どう見られているかが大事な時もある
今回もフィクションです
俺が一般ボランティアの立場に満足していると言ったら、ユナは信じられないと驚きの声をあげた。
えっ?と言った彼女の声が裏返っていたから俺は一瞬、彼女の近くにいる友人の声をデバイスが間違って拾ったのかと思った。でもそれは彼女の声だった。
これだから画像無しの通話が俺は苦手なのだ。
相手が隠し事をしていなくても、なんとなくリラックスできないし疑心暗鬼になってしまう。
ユナはお金に困っていないから広い一人部屋にも住めるのだが、安い学生向けのシェアハウスに住んでいる。そのため、近くに友達がいるから友達のプライバシーを侵害しないためにと言って基本的に通話を画像無しにしたがる。
でもそうされると俺は、俺たちの話し声が友達に聞こえているかもしれないと気になる。逆に友達が近くにいないかもしれないのに、画像をオフにする口実にしているのではないかと思う時もある。
何をしているかわからないと思う。
ただ、言いにくいから本人に指摘した事はない。
俺はユナと毎日通話するようになって、むしろお互いの距離が広がった気がしている。彼女と再び親密になりたければ、毎日通話するのではなく時々会う方がいいのかもしれない。
でも彼女はそう思っていないようだ。
彼女は画像無しの通話を嬉しいと言う。
俺にはそれが不思議だ。
「どうして立候補しないの?」
彼女は言った。
「マサコさんは『独立日本』スターティングメンバーの一人なのよ。
国会議員に立候補して主導権を握らなきゃ。総理大臣にならないにしても、議員になっておかないと国作りの大事な時期に発言力がかなり減ってしまう。
ボランティアの意見が通るとは限らないでしょ」
俺の考えは違った。
もちろん彼女が言う通り、議員にならなければ政治活動において発言力が低下するのは当たり前だ。
でも正直、俺は政治をしたいわけではい。俺は今回の『独立日本』初めての選挙に立候補したいとは思っていなかった。
国作りに参加したいという気持ちも無かった。
俺にとって政治は他人がする事だった。俺は政治を誰にやらせるか選ぶ人というわけだ。
それは『犯権会』を経験した後でも変わらなかった。
ぜいたくかもしれないが、俺にとって国会議員は立候補した人の中から選ぶものであって、自分がなるものではなかった。
国会議員としてやりたいこともとくに無かった。
俺は犯権会政権を嫌っていた。
その犯権会が失脚したから、めでたしめでたしなのだ。後はスケナリを助ける方法さえわかれば俺は満足できる。
俺は言った。
「ユナにそう言ってもらえるのはありがたい事だけど、俺は立候補したいとは思っていないよ。俺には政策とか別に無いから。
とりあえず日本が『連盟』に吸収されなくて済んだし『犯権会』の権力がなくなったから、俺にとっては目標達成できちゃったかな。
むしろ俺はもともと、政治にはより多くの人が負担の少ない範囲で部分的に関わったらいいと思っていたから、それを実行しただけって感じだよ」
ユナは、そんなのもったいないと言った。
「私、この間マサコさんが言ったことにすごく納得したの。
江戸時代のアイディアを活かした、超循環型社会の実験場として、実証データを提供する契約を世界各国と結ぶことによって、日本は独立した中立国の地位を担保するべきだって」
「うん、言った」
「その時は関東独立の話だったけど、日本全体でも同じだと思うわ。
もはや日本は、実証データを提供し続ける事でしか生き残れないかもしれない。だったら堂々とモニター国家になればいい。
私はその考えに賛成。
それは十分、政策と言えるわよ」
雑談の内容をよく覚えているものだな、と俺は思った。俺はユナが何を言ったか、ほとんど覚えていない。
いや違う、彼女にとってこれは雑談ではなかったのだ。
言った俺にとってくだらない愚痴のひとつでも、それを聞いた彼女にとっては真面目な意見に聞こえていたのか。
「あー、そうは言ったけど実際うまくいくとも思えなくてさ」
俺は言った。
「モニター契約を結んでも、リスクのある人体実験をさせられる立場にはおちいりたくない。
そうならないためには、自分たちで新しい実験のアイディアを次から次へと出し続けなければならない。
『出資者』からのリクエストを自由に断るためには、自分たちでさらに良いアイディアを出して売り込む必要がある。
相当きつい商売になる。運営は大変だよ」
ユナは
「そうね。それはみんなの知恵でうまくやるしかないのよ」
と言った。
「だって、何か新しい事をしなきゃせっかく『連盟』の魔の手を逃れた日本が、再びどうなってしまうかわからないもの。
こんなはずじゃなかった、って事になるかもしれないわ。
最悪、日本は再び切り分けられてしまうかもしれない」
「うん。その不安は俺にもある」
「そうよね。
つまりアイディアを出し続けなければ沈んでしまう状況は、モニター国家になろうとなるまいと変わらない」
「大変さが違うけど」
「いいえ、むしろ楽になると思うの。現状維持するための苦労より、新しい事にチャレンジするための苦労の方が、仲間がたくさん集まると思うから。
だから安心党の人たちに任せてしまったらダメ。だって彼らは、私たちに比べて危機感がなさすぎるじゃない。現状維持が彼らにとって至上命題なのよ」
「安心党の人たちは、いい人だけど現状維持にこだわりすぎるところがたしかにある。
どうせ努力するしかないなら、人に振り回されるより自分の意思で努力する方がずっといいのは間違いないな」
俺は、自分にメリットがあるかどうか考えてみてメリットがありそうなら国会議員に立候補してもいいと思った。
「そうよ。どうせ努力するなら、言いたいことを言って、やりたいことをやったらいいのよ」
「なるほど。
そうは言っても俺にも自信がないから、まずは勝算を少し計算してみるよ」
「うん。まだ考える時間はあるから」
ユナの中では俺が立候補する事は確実のようだ。
その後彼女とは少し他のことも話した。通話を終えるとスケナリが苦笑しながら物陰から出てきた。
「本舗の事、なんとか聞き出せてよかった」
「そうだな。
裁判はだいぶ進展したようで何よりだ。これで本舗も完全に終わりだ。もう彼らを恐れる必要はない。
それにしてもユナから、あんなに立候補しろと言われるとは思わなかった。『独立日本』初の選挙に彼女がそんなに興味を持っていたのは意外だ」
俺がそう言うと、スケナリは困った顔をして
「意外じゃないよ」
と言った。
「マサコは独立が自分のアイディアだから、おおごとだと思っていないみたいだけど、独立ってたいへんなことだろ。
日本が新しい国になったんだ。その初めての選挙だぞ。みんな興味あるよ、きっと」
「そうか?
とりあえず『連盟』に吸収されたくなかったから苦し紛れにやっただけだし」
「やめてくれよ、これは革命だよ。気付いていないのは本人だけだって」
「えー?」
「あ、いいことを思いついた。
リサーチしてみたらどうかな?マサコがどんなふうに見られているか」
「どういう事だ?」
「マサコは間違いなく目立っている。でも、本人はそう思ってないってことが今はっきりした。
マサコの身の安全のためにはギャップを埋めた方がいいと俺は思うよ。
といっても、俺とかユナの意見だけでは一般的な話にならない。
だからもっと、まわりのいろんな人の声を聞いたらいいと思うんだ」
「なるほど。下手に『反体制的』認定されても困るから、自分がどこにいることになってるか把握しておかないとな」
「そうそう。
まあ、今さらマサコを反体制的だとか言える人はほとんどいないと思うよ。一時のブラッドと同じように」
「ブラッドと同じ?嫌な事を言うなよ」
「だってそうだろ。
それにブラッドは、犯権会の中ではマシだよ」
俺はケント会を手始めに、いろいろな人にアドバイスを求めてみることにした。




