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これはなんですか?いいえ、パンです。

 お尋ね者になっているかとビクビクしながら向かった都は、あの日みたいに賑わっていて、むしろ僕たちを知っている人なんて、一見すればいないように思えた。


「やっぱり活気があるねぇ」


 あんな目にあった都なのに、勇者は嫌な思い出なんか無かったみたいに笑った。思えばあの日、都に入って早々に捕まって、そしてそのまま逃げ出してきたから、都を観光する暇なんて無かったわけだけど。


 こうやって歩いてみると、あの日見た光景とさほど変わりはない。少しお洒落な服装の人、ごつい鎧をまとった人、それから行き交う行商人でさえ、とても小洒落た衣装だ。


「武闘家は都には来たことないんだっけ?」


 はぐれないように固まりながら、飛び交う声に負けないようにと、勇者がいつもより声を張り上げながら聞いた。


「あるにはある、のですが……。その時は私も小さかったので余り覚えてなくて。獣妖精(ベスティ)が来てからは、男爵領(フライヘルト)から出ることも出来ませんでしたし」

「あぁ、そっか……、ごめんね」

「あ、そうではなくてですね。だから私も、皆さんと一緒に回れて嬉しいのですよ!」


 はしゃぐように笑う武闘家を見て、勇者も「じゃ、同じだね」と嬉しそうに微笑んだ。

 もっと騎士の人が我が物顔で歩いてるイメージだったけど、意外と、というよりも、殆ど騎士や兵士は見かけない。道端で楽器演奏をしている人を囲んでいるのも、至って普通の人だ(もちろん服装は豪華なんだけど)。


「魔法剣士さんは王様に会ってほしいって言ってたけど、そんな簡単に会ってくれるのかなぁ」

「そこに男爵の一人娘がいるじゃねーか。コネくらい持ってんだろ」


 魔法使いが笑いながら、手のひらを上に向けて、親指と人差し指で丸を作ってみせた。武闘家が「あのですねぇ」と腰に手を当ててため息をついた。


「男爵や伯ならまだしも、まだ何も持たない小娘が、一国の王様に会えるわけないじゃないですか。それに都内での噂を聞いてみないと……」

「噂?」

「はい。確かに男爵領は獣妖精の手を離れました。その解放者が、一体どこの誰になっているのか、その情報を仕入れたいのです」

「なるほど」


 確かに武闘家の言う通りだ。

 獣妖精から解放するのは、並大抵のことではないし、仮に魔王軍が侵略してきたと伝わっているのだとすれば、そこからやって来た武闘家は、敵なのか味方なのかはっきりしない。

 なんとも面倒くさいことだ。


「なんつーか、面倒くせーなー」

「仕方ないじゃないですか。私がどう見られてるかわからないんですから」

「それはそれとして……。地下牢から城ん中って行けたっけなー、いや確か繋がってたよーな……」


 魔法使いはそう言うと、辺りを確認するように見回して、それから「よし」と笑った。何がよしなのかわからず、僕たちは黙って魔法使いを見ていると。


「大変だ!泥棒だ!金を盗まれた!」


 いきなり大声で叫びだした。

 勇者が「泥棒?大変だ!」と慌てている。あぁ、なんだろう、嫌な予感が……。


 集まってきた人だかりを押しのけて、大股でやって来たのは美人なお姉さんだった。鎧を着ているのを見るに、どうやら女騎士というものらしい。顔を隠すような仮面は、嫌でも魔王軍の面々を思い出させた。


「泥棒と聞きましたわ!どこですか!観念なさい!」


 スラリと抜いた細剣を構えて、その切っ先を僕と勇者へと向けた。


「……え?」


 勇者がわけもわからず、戸惑った様子で女騎士と魔法使いを交互に見た。


「女騎士サマ、アイツがツレの金を盗ったんだ!牢屋にぶち込んでやってくれ!」

「え?えぇ!?ま、待ってよ、そんなこと」

「おーっと、言い訳は無用だ。その懐に突っ込まれた金が何よりの証拠だ!」


 なんのことかと、勇者が自分の服をよくよく見てみる。確かに、ポケットやら懐やら、そして手にもいつの間にやらお金が握られていて、どう見ても言い訳なんて無意味なものに思える。


「こ、こんなの、いつの間に……!流石だよ、魔法使い!」

「ばか!ゆうちゃ、ばか!」


 感心してる場合じゃないよ!認めちゃったらお前が泥棒だって言ってるようなもんじゃないか!


「何を言っているのか、わたくしには理解が出来ませんが、まぁいいでしょう!往生あそばせ!」


 あっという間に勇者は縄を巻かれて、そのまま女騎士とその取り巻き騎士によって、僕と勇者は連れて行かれてしまった。

 勇者が最後に魔法使いを見る。その口元が動いたのを見て、勇者は小さく頷いたのだった。





 今は何時頃かなぁ。

 あ、ここ地下牢だからお日様見えないんだった。

 僕は勇者の頭に乗っかりながら、何回目かのため息をついた。


「大丈夫だよ。魔法使いたちが助けに来てくれるさ」


 その魔法使いのせいで地下牢にいるの忘れたのか?この能天気勇者め。

 勇者のお腹が鳴ったのを聞くに、たぶんもうお昼は過ぎてるんだろうけど、それ以上に時間が経っている気がする。勇者とこんなに長い時間二人でいるの、旅の始めのほう以来かも。あ、寝てる時間は省くよ!


「でもこれでお城には入れたね」

「……ばか」


 いや、そもそもさ、入るだけなら魔法使いがなんとか出来そうじゃないか。それこそなんだっけ、変な魔法で(魔法じゃないけど)。


 そうやって待っていると、カツンカツンと階段を誰かが降りてくる音が聞こえてきた。僕は勇者の頭から飛び降りて、誰が来たのかと格子の間から見てみる。

 ちなみにこの格子、僕のサイズなら簡単に出れるんだけど、出てったところで何か出来るわけじゃなし、大人しくしているだけだ。


 さっきの女騎士だ。でも鎧を脱いでいて、なんか魔法使いが喜びそうな薄手のドレスを着ている。横に控える騎士たちが、恭しく女騎士に頭を下げた。


「御機嫌よう」

「あ、さっきの女騎士さん」

「ふふふ。やっぱりですわ」

「やっぱり……?」


 女騎士は勇者を舐め回すように見つめた後、控えている騎士たちに何かを示した。すると騎士は鍵を開けて、勇者を両サイドからがっちりホールドして無理矢理立ち上がらせる。


「あ、あの……」

「大丈夫、怖くありませんわ。楽しいこと、いっぱいしましょ?」


 つ……と勇者の頬を人差し指で撫でた後、女騎士は「ついて来て」とまた階段を登り始めた。僕は置いてかれないように跳ねて、なんとか勇者の腰にぶら下がっている袋へダイブした。


 地上、と言っても建物の中には違いないんだけど、そこから見える景色は、もう既に夕方だった。こんな時間になっても迎えに来ないなんて、一体魔法使いはどこをほっつき歩いてるんだ。


「さ、いらっしゃい」


 女騎士の声が聞こえて、僕は顔だけ袋から出した(顔しかないよねってツッコミはなしだ)。

 どうやらここは女騎士のお部屋っぽい。全体的にピンクだし、そこら中に人形が飾られて……ん?なんだ、あの人形見たことあるような……。


「……魔王?」

「そうです!魔王様ですわ!巷では他の四天王人気が高いのが常ですが、わたくしはあの方一筋ですのよ!」

「は、はぁ……」


 急に体をくねらせ始めたかと思うと、女騎士は熱い魔王語りを始めた。正直ついていけないし、勇者も半分右から左である。


「わたくし調べましたの!貴方、男爵領を解放した際、あの場所にいたそうですわね?」

「……」


 勇者の顔つきが鋭くなる。


「あぁ、そんなに睨まないでくださいませ。わたくしは只、あの方についてお聞きしたいだけなのです。どうでした?素顔、ご覧になられました?」

「……いえ」


 そこは正直に答える気はないらしい。能天気かと思ったらそうではないことに驚きだ。


「……僕からも質問をいいですか」


 勇者が口を開くと、部屋の隅に控えていた騎士が剣を構えた。それを「お待ちなさい」と女騎士は制した後、


「わたくしの質問には答えてくださらないのに、それは余りにも不躾ではなくて?」

「質問には答えました。不躾と言われる筋合いはないはずです」

「ふぅん……、よろしいですわ。何かしら?」

「貴方は何者ですか?」


 女騎士は口元に人差し指を当てクスリと笑うと、


「結構賢いんですのね、貴方。その賢さに免じてお答えします。わたくしは“白の国”の十代目国王の娘ですわ。周りは王女、いえ姫騎士と呼んでおります」

「姫騎士様……」


 答えに驚きを隠せないけれど、だからといって雰囲気に呑まれるわけにはいかない。勇者は更に緊張した面持ちで続けた。


「ならば王様に会わせてください」

「なぜかしら?一介の冒険者が会えるような人ではなくてよ?」

「それは……」


 口籠った勇者に、女騎士いや姫騎士が鼻を鳴らして笑った。それ以上続ける言葉もないまま、勇者が悔しそうに唇を噛んだところで、


「一介の冒険者じゃなけりゃいーんだろ?」


 天井をごとりと外した魔法使いが降ってきたのだ。


「魔法使い!?」

「よー。遅くなってすまねー」


 続いて降りてきた僧侶が、肩車したエルに何かを示した。エルがスティックを握りしめ、その先端を戸惑う二人の騎士へと向けた。


「くるくるくる~。回れば楽しい~、皆で楽しい~。あらでも不思議~、気づけば皆~、悪夢へようこそ~」


 初めて会った時にエルが使った魔法だ。確かあれって、夢の中へ連れて行くんじゃなかったっけ?

 案の定倒れた騎士二人に向かって、エルがえっへんと自慢気に鼻をこすった。


「貴方、街で見た……」

「おっと黙ってな。悪いようにはしねーからさ」


 ウインクをする魔法使いに、屋根裏から見ていた武闘家が「またですか……」と苦言を漏らしたのは、まぁもういつものことか。



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