気を使いすぎても空回り。
魔王領。
そこは悪と魔法と娯楽の国。
まぁ、細かいことはどうでもいいか。
そこの宿場エリアにて、僕たちは少し豪華なお宿に泊まることになった。シスターと子供たちは、違うお宿に泊まるらしい。
とりあえずお宿で休むには早すぎるから、暇人魔王から協会についての話を聞くことに。ちなみにシスターは、子供たちの様子を見に行ってしまった。
「そう、協主に会ったんだね」
運ばれてきたプリンを、嬉しそうにスプーンでつつきながら、魔王はあまり驚くこともなく言った。
「魔法剣士さん、何か知っていることがあれば教えてください」
「知ってること、ねぇ。協主について知っている、と言えば知っているし、知らないと言えば知らないんだけど」
一緒についてきたサクランボのヘタを取って、それをクリームにたっぷりとつけてから、魔王はそれを口に放り込んだ。
「おめー、魔王のくせに何も知らねーのかよ」
「何もというわけじゃないよ。実際、前の協主は俺たちがやったしね。あぁ、違うか、消したんだった」
爽やかに笑う顔から、さも当たり前のように出た“消した”の言葉に、武闘家の顔が少しだけ歪んだ。
「消したって……」
「リーパーだよ。普段は食おうと思って触れてないから食われてないだけ。君たちもそうだろ?このプリンだって、俺が食おうとしないだけで、いつでも食えるさ」
種をスプーンに吐き出してお皿の隅に置いてから、魔王はプリンを一口食べる。
忘れそうになるけど、リーパーも吸血鬼と同じなんだよね。僕たちがそれを見たことがないだけで、実際、リーパーもああして食べてきたんだろうな。
「ん~、出来たのです~!」
さっきから何かを書いていたエルが、顔を上げて魔王ににっこりと笑いかけた。その手に握られた何枚かの紙には、在りし日の孤児院が書かれている。しかも上手い。まるでそのまま書き写したかのようだ。
それを覗き込んだ魔法使いの目が、大きく見開かれた。
「エル公、これって……」
「直すにもどんなのかわかるものが必要なのです~。魔法使いは~、エルちゃんにいつも優しいからお礼なのです~」
「……ったく。ガキのくせに気使ってんなよ」
魔法使いは口元に手をやって、顔を隠そうとするけど、僕にだってわかる。魔法使いは嬉しいんだ。素直じゃない奴だ。
「なりきん、うれし?」
「うるせー」
掴まれて容赦なくムニムニされた。
でも魔法使いは少し嬉しそうで、僕だけがそれを見ていた。
「じゃ、これを元に孤児院は建て直すとして……。前の協主は消したから、今の協主の顔もどんな奴かも俺には、いや俺たちにはわからない。でもそれにしては思想が同じ過ぎてね、どういうことかと俺も不思議には思ってたんだよね」
プリンを食べ終えた魔王が「そこでだ」と笑いかけてきた。
「ちょっと総本山まで行ってきてくれない?」
「……え?」
「都はわかるよね?そこからちょっと西へ行くと山があるんだけど、そこに協会の総本山があるからさ。協主について聞いてきてよ。あと出来れば王様にも会って……」
淡々と話を進める魔王。
もちろん僕たちはついていけず、ぽかんとしていると、魔王が邪悪な笑みを口元に浮かべた。
「食べたよね?ご飯」
「へ?」
「俺は孤児院の建て直しには協力するよ?なんたってボランティア大好きらしいし?でもご飯代くらい働いてもらわないと」
「好きなもん食っていーって言ったよな?」
「言ったよ?誰も払うとは言ってないけど」
してやったりとは、正にこういうことだろう。僕たちはまんまと上手く乗せられてしまい、明日には都へ向かうことが決まった。
お店を出る時、魔王が爽やかに笑って手を振るのを憎らしく思いながら、僕たちは今日のお宿へ向かっていた。相変わらずの賑やかさに、実は“白の国”で一番平和なのは魔王領ではないかとも考える。
実際、あの魔王と四天王が統治しているのだ。悪者なんかはいないんだろうな。
そうやって歩いていると、見慣れた白髪と舞手の姿が見えてきた。同じ四天王だし、きっと仲良しなんだろうと勇者が声をかけようとすると、
「もやし!おめぇ何しやがんだ!」
「あれ、おかしいな。害虫がいたはずなんだけど。殺り損ねたかな」
なんとも不穏な空気を感じる。
「あぁ、害虫はちょっと失礼だったかもしれない。彼らは彼らなりに生きようと必死なことを思い出したよ」
「ほう……?少しはマシな考えになったかと思えば、やっぱりおめぇは糞なまんまだな!」
「キミこそいい加減お姉さん離れしたらどうだい?お子様メニューを食べる年ではないだろう?」
バチバチと火花が散るようにも見えるその間に、勇者が何も考えていないのか、ズカズカと割り込んでいく。頭に乗る僕は血の気が引くけど、こいつはそんなものお構いなしだ。
……あれ、リーパーの目、赤くないぞ?
「リーパー、舞手さん。お久しぶりです!あの時はありがとうございました!」
「ぁ……、勇者くん、久し、ぶりだね」
さっきまでの口の悪さはどこへやら。リーパーはふわりと笑うと、舞手なんかいないとばかりに勇者と、そして僕たちを優しい眼差しで見つめてきた。
「久しぶりだな。どうだ、強くなれたか?」
「はい!越えるべき相手も、越えたいと思っていたものも、はっきり見えた気がします!」
「そりゃよかった」
見惚れるほどに妖艶な笑みだけど、勇者はそれにもう見惚れることもなく、二人を順番に見てから、
「喧嘩ですか?リーパーもなんだかよく喋ってたし」
ストレートだな!
「なんだもやし、おめぇこいつらにはそれで話してねぇのかよ」
「人間っぽく見せないと彼らを怖がらせてしまうだろう?まぁ、キミにはどう思われようと構わないからいいけど」
「……気にしてんの、おめぇだけだろ」
「え」
信じられないと舞手を見て、それからリーパーは僕たちを見た。勇者は「ううん」と少し頭を捻ってから、
「もしかしてリーパーは、僕らを怖がらせないように、その話し方をしてくれてたのかい?」
「う、うん……。ほら、ボクは、人間じゃない、から……。そうちゃんを育てる、にも、こんな化け物に育てられた、なんて、可哀想、だから」
自分を“化け物”と言う時だけ、声が小さくなったのを勇者は聞き逃さなかった。
「お嬢はリーパーをそんな風には見てないよ。もちろん僕らも。だってさ、もう僕ら友達なんだろ?」
「勇者、くん……」
リーパーはハッとしたように勇者を見て、それから今まで見た中で一番気の抜けた表情を見せた。それは奴がどれだけ生きてきたのかを忘れるくらいに、少し子供っぽくて、僕だけでなく、舞手が吹き出したくらいだ。
「おま……っ、どっちがお子様メニュー頼む年だよ」
「煩いなぁ、本気で消すよ?」
「やってみろよ」
またバチバチしだした二人を「仲いいなぁ」と勇者は笑って、それから「宿に行こう」と魔法使いたちを振り返った。
魔法使いも二人には気にも止めず、武闘家はおどおどしながら歩き出して、エルと僧侶も周りの景色を楽しみながら。
そして次の日。
僕たちはあの日ぶりの都へ向かうことになったのだ。