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戦い 五日目

当然フィクションです。東京都知事選挙があったのでますます書きにくくなってきました。現実の世界を無視してとりあえず完結を目指します。

「私たちが住んだ例の建物があった場所に、児童専門のリハビリステーションができたの」


ユナが言った。

彼女は壁に投影した画像越しにもわかるぐらい、どこか暗い顔をしていた。

何かあったのだろうか?俺は気になったが、まずは話を聞くことにした。


「昨日内覧会を友達と一瞬に見てきた」


「そうか」


「外も中も造花がすごくたくさん飾られていてゴージャスな雰囲気だったわ。それとね」


「うん」


「びっくりしたのはウエイティングスペースで『安心チャネル』がずっと映されているの」


安心チャネルは30年以上前からある、安心党が作った有料の配信サービスだ。

小学校の教材に使われるプログラムもあったが、個人的に契約する人はほとんどいないイメージを俺は持っていた。子供向けの施設だから教材っぽい動画を使うのだろうか。


「それはびっくりだな。俺は学校以外で見たことがないよ。

『世界を見よう』だっけ?よく小学生に茶化された番組、あれ以外覚えてもいないし」


「私も」


ユナは微笑んだ。


「授業でしか見たことがなかったし、私は宣伝色がうすいサービスかと思っていた。

でも違ったわ。

投票ウィークス中だから特別プログラムが作られていたのかもしれないけれど完全に宣伝だった。安心チャネルが映されていると気付いた時は、安心党の候補者を一人ずつ紹介していた」


「えー?俺ならリハビリステーションで洗脳されたくないな」


ユナは反射的な感じで声を出して笑った。

表情の暗さは消えていない。


「私も嫌。

安心チャネルを放送する私的施設は珍しいわねと言ったら、案内スタッフが言うにはオーナーが安心党を支援しているんだって。

リハビリ設備は良さそうだったから残念」


「うん」


「それで、ちょっと気になる話題を安心チャネルでやっていたのだけど。

言いにくいのだけど」


「ん?」


「マサコさんって、中学生の時から一人暮らししていたの?」


「そうだよ。安心チャネルはそんなくだらないことを放送して喜んでいるのか」


俺が軽い気持ちでそう返事したら、彼女は急に真顔になった。

ショックを受けた様子だった。


しまった、と俺は思った。彼女は言いにくそうにしていたではないか。きっと本題に入るために心の準備をしていたのだ。

一人暮らしの話には何か続きがあったのだ。そのことに俺は気付くべきだった。


少し沈黙があった。

俺は彼女が再び話し始めるのを待つしかなかった。


「施設をひととおり見て回った後で受付の前に戻ったとき、安心チャネルに『対立候補者の批判』という題字が出ていたの。

マサコさんが出てくるかもしれないと思って横目で見ていたら、二人目に出てきた」


「そうか。微妙だな」


「マサコさんには政治活動の実績がないとか、『独立日本』を設立した時に強引な手法で強行したという話をしていて、私はそんなの全く批判になっていないと思った。

むしろ、そういうところが好きだという人が多いのだからマサコさんを宣伝しているのと同じだと思ったわ」


「ありがとう」


俺はできるだけいつも通りにして、何も気付いていないようにふるまった。彼女が何を気にしているのか言い出すまで待つつもりだった。


「それから…他のニュースサイトからの引用としてマサコさんの過去のプライベートに関する話が始まった。

きっと批判する材料が見つからなかったのよ。

候補者のプライベートは関係ないはずなのに、あえてイメージダウンを狙って暴露っぽいことを言うのでしょう。投票ウィークスの間なら卑怯なプライベート攻撃をしても罰せられない。

最終日に『言い過ぎた』と謝罪して罪を逃れることができるから、あえて言い過ぎる。かつての改革党の常套手段ね。

まさか安心党も同じ事をしていたなんてショック。質が低すぎると思った」


「そうか。

安心党は今までそういう行為を取り締まる側だったのに、ついに自ら取り入れたのか。いや、今までは余裕で勝てていたから、投票ウィークスの悪用をする必要がなかっただけだろうな」


「私もそう思ったの。彼らは正しいのではなく余裕があっただけ」


話の行方がどこへ向かうのか、俺は冷や冷やしながら聞いていた。

今のところ彼女は俺をよく思っていると言っている。でも、そうではなくなったという話が待っているかもしれない。


「ニュースサイトの取材に応じた安心党の人が、自分たちは『犯権会』と闘った党だと言っていた。嘘なのに。

マナミさんが個人的に抵抗しただけなのに」


「そうだな。よく言うよ」


「だからこそ彼らにとって、マサコさんの存在は都合が悪いのだと思う。

本当に犯権会を阻止した人だから」


「彼らがそこまで俺の事を考えるかな?

俺が阻止しなくても犯権会という政党はもう分解していたと思う」


「ううん、まだまだ日本には犯権会を信仰している人がたくさんいる。

あの時はもっとひどかった。犯権会の人たちが『そうするのが良い』と言うなら日本がなくなる事にだって賛成する人がたくさんいたじゃない。

たしかに犯権会は最初は良さそうだった。だけど途中からは明らかにおかしかった。

それなのに安心党は、阻止もしなかったし反対もしなかった」


「そうだな」


話題が戻った。彼女の何か言いたそうな雰囲気は伝わってきた。


「それで彼らがマサコさんについてどんなふうに言っていたか、聞いてもショックを受けないでね」


彼女は言った。

俺は頷いた。


「安心チャネルで、ある人がしゃべっていた。

マサコさんが家族と不仲で中学生の時から一人暮らししていた、友達を何十人も自宅に出入りさせて毎日のように乱交していた、って」


「はぁ?」


「嘘かと思ったのだけど…それは本当なの?」


「嘘だよ、というより間違いだな」


なるほど。

安心チャネルは俺の事をそう言ったのか。さも本当のように、部分的に真実を混ぜて。

俺はすぐに否定した。


「一人暮らしは本当だけど、その他は間違ってる。

俺が一人暮らしを始めたのは両親の家の部屋数が足りなくなったからだ。俺が一人で住むための部屋代は父親に払ってもらっていた。

家族と不仲だからではないしもちろん乱交もしていない」


「そうなのね?」


「そうだ。

友達の父親が様子を見に来て、これなら安心して子供を遊びに来させられると言って帰った事もあった程だよ」


「そう…良かった」


彼女はそう言ったが、良かったと思った表情ではなかった。

彼女を安心させようと思って俺は、笑って


「安心チャネルも嘘ばかりってわけだ。

『公式選挙サイト以外は詐欺』って小学校で習っただろ。原則通りだ」


と言った。


「そうね…。だけど公式サイトしか見ない人なんて誰もいない。

信用できるのは公式サイトだけっていう了解事項を壊したのも安心党だった。安心チャネルやお墨付きニュースサイトなどの公的っぽい配信サービスを運営することによって、ね」


「たしかに」


「私はいつも見ているニュースサイト以外のニュースを基本的に信用しないけど、何かの引用だと言われると他の情報でも信じてしまいそうになる」


俺は頷いた。

俺は下手に出てみた。


「こうして俺のような一般人は、大きな組織の何気ない宣伝行動によってプライベートを破壊されるのだな。

ありもしないことを言われて大事な人からの信用を失ったり」


「ごめんなさい。私は今はマサコさんを信じている」


謝りながら、ユナの表情はいつも通りの落ち着いた顔に戻った。


「私はマサコさんが性生活について真面目そうだから好きになったの。

だから乱交していたというコメントを見て動揺してしまった」


「話してくれてありがとう」


「良かった。少しでも疑ってごめんなさい」


真面目そうと言うが、ようするに俺が誰ともセックスしたことがないなら付き合ってもいい、と言っているに等しい。

俺の方はべつに彼女が俺以外の人と性交したことがあるかどうか気にしていなかったので、意外に思った。


彼女がその点を気にする理由が、俺にはわからないし聞けない。下手に聞こうとしたらまたショックだと言われそうだ。

どうして理解できないの?と。


俺とユナは付き合っているのかどうかも、俺にはわからなかった。俺の恋愛感情を彼女の暇つぶしに利用されているかなと思った事もある。

ただ俺は俺で友達とほとんど変わらない対応しかしていない。

だから理由は何であれ、今を共有する友達ということで良いのではないかと思う。


だったら気になることは何でも質問して、ショックだと言われたらそれはそれで仕方ないじゃないか。

でもぶつかるのも今は面倒な気がした。


俺はどうでもいい雑談をして通話を終えた。



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