戦い 六日目
間違いなくフィクションです。
「今日の議題は予定通り『eウォーズ』対策方針作りで良いかな」
投票ウィークス中盤に行われた『独立日本スターティングメンバーズ』の定例会で持ち回りリーダーのマリオがそう言うと皆が頷いた。
先週ミーティングの終わりに『次回の議題』を決めた時、『王政復古派』のシキシマが提案して、賛成多数で決められたのだ。
「新しい総理大臣が決まったらすぐに、諸外国はeウォーズを宣戦して来ると思う。
だけどeウォーズ対策は全く論点になっていない。
私たちにとってそれはアピールするためのチャンス。そして独立を重視する立場上、私たちには私たち独自のeウォーズ対策を発表する義務がある」
彼女はそう主張した。
たしかにeウォーズ対策は必要だが、もう少し後の方がいいかなと俺は思っていた。
考えてみれば、俺がその話を先延ばしにしたい理由は消極的だった。つまりシキシマが属する『王政復古派』に主導権を握られたくないから選挙が終わるまで話したくないのだった。
無意識に俺は彼らを恐れていたかもしれない。
犯権会と違って彼らに悪意はないが、日本をおかしな方向に持って行ってしまうことは間違いない。
彼らは強硬で危険だし、歴史に関する知識がないうえに、自分たちは歴史に詳しいと思っている。そして彼らには何故か勢いがある。
独立日本スターティングメンバーズの会が彼らに乗っ取られつつあることも気に入らないのに、このうえ日本そのものを乗っ取られるわけにはいかない。
俺はeウォーズについても、王政復古派や犯権会よりは『今のところ』常識のある安心党が主導権を握っている方がましだと思っていた。
eウォーズ対策を打ち出してこれまでの政権との違いを見せよう、とシキシマたちは言う。
それはもっともな意見に聞こえる。安心党の20年続いたタダヒコ内閣は、eウォーズに負け続けて領土を少しずつ減らしていったからだ。
だがタダヒコさんたちが負けた理由はプレイ上の細かい作戦ミスを繰り返した事が原因であって、根本的な対応を間違えたわけではないし安心党だから負けたわけでもない。
でも負けたという事実はしっかり残っているから、安心党はいくらでも批判されてしまう。選挙前に下手に安心党の揚げ足を取れば、間違って強硬な『王政復古派』が与党になるなんてことが起きるかもしれない。
俺はいつの間にか、王政復古派が暴走しないように監視する気持ちになっていた。
しかし監視者という立場を他の人に理解してもらうことはできないだろう。これ以上彼らとの付き合いを続けていれば俺は、彼らに賛同していると思われるだろう。
早く安全なルールを決めて、安全な後任にポジションを譲り、王政復古派との付き合いを切りたいと俺は思った。
「みんなわかっていると思うけど、前提条件をおさらいしよう。
まずeウォーズの権利と禁止事項だ」
マリオが言った。
王政復古派ではない彼が今月のリーダーで良かった。
「独立国家は他国と共謀せず、他の一国に対して『eウォーズ』を宣戦する権利がある」
何人かが頷いた。マリオは資料を読む。
「eウォーズを宣戦された国家が、メッセージを受信してから24時間以内に応戦を表明する場合、いかなる国や組織、個人もゲーム開始前およびゲーム中に、その両国を電子的・物理的に攻撃してはならない。また、ゲームを妨害してはならない」
表示された顔はみんな前を見ている。横目で資料を確認する様子の人はいない。
一字一句覚えていないにしても、全員がeウォーズの内容を理解しているのだ。当たり前だ。ここにいるのは独立日本を立ち上げたメンバーだ。とくに30歳代以上の人は、日本がeウォーズにじわじわ負けていくところを悔しい思いで見ていたのだから。
eウォーズの国際規約は約100年前に始まり、今も5年ごとに改訂が続けられている制度だ。
それは『絶対に実戦をしないために』作られたしくみだった。
しかしeウォーズ宣戦されたら嫌でも応戦しないといけない。
応戦しなかったりルールを破ったりすると本当に攻撃される羽目になりかねない、国家としては絶対に逃げられない問題で、度々論争のネタになった。
それでもほとんどの国が、eウォーズを受け入れる方が得だと判断して参加している。
「両国は国際会議によって選択されたゲームによって対戦する。ゲームの対戦結果を両国がeウォーズの勝敗として受け入れる場合、いかなる国や組織、個人もゲーム後にその両国を電子的・物理的に攻撃してはならない。また、勝敗に関する連絡を妨害してはならない。
これらの規則に違反した場合もしくは違反する可能性が著しく高い場合、両国またはどちらか一方の国から委託を受けた第三国が、その国の法律に基づき処罰を行う」
マリオは続けて言った。
するとシキシマが
「だからeウォーズを宣戦されたらすぐに応戦表明しないといけないし、ゲームの負けを受け入れないと本当に攻め込まれるリスクがあるってこと」
と話し始めた。
会話の主導権を握るのがうまいのか、それとも相手の話が終わるまで待てないのか。計算しているかどうか見た目ではわからない。
「ようするにどのゲームが選ばれるか、サッカーゲームかシューティングゲームかボードゲームかロールプレイングゲームか、国際会議におけるアピール次第でどうなるかわからない。
ゲームそのものだけでなくゲーム選び交渉が下手だとわかれば、いろいろな国がどんどんeウォーズを申し込んでくる。ここが問題ね」
と彼女は言った。
間違ってはいないが、根本的ではないと俺は思った。
まだ前提条件を話している途中だ、とマリオが言わないので、俺は続けて発言することにした。
「他にも2点、大事なポイントがある。
『戦利条件規定』と『中断・再開規定』だ。
ちなみにタダヒコさんたちが失敗した原因は得意なゲームを選べなかったことよりもむしろ、戦利条件規定や中断規定をうまく使えなかったことだと俺は思っている」
俺の意見に頷く人もいれば首をかしげる人、無反応の人もいた。それは王政復古派かどうかに関係なく、人によってさまざまだった。
「ちょっと待ってくれ、話が先に進みすぎている」
マリオが言った。
仕方ない。俺はシキシマに会話をリードされたくないから、あえて発言したのだから。
俺はごめんと言って頷いた。
マリオは軽く右手を上げて答えた。
それから言った。
「議論する前にいったん話を戻そう。
みんな知っているだろうからもう読み上げはやめてざっくり説明しておく。
eウォーズではゲームの対戦を始める前に、勝った場合に相手に何を要求するか公表する。で、国際会議でそれが不当じゃないか議論される。この一連のルールが戦利条件規定だね。
それと、プレイヤーの誰かが急な病気や怪我あるいは死亡した時、その他プライベートの事情でプレイを続けられなくなった時は、代理のプレイヤーがスタンバイするまでゲームを中断できる。これが中断再開規定だ」
俺の発言は止められたが、俺が言ったテーマが話題になった。
とりあえず発言しておいて良かった。
「それでは事前に書いた『eウォーズ対策』案をみんな表示して」
マリオがそう言い、メンバーたちはいっせいに資料を表示した。
俺が書いたのはこういうことだ。
こちらからはeウォーズ宣戦しないことを公表する
eウォーズ不戦協定を結ぶ相手を増やす
日本とeウォーズで戦うことでどれくらい損するか、または戦わないことでどれくらい得するかをマンガで公開する
eウォーズで亡くなる人がいることを思い出すために過去に『eウォーズ関連死』で亡くなった人の死因を年代別にリストアップして公表する
eウォーズ宣戦を受けたら必ず24時間以内に応戦する
ゲームに詳しい人を交渉グループのリーダーにする
戦利条件に領土を入れさせない
戦利条件はできる限り金銭のみにする
複数の国と同時に対戦しない
バグが多いとされるゲームを採用しない
最高級のゲーマーを相手に使われないために前もって確保しておく
予算をかけて必要な設備を整える
十分な休憩時間を確保するために控えのプレイヤーを総入れ替え可能な人数より多く動員する
有名なゲーマーであってもミスをしたら遠慮なく交代させるが寝返らせないために雇用は続ける
体調管理のための医師をプレイヤーの人数より多く常駐させる
盗聴対策を徹底する
中断規定をためらわずに利用する
eウォーズ敗北の場合、できるだけ早く負けを認める
瞬時に、みんなの書いたことがグループ分けされた。
①全体
②eウォーズ開始前
③eウォーズ対戦中
④eウォーズ終了後
⑤その他
国立のゲーム大学院を増やすなど、ゲーム教育に関わることを書いている人も複数いた。
また、『国際eウォーズ法』改訂会議のメンバーに日本人を増やすという意見もあった。
長期的な視点なので俺は少し驚いた。
独立日本が成立したらすぐに始まるかもしれないeウォーズの対策、と思ったから俺は長期的な話を全く考えていなかった。だが、俺たちのeウォーズ対策と言うなら今すぐの話だけではない。
他のメンバーがいるから俺はその事に気付けた。
この前ブラッドに、俺の周りは仲間うちばかりだからまるで一人で考えたような意見しか出せない、みたいなことを言われたがそんなことはないと俺は思った。




