祝福
言うまでもないですがフィクションです
予想していた事だが、『独立日本』の『新・全国議会』初の議員選挙に立候補したら、直後から俺への連絡が殺到し出した。
通話申請者の詳細をざっと見ると、AI秘書の紹介業や、選挙対策アドバイザー紹介業というプロフィールが多い。AI秘書自身を名乗るものもあった。
外国からの申請もある。プロフィールを表示しない申請もあり、本当に通話する気があるのか不思議に思った。
拒否しても拒否しても大量の通話申請が止まらない。少し無視していたら承認待ちがあっという間に1000件を越えた。俺が拒否しない場合、相手が申請を取り下げるか24時間経過するまで根比べになる。
選挙が終わるまでこれが続くのだろうか。
俺は、旧日本のベテラン国会議員であるマナミさんの、名物秘書と言われているトッカータさんに連絡してみた。
「こんにちは。マサコさん、久しぶり。立候補の挨拶?丁寧にありがとう」
「もし当選したらマナミさんと同業だね」
「あら、お世辞?嬉しいわ。私はマナミさんが当選するように今回も頑張らなくちゃ」
「トッカータさんに聞きたいことがあるんだ」
「どうぞ」
「マナミさんが人間の秘書を雇う理由は?」
「人間が好きだから、と彼女は言っている。
でも、それだけではないかもしれない。私の想像。
AI秘書は守秘義務および公平性を保つため、任期一回限りで殺される。後味は悪いわね」
「あー、そういうルールか。知らなかった」
「そうよ。AI秘書との別れでメンタルにダメージを受ける人も少なくないのよ。それが嫌なら最初から人間を雇う方がいいわね。まあ、人間ももちろんいつかは死ぬのだけど」
この会話をしている間も、知らない団体や個人からの通話要求が来続けていた。
「今俺、知らない人からAI秘書とかアドバイザー紹介の連絡が来まくってる。マナミさんは安心党だから勧誘が少なかった?」
「わからないけど、そうでしょうね。最初は安心党の専属アドバイザーに全てお任せしていたみたい。
私と妹のフーガが雇われたのは3回目から。
秘書の選び方は、相性もあるし」
「プロの秘書や選挙対策アドバイザーがいないと、選挙のルールに違反する確率が高いか?」
「いいえ、違反の心配はいらないわ。
昔よりずっと手続きが簡単になったし『立候補のしおり』に書いてない事で罪に問われることはないから。しおりさえ読んでおけば大丈夫。
誰かにそそのかされて違反しても、そそのかした側だけが有罪になるし。
ほら、立候補者が少ない時期が長かったでしょ?
一日遅れて立候補できなかったとか、間違いを恐れて立候補をためらう人を一人でも減らすために、どんどんルールが緩和されたのよ。
もちろん秘書やアドバイザーがいる方が有利だとは思うけど、アドバイスしてくれる人がいないとできないほど難しいものではないわ」
「なるほど」
「アサヒさんとか、ずっと一人でやってるものね。まあ、あの人は熱心な応援ボランティアさんが多いから参考にならないか。
そうそう、通称ボランティアAIってあるじゃない。よく言うボランティアさんがやりそうな活動をするAIなんだけど、あれはおすすめできないわよ。とっても気が利かないうえに的外れな忖度をするからイライラするの」
「へぇー。参考になる。ありがとう」
「もし秘書やアドバイザーを探すなら、実績のある人に連絡してみたらどうかしら?
人気がある人は、たいてい何人もの候補者や議員をかけもちしているわ。有名な議員の担当をしている人でも、余力があったら新人も引き受けてくれるわよ。党が違っても関係ないし。
まあ、私はマナミさんだけを担当すると決めているからもしマサコさんに頼まれても引き受けないけど」
だからアピール方法がみんな似ているのか、と俺は思った。同じ人が何人もの議員にアドバイスしているなら、似ているのは当然だ。
だから面白くないんだ。
前回の選挙では、そういうところを犯権会につつかれたのではないか?
犯権会は独自のやり方だった。公正ではない強引な手法の連発だったけど、それが新鮮に見えてしまう状況があったわけだ。
有名アドバイザーの受け売りをしたくない、と俺は思った。
「そうなんだ。トッカータさんの話を聞いて、俺は自力でやろうと思った。いろいろありがとう」
「あらそう、健闘を祈るわ」
通話を終えた時には、承認待ちの通話申請が100000を越えていた。
家族や友人からの申請が混ざっていないか検索してみたが、なかった。
スケナリがいたら今の気持ちを言い合えるのに。
スケナリがシェルターに避難したから、通話の合間にちょっとした感想を言い合える相手がいなくなってつまらない。
職場に行ったら、ユウキさんもアキラちゃんも、ハンナさんとルミエル君も先に来ていて、俺にサプライズでプレゼントをくれた。
中身はクッキーだった。
「来週から『投票ウィークス』ね。応援してる」
ハンナさんが言った。
選挙活動が自由にできて投票期間でもある2週間、俺は仕事を休むことにしていた。
「それと、これは先輩のエリカさんからな」
「えーっ?エリカさん懐かしいな」
社長のユウキさんから可愛らしい小包を渡されて俺は驚いた。家族で外国に移住し退職したエリカさんが、俺の活動を知ってわざわざプレゼントをくれるなんて嬉しいじゃないか。
包を開けたら抹茶とクッキーのセットが入っていた。賄賂基準に触れないとされる品物を堅実に選んだなと思った。
エリカさんからのメッセージカードには
『マサコさんに幸運を』
と書かれていた。
ユウキさんが言った。
「マサコたち独立組は、勇気ある若者たちとしてカナダでも有名になっているそうだ」
「そうなんだ、ありがたいな。
俺たち外国でも有名らしいよ、とは聞いたけど実感が無いし」
「だって本当にすごいじゃないか」
ユウキさんが自分の事のように嬉しそうに言った。
「マサコは知っているか?
政治に人間が積極的に関わろうとするのは奇跡みたいなものだ。
AIが政策を提案して、人間はイエスかノーか投票するだけという国もある。
政治もロボットが自動で進めていて、人間は定期的にチェックするだけという国もある」
「うん。一応ね、小学校で教わったのを覚えているよ」
「あー、そうか、マサコはあの頃まだ小学生以下か。
俺は全自動国家が成立した時に大人だったからさ。すごい衝撃だったよ、それが許されるのか?って」
「そうね。理論上は可能だけど倫理的に不可能と長い間思われていた事が、とうとう現実になったという感じだったわね」
ハンナさんが言った。
ユウキさんは何度も頷いた。
「始まってみると彼らの国はうまく運営できているように見えた。
片や人間が頑張っている国はなり手不足が続いて、やりたいから立候補するというよりもはや義務だから仕方なくやる。あるいは悪意を持ってわざと変なことをしたい人間が群がる。
自動化は有りかなと思った事もあるよ。
でもやっぱり、間違った方向に進む事を止められない恐怖感が俺にはある。みんなもそうだと思う。だから結局、自動運転国家は広まらなかった」
「そう。
だから今、若者が自分たちの手で国を再建しようとしている事が世界に感動を与えているのよ。
マサコさんたちは、成功するかどうかに関係なく世界中から祝福されているわ」
感動を与えるかどうか知らないが、犯権会に好き勝手されたり世界想像連盟に吸収されたりしたくなかったら、マトモな価値感を持った人間が主導権を握るしかない。
損得とか人気があるかないかで物事を決めたら、そういう奴らにすぐ飲み込まれる。
その危機感があるかどうか、それだけなのだ。




