補欠
ショウゴだけでなくヨウコさんも死んでしまった。
防げたはずのことだったのに。
ヨウコさんにこれ以上誰も話を聞けなくなった。
その点で、俺は問題がより大きくなったと感じた。
だがジャーナリストたちはそうは思わなかったようで、ヨウコさんが死んだ直後からニュースは下火になった。
さっきまでヨウコさんやショウゴの周りの人々が何をしたか逐一報道されていたのが、嘘のように静かになったのだ。
そして、今日の国会は中止だという記事を最後にニュースの更新は止まった。
質問もほとんど投稿されなかった。
この話は終わった、という雰囲気だった。
少し待ってから、俺はニュースページを閉じた。
「相変わらずニュースは全て犯権会寄りだな、呆れるよ」
スケナリが言った。
「ヨウコさんを衝動的に殺したっていう人だけど、怪しいよな。マサコもそう思うだろ?
犯権会は裾が広いから誰が参加していてもおかしくないよ」
「うん。だけど俺たちには調べようもないだろうし」
「まあそうだけど」
「ヨウコさんが飛行車から降りたとき、偶然地上車が彼の家の前に停まっていたという、あまりのタイミングの良さには俺も違和感を持ったよ。
正直、嘘だと思った」
「だろ」
「だけど、あり得ないと言い切ることもできない。
ショウゴのファンが非常に多かったことを考えれば、偶然ヨウコさんの家の目の前にいた人がショウゴの熱烈なファンだったとしてもおかしくないから」
「まあね」
そうなると、ヨウコさんをひき殺したのが突発的なのか計画的なのか、いくら考えてもわからないのだ。
必要な情報も手に入れられないのに、わからないことをせんさくしても意味がないと思えた。
それに俺は、今さら事件のことを振り返って深く考えたいとは思えなかった。
ヨウコさんがショウゴを殺したことはショックだが、それ以上の重みはなかった。
俺の関心は、ショウゴの後継者となったアヤカが
任期の無期限化法案を再び採決するかどうかと
ショウゴの枠をどうやって埋めるかだ。
それはそれで、俺にはどうすることもできないのだが。
気分を変えるためと街の様子を確認するために、俺は外に出た。
こころもち人通りが少ないかな、と思いながら気付いた。そういえば、ふだんこの時間に俺は仕事中で外を歩いていないのだった。
俺はいったい何を確認するつもりだったのか。
ニュースに動揺して無駄な事をしたかもしれない。そう思いながらとりあえず駅まで歩いた。
どこかで見た人がいるかもしれない、何かが起きるかもしれない、と俺は半分期待し半分恐れた。
数分歩くのが、とても長く感じられた。
「外はどうだった?」
何事もなく帰宅したら、クッションに背をもたせた姿勢でスケナリが、顔だけこちらに向けて言った。
まるで、外で得られるものがなかったことをわかっているように見えた。
「変わった様子はなかったと思う。慌てた人や悲しそうな人はいなかった」
俺がそう答えるとスケナリは軽く頷いた。
「マサコみたいに散歩する人は他にいた?」
「いや、散歩しているように見える人はいなかった。
何か用事がありそうな人ばかりだった。結局、20人位見かけたけど」
「そうなんだ。20人が多いか少ないかはともかく、少なくともその程度の人がニュースを見ていないか、見ても何も思わなかったんだね」
「そうかもしれない。
ショックを受けても、予定通りに行動したい人もいるだろうし。俺も、もし今から仕事だったら普通に仕事すると思う」
「マサコはそうだろうね」
「驚かないのか?」
「驚かないよ。わかるもん。
マサコは安定している。子どもの時から落ち着いているところがあった。
俺が逃げ込んできた時も慌てなかった」
「そうかな。スケナリは?」
「俺はこういうとき、何も手につかない。仕事なんてできない」
「それはそうかもしれない」
俺はたたんだ寝袋の上に座った。
「俺が、仕事するだろうなんて言えるのは、実際には休みだからかもしれないけどな。
とりあえずユウキさんから仕事を再開するって連絡はないから今日は休みだ」
「ニュースや政治に興味がある社長でよかったと思うよ」
「うん。ユウキさんは良識があるな。
まあでも、今は時間をもらっても一般市民には何もできない。犯権会がどう出るか様子を見るしかないな。俺たちは相変わらず不利な立場だ」
スケナリはため息をついて苦笑した。
「なあマサコ、権力って怖いよな」
「え?…そうだな。
歴史的に権力は危険なものだってことになってる」
「だけど俺たちも含めて日本人は、権力に対して鈍感になっていたよね」
「どういうことだ?」
「だってタダヒコさんが20年もボランティアで総理大臣やってたんだぞ?」
「あー…」
「そりゃ鈍感にもなるよ。
彼だってもちろん通常通り対価はもらってたけど、ほとんど使命感だけで責任者をやってくれていたんだ。
不正もなく。
彼のボランティア精神のおかげで日本は保たれた。
それが20年続けば誰だって、権力はボランティアだと勘違いしちゃうよ」
「それを言うなら、後任について何も決めないで急に辞めたタダヒコさんにも責任がある。
犯権会が出てきた時にもしタダヒコさんが、ひとことでも批判をしていれば、ここまでひどいことにはならなかったかもしれない」
「だからタダヒコさん自身すら、勘違いしていたのだと俺は思う。国会議員に立候補することは、『誰かがやらなければならない嫌な仕事』を引き受けることだと思っていたはずだよ」
「そうか。
悪意を持って立候補したかもしれないとは、考えもしなかったと」
「たぶんね」
「そしてまだ目が覚めていない人がたくさんいるってわけだ」
俺はケントさんやユキさんなど連絡先を知っている人にやみくもに連絡したくなる気持ちを、なんとか押さえた。
夕方、ニュースが更新された。
東京では補欠選挙が行われることになったという。
やっぱりな。ずるい犯権会だ。
明日から一週間が立候補できる期間で、その先の二週間が投票期間だ。
「犯権会は圧倒的な与党だ。もし安心党を一人繰り上げたとしても、それによって犯権会のやりたいことを抑制される心配はなさそうだ。
それなのに、なぜ奴らは補欠選挙を行う道を選んだのだろうか?間抜けだな」
「あはは。マサコの言う通りだ。
繰り上げにしろ、補選にしろ、奴らは信州と東京を同じやり方に統一すべきだった。
これをきっかけに奴らの不公正さに気付いて、不審に思う人が増えるといいな」
犯権会がしくじったと思ってスケナリは上機嫌だ。
「そうだな。他の党にとっては犯権会をけなすチャンスだ。でも安心党も改革党も何もしないと思う」
「だろうな。今まで黙ってた奴らが、急に変われないよ。投票する市民が流れを作るしかない」
「俺は犯権会ではない候補に投票するのみだ」
「犯権会に勝てそうな候補にね」
「そうだ、その通りだ。
たとえ犯権会の勢いを止めることができなくても、一人でも犯権会の議員を減らすことが大事だ」
しかし一週間後に俺は、まともな候補者が現れると期待したことを後悔するはめになった。




