第二話:本当のバカ
王は再び訝しんだ。そして、落胆した。何故なら、
──こんなアホっぽそうな人なんて、勇者じゃないだろ‼︎
ミスった‼︎ 絶対にミスった‼︎ ああもうやだあああ国を懸ける一大事なのにいいい‼︎
と思ったからだ。どこからどう見ても、贔屓目に見ても勇者には見えない。
王はその場をゴロゴロと、子供の様に転げ回った。疲弊して居たと云うのは嘘かと思う位、激しく動いて居た。
然し、そんな状況でも王は一縷の望みを棄てなかった。もしかしたら、見た目は阿呆でも、力は本当かも知れないからだ。
王はこほんと咳を吐き、膝を付き、勇者に話し掛けた。
「……ああ、勇者よ、突然呼び出して申し訳有りません。」
「っぅあ‼︎」
「呼び出したのには理由が有ります。この国を救って頂きたいのです。」
「っぅあ‼︎」
「装備はお渡ししますので、どうか。」
「っぅああっ‼︎」
然し勇者は間抜けな声を上げる許りで、ちっとも理性の有る様な返事をしない。
王の眼から光が抜け落ちる。
──やっぱり駄目だあああああ‼︎ やっぱり見た目通りアホだったあああ‼︎
ああ、もうどうすんの‼︎ こんな勇者が世界を救える訳ないでしょ⁉︎
王は再び辺りを転がり始めた。
「ゔょえあっ‼︎」
勇者……いや、勇者の様な者と呼ぼう。
勇者の様な者は辺りを見回し、声に成らない声を発する。
「えっと、勇者?」
王が話し掛けると、勇者は口をあんぐりと開けて首を傾げて居る。
涎が垂れて居る。
「ぼあー。」
「あ、あの、これ、これ身に着けてさ、世界、ちょっと救ってくんない?」
王は自身の魔法陣から鉄の鎧と宝石の沢山付いた黄金の剣を取り出した。
勇者の様な者は焦点の合わない眼でそれを見詰めて居る。
「わかった‼︎」
ここで漸く理性の有る言葉を発した。
そして、目の前に有る装備を取った。
剣の持ち方は刃の方を持って居るし、鎧の付け方も前後反対だったりするが、取り敢えず自分の意思が伝わったのだと王は安堵した。
──違う、彼に理性等は無い。何故なら、彼は脳味噌など機能して居らず、殆ど本能でしか生きてないのだ。つまり、今のは只の脊髄反射なのだ。
そんな事、王は知る由も無い。王はほっと息を吐いて、彼に頭を垂れた。
「どうか、勇者よ、私に代わって世界を救って下さいませ……。」
「ぶるげっちゃああ‼︎」
彼は大声で勢い良く唾を飛ばす。そして、地団駄の様な物を踏んで居る。
王は思った。
──本当にこの勇者、大丈夫かなぁ……。
と。
* * *
勇者の様な者、その正体はここ地球の、それも日本に住むとある高校生だ。
名前は馬鹿莫迦。彼の性格を一言で表すなら、馬鹿だ。
それも並大抵の馬鹿では無い。何故、今迄生きて来れてるか疑う様な馬鹿だ。
彼は授業が有る事を忘れ、学校の周りを彷徨いて居ると、急に現れたトラックみたいな物に撥ねられた。
撥ねられた理由は一つしかない。そう、馬鹿だから周りを見てなかったので有る。
そして、召喚されるとここに居た。それでも、彼は疑問に等思ってなかった。そう、馬鹿だから。
目の前に現れたボロボロの王を見て「きれー」と思って居た程度で有る。
そんな王が自分に頭を垂れるのだから、実は彼自身おかしく思って居た。
然し、彼は物覚えも悪い。三秒後にはどうして自分が召喚されたも分かってなかった。
そんな勇者の様な者は、森の中を彷徨いて居る。
脊髄反射で生きて居るのだから、勿論当て等有る訳が無い。
然し、そんな勇者だったが、彼を狙う者は一人居た。
物陰に隠れて、右手にはナイフを持ち、そして人間とは思えない長い舌を出して居る。
其奴は木の裏から飛び出し、彼の目の前に現れた。
「へっへっへ……お前が勇者か……魔王様から直々に命令が有った。お前を殺せとな。」
流石の勇者でも目を開いた。其奴は、狼の様な頭を持ち、そして二足歩行で立って居たからだ。
でも、そんな驚きも数秒後に消え去る。
「ぶえあぁぁっ‼︎」
そして剣を滅茶苦茶に回す。腕が引き千切れそうな程にぐりんぐりんと。
「勇者、きっと召喚された許りで右も左もわからねぇだろうが、ここで覚悟‼︎」
彼は銀色の反った剣を彼に向けた。そして、奴は彼の首を掻っ切ろうとした。
「ぼあー‼︎」
けれど、本能からか、彼は股を大きく開き、地面に脚を着けてその攻撃を避ける。
奴はその光景を見て驚いて居る。彼は何事も無かったかの様にすくっと立ち上がった。
奴は心の底から怯え上がった。ぶるぶると、剣を持つ手が震えて居る。
「うわっ! うわっ⁉︎ 何だコイツ⁉︎ おい止めろ‼︎ その狂った眼で俺を見るんじゃない‼︎」
彼は叫ぶものの、その勇者の様な者は刃に持った剣で彼を殴ろうとする。
「お前、お前何だ⁉︎ 理性無いのか⁉︎ なんで獣人より理性無いんだよおかしいだろ‼︎」
彼は執拗に奴を追い詰める。勿論、彼が意識してやって居る訳なんてない。
本能の儘に右腕を動かして居るだけで有る。
「分かった分かった‼︎ 魔王の城迄案内すりゃ良いんだろ案内すりゃ‼︎」
彼は全身の毛を逆立てて呆れた様に、いや怯えた様に其んな事を言う。
然し彼は攻撃を止めない。
勿論、何も考えて無いからだ。