負けと決まっている問題
立候補の期間が終わり、二週間の『投票ウィークス』が始まった。
ニュースサイトでは選挙恒例のカウントダウンが行われ、お決まりのメッセージが表示された。
『やったー!投票ウィークスが始まった!
対象エリアの有権者は、今日から2週間の間に投票しよう。
今日から14日間は、もし過激な発言をしても名誉毀損に問われないよ。だけど正しくない発言は投票ウィークス終了の前日までに訂正しないと違反になるから注意して!』
過激な発言というのは主に、気に入らない候補に対する侮辱とか、差別的な言葉や、『死ね』とか『政治家』のような使用禁止用語類をさす。
おっと、『政治家』は犯権会が禁止語のリストから除外したのだった。
とにかく、投票ウィークスの間だけは、こうした普段は許されない発言をしてもいい。
激しい討論で熱くなった候補者や支援者たちがもし言い過ぎたとしても、それによって逮捕されないための規則である。
とはいえ、内容によっては決定的なイメージダウンにつながり落選することもある。前回のユリナさんのように、発言した側のイメージが悪くなるのだ。
今まで俺は、この期間に発信された暴露的な情報をすべて無視してきた。
どうせ悪口にすぎず、ほとんどが最終日の前日に
『綿密な調査にもとずいた発言ではなかったことをお詫びする』
『不適切な発言をしたことをお詫びする』
という訂正コメントを出されて終わるからだ。
ニュースサイトに毎回表示されるくだらない注意換気文も、いつも読み飛ばしてきた。だが今回は、これを読み飛ばす気分ではなかった。
「過激な発言、もしかしたら使えるかもな…」
俺の呟きをスケナリは聞き逃さなかった。
彼は楽しそうに身を乗り出した。
「マサコは何を発言するんだい?」
「やると決めたわけではないし内容も決めていない。考えないと。
ただ、もしうまくいけば犯権会の本当の姿を暴露できるかもしれない」
「いいね。本当の姿って、たとえば?」
「議員になった犯権会のメンバーは、犯権会グループの中では捨て駒にすぎないぞ、とか」
「うーん」
政党のふりをして登場した犯権会だが、実はもっと大きな組織の一部だ。その中では総理大臣すら、単なるグループのメンバーでしかない。
しかも、むしろグループの下っ端にあたる。
『政党犯権会』の人たちは犯権会幹部の言うことを聞いて動く操り人形だ、とはスケナリが常々言ってきたことだ。
俺は犯権会に関する問題の中で、これを暴露することが一番『政党犯権会』への打撃になると思った。
議員を裏で操っている者がいたと知れば、誰しも『そいつに投票した覚えはない!』と怒るだろう。
しかしスケナリは、俺が思ったほど賛同しなかった。
「うまくアピールできればいいけど、説得力を持たせるのが難しいだろ」
彼は腕組みして言った。
「なぜ?」
「死んだショウゴのことを考えるとわかりやすいと思う。
ショウゴは誰かの指示で選挙に立候補した。そして当選して、総理大臣に選ばれて、新しい法律を次々決めたりいろいろやった」
「そうだな」
「だけど、ひとつひとつの法律の内容や出すタイミングまで幹部から指示されていたかどうか、わからないんだよね。
ここを目指せっていうゴールは命令されてたと思うよ。でも途中の道筋は、自分で考えて決めたかもしれない。自分で決めたっていうのはもちろん忖度の可能性も含めてだけど」
「えー?それはつまり、本人が『操られていない』と言い張ればそれまでってことか?」
「と言うか、信じてもらえないと意味がないから。
証拠やそれっぽいものがあったり、証人がいたり、せめて本人が慌てるくらいのことがないと誰も信じないだろ?」
「奴らは慌てもしないと思うか?」
「たぶん。だって、どうせ証明できないと思っているだろうから。
奴らは何もしない。むしろ動くのは犯権会の本部の関係者だ。マサコが誰からその情報を聞いたか、なぜそう思ったか探ろうとするだろう。
ここにも来るかもしれない。そうしたら俺は見つかるかもしれない」
「人さがし本舗が逮捕されたから、そういう作業をする人間はもうあまり残っていないだろ?」
「そんなことはない、たくさんいるよ。
本当に怪しい組織なんだから」
「うーん…」
俺が唸る番になってしまった。
「だけど俺としては、このまま犯権会が出した奴…名前なんだっけ?」
「サクラカ」
「そう。そのサクラカが当選するのは嫌なんだよな。そうなったら国会で、犯権会に反対できるのはマナミさんだけになってしまう。
彼女だって今度脅されたら耐えられるかどうかわからない。
そうしたらますます犯権会の思うままになって、スケナリは永遠に外に出られないじゃないか」
「心配してくれて嬉しいけど、ダメそうだ。あきらめかもね」
本当に、サクラカに勝てそうな候補はいなかった。
改革党のユリナさんが再挑戦として出てきたが、明らかに人気がもうない。安心党の人も全く話題になっていなかった。
「だから前回の総選挙がすでにおかしかった、ってみんなが気付けば、犯権会も暴挙には出られなくなると思うんだ」
「でも奴らは、任期の無期限化法案をすぐにもう一度出すと思うよ。
それが通れば、いくら反対したって辞めさせられない」
「どうにかできないかな」
「そもそも立候補する人が少なすぎる事実が変わらない限り、犯権会に勝てないよ」
「どうしてスケナリはそんな弱気なことを言うんだ」
「考えれば考えるほど、その結論に至るんだよね」
犯権会に対する危機感をみんなが強く持てば状況は変わるかもしれない、と俺は思った。
だが、俺自身が立候補したいかと聞かれれば立候補したくないのが本音だ。他の人もだいたい俺と同じだろう。
「じゃあ、やっぱり当番でちょっとずつやるしかなくないか?
スケナリは当番派をどう思う?」
「自治体ならありだと思うよ。国だと、ちょっと無理かな。
もしかしたら『世界想像連盟』に吸収されそうだ」
「えー」
「変な奴に国を牛耳られる心配がなくなるのは確かだと思う。だけど、弱くもなるだろ」
「まあね」
「弱くなればつけこまれると思う」
「そうか」
「どうすることもできないよ、これは。
俺たち、小学校から政治に興味を持つための授業をさんざん受けてきて、理解したうえでやりたくないんだからさ。
損したくない奴もいれば、自信がない奴もいれば、他のライフワークに専念したい奴もいる。持病とか家庭の事情でできない人もいる。
他にもいろんな理由で、みんなやりたくないし、実際やれないんだよ」
スケナリは急に強い口調で言った。心からそう思っているのだろう。俺も反論はできなかった。
「じゃあスケナリは、どうすればいいと思うんだ?」
「アイディアは無いし、どうもしないよ、俺は。俺は殺されなければそれでいいよ」
「そうか…そうだよな」
外に出たら犯権会の関係者に見つかって殺されるかもしれない、そんな状況のスケナリに難しい話をしようとして悪かった、と俺は思った。
ウォーターメイカーの水を飲みながら俺は一人で考えた。誰かの力を借りて、犯権会の正体をみんなに知らせることはできないか?
ユウキさん、ケントさん、ハルキさん、サクヤさん、ユナ、リョウマさん、ユキさん…
道はあるかもしれない。俺は彼らの顔を思い浮かべた。




