全ての仕事がボランティア
「じゃあ良かった!サクヤさん、この勢いで犯権会をどんどん捜査してくれよ」
俺はそう言ってみた。
スケナリが横でニヤリと笑った。しかしサクヤは残念そうな顔をして
「ごめんね、それは私の担当ではないの」
と言った。
「誰かもう担当の人がいる?」
「さあ?私は知らない。
私は担当していないから。
もし犯権会から何か被害を受けたという被害者から実際に訴えがあれば、それぞれの案件に対して適切な担当者が対応するから、マサコさんは安心してちょうだい」
サクヤの発言は彼女の意見ではない。何かあったら警察はいつも適切に捜査するよ、と宣伝しているだけだ。
俺はがっかりしたが、それほど不満ではなかった。そりゃそうだよな、彼女は仕事中なのだから慎重な発言をして当然だ。
そもそも彼女が本当は何をしに来たのか、俺にはわかっていないのだ。俺のコメントを見たから来たというのは建前だろう。
彼女が既に本題に入っているのかどうかすら、俺にはわかるはずもない。
「担当じゃないのに俺の部屋まで来なきゃいけなくて、刑事さんは大変だな」
「刑事だけが大変なわけじゃないのよ。仕事ってボランティアだもの、ね。
全ての仕事がボランティアよ」
わけのわからない話になった。
しかも彼女が、仕事はボランティアだと言い出したのは偶然にしても俺にはむかつく事だった。その考え方は俺の家族やその家族の考え方と同じで、彼らは何かきっかけがある度に仕事で生活費を賄っている俺を批判するのだった。
彼らは、仕事は社会貢献のためにすることであって報酬を求めるべきではないと考えている。生活費や遊興費は各種の補助金や寄付を受け取る事で賄うべきだと言う。
中でも父親は特に、仕事の成果を出せないからといってカネに逃げるなとか、権利の無駄遣いだとか、サービスを受けようという努力が足りないとか、家族に失礼だとか言う。
世の中で彼が特殊ではない事を知っているだけに、俺はイライラするのだ。
刑事というハードな仕事をしている人なら、まさかそんな風に思っていないだろうと油断していたが間違いだった。
「もし直接の被害者じゃない人が通報したら、内容が事実でも自作自演罰金の対象になるのか?」
俺は質問の仕方を変えた。
「内容が事実?
それなら自作自演とはみなされないわよ」
「ふぅん」
「もし罰金を心配しているなら、『イタズラ通報罪』が適用されることはあり得るって知っておいたほうがいいかもしれないわね。
最高100文だから」
「イタズラ通報罪?地味そうな罪だな。そんなのあったか?」
彼女はたわいない冗談でも聞いたかのようにクスッと笑った。
「あるわよ、あなたが生まれる前からね。
いたずらの通報をしちゃダメよ、って話。
例えばあなたが、犯権会の誰かが殺人をしたにちがいないって通報をしたとするでしょ。
犯権会の会員の中に本当に殺人をした人がいたとしても、それはイタズラ通報とみなされるリスクがあるわね。当てずっぽうに言ったことがたまたま当たっただけじゃないの、って。
だけど具体的に誰が、誰を殺したとかどこで殺したとかの情報があればその通報はイタズラとは言われない」
「へぇー。そういう感じなんだ」
ああそうか、と俺は思った。
イタズラ通報罪の『イタズラ』は、昔『いたずらに』と言われていたほうのイタズラにちがいない。今はこの二つの言葉は混同されている。
つまり、ふざけて通報するなと言っているわけではない。無駄な通報をするなと言っている。
真面目に通報した人間に向かって無駄と言うとは、ふざけるなと言うよりむしろひどいじゃないか。そこには自作自演罰金と同じ精神があるだろう。
結局、政府は国民を信用していないっていうだけの話なのだ。なんだ、いつものことだ。
「ナデシカの話だけど」
サクヤは微笑を浮かべるとスケナリをチラッと横目で見て言った。
「マサコさんのお友達、見つかったのね。良かったわね」
「見つかったっていうか、もともと俺はべつに探してないし。
あの時期、ナデシカと『人さがし本舗』が別々にジューローを探していたみたいだったけど」
「どうしてそう思うの?」
本舗に依頼したのが誰か、わかっているのか?と俺は彼女に聞こうとした。
だが、そこまで言う前に遮られた。鋭いところを突かれて。
たしかに、ナデシカが本舗に依頼したと考えるのが普通だ。そうじゃないことを、部外者であるはずの俺が知っていては不自然だ。
もちろん俺は裏話を知っている。だが俺はサクヤに限らず誰にも、俺がどこまで知っているのか教えたくなかった。
リスクヘッジアドバイザーのリョウマさんに預けた話を、サクヤにするのも避けたかった。
俺は犯権会の幹部とナデシカとの関係を知らないていで言い訳した。
「ナデシカは大学の話を一切しなかった。彼女はジューローが大学の周辺にいるとは思っていないようだった。
それなのに本舗は、大学のまわりをしつこく探していたらしい。
同じ人間を探しているなら、普通、情報を共有するはずだろ。
手分けしたのか、単純に関わりがなかったのか。
俺にはどっちなのかわからなかった」
「そうなのね」
「奴らは組んでいたのか?」
「それは私にもわからないわ」
わからないはずがないだろう、と俺は思った。素人の俺が推測できることを刑事が調べきれないはずがない。言えないだけだろう。
でもナデシカの件では、俺は関係者なのだ。もう少し詳しく教えてくれてもいいはずだ。
「ナデシカがはっきり答えないから確定できないとか?」
「ごめんね、捜査で知ったことについては関係者にも言えないからノーコメント。
マサコさんは、この話をしたくて私に連絡をくれたのかしら?」
「どうなんだろう?
いや、違うな。
俺が最初にサクヤさんに連絡した理由は、犯権会だよ」
「犯権会のどんな話を?」
「彼らが政府の立場を悪用して違法行為をしているんじゃないかと思ったけど、通報する前にサクヤさんなら相談に乗ってくれると思ったんだ。
だけどその後しつこく連絡した理由は、サクヤさんが死んだかもしれないと心配になったからだよ」
「え、私が死んだかもって?
どうして?」
彼女は本当に驚いたように、車椅子から身を乗り出した。
彼女が驚いたということに俺は驚いた。自分は死なないとでも思っているのだろうか。
俺は仕方なく説明した。
「連絡しようとしたら、そんなに期間があいたわけじゃないのにサクヤさんの連絡先が変わっていたから、俺はまず不審に思った。
わざと連絡できないようにしたのかと思った。
それで俺は、さっき言ったように犯権会がその権力を使ってサクヤさんに何かしたのではないかと疑った。
だから何とかサクヤさんの無事を確認したかったんだ」
「そうだったの、私の事を心配してくれてありがとう。ごめんね、担当する仕事が変わっただけだったのよ」
彼女はゆったりと微笑んだ。
本当かどうか怪しいが、確かめようもないしこの調子でのらりくらり質問をかわし続けられるだけなら、もうどうでもいいと俺は思った。
「そっか。
使わなくなった連絡先は、自動的に警察の総合窓口につながるとかしてくれたらいいのに。AIでもいいし」
「マサコさん、失礼な言い方で悪いけど、事件が多すぎて、私たち刑事は終わった事に関わっていられないのが本音かな。
ナデシカの件は、他の人が担当することになった。新しい担当が、これ以上は捜査する必要がないと判断したから、連絡先を閉じたのでしょうね」
どうせ犯権会が、仲間を不利にさせないために急いで担当を変えたり連絡先を閉じたりしたのだろう。
俺はそう思った。
サクヤがどう説明しようと関係なく、俺は犯権会が権力を悪用しているという結論を出してしまう。今のところ俺の先入観を覆すほどの事実を俺は見ていない。
「ナデシカのその後の話なら、俺はもちろん興味あるよ。
そもそも、なんで彼女がしつこくジューローを探していたのか知りたい。なんで今さら?と思ったから。
学生の頃に彼が何日も家に帰らなかったことがあるけど、彼女から俺や俺の家族に問い合わせが来ることはなかった。
学生の頃なら、彼は俺の部屋にしょっちゅう来ていた。
だけど卒業してから俺とジューローは、ほとんどつきあいがなくなっていた。それなのに彼女は今回、俺に問い合わせてきた。
謎だろ」
サクヤは頷きながら俺が話を終えるのを待った。
俺が言葉を切ると、一呼吸置いて彼女は言った。
「ナデシカの裁判が行われる日程が公開される時は、マサコさんに連絡するわね」
「うん。連絡してもらえると嬉しい」
サクヤは車椅子の手元にある端末らしきものに『ナデシカの裁判日程 マサコさんに連絡する』とメモをすばやくインプットした。
そして顔を上げると急に真顔になって
「マサコさんが、犯権会を意識するのはどうしてかしら?」
と言った。
「意識?あー、たしかに」
俺は考えた。どんな風に話せば彼女が自らナデシカと犯権会の関係に気付いてくれるだろうか?
俺は詳しく話したくなった。でも言い過ぎれば俺のぼろが出るだけだと思ったから、なりゆきに任せて素直にサクヤの質問に答えた。
「うん。
簡単に言うと、犯権会は裏で何かしているんじゃないか?って気になっているんだ」
「裏ってどういうこと?」
「わからない。でもおかしいだろ。
例えばマナミさんを家から出られないようにしたのは犯権会のファンだと報道された。
だけど犯権会は何も追及されない」
「何がおかしいのか、もう少し教えてくれる?」
サクヤに質問を返されて俺は戸惑った。
質問の意図は何かと聞こうか?
彼女が俺を追及するつもりで言っただけならかまわない。でも、もし本気で『何がおかしいのかわからない』なら問題だ。
もしかして、みんな犯権会のすることに疑問を持っていないのだろうか?
「タダヒコ政権の頃なら、ファンがそういう事件を起こしたら政府も必ず責任を問われただろ。
それが当たり前という事になっていた。
俺はそう教わったと思っているんだ。
でも今は、政府とファンは関係ないって言われる。ジャーナリストたちも関係ないと言う。
それなら何故、かつて彼らはタダヒコさんたちを追及したのかわからない」
「報道され方の違いが気になるの?」
「それだけじゃないけど、まず報道され方の違いは気になる。
犯権会は法律の通し方もおかしいし、欠員の埋め方もおかしい。だけど、犯権会がおかしいことをしてもなぜか批判されない。
むしろ同情される。
あまりにも批判されないから不思議でしょうがない」
「つまり、マサコさんは不公平だと感じているのかしら?」
「そうかもしれない」
サクヤは俺をなだめる方向で話を進めようとしている。それは彼女が仕事中だからなのか、それとも本当にそういう考えなのか、俺は聞くことができなかった。
だから俺は結局、どうすれば犯権会を逮捕してもらえるのか相談することもできなかった。




