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『犯権会(はんけんかい)』の登場

「私たち、人権団体『犯罪者の権利を守る会』、略して『犯権会はんけんかい』のメンバー!

私たちの誰かに投票してね!」



金色のオープンカーの助手席からヒナタ候補が手を振って大きな声を出している。

赤い水着姿が鮮やかだ。

4人全体にバランスよく視線を配ろうと思うが、動くし目立つし気になるし、つい彼女に目が行ってしまう。



選挙キャンペーン期間の初日、今日は日曜日だ。

時刻は14時。晴れて風が弱く、10月末にしては暖かい。


とはいえ朝晩は水たまりがうっすら凍る気温である。

この時期に水着でオープンカーはあり得ないと思う。

しかし、厚いヒョウ柄のマフラーを巻き、黒い帽子、アームウォーマー、レッグウォーマーを身につけた彼女は寒くなさそうで鳥肌すら立っていない。


彼女の横を、大袈裟なカメラを持った数人の男が車にくっついて走りながら撮影している。

記者ではない。

仲間サクラかもしくは追っかけだろう。

彼女はもともとファンがつく職業の人なのかもしれない。



ゆっくりと進むその車を運転しているのはタクト候補だ。

後ろに悠々と座って見物人に手を振るのがショウゴ候補とブラッド候補である。


これだけで4人の力関係がわかるな、と思いながら近所のスーパーの前で、偶然を装った俺はその様子をなにげなく眺める。


運転席の後ろのショウゴが4人の中で一番順位が高いのだろう。

年齢はブラッドが一番上だが、彼の順位は二番手のようだ。


そして三番目がヒナタ。

彼女は本人が目立ちたくてそうしているのでなければ、働かされているということになる。

最下位は運転席のタクトだろう。



東京選挙区に立候補した新人4人は、やはり同じ組織のメンバーだったのだ。

そしてどうやら、本当に国会議員になるつもりのようだ。


選挙の公式サイトを確認したら、謎の4人がオープンカーで走りながらスピーチを行うとわかった。

しかも俺の自宅の最寄り駅の前を通るではないか。


4人まとめてチェックするチャンスだ。

これは見るしかない。


でも支持者にならないか等と誘われたくない俺は、関心を隠して偶然を装うことにしたのだ。


彼らが通るルートや時刻を調べてわかったが、彼らのキャンペーンスケジュールは過密だった。


初日の今日だけでも、朝から街頭スピーチ、グッズ販売会、オープンカースピーチ、生動画配信とてんこ盛りだ。

その間にも、いつ撮影したのか知らないが3本の広告ミニ映画がオンラインシアターで公開されている。

明日はまた、今日とは違うエリアを回る予定が届け出てある。



少しでも多くの人に名前を売り、得票数を伸ばそうとしているのだろう。


知名度が上がれば票は伸びるといわれる。

しかし今回はどれほど効果があるだろうか?と俺は疑問に思う。

俺自身、犯権会の誰かに投票するつもりはない。今回はカイトさんに投票するともう決めたからだ。


彼らに対する興味と警戒心が、俺の中では比例している。

世間には俺のような人が多いのではないか?



ヒナタにまとわりつくカメラ男の一人がスーパーから出てきた50歳代くらいの女性とぶつかりそうになり、自分が悪いのに逆ギレで舌打ちした。

女性はおびえた様子で固まる。


女性に同情した通行人たちに険しい顔でにらまれても男は気付かないようで、平然とカメラを構え直した。



帰る方向が同じなので、20メートルほど後ろから俺は車のあとをつけて歩く。

俺は歩くのが早い方だと思うが、それでついていくのにちょうどいいくらいの速さで彼らは進む。


「私ヒナタと、後ろブラッド、ショウゴ、そしてタクト!

みんなで大切な人権を守ろう!

私たち、人権団体『犯罪者の権利を守る会』、略して『犯権会』のメンバー!

私たちの誰かに投票してね!」


小さな空き地の前に5人の見物人がいて、ヒナタのほとんど意味のないスピーチにニコニコ笑顔で拍手を送った。


犯罪者の権利を守る会って何だよ?と俺は不思議に思う。

犯罪者の権利は法律で守られているはずだ。その他に誰が何を守るつもりだろうか?


「私たちに投票してね!

みんなで差別をなくそう!」


守るとは差別をなくすという意味か?それはそれで違う気がする。

ヒナタが公約をひとつも言わないので、何を訴えたいのかよくわからない。


わからないながら、これは建前にちがいないぞ、と俺の勘が囁く。

彼らの主張があいまいなのは、本心が別にあるからではないか?


俺はもう少し車についていく。



駅前にいつの間にか若い女性が30人余り並んで、『ショウゴ』『SHOGO』『ブラッド』『BRAD』『タクト』『TACT』とそれぞれの名前を書いたカードみたいなものを掲げてキャーキャー言っている。


ひとつ『Blood』と書かれたものがあって俺はギョっとした。


ショウゴが女性たちに向かって手を振ると、ひときわ歓声が大きくなった。

彼が一番人気があるようだ。

なんとなく不愉快な気分だ。



それにしてもキャンペーン初日に、しかも新人なのに、応援団がこんなに集まるのは驚きだ。

サクラでないなら、彼女たちはいつの間にファンになったのだろうか?


確かに3人とも女性が一目惚れしてもおかしくない顔だとはいえ、顔を見ただけで謎の立候補者のファンになるか?危険かもしれないのに?


お気楽すぎるではないか。

俺だったら、ヒナタがいくら美人でも犯権会の主張に同意できない限り声援は送らない。



ヒナタのスピーチは同じ言葉を繰り返すばかりだし、これ以上の時間をさく価値はないと見切りをつけた俺は、4人とも女性たちのほうを向いていて気付かれにくいであろう今のうちに、車を追い越して帰ろうと思った。


ところが俺が車の脇を通ると


「お兄さん、もう行っちゃうの?

ねえ、そこの買い物バッグのお兄さん」


とヒナタに呼び止められてしまった。

なんでだよ。

後ろからつけていることに気付かれた様子はなかったのに、どうして目をつけられてしまったのだ?


歩くのが速すぎて不自然だったか。


「え?俺?」


面倒だが、無視するのもわざとらしい。

仕方なく振り返ると俺は4人だけでなく女性たちからも注目されていた。


「そうよお兄さん。

私のスピーチ、つまんなかった?」


「いや、べつに」


相手の印象に残らないまま俺はさっさと切り上げたいが、タクトはわざわざ車を止めるし辺りは静かになっている。


「お兄さんはニュース見る?」


「まあ、たまに…」


ブラッドの見下したニヤニヤ顔が目に入って、俺は少しイライラした。

どうせ、美女に話しかけられて緊張しているとでも思っているのだろう。


このままでは質問責めにあってしまう。

俺は逆に質問を繰り出して反撃したいと思った。

だが『犯権会ってどんな組織?』という、関わりたくなかったら聞いてはいけない質問以外、彼女に聞きたいことは何も思い浮かばなかった。


そんな俺の葛藤など知らず彼女は微笑んで


「最近、気になったニュースはある?」


と聞いてきた。


「えー、なんだろう。

やっぱり『ニセ大家おおや事件』とか?」


俺はわざと『犯権会』が対策をとれなさそうな事案を例に出した。

それなら私たちの政策がぴったりだから私たちに投票してね、なんて言われたくない。

そもそも政治に関心があると彼らには知られたくない。



ニセ大家事件は、5年くらい前にけっこう大きなニュースになった。

ちょっと古いか。でもみんなが知っているニュースのひとつだ。


それはこんな事件だ。


あるコンドミニアムで、お隣さんが外国に行ったことを知っている犯人が、管理人をだましてお隣さんの電子錠のパスワードを手に入れた。


そして、そのパスワードを使ってお隣さんの部屋を他人に貸して家賃を得ていた。

犯人が部屋の持ち主になりすましていたのだ。


ところが、ある日お隣さんが急に帰ってきたからたいへんだ。


お隣さんも、だまされて部屋を借りていた人もたまったものではない。

犯人はすぐに通報された。



ここで話は終わらない。

事件が報道されると、外国に長期滞在して日本の自宅を何ヵ月も空けていた人たちが、心配になって次々帰国したり調査員を派遣した。


すると、出るわ出るわ。

空き家を勝手に他人に貸して家賃を得ていたケースは3万件にものぼった。

しかも組織的に行われたものが大半だった。


大量の犯人が逮捕されたが黒幕はわからずじまい。だまされた借り手たちは救済が追いつかず道端に放り出された。


そしてセキュリティ関連の会社が非常に業績を伸ばした。



「そっかー。住むところがなくなったら困っちゃうもんねー」


そう言ってヒナタは腕を組んだ。

カメラ男たちが沸き立つ。


「お兄さんは、誰に投票するか決めてるの?」


「んー、まだだけど…」


「まだなのねー。

それなら、私なんてどうかな?」


デートに誘うようなノリで彼女は言った。


「えーと、考えとくよ」


俺はカメラ男たちを横目で気にしながら答えた。

長々と彼女と会話してしまったので

ファンに嫉妬されることを恐れたのだ。


しかし彼らは、頼りない態度の俺を自分たちと同等の男とは思っていないようで、警戒する様子はなかった。

よかった。俺は刺されて死んだりしたくない。


「投票、待ってるね。

じゃあねお兄さん、ありがと。

引き止めてごめんね」


「バーイ」


俺がなげやりに挨拶したら、バーイ!とタクトが急に運転席から親しそうに手を振ってきた。

イラっとした。



やっと解放されて俺は家路を急いだ。

カメラ男が撮影したヒナタの静止画の端に、俺の顔も写りこんでいるのではないかと思うと不愉快だ。



歩きながら俺は考えた。

犯権会はアホなのか?4人も候補を立てるとは。


東京選挙区の定員は4人だぞ。

犯権会が独占できるとでも思っているのか?

いくら安心党が落ち目だって、当選ゼロはないだろう。それに改革党もいる。


いや、もしかしたら彼らにとってヒナタが本命で、男3人は引き立て役なのかもしれない。

3人に少しずつでも票が入ることでライバルの力を削って…いやいや、そんな遠回りな作戦ないか。


しかし、そうとでも考えなければ4人も立候補する意味が俺にはわからなかった。



翌日、10時10分前ごろ事務所に出勤したらソウさんだけでなくマリさんももう来ていた。

先週遅刻を取られたから用心しているのだろう。


「おはよう」


マリさん今日は早いね、と嫌味が口から出かかったが、俺の言うべきことではないと思ってやめた。

そして彼女のデスクを見てさらに驚いた。


ショウゴの静止画がプリントされたペンケースが置いてあったのだ。

静止画の下には『犯権会 ショウゴ』と書いてある。


俺の視線に気付くと彼女は照れくさそうに


「これ昨日、新宿駅前で販売会をやってたから買っちゃったのよ」


と言った。


「へぇー」


「お昼過ぎだったかな?

けっこう人だかりができてて、何だろうと思って行ってみたら本人がグッズ売ってたの。

ショウゴさん、かっこよくて俳優みたいだったわよ!他の人たちも美形だったし」


「へぇー」


マリさんはまだまだ話したくてたまらない様子だったが、俺は気乗りしない風に自分のデスクへ行った。

ソウさんがイライラした顔でフーッと息を吐いたからだ。

彼はマリさんを許していない。



グッズ販売といえば、俺はかつてアイドルグループ『サクラ・ジョウルリ』が解散した時のオンラインオークションで、スケッチブック1冊を100円で落札したことがある。


サクラ・ジョウルリが解散したとき、廃業にも金がかかるため少しでも支援して下さいということで、売れ残っていたらしいグッズのオークションがオンラインで開催された。


もん単位までは出すつもりがないが、百円単位の物なら競り落としてもいいと思って俺は参加してみた。


グッズはメンバーの静止画がプリントされたカバン類や文房具が多かった。

学生向けに売るつもりで作ったのだろう。


年齢的にはバッチリ対象だったが当時の俺は、そういうものをハイスクールに持っていくのは恥ずかしいと思った。


それでも何も落札しないのはつまらないので、60円の値がついていたスケッチブックに思いきって100円をつけたらもう競争相手はなくすぐに手に入ったのだった。


品物が自宅に届いて俺は彼女たちの所属事務所に対して怒りを覚えた。

送料が着払いなのに、俺は運送業者を選ばせてもらえなかったからだ。


送料は3文もとられた。もっと送料が安い業者はいくらでもあったのに。


この事務所はサクラ・ジョウルリの運営に関してもこういう態度だったのではないか?だから解散に至ったのではないか?と思った。



とりあえずスケッチブックを受け取ったので、俺は表紙を切り取って靴箱の上にかざった。


表紙はメンバー(アキラ、アンナ、ユキ、マリエ)のいろいろな静止画で埋めつくされ、なかなか面白く眺められたが俺は3日で飽きた。


でも靴箱の上に置いたままにしていた。

すると目の前にあるから時々思い出して見る。

見れば気分次第で、何とも思わない時もあれば、イラっとする時もあれば、懐かしい気持ちになる時もある。


だから現在の住まいでもやっぱり俺はそれを靴箱の上に置いている。



「あらマリさん、私より早く来たの初めてじゃない?」


事務所に入ってくるなりエリカさんが言った。


「そうだっけ?」


それきりエリカさんは沈黙した。



帰り道、いつものようにユウキさんとエリカさんと俺の三人で事務所を出た。


「マリさん、犯権会のグッズなんか持ってたわね」


エレベーターを待つ間、エリカさんがそう言い出した。


「持ってたね」


「何なのかしら?犯権会ってまるで俳優みたい。

彼らのパレード見た?」


「見たよ。あれのどこがスピーチだ?と思ったね」


ユウキさんが


「不思議なのは東京に限らず、ほとんどすべての選挙区に犯権会の候補者がいることだよ」


と言った。


「あら、そうなの?

思った以上に大きい集団なのね」


俺も全国の動向まで見ていなかったから驚いた。なんということだ。

ユウキさんは続ける。


「しかも、東京に4人出てきたように全国で定員いっぱいに立候補しているよ。

おかしいんだ」


「えー?彼らは何をしたいのかしら?

当選したいの?したくないの?

気持ち悪いわね」


エリカさんが感想を言うと、ユウキさんも眉を寄せて言った。


「現職と一騎討ちの一人区では、相手によっては当選するかもしれないと思う」


「でもそんなおおぜい、どうやって集めたのかしら?」


「何だろう。三万円と議員報酬で釣ったか?

だけどそういう募集みたいなものは見かけなかったな」


「そうよね」


俺はふと思って


「ユウキさん、東京以外の候補者の静止画は見た?

彼らも俳優みたいだった?」


と聞いた。

ユウキさんは少し考えて


「そうでもない。

あー、だけど京都とか大阪とかの三人区には美男美女が…」


言いかけたがエレベーターのドアが開いたので、会話はそこで終わった。



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