犯権会のPR
今回もフィクションです!
多くの組織が休日となる金曜日、正午に記者会見のリアルタイム配信は始まった。
俺は部屋でスケナリとそれを見た。
登場したのは見慣れた犯権会の元閣僚達だった。しかし、ずらりと10人近く並んだ男女の中にブラッドの姿は無かった。
『はじめに、ショウゴさんを追悼するためにみんなで1分間黙祷しよう。黙祷』
ヒナタがそう言い、音も動きもない時間が始まった。
彼女は今日も水着のような服装だ。黒い水着に黒いブーツを履いている。
よく見たら他のメンバーも黒またはグレーの服を着ている。黙祷するから、それに合う服装にしていたのかもしれない。
もちろん俺たちは黙祷しない。
「ハァ?いきなり何の配信だよ?見る価値ないよ」
スケナリは犯権会を一蹴した。
「奴らが黙祷するに任せておくジャーナリストたちも俺は好きじゃない」
「俺もそう思う。
犯権会は自分中心だ。
死んだ人を盾にする彼らの卑怯さが表れているし、そういう犯権会にびびって何も言えない人たちの臆病さが表れている不快な時間だ」
『黙祷おわり。早速会見に入るね。
会見のテーマは国民投票の詳細。
明日、国民投票を行うからその内容を詳しく説明するわ。
みんなが何を選ぶのかっていうと、世界想像連盟に加盟するかしないか』
無為な1分間の後、ヒナタが再び話し始めた。
会見のテーマが改めて画面に表示されるとスケナリは怒り出した。
「ふざけるな。迷惑な話だろ。
お前たちの内輪揉めに全国の人を巻き込むなよ」
「世間でほとんど問題にされていない議題なのに、いきなり国民投票を実施できちゃうのは驚きだ。手続きさえ整っていれば議題は何でもいいのか?」
「手続きと、あと国民にとって重大な決断かどうか、な。
できちゃうんだろうなぁ。重大すぎることは確かだからさ。だって連盟に入ったら日本はもう独立した国じゃなくなるもん」
「そう。だから俺から見ると、それを普通の選択肢として扱うことがそもそも間違っているとしか思えない。
これは二択じゃないはずの事を、まるで二択かのように見せかける詐欺だ」
「そうだよ。奴らは平気で人を騙すんだ」
ヒナタが国民投票の開始・終了時間など基本的なルールを説明していたが俺たちは文句を言い合ってあまり聞かなかった。法律をかみくだいて話しているだけなので聞く必要もないのだ。
でも、ひとつ気になった。
「今ヒナタが話した中に、最低投票率の説明があったか?」
俺が言うと、スケナリは首をかしげた。
「わからない。聞き流してたよ。
でも言ってなかった気がする」
「そうだよな。たぶん言っていない。
奴らの場合、あえて伏せてるのかそれとも重要性を感じないから言わなかっただけなのか、さっぱりわからないが」
「どうなんだろう?全部の関連法を説明したわけでもなさそうだから、話さなかった事のひとつなのかな?」
「まあ、ここで言っても言わなくても、法律は変わらないもんな」
話し手はヒナタからアヤカに変わった。
彼女は世界想像連盟が何かを説明したが、それは説明になっていなかった。連盟は世界中で国家を崩壊させようと活動する危険な団体だ。だが彼女は、連盟の表向きのスローガンを述べただけだった。
世界を平和にするために活動しているとか、貧しい人々の生活を良くするために活動しているとか。
『私が尊敬する人も、活動に参加しているのよ』
彼女はそうつけ加えた。
ただの宣伝じゃないか。
「だめだこりゃ。賛成に誘導しようとしてるぞ」
スケナリが呆れ顔で言った。
「当たり前だけど連盟が国を統治したことは今まで一度もない。そういうことすら言わないんだからな」
そして話し手はアヤカから別の人に変わった。
彼は連盟に日本が加盟した場合、日本人にどのような手当てが支給されるかとか、どんな自治組合が作られてそこでどんなサービスが提供されるのかを説明した。
それから話し手が再び変わり、今度の人は
『連盟に加盟しても、外国と貿易できるし旅行もできる。連盟が持ってるリゾート施設ならサービス価格で宿泊できる』
と言った。
「えー?どうやって貿易するんだろう?」
「貿易だの旅行だの、できる根拠を言ってもらわないとわからないんだよな。
まさか、一部の外国政府がこの件にからんでいるのかな?」
「それもあり得る。日本で社会実験をしてみたいと思っている奴が、外国の政府関係者の中にもいるだろうし」
彼らは話し手を変えながら次々に話を進めていった。
最後にヒナタが投票のしかたを説明し
『新しい生活にチャレンジするか、これまでと同じ生活を繰り返すか、よく考えて明日投票してね!』
と言った。
俺は寒気がしてきた。
「これってつまり、加盟する事が既に決まっているのだろうか?スケナリはどう思うか?」
「俺もそんな気がする。
あいつら、そういう口ぶりだよな。開票操作しようとしているのかも?
でも開票は外部の専門機関がやるから操作はできないか」
スケナリが腕組みして少し身を乗り出した。
「どうすれば阻止できるかな?」
「俺は棄権しようと思う」
と俺は言った。
「会社帰りに昨日話した時、ユウキさんもアキラちゃんも『国民投票やるのおかしいよね』って俺たちと同じ意見だった。
で、二人とも投票したくないと言った。だから今回、投票率は低いと思う。
最低投票率を下回って無効になるのを狙おうと俺は思う」
「うーん、そうだけど反対票を入れないのも怖くないか?」
スケナリが考えながら言った。
「国民投票が無効になっても、もし投票した中では賛成が圧倒的多数だったら、奴らは『国民は賛成している』と言い張りそうだ」
「でも、もうすぐ総選挙しなきゃいけなくなるだろ。それで国会が再開されたら、犯権会は権力を失って何もできなくなる」
「総選挙で犯権会の奴らがちゃんと落選すればね。
マサコも俺も犯権会が嫌いだけど、さっきのひどい会見がたいした質問もなく終わったくらいだよ。犯権会に好感を持ってる人の方がまだまだ多いんだ。
また過半数とりかねないね。
しかも、そもそも連盟に入っちゃったら総選挙も行われないよ」
「困ったな。連盟に吸収されたらどうなるか怖すぎる。
犯権会に牛耳られた国会を解散させて奴らの暴走を止めたのは、裁判所だった。日本が無くなれば、裁判もできなくなる。奴らを止められるものがなくなるかもしれない」
スケナリは少し目を閉じて考える様子を見せた。
それから何度か軽く頷いて言った。
「奴らが今後も暴走するかもしれないって考えると、やっぱり棄権した方が安全かもしれない。
投票所で圧をかける古典的な方法もあるし、行っちゃったら賛成させられるリスクが十分あると思う。
マサコ、明日は行かなくていいよ」
「うん。そうだな」
俺は、俺のまわりの人がどうするか予想することで、投票率および賛成率がどのくらいになりそうか頭の中で計算してみた。
まず仕事関係はユウキさんもアキラちゃんも棄権。ハンナさんはルミエル君が退院するかどうかという日だから、わざわざ投票に行かないだろう。
スケナリも投票しない。
俺の両親は、行くかな?投票しなきゃいけないものだと思って行きそうだ。3人の叔父たちも、祖父も同じだ。彼らは現状に満足しているから、反対票を投ずるだろう。違法なプレッシャーを受けなければ。
姉は行かないだろうな。ああ見えて、いざというときの判断力がある。
ユナはわからないな。友達たちと一緒に住んでいるから、みんなが行けば彼女も行くだろうし、みんなが行かなければ彼女も行かないだろう。
今日も夕方彼女に連絡するから聞くこともできるが、同居する友達がどんな人かわからないから、聞かれて困る話はできない。
大家のジョージさんは反対票を入れに行きそうだな。
ユキさんは棄権かなぁ?
マリエさん、アンナさんも行かない気がする。アキラちゃんと連絡取り合ってるかもしれないし。
リスクヘッジアドバイザーのリョウマさんは棄権するだろう。危うきに近寄らず、ってことだ。
当番派サークルの人たちはどうするかな?
ハルキさんは賛否がわからないけど投票には行くかもしれないな。レイナさんは無視しそうだ。
ケント会のみんなは?
ケントさんは、正式な国民投票とは認めないって言いそうだ。マイクやマリエさん、マイミさんは外国にいるから投票できないから計算から除外するとして。
ラショウモン君は?彼は『政府』のやることは何でも嫌いって子だから投票には行かないはずだ。
俺の出身大学の教授たちは、みんな投票しないだろうな。行ったとしても反対する。どんなプレッシャーを受けても。
なんなら反対運動をしてもおかしくない。
元国会議員やその秘書はどうするだろう?
例えばマナミさん。彼女は反対票を入れに行くだろう。
トッカータさんとフーガさんもマナミさんに同調するか。
こうして考えると、投票率は50~60%くらいかな。
きわどい。
60%を超えたら結果に従うことになってしまう。
犯権会が禁じ手を使えばどうなるかわからない。
だが俺はとにかくもう、投票しないことに決めた。
投票しに行って脅されたりしたら反対を貫けないかもしれないからだ。
悪い結果が出ない事を俺は願った。




