戦い 四日目
前書きを書いていない時もありますが全てフィクションです。
昨夜、俺は刑事のサクヤさんに連絡した。
いや駄洒落のつもりはない。
夜になってふと、レイと名乗る人物から通話申請が届いていたことを思い出したのだ。
俺の実家にスケナリがしばらく泊まっていた情報が漏れたのか?もしかしたら俺がかくまっていたことが漏れた?まさか彼がシェルターにいることまで知られてしまったのか?
じつは一刻を争う事態だったのではないか?
不安になった俺は慌てて連絡した。
サクヤさんは数分後に画面に現れた。
俺は、シェルターに避難しているジューロー(スケナリの本名)の情報が外部に漏れた疑いがあると話し、具体的に『かつて彼が追っ手として名指ししていたレイという人物から俺に突然通話申請が来た』と伝えた。
サクヤさんはすぐに捜査すると約束した。
そして彼女は今日、午前中に連絡をくれた。
「安心して。シェルターは問題ないわ」
彼女は言った。
「えっ?もう調べてくれたのか。すごいな。
ありがとう」
俺は素直に感想を言ったが、言いながら本当に捜査したのか疑い始めた。
だがどうやら彼女はちゃんと調べたようで、こんな話をした。
「レイと名乗る人物から連絡があったのは非常に不快だったわよね。
情報源としてはまだ断定できないけど私の推測では、ニュースサイトの特集かもしれない」
「ニュースサイト?なぜ?」
「今回初めて立候補した人のうち何人かについて複数のニュースサイトで特集が組まれていて、マサコさんの友人に取材したという記事もあるのよ。その中にジューローさんに関する話があった」
「子供の頃の話がニュースサイトに?」
「そうよ。
記事のコピーデータを送るわね。無料オープンで転載も可能、会員登録なしで読める記事だから」
通話を終えて送られた記事を見たら、俺の友人を自称する奴が複数、好き勝手に取材に答えていた。もしくはジャーナリストの側が好き勝手に書いていた。
わけのわからないエピソードが並び、だからマサコは小学生の時から正義感が強かったとか、声が大きかったとか、頭が良かったとか、負けず嫌いだったとか、臆病だったとか、自分勝手だったとか、嘘とも言い切れないコメントをされていた。
その中に確かにスケナリの話があった。
『マサコさんは近所に住むジューローって子と親友だった。マサコさんには他にも友達がいたけど、ジューローは他の子と遊ばなかった』
それで、俺はジューローのような気難しい子とも仲良くして優しい性格だ、とそいつは言っていた。
そして次のエピソードとして別の奴の話が引用されて
『マサコさんが大学生の時、彼の部屋にみんな毎日のように遊びに行っていた。集まるメンバーの中には小学校以来の親友もいた』
と書かれていた。だからマサコさんは心が広いし人脈が広い、と。
うれしくなかった。
二つのエピソードを組み合わせると、俺がスケナリとのつきあいを長く続けていたと読める。
だがなぜ記事でジューローとわざわざ実名を出したのか?
別に『近所に住む気難しい子』などと書けばいいではないか。
本人の了解を取ったはずがない。なぜならスケナリが実名の掲載を了解するわけがないからだ。
俺は再びサクヤさんに連絡した。
「記事を読んだよ。このニュースサイトは有名じゃないよね、俺は知らない」
「そうね、最近新しく開設されたのよ。新規会員を増やしたいから独自の無料記事をたくさん発信しているみたい。
他と違う報道をしたくて候補者の幼少期の話を掲載しているのかもしれないわね」
「俺は検索しないほうがいい?」
「追跡を許可しないと記事は読めないから、気になるなら検索しないほうがいいかもしれないわ」
「わかった。
一つ気になる事があって、ジューローが実名で書かれている。サクヤさんはこれをわざとだと思う?」
「わざとではなく、悪意もないと私は思うわ。
例えばジャーナリストがレイなどに情報を伝えるためにこの記事を掲載した、という確率はとても低いわね。もしつながっているなら直接伝えればすむもの。
彼らが偶然知ったふりをする必要はないでしょう」
「たしかに」
サクヤさんの話を聞いて俺は少し気持ちが落ち着いた。
「実名の方がリアリティーがあるから書いただけじゃないかしら?
運営方針のページに実名報道について書いてあったわ。本人や家族が拒否しなかったものは掲載するって。
これじゃ記事で取り上げられた人は実名が書かれがちで、その情報を提供した人は本人が拒否すれば匿名になってしまう。
不公平だし配慮に欠けるけど、トラブルが起きなければそれで済んでしまうことね」
サクヤさんは俺が漠然と不安に思っていた事を整理してくれた。
「マサコさん、レイの通話申請は許可していないのでしょ?」
「許可していない。ジューローから話を聞いたことがなければ俺にとって、レイはただの知らない人だ」
「そうね。それでいいわ」
サクヤさんとの通話を終えた後、ふと俺は気付いた。
ブラッドは、もしかして俺がレイの通話申請に反応しないから探りを入れたのだろうか。
俺が何か勘付いているのか、スケナリの逃亡と関係あるのか、それとも何も知らないのか。会話して俺の様子を見て判断しようとしたのかもしれない。
サクヤさんにわざわざまた連絡するほどのことではないと思うが、気になった。
俺はサクヤさんから送られた記事の続きを読んだ。
中には取材を受けた人が誰か想像のつくものもあった。
これはきっとニコラだ、または俺とニコラが会話しているとなぜかいつも近くに来て聞き耳を立てていたユウだ…。
その記事に書かれていたのはこんな話だ。
『マサコさんは裏切り者と言われる事を何よりも嫌った』
『たしか小学校4年か5年の時だ』
その日は授業終了後に何かがあって、先生が用事を済ませるのを俺たちは教室で待つことになった。
俺とニコラやユウを含む10人位がいた。飛び級したスケナリはそこにいなかった。
先生は
『私が戻るまで教室で待っていてね。百人一首ゲームをして』
と言った。
俺たちは素直にゲームを始めた。
百人一首ゲームはそれぞれの端末でポイントの多さを競うだけなので、たいして面白くもないが暇つぶしになるゲームだ。でも学校の先生たちはこのゲームを子供にさせたがった。
俺はゲームもだが、その先生のこともあまり好きではなかった。
10分程度たったら、ニコラが俺の横に来て
『もう飽きちゃった。つまらなくない?』
のようなことを言った。
俺は何て答えたか覚えていないが記事によると
『先生は百人一首ゲームを俺たちにやらせたいんだ。面白いかどうかは先生にとっても俺たちにとっても問題ではない』
と生意気な事を言ったらしい。ちなみにニコラの名前は記事に書かれていない。
で、
『おしゃべりしようよ』
と言うニコラに対して俺は
『最初にゲームをやめてはいけない』
と囁いた。
これは俺も覚えている。ハイスクールに通っていた頃に大学の講義を受けた時、このことを強烈に思い出したからだ。
それは古代の恐怖政治に関する講義だった。教授の話の中に、最初に拍手をやめてはいけないという話題が出て、俺はゾッとしながら自分の過去のセリフを思い出したのだった。
誰にも脅されたり圧力をかけられたりしていなくても、小学生の俺は自ら縛られていた。
エピソードには続きがあった。
40分程度で先生は戻ってきた。俺たちがみんな百人一首ゲームを続けているのを見て先生は
『まだそれをやっていたの?信じられない!』
と言った。
俺は先生がますます嫌いになった。
やれと言ったくせに。飽きるまでやれとか、好きにやれとか、自由にやれとか言えばよかったじゃないか。
みんな、誰もやめないから自分もやめられなかったんだぞ。と俺は思ったが、楽しくてゲームを続けていた子もいたかもしれない。
ニコラは俺に
『さっきゲームをやめればよかった。先生にばかにされた』
と言ったらしい。俺は覚えていないが。
それに対して俺は
『実際にゲームをやめていたら先生が何て言うかはわからない。俺たちが先生を裏切ったと思うかもしれない。
ばかにされるほうがいい。バカだと思うのは一瞬だけど、もし裏切り者だと思われたら俺たちは卒業するまでずっと疑われる』
と答えたらしいが、たぶん時と共にニコラだかユウだかが俺のセリフを無意識に増やしたのだと思う。小学生の時に俺がそこまで丁寧な説明をできたとは思えないから。
ともかく、このエピソードは俺にとって、楽しくないし心地よくもないが少しは懐かしかった。
あいつらどうしてるかな、と思う程度には。
少なくとも彼らのどちらかが、この怪しいというか質が低めのニュースサイトと関わったわけだ。俺は世界の狭さを感じた。




