世界想像連盟
『ブラッドの整形デザインを担当した人、別件で詐欺を行ったとして逮捕される』
そのニュースを俺が見たのは、ユナとの通話を終えて、スケナリとやや口論をした後だった。
口論になった理由は、俺がユナに肝心の話ができず雑談だけして通話を終わらせたからだった。
俺は犯権会と闘う準備のために、人さがし本舗の裁判の状況などをユナに聞こうとしていた。
だが彼女とは毎日通話していたから、俺としてはできれば会話の中で自然にその話題を持ち出したかった。
「なんで早く言わないんだよ?先延ばししている間に『投票ウィークス』が終わるよ」
スケナリはそう言った。
彼には焦りがあるのだろう。でも俺はべつに彼より危機感が薄いから面倒な話を先延ばしした、というわけではなかった。
投票ウィークスの残り日数が9日だということは頭にあった。だから言い返して、少し口論になった。
言いたいことを言い合うと、二人ともなんとなく言うことがなくなり気まずくなった。
スケナリが昼寝を始めたので、とりあえず俺は最新のニュースをチェックしておこうと思って見たら、冒頭の記事が出ていたのだ。
しかもわざとらしいことに、記事が公表された直後から突然、ブラッドが領土を取り返した地域の住民の、不満の声というものが大量に発信され出したことがわかった。
それらの声には、共感するコメントも多く寄せられていた。しかし俺は共感できなかった。
ブラッドを応援するわけではないが、なんでも発信すればいいというものではない。
人々は領土をいったん失った理由を考えた方がいいだろう。
タダヒコ政権時代にそれらの土地は外国に占領された。その背景には、少しの不便も許さなかった住民たちの態度が影響を与えている。
人々が当時の行政を糾弾し続けた結果、より良い生活条件を提示する『世界想像連盟』の侵入を招き、そこからいろいろあって結果的に想像連盟が推薦する外国に日本の一部を統治されることになったいきさつがあると、俺は大学の教授から聞いた。
とはいえ、本人にとって目の前の生活の不便さは切実な問題だ。だから苦情を言うなとは俺にも言えない。
俺は心の中で反対意見を挟みながらそれらの声を読んだ。
『生活全般が不便になった』
古代と比べたら今の方が何でも便利だ。
『移住補助金をもらうと別の地域に転居しにくくなるとは知らなかった』
補助金の問題以前に、昔は転居がもっと大変なことだった。そもそも全てのコンドミニアムで当日退去・当日入居の契約ができるようになったのはほんの100年前だ。
『移住者が増えすぎてコミュニティの中でコミュニケーションがとりにくくなった』
その問題は、べつに日本だから起きたわけではない。
『言いたい事があっても、占領から解放してもらったという恩があるため政府に不満を言えない』
恩すらなくても不満を言えない時代の方が長かったのだ。
『趣味の仕事をできる場所が圧倒的に減った』
仕事の収入をあてにしているのだろうが、趣味なのだからどうなろうと仕方ない。
『生活保証金が半額以下に減った』
正常な金額に戻っただけだ。
『旧占領軍が残していった建物の使い道がなく廃墟になっている』
空き家や廃墟のトラブルはいつの時代にもある。
これらの声が不思議なのは、ブラッドが領土を取り返してからすでに何ヵ月も経っていることだ。
つまり同じ問題は何ヵ月も前から起こっていたはずだ。なぜ今になって大量に発信されたのか。
本当にわざとらしいタイミングだ。
俺がニュースを見ているとわかるとスケナリが起き上がって近付いてきた。
「えー?ブラッドの、全身スーツの下の顔は整形されていたのか。
念入りすぎるな」
スケナリは、むしろブラッドの整形の話に興味を示した。
「ブラッドはさんざんな目にあっているな。全身スーツを着てるって暴露されて、次は整形してたって暴露された。
整形を繰り返しすぎてこれ以上無理だからスーツを着たのか?ってみんな思うね。
そうだとしても本来べつに公表する義務もないことだ。暴露されたら、裸にされるような不快な気持ちになるよ」
俺は、価値観が似ていると思っていたスケナリの関心が自分と大きく違ったので驚いた。
「まさかだけど、あいつ外側の全身スーツのほうが元の顔に近かったりして。
中身のほうが嘘だよ、ていう」
俺は笑った。
「それは面白いな。
ブラッドは選挙に昔の顔で出るためにスーツを着たのかもしれない。自分が誰なのかを、みんなにわからせるために。
あ、だけど、そうするとブラッドこそ任期の無期限化に賛成しなきゃおかしいよな。逮捕されないために。
そう考えると、スーツの顔はやっぱり昔の顔とは違うか」
「そうかもしれないし、無期限にしなくてもブラッド自身は当選し続けられると思ったかもしれない」
「もしくは、やりたいことをやりきったから逮捕されてもいいと思ったとか?」
「そんないい人かどうかわからないけどね」
俺たちは苦笑し合った。
もう口論の事は忘れた。
「スケナリ、俺が気になったのはこの記事が発信されたタイミングだ。
何だこれは?結局、勢力争いの結果か?
ようするにブラッドが負けたんだろ」
「みたいだな」
スケナリは暗い表情で頷いた。
「マサコも気付いていると思うけど、ブラッドは犯権会の中の勢力争いに、しばらく前から負け続けていたようだ。
それが今回の、ブラッドが取り返した領土に住む人たちの不満の暴露になったのだろう」
「ショウゴも死んで、ブラッドが力をなくしたから遠慮なく批判できるようになった?」
「いや、内輪もめの勝敗を一般の人は知らないはずだろ。
たぶん、こういうクレームをあえて犯権会のほうから誘導して、わざわざ発信していると俺は思う。
ブラッドをおろす準備だよ。
もしくは、それを含めて全て芝居か」
「なるほど。嫌味だな。
しかしそれを投票ウィークス中にやるか?
ブラッドは閣僚だから、彼の失敗は犯権会政権の失敗だろ。
犯権会の候補も出ているのに、マイナスイメージになる」
「そんなの、どうせ通ると思っているよ。他がもっと不人気だから」
「あきれるな。どうして誰も犯権会に勝てないんだ?」
俺は思わずため息をついた。
スケナリは俺を見て少し笑った。
俺は言った。
「奴らが、犯権会の都合しか考えていないってことを隠しもしないのはひどい。
こんな事をしていたら『世界想像連盟』たちに足元を見られそうだ。最悪、せっかく取り返した領土をまた取られるんじゃないか?」
スケナリは台所からウォーターメイカーを取ってきて、ボトルのモーターをオンにして水を作り始めた。
ボトル側面にあるパネルの水生成サインが点滅し、シャカシャカいう軽い音とともに水がたまっていく様子は、いつ見ても満足感を得られた。
「たぶんそうなるよ。
ブラッドがなぜ領土を取り返そうと思ったのかわからないけど、もしそれが犯権会の考えだったとすると、人気を得るためだと言っていい。
その場合、人気を得られたらもう目的達成だ。あとはどうなってもいいのだろう。
もしかしたら最初から、しばらくしたら領土を想像連盟に再び与えるような密約があるのかもしれない」
「そうだな」
「そもそも本気の政治をやるつもりはない烏合の衆が犯権会だよね。
それが逆に、俺たちからすると攻めにくさになってるけど」
スケナリは水を飲むと、ウォーターメイカーを俺に見せ『飲むか?』と仕草で聞いた。俺はボトルを受け取った。
「俺はそもそもどうして想像連盟が、資金も潤沢で、世界で偉そうな顔をできるのかいつも理解できない」
俺は言った。
スケナリは肩をすくめて
「それは想像連盟が平和をスローガンにしているからじゃないか?」
と答えた。
「スローガンが建前だってことくらい誰でもすぐにわかるだろ」
「わからない人も多いと思うよ」
「そうか?」
「うん。とくに今の日本は歴史が不人気だろ。
歴史を勉強していない人がほとんどだ。
だから想像連盟からしたら、かんたんだよ」
「だけど想像連盟は日本だけじゃない、たくさんの国の人たちを味方につけている。
それが俺には不思議でしょうがない。
特に、想像連盟と合同で日本に侵攻してきた国な。
領土が手に入りそうだからって、想像連盟の話にホイホイ乗るのもどうかと思う。
次は自分の国が解体される、って気付かないのだろうか?」
「気付かないのか、自分だけは大丈夫と思うのか、あるいは知っていてもやるのか、それはわからないけどね。メリットがあればとりあえず話に乗るのかもしれないし」
「そうして何度も同じ間違いを繰り返すわけだな」
水を飲むと少し気持ちが落ち着いた。
悪い状況が変わっていないことはわかっている。
サクヤさんから返事は来ないし、リョウマさんは相談なら聞いてくれるものの少しでもリスクがあることはしてくれない。
安心党はいくら応援しても犯権会に勝てそうにない。
だが、何かできるはずだという希望を俺は捨てていなかった。




