戦い 二日目
今回もフィクションです
投票ウィークス2日目、俺は外に出る事にした。
安心党の奴らも改革党の奴らも、偽マサコたちも誰も討論ページに俺が投稿したメッセージに反応しない。
まあ、偽マサコ2人はそもそもまともな選挙活動をしていないのだからリアクションが無いのは当然といえば当然だった。
だがそれ以外の、当選したくて立候補した人たちの態度は失礼だ。
彼らは自分の所属する党のサイトをよく使っていて、公式選挙サイトの方はおろそかだった。本人専用ページには党のサイトに誘導する定型コメントが頻繁に投稿され、討論ページのような共用部分は無視していた。
メッセージを投げかけても無視されるのはムカつくことだが、共用部分も見ている人はいるので、視点を変えれば俺にとってはチャンスだと思った。ほぼ俺の言いたい放題にできるわけだから。
ところがそうはいかなかった。
今日になって、謎の人…というか犯権会だの想像連盟だのの臭いのする奴らが、討論ページに意味のわからない投稿を繰り返して俺のアピールをぶち壊しにした。
彼らは自分の意見とか趣味の話をひたすら、独り言のように繰り返した。
そのような古典的な悪質投稿を奴らは、たぶんわざとやった。
理由?俺のメッセージを潰すために?いや、知らない。俺と関係あるかどうか正直わからない。
投票ウィークスでなければ逮捕される行為だが、今はそういうものも許される。悔しいが、自由なのは俺だけではないという当たり前の事だ。
そんな中、安心党が大規模なイベントを今日やることがわかった。オンラインだけでなく会場もあるそうで、せっかくだから俺は乗り込む事にした。
本当は余計な動きをしない方が得策かもしれない。
俺はそもそも独立運動で有名になっていたし、アクシデントがなければとりあえず当選しそうだった。ある程度の人数の人たちが俺を、期待できる若者と見ていた。
無駄な動きをすれば、むしろ俺の評価が下がるリスクがあった。
でも俺は、思い立った事を全部やろうと思った。
俺はどうしても当選したいわけではない。だから当選することよりも、むしろ言いたいことをみんなに言う事の方が俺にとって大事だ。
俺はアドバイザーを雇っていないうえに、犯権会のような激しい路上活動をするエネルギーが無いし、集会の開き方を知らないし、広告の出し方もわからない。
だからよその集会を利用してやろう。
安心党なら改革党よりは他人の意見に聞く耳を持つイメージがあったので、乱入する事に対してハードルはそれほど高くない。
何か誤解された場合に備えて、俺はアピールページに『競争相手の研究のため、今日は安心党さんのイベントに行ってみる』と投稿してから出かけた。
俺のために安心党がわざわざイベントの日程を変えることはあり得ないし、妨害することもないだろう。
会場は俺がかつて行った大学の近くだった。
その近所に住んでいるユナに会えるかもしれないと思って出発前に通話申請したら、今は女の友人と一緒に研究発表の準備をしているから後で話そう、とメッセージが返ってきた。残念。
会場に近付くとたくさんの人が同じ方向に歩いていて俺は驚いた。
集会に、これだけの人数がわざわざ集まるのか!オンライン参加者はいったいどれくらいいるのだろう?トータルものすごい人数なのではないか?
安心党にそこまで求心力があったとは驚きだ。
俺の中では終わった党だった。でもそれは俺の価値観でしかなかったのか。
もっとも俺が乱入目的なのと同じように、偵察とか邪魔をするために来ている人もいるはずだった。
俺は歩くのが速いようで道々けっこうな人数を追い抜いた。すると、俺に抜かれた人のうち5~6人がこちらを見て『あれ?』という顔をした。
こいつらは俺の顔をニュースサイトなどで見て知っているのだろう。
彼らに質問したい事が俺の頭に浮かんだ。
いつから俺の顔を知っているのか?
もし俺が『独立日本』スターティングメンバーだと知っているなら、それでも俺を応援せず安心党の集会に参加する理由は何か?
安心党の何に期待し、誰を応援しているのか?
俺は後で質問するために、数人の覚えやすそうな顔の人を意識して覚えた。
受付に俺が進むと、カウンターの前に立っている担当者が驚いた顔をした。もしかしたら乗り込み予告投稿を見たのかもしれない。
「応援じゃなくて乗り込みに来たよ。候補の人たちに質問したい事もあるし」
俺は言った。周りが軽くざわついた。
「こういう人を入れていいのかしら?」
俺が話しかけた担当者は、もう一人の担当者に助けを求めた。
「迷惑だよね。でも断るわけにはいかないんじゃない?ルールを破っているわけじゃないから」
「そっか。たしかに反論お断りとは言ってないわね」
「うん」
彼らの言葉選びが非常にストレートで雑なことに俺は驚いた。
俺は『暴力行為をしない』『盗まない』という来場者誓約画面にサインして中に入った。
「マナミさーん!」
会場の中は予想以上に混雑していた。中央に広くて簡素なステージがあり、その上に安心党の候補者と思われる人たちが何十人もいた。
彼らは一人ずつ順番に話をして、残りの人たちは自分の番が来るのを笑顔で待っている。
若い人がかなり多い。顔が見えない向きの人もいるし見落としがあるかもしれないが、犯権会に立ち向かえなかった元議員たちは誰もいないようだ。
安心党も彼らの人気の無さをわかっているから、メンバーを入れ替えたのだろう。
しかし新しいメンバーがよく何十人も短期間に集まったものだ。
タダヒコ政権では議員の定数を割らないためにとても苦労して、引退した人を呼び戻したりしていたのに。嘘みたいだ。
これは犯権会がもたらした変化だろう。
顔をすげ替えるのは党の自由だが、黒幕の意向を感じの良い若者たちが代弁する構造なら犯権会と同じだ。
そういう意味での『俳優』ならば若い人も簡単に集まるのか。
議員は嫌だけど、議員を演じるのは嫌じゃない人がたくさんいるのだろうか。
マナミさんがステージの中央近くに立っている。彼女はコンサートに出演するような黒いゴージャスなドレスを着て、金色の大きなアクセサリーを身につけている。周囲のスーツ姿の若者たちから浮いていた。
「マナミさーん!どうして新しい党を作らないのかー!?」
俺は彼女に呼びかけてみたが、人々の歓声にかき消された。
マナミさんと会話できなくても彼女の秘書のトッカータさんと話せたら良い。そう思ってトッカータさんを探したが見当たらない。どこか近くにいるにちがいないのだが。
俺は前にいる人たちの間に割って入り、少しステージに近付いた。
「マナミさんが安心党にいる理由を教えてくれー!」
彼女がこちらを向いたと思った瞬間に俺は大声を出したが、彼女には聞こえなかったのかそのまま違う方を向いた。
『頑張れ!』『政権取り返せ!』『安心させろ!』などの掛け声が飛び交う中で、俺の声はいろんな意味で聞こえないようだ。
ステージに近付いたせいで俺は完全に人混みに吸収されてしまった。こんなに混雑してよく誰も転ばないものだ。いつ事故が起きてもおかしくないし非常に不快だ。
でもここで何も話せずに帰ったら、来た意味がない。
俺は気をつけながらステージのさらに近くに、少しずつ寄っていった。もし押し潰されそうになったらステージに乗ってしまえばいいだろうと思った。
しかしそんな簡単な話ではなかった。
ステージのすぐ下に行って俺は後悔した。マナミさんたち候補者は、足元を一切見ていない。
しかも陶酔した様子の支援者たちに囲まれて、かなり身の危険を感じた。
ステージは俺の顔の高さまであって、押された状態で飛び乗るのは無理だった。
俺は仕方なく少しずつステージから離れた。
円の外側をうろうろして俺は、さっき目をつけた中の一人を見つけた。俺はそいつに近付いて話しかけた。
「俺はマサコ1だけど、3問インタビューいいかな?」
そいつは再び驚いた顔をすると、声を出さずにジェスチャーでダメと答えて俺から離れた。
しかしそいつの横にいた人が
「君、知ってるよ。面白いね」
と反応した。俺のような変な奴に対応する担当の人かもしれないが、とりあえず質問してみることにした。
「ありがとう。じゃあ早速質問させてくれ」
「いいよ。答えたくない質問には答えないけどそれでよければ」
「もちろん。では1問目だ。君は安心党に何を期待している?」
「うん、自由に安心して暮らすための安定した政治。政治がしっかりしていないと、自由な暮らしはできないと思う」
「ふぅん。2問目、君は安心党の新しい候補者たちをどう思う?」
「元気な若手だね。それに感じが良い。
スピーチはまだまだ下手な人もいるが、やる気を感じる」
「へぇー。では3問目だ。君が俺に投票する可能性はあるか?」
「ない。そもそも東京ではない」
「3問答えてくれてありがとう。ちなみにどこから来たんだ?」
「近郊だよ。そんなに遠くから来た訳じゃないさ」
その人は笑ったが、俺はがっかりした。この人は安心党に対して全く疑問を持っていない。
「何か他に俺に話せる事はある?」
「今は思い浮かばないよ」
「そうか。答えてくれてありがとう。それじゃ俺の偽物に気をつけて」
「わかったよ。君やっぱり面白いね」
その人は笑いながら去った。
俺は自分で見つけた人に質問したいと思って別の人に声をかけた。
「こんにちわ。俺は東京で立候補したマサコ1だけど、ちょっと3問インタビューいいかな?」
「え?あなたがなんでここに?」
「安心党さんがどんなイベントしてるか見に来た」
「えー?本物?」
「俺は本物だよ。証拠は公式選挙サイトの予告。でも偽物も来てるかもね。
とりあえずカネ貸しておごってとか急に言ったら偽物だから」
「あはは、わかった」
「では3つ質問させてくれ。1問目、君は安心党に何を期待する?」
「期待っていうか、他よりマシだから頑張って欲しいと思って」
「念のため他とは誰?」
「改革党とか、党の無いよく知らない人とか」
「俺も?」
「そうかもね。あなたは独立運動では有名だけど、他は知られていない。私はあなたの政策を知らない」
「そっか。俺の政策を知ったら意見が変わるかも?」
「そうね、でも今ここで説明されても私は理解できない気がする」
「なるほど。では2問目、君が俺に投票する可能性はあるか?」
「あはは。ないよ、だって私があなたに投票したら安心党の人が落ちちゃうかもしれないでしょ」
「まあね。じゃ3問目、『独立日本』は『日本』と同じだと思っているか?」
「え?同じじゃないの?考えたことなかった」
「俺は違うと思っている」
「えー?そうなんだ…でもちょっとそれは納得できないかも」
「いろんな意見がある。この問題について君がもう少し考えてみてくれたら、俺は嬉しいよ。話してくれてありがとう」
俺はそれから5人に3問インタビューを繰り返した。
相手に応じて少しずつ質問を変えたが、彼らは日本を犯権会に乗っ取られた事に対して安心党にも責任があるとは全く思っていないことがわかった。
残念な現状だが、安心党に何の疑問も持たず支持し続ける人がたくさんいることがわかって俺にとっては良かった。
彼らは犯権会に対しても危機感が薄く、独立に関する意識も低めだった。
そして安心党が若手メンバーを集めるために犯権会の手口を真似た疑いがあるという事に気付けたのも、俺にとっては収穫だった。




