一歩前進
俺の新しい作戦を聞いてスケナリは、少し検討する時間が欲しいと言った。
そして俺が仕事を終えると話しかけてきた。
「やってみてもいいかもな」
「ありがとう」
いよいよ動き始めると思うと緊張した。
選挙ウィークスが始まってすでに4日が過ぎていた。
「そう言ってくれると思ったよ。
さっそく始めよう。スケナリにいろいろ相談するから一緒に考えてくれ」
俺はスケナリの意見を聞いた。
「リスクが少ない順にやるのがいいと俺は思う」
「うん」
「リスクの高いものから始めて、身動きがとれなくなって他のこともできない、ってなるのが困るから」
「そうだな」
そこで俺はまず刑事サクヤに連絡した。犯権会を捜査して欲しいと伝えるためだ。
本舗を検挙してくれた彼女は信用できそうだった。
ついでに、捜査してもらっても犯権会がしっぽを出さなかった場合に俺が支払わされるであろう『自作自演罰金』の見積りを出してもらうつもりだった。
俺が自分で計算した限り、罰金は3000文くらいになりそうだった。俺の2ヶ月分の仕事の報酬がとぶ。
でも、もし俺が気付いていない何かがあれば罰金はもっと高額になるかもしれないのだ。
逆に、投票ウィークスの期間中のことだからもしかしたら罰金は不要だと言われるかもしれない、という期待もあった。
ところが、以前彼女と通話した連絡先に通話申請すると
『この連絡先は、現在使われていない』
と表示された。なぜだ?
俺は警察のAI問い合わせに質問を入れてみた。
『以前通話した刑事の連絡先が、使われていない。なぜ?』
回答はすぐに表示された。
『刑事の連絡先が使われなくなった場合、その刑事が異動または退職した可能性があるよ』
言われてみれば当たり前じゃないか。なんだよ。
サクヤさんは異動してしまったのか。
不満に思った一瞬後、もしかして彼女が本舗を検挙したから犯権会による政治圧力で異動や退職をさせられたのではないかと俺は心配になった。
まさか死んでないよな。
「嫌な予感がする。彼女の無事を確認したい」
「マサコ、ダメ元で異動先を聞いてみろよ。
もし彼女が無事で、犯権会のせいで降格されたとか恨みを持っているならむしろちょうどいいよ。個人的にでも俺たちに協力してくれるかも」
スケナリが妙にポジティブというか、冷酷なことを言った。俺たちにはもう、あとがないのだ。
「ダメ元か。
そうだな…俺の仕事でも、AIが不自然な応答をしていないか人間が定期的にチェックを行う。
警察も同じように、サクヤの同僚がこのAIの応答をチェックするかもしれない。目につきそうなコメントを入れてみる価値はある」
質問『サクヤ刑事 異動先 どこ?』
回答『特定の刑事の異動先を教えることはできないよ』
質問『サクヤ刑事にお礼を言いたい。方法は?』
回答『あなたが刑事に感謝してくれてとても嬉しい』
質問『本舗の迷惑行為から解放された友人が、サクヤ刑事に感謝している。コメントを伝えるにはどうすれば?』
回答『ありがとう。でも現在、通報がとても多いため意見や感想などのコメントを受け付けていないよ』
はぁ…
「他に言い方あるか?
まったく世の中に『交番』や『警察署』があった時代が羨ましいよ。
いつでも人間に話しかけ放題だったなんて、ぜいたくだよな」
俺がそう言うとスケナリは反射的という感じに笑った。
「人間がいつでも待機していてくれる世の中って、たしかにぜいたくだな。
だけどもし交番があっても、どうせ今AIが言ったようなことを人間が言うだけだと思うな。
入り口が違うだけだよ。
そうだ、こういう言い方はどうだろう?捜査の続きを同じ刑事にお願いしたいとか」
「それはダメだ。その質問をした時点で自作自演罰金の対象と言われそうだ」
スケナリの提案は、たしかに効き目がありそうだ。
しかし俺はさっき似たようなことを思いついて、あえてやめたのだ。それはできるだけ自作自演罰金を払わされたくないからだ。
さんざん違うことを質問したあとだからなおさらだった。すぐに嘘だと判定され、詳しい話も聞いてもらえずに罰金だけ請求される危険もある。
だがスケナリは
「もし罰金になってもそのぐらい、何文もしないって」
と、あまり深刻に考えていないようだった。
「誰かの名誉を損ねていないし、気を引くための自作自演なら罰金グレードは軽いよ、たしか」
「本当かよ」
「うん。
それでサクヤが出てくればしめたものだし。サクヤを買うと思えば安いだろ。
警察も罰金を予算の足しにしてるはずだから、嫌がられはしないよ」
「罰金前提の話かよ。俺はもう少しうまくやれるかと思って、いろいろ考えたんだけどな。
まあいいや、何もしなければリスクもないが一歩も進めない」
「その通りだよ」
説得されて俺は
『人さがし本舗事件の関連事件を、サクヤ刑事に捜査して欲しい』
と入力した。ところが
回答『事件の捜査担当者を指定することはできないよ。通報したい場合は通報窓口へどうぞ』
「うわー。そうきたか」
せっかく覚悟を決めたのに、この結果か。
俺は粘り強く、さらに言い方を変えていくつか質問を追加で入力した。だがAIの回答はどれも俺を軽くあしらうようなものだった。
「もうこれ以上は言い換えの言葉を考えつかないな」
俺は疲れた。
「うん、もういいと思うよ。
もし人間のチェックに回っていたら、じゅうぶん目に止まるレベルになったはずだし、これで反応なかったらもうしょうがないよ」
スケナリが言った。
「そうだな」
俺は頷いた。
出だしから躓いたが、前に進むしかない。
俺はとりあえず次のステップとして、安心党の意見ボックスに非公開コメントを入れた。
意見テーマ選択『選挙関連』
サブテーマ選択『対立候補批判』
「へぇー。対立候補批判なんていうテーマを受け付けているのか、初めて知った」
「な。俺も知らなかった」
メッセージ『犯権会のサクラカは誰かの操り人形だ。彼女のコメントはショウゴ派の誰かの受け売りだ』
「こんな感じでどうだろう?」
スケナリはメッセージをじっと見て
「うん、いいね」
と言った。
「これなら公開されている情報だけからでも導き出せる答えだから、そんなことをどうして知っているんだ?とか追及される危険がないね。
それでいてサクラカが誰の受け売りかを詳しく調べていけば、ちゃんと犯権会の黒幕に行きつく。調査を途中であきらめなければね」
「だろ」
「チェックすべきポイントに彼らが気付くといいな。
まあ、今は安心党にコメントを寄せる人が減っているはずだから、読んでもらえると思うし対応してくれるんじゃないかな」
「そうなるといいな。
非公開コメントとはいえ、サクラカに焦点を当てようとするから回りくどい言い方しかできないけど対象を絞るためだから仕方ない」
「わかるよ。
安心党の人たちは今、対立候補のサクラカのことならすぐに一生懸命調査するだろう。だが関係ないヒナタやらタクトやらブラッドやらのことを、選挙ウィークス中に調べてくれるわけがないから」
スケナリが俺の意図に気付いてくれて、しかもほめてくれるので俺は気分が良かった。




