
丸みのある文字は魔法使いのものじゃない。姫騎士が「見ないでくださいませー!」と悲鳴を上げている。勇者も武闘家から日記を受け取って、何日かぶんを読んでいる。
「これは……、魔王軍の日記?」
「そんな懇切丁寧に、いや、むしろストーカー並みに魔王を観察してる奴が嘘つくとは思えねーからな。てことは、だ。魔王軍がどこも侵略してねーことも、この姫騎士サンは理解してるってこった。違うか?」
姫騎士は勇者から日記を必死の形相で取り上げた後、真っ赤な顔のまま「理解しております!」と半ば叫ぶように言い放った。
「わたくしも父に……いえ、父と兄に進言したのです。けれども二人に聞く耳を持って頂けず……。今は城から離れ、協会にて清めの儀式を行っています」
「清めの儀式?」
「えぇ。儀式を行えば、魔物や魔族に対抗する力を手に出来ると協主様の名代に言われ、魔王軍を滅するのだと……」
人形を抱きしめる腕に力が入るのを見て、姫騎士は姫騎士なりに二人を止めようとしたことがよくわかる。それにしても、対抗する力って一体なんだろう……。
「ぅ……、うぅ……っ」
隅に転がしておいた騎士たちが芋虫みたいに動き出した。それを見た姫騎士が「早く逃げなさいな」と天井を見上げた。
「不法侵入者を見逃していーのか?」
「違いますわ。泳がすだけです。よろしければ、明後日の夜、わたくしが見回りに出ますので、その時に落ち合いませんこと?」
「協力してくれるってことでいいんですか?」
勇者が期待に満ちた目を姫騎士に向ける。姫騎士は「違いますわ」と苦笑いした。
「泳がすだけです。だから、存分に泳ぐといいですわ」
と、飾ってあるうちのひとつ、少し小さな魔王人形を勇者に手渡した。
「もし都でお尋ね者扱いされそうなら、それを提示なさい。それはわたくしが作らせた特注品です。それはわたくしの“知り合い”の証なので、捕まることはないはずですわ。けれども、協会派には気をつけるように」
勇者は姫騎士に頷いてみせ、強く人形を握りしめた。姫騎士が「優しくなさい!」と怒鳴るのを横目に、魔法使いが先に天井裏へ登った。続いて武闘家が登るのを勇者が下から支えて魔法使いが引っ張る。
エルを先に行かせた僧侶が、早くと急かすように勇者を振り返った。
「姫騎士様」
「早くなさい」
「ありがとうございます!」
腰の袋に少し乱暴に人形を入れてから、勇者は僕を頭に乗せて天井裏へ登った。意外と広い天井裏は、少し埃っぽかった。