『独立日本』
もちろんフィクションです。
ケントさんや、いろんな人の助けを借りて俺は関東独立を宣言した。
すると関東独立に賛同する人がたくさんいただけでなく、あっという間に日本のそれぞれの地域で独立宣言を発表する人が現れた。独立しない地域もあり日本が全てカバーされたわけではなかったが、ほとんど日本全国と言って良い状態になった。
戦国時代とは違って、今回はそのみんなが仲間だ。
大阪のアサヒさんが中心になって、すぐに『独立日本』という新しい国としての再結成を宣言することができた。
そうは言ってもこれだけではまだ正式な国ではない。
独立日本を国として世界に認めさせるために、マナミさんやタダヒコさんたち元安心党の人々が動き出した。
とりあえず犯権会が当選した前回の選挙より前に国会議員だった人たちのほとんどがボランティアとして運営に参加した。
元安心党の人たちが動くことを批判する人はもちろんいたが、反対運動は起きなかった。
当然だろう。俺から見ても当面、独立日本を誰が仕切ろうとかまわない。俺は日本が『世界想像連盟』に飲み込まれる事を阻止したかっただけだ。
できることを手伝いたいと言って一般ボランティアに名乗りをあげる人は増えた。
俺も一般ボランティアに登録して、『参政ボランティア手当金』をもらって仕事を休職する事にした。
ユウキさんに相談したら、快く送り出してくれた。
ありがたい事だ。
アキラちゃんと一緒に仕事ができなくなったのは少し残念だが。
そう、なんと独立日本は手当てをこれまで通りに出せるのだ。なぜなら、世界中から祝福のメッセージと大量の寄付が集まって資金が豊富だからだ。
ただし、どうやら楽なのは今のうちだけのようだ。調べてみると連盟を嫌う少々怪しい人からの寄付が半分以上らしい、とトッカータさんが言っていた。そのうち寄付を断らなければならなくなるかもしれない。
ところで犯権会のメンバーたちは国会議員でなくなった途端、次々に逮捕されていった。もう彼らの言うことを信用する人はほとんどいなくなった。議員をやるためだけに雇われていたヒナタやタクトたち元閣僚は我先に行方をくらまし、おそらく国外へ逃げていった。
黒幕からお仕置きされる事を恐れたのかもしれないが、とにかく奴らはもうダメだというイメージがこれで確定した。
犯権会は弱くなった。
だが、まだスケナリの問題は解決していない。
彼が恐れている犯権会の本当の幹部は、そもそも自分では犯罪を行っていないか、巧妙なので逮捕されない。
彼らは大量の部下を失ったが、それほど痛手を受けていないと思われる。使い捨ての手下にかけたコストが無駄になっただけの話だ。
しかし今は間違いなくチャンスだ。もたもたしていたら奴らは再び力を蓄えてしまうだろう。
「犯権会がもはや政府ではなくなったから、いずれにしても状況は良くなった。彼らに権力はない。
彼らが警察に圧力をかける心配はなくなったし、権益めあてで参加していたメンバーを大量に失って、組織としても弱くなったはずだ」
俺は言った。
「スケナリが外に出て、彼らの横暴を訴える時がついに来たんじゃないか?」
「そうだな。だけどなんだか急な変化でついていけないよ」
スケナリは苦笑した。
「動く前にもう少し探りを入れておきたいな。
マサコ、ユナに例の本舗との裁判がどうなっているか聞いて欲しい。それと、ハルキさんの結婚式に来ていたモモカが今どういう立場になっているか確認したいから、ハルキさんにも連絡して欲しい」
スケナリは怖いのだろう。しくじったら死が待っている。慎重になるのも仕方ない。
俺はそう思った。
「わかった。ハルキさんには俺は直接連絡できないから、ユウキさんに相談してみる。ユナは今連絡するよ」
俺はユウキさんにメッセージを送り、ユナに連絡しようとした。その時ちょうど母親から連絡が来た。
どうせまた雑談だろうと思って
「ちょっとあとでいいか?」
と俺が言うと彼女は
「いいえ、今聞いて。たいへんな事が起きたの。
ジューローくんのお母さんが亡くなって、子供も亡くなったのよ」
と言った。
「え?誰が?」
「ジューローくんのお母さんが3人いたでしょ?そのうちの一人・ナデシカは『有権者保護観察ホーム』に収監されてるじゃない。
で、家に残ったうち一人がこの間、強盗に殺されたのよ」
「えーっ?あんな大所帯に強盗が?」
俺は驚いた。
彼女たちは養子を育てる人に支給される補助金で生活していた。
彼女たちは補助金でもうけるために、つまり効率良くコスト削減して支出が補助金を上回らないよう定期的に新しい養子を受け入れ続け、子供の数は延べ35人にもなった。
子供の中にはイチローのように若くして亡くなった人もいたし、サンローのように詐欺をしながら放浪して行方不明(その後死亡)になった人もいたし、スケナリことジューローのように幼い時から彼女たち里親と相性が悪く、補助金をもらえる年齢のうちに里親と別居し始めた人もいる。
ただ、トラブルが多かったのは初めの十数人までのように見えた。その後彼女たちのにぎやかな家には常時、10人を超える子供たちが暮らしていたし卒業生もしょっちゅう遊びに来ていたようだった。
「それがね、今はもう子供が3人しか住んでいなかったらしいの。私は詳しく知らないけれど、やっぱりナデシカさんが逮捕されたからじゃないかしら?
みんな出ていったみたいよ」
「出ていったって、一体どこに出て行ったんだ?」
「さあ?別の団体とか?
養子を募集している人はいくらでもいるじゃない」
「まあね。子供が自分で調べて他へ移る事はまずないと思うけど…」
「私たちには関係ないわよ」
母は肩をすくめてみせた。
「それで残った一人が昨日、自殺用ピルを飲んだって話よ。その後がひどいの。
薬のビンをテーブルに置いたまま彼女は亡くなって、家にいた幼い子がそれを誤飲して亡くなったそうよ」
「そんな…」
「今朝から近所じゅうが大騒ぎで。
どうしたのかと思っていたけど、お隣のアンさんにこの話を聞いたからマサコに知らせようと思ったのよ」
「うん…」
「マサコも自殺用ピルを間違って飲まないように気をつけなさい」
「気をつけるも何も、俺は他人の薬を勝手に飲んだりしない」
「何てのんびりした事を言っているの?騙されるかもしれないし、薬をすりかえられるかもしれないし、何が起こるかわからないでしょ」
「それを言い出したらきりがない。気をつけようがない」
「きりがないから気をつけない、じゃ駄目でしょ。そんなことでは生きていけないわよ」
母親と話すと俺は何故ケンカになってしまうのだろうか。そう思いながら仕方なくしばらく会話した。
俺は話しながらふと思いついた。そうだ、スケナリの今後の計画について母親のアイディアを聞いてみるのも悪くない。
「話は変わるけど、ちょっと母さんの意見を聞いてみたいんだけどいいかな」
俺は言った。
「珍しいわね、どうぞ。何かしら?」
「殺人とか平気でする奴でしかもめちゃくちゃ情報網がある組織的な敵に追われてる一般人が、殺されずに勝つにはどうしたらいいと思う?」
「私、頭の体操は苦手なんだけど…そうねぇ」
彼女は表情を変えずに考えた。
「敵の人数より多くの味方を作る。
敵より強い組織に守ってもらう。
敵より強い人に代わりに戦ってもらう。
探偵に敵の弱点を見つけてもらう。
国会議員になって、組織的な殺人を厳しく罰する法律を作る。
そんな感じかな」
まあ、現実的にはとりあえず警察に助けを求めるしかないな、と思って聞いていると母は
「調べものをしないでわざわざ人間に質問するって事は、リアルなトラブルの話なのね?」
と言った。
鋭い。
いや、誰でもわかるか。知られては困るから記録に残せないって事ぐらい。
でも、これでもマシになったのだ。犯権会の全盛期には、どこで盗聴されるかわからず人間に質問する事すらできなかった。本当に奴らが権力を失って良かった。
「友達がこういう状態になってるらしいんだよね」
俺は曖昧に答えた。
「なんだ、マサコかと思ってドキドキしちゃったわ」
「俺ではないよ」
「友達なら、関わらなければいいじゃない。対策のためのアイディアを教えてあげるのは親切だけど、わざわざ危険な状態にある人に近付く必要ないわよ」
「えー?それはそうだけど」
「大学の友達?」
「まあ同じ大学」
「だったら友達も賢いでしょ。自分で何とかできるわよ。あんたがよけいなおせっかいをする必要はないわ」
「わかったよ」
これ以上ぼろが出る前に通話を終わらせたくて俺は母親の言うことを聞くふりをした。
母親と話して、背中を押された部分もあったけど結局疲れた。
「スケナリ、ごめんな。関わらなければいいとか嫌なこと聞かせて」
「ううん、気にしてないよ。一般論だし」
スケナリは台所の陰から顔を半分出して答えた。
『友達』ことスケナリは俺の部屋に隠れている。俺は関わらないわけにいかない。
俺は気持ちを切り替えてユナに連絡した。すると
「ねえ、マサコさんは立候補するでしょ?」
俺が本舗の話を始める前にユナから、独立日本の政権を作るための国作り選挙について切り出された。




