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ヨウコさん

ヨウコさんがショウゴを殺した。


どんな理由でも殺人はダメだ。

ヨウコさんは正義の人と呼ばれていたが

正義だけではどうすることもできないところまで

追い詰められていたのだろうか。


「犯権会の立場でものを考えたくはないけど」


そう前置きしてスケナリが言った。


「どうして彼らはヨウコさんを警戒しなかったのだろう?

彼らはマナミさんを自宅に閉じこめた。ヨウコさんにも同じことをしそうだよね」


「ヨウコさんは包囲から逃げたのかな?」


「逃げるすきを与えること自体が不自然じゃないか?

だって、彼らはショウゴがいつかヨウコさんに殺されるかもしれないと予想できていたはずだよ。

犯権会は、殺人をしやすいようにちょっとずつ法改正してきたし、それが自分の首をしめていることぐらい幹部は理解していた」


「それもそうか」


「反対票を妨害することもほのめかして、ヨウコさんを追い込んでいた。

ヨウコさんが爆発してもおかしくないって、わかっていたに決まってる」


「そうか。考えてみれば犯権会こそ、そういうリスクの対処は得意そうだよな。

彼らはもともと、サバイバル的な世界で生きてきた人間が集まっているわけだから」


彼の疑問に対する答えは、少しずつニュースで明らかになった。


『ヨウコさん、帰宅せず国会議事堂に隠れていた。出席妨害を予想していた』


「うわー、彼は家に帰らなかったんだ。帰ったら出られなくなるとわかっていたんだな」


俺が言うとスケナリは


「でも、帰らなければ帰らないで、国会の建物から出ていないことは簡単に調べられる。

すぐにわかることなのに、どうして探されなかったんだろう?」


と首をひねった。

たしかに。


『ヨウコさん、殺人の事前計画なし。マナミさんの自宅が封鎖されたニュース見て激怒、犯行を決意』


『ヨウコさん、パニックの様子なし。落ち着いている』


『ヨウコさん、凶器は昨晩購入。セキュリティカメラ外されたばかりの窓から出入りした』


『ヨウコさん、夜間セキュリティの死角で寝ていた』


『ヨウコさん、議事堂に泊まることは前日に決めた』


不審者検知HNヒューマノイド、ヨウコさんを問題なしと判定していた』


数分おきに刻々と新しい記事が出てくる。


「情報が小出しに出てくるから、じっくり考える暇がないな」


「うん。俺はとりあえず、さっきの疑問をずっと考えてた」


「考えは進んだか?」


「ひとつ仮説なら。

犯権会がでかくなったから、タテ割りが進んだのかもしれないって事だ」


「タテ割り?」


「Aの仕事をする奴らは、隣でBの奴らが何をしているか知らない。

つまり、ヨウコさんが自宅から出ることを妨害する係の奴らは、何のために妨害するのか理解していないし、彼が帰宅しなかった場合どうするか何も決めていない。

だからヨウコさんが帰宅しなくても探さないんだな。

たぶん」


「それもありそうな話だな。

あー、だめだ。これはもう仕事どころじゃない」


俺はユウキさんにもう一度連絡した。


「ごめん、仕事まだ始めてないけどしばらく無理そうだ。

ヨウコさんのニュースを見た?」


「いや、まだだ。今、見てみるよ」


彼は事務所に着いていた。


「……まさか!」


「マサコくん、何て?」


ソウさんがまた横から現れた。彼はすでに蒼い顔をしていたがその顔はさらに蒼白になった。


「ソウさん、体調は大丈夫?」


俺は呼びかけたが、二人とも全く反応しなかった。

ニュースのショックが大きすぎて、俺の声は耳に聞こえても脳に届いていないようだ。


その間にも、ニュースは次々に更新された。


『ヨウコさん、当初はマナミさんの会議場到着まで総理を人質にとるつもりだった』


『どうしてこいつがいるんだ?と総理に呟かれ、妨害を総理が主導したとヨウコさん確信、カッとなって殺した』


『射殺は至近距離から』


そうか。ヨウコさんは初め、ショウゴを人質にとろうと思っていたのか。そのための銃だったのか。

マナミさんの自宅封鎖を解かせて、彼女が来て無事に反対票を投じるまでショウゴに銃をつきつけて頑張るつもりだったようだ。


それなら俺にも理解できる気がした。


「今日は休業にしよう」


しばらくして、かすれ声でユウキさんが言った。


「うん。いったん通話を終えるね」


「ああ。またあとで」


今日の仕事がなくなったので、俺はユナに連絡してみたが、『あとでね』というコメントが表示されただけだった。


このわずかな時間にもニュースは更新され続けて、俺たちはなんとなく事件の時系列を理解した。もちろんニュースが間違っていなければの話だが。


そして今回も犯権会の動きは異様に早かった。


『ショウゴ総理の代理、アヤカさんがつとめる』


『ヨウコさんの議員資格停止』


『信州は犯権会のキュントさんが繰り上げ当選』


「ふざけるなよ!」


スケナリが怒った。


「なにが繰り上げ当選だよ。今それどころじゃないだろ」


「奴らは、仲間が殺されたことを何とも思わないのだろうか?」


「何があってもぬかりなく動く奴らだな。

しかも信州で繰り上げるなら、東京はどうして繰り上げないのかって話になるよ。ショウゴの枠が空いたのに」


俺は頷いた。

信州は繰り上げることによって犯権会の議員が一人増えるけど、東京では安心党の人が繰り上がってしまうから、やらないのだ。ずるい犯権会だ。


奴らはショウゴの枠をどうするつもりだろうか?

補欠選挙か?

それとも、まさかブラッドを東京に戻すのか?


いっそ解散してくれたらいいのだが。

今度総選挙があれば、きっと犯権会は数を減らすはずだ。


「そういえばアヤカがショウゴの代理と言うが、彼女は『ブラッドさんに怒られちゃった』とか言ったばかりだよな。頼りないぞ。

ブラッドが選ばれてもよかったんじゃないか?」


「マサコ、だから言っただろ。

犯権会っていう集団の中では、表に出る国会議員は末端だって」


「その話は覚えている」


「つまり、へたに主導権を発揮できる奴はリーダーになれないんだよ。

本部の言うことを聞けて、見た目がよくて、受けがいい人が選ばれる。それがショウゴだったし、アヤカなんだろ。

ブラッドは『やりすぎるな』ってクギをさされてる。そういう奴は選ばれない」


「全身スーツ暴露の事件な」


「うん。

あと、もしかしたらブラッドはショウゴたちと系列が違うのかもしれない。上にいる人が別とか」


「結局、犯権会の内部の都合が最優先か」


「そういうことだよ」


「ひどいな」


『ショウゴさんのお別れ会、明日にもバーチャルで』


『マナミさんの自宅封鎖解かれる。犯人逮捕される』


『ヒナタさん、取調室に乱入。ヨウコさんを殴る』


『ヨウコさん、ヒナタさんを殴り返す。二人とも医務室に運ばれた』


『取調官、責任とり担当変更へ』


呆れる。何をやっているんだ。

ニュースからは混乱状態が伝わってくるが

そもそも一挙一動を報道するな、と思う。

少しはまとめてくれ。

そして分析ぐらいしてくれ…。


『医務室にブラッドさん見舞い。ヒナタさんの怪我気遣い、ヨウコさんにも話しかける』


『ブラッドさん、ヨウコさんにキュントさんの繰り上げ当選を伝え立ち去る』


『ヒナタさん、治療終え帰宅。自宅前で取材に応じる。『殴っても意味ない、って反省しているわ』とのコメント』


新しいニュースが出ると、つい見てしまう。


こうしている間も、動きを封じられていると俺は感じる。みんなが他のことをせずにニュースを見るのは、犯権会の思うつぼかもしれない。

だが、気になって見るのを我慢できない。


「ブラッドが出てきたな。奴の動きはどういう意味だろう?」


「マサコ、俺はヨウコさんが医務室で一人になったことが気になるよ」


「なるほど。ヒナタが先に帰ったのは、わざとかもしれない。取調室より医務室のほうが警備しにくそうだし。何もないといいが」


『ヨウコさん、治療終え取調室に戻る』


『ヨウコさん、逃亡のおそれ無いため帰宅許可』


『ヨウコさん、取材に応じる。『国会議員の任期を無期限にする法律を、作ってはいけないと思った。彼らは何もわかっていない。しかし僕がショウゴさんを殺したのは衝動的な事故だった。その点は申し訳ない』とのコメント』


『ヨウコさん、飛行車で自宅へ』


よかった。無事に帰れるのだ。


『マナミさん、取材に応じる。『いろんな意味でショック。最悪の結果になった。ショウゴさんは私への嫌がらせに関わっていたのか知りたい』』


『ショウゴさんのファンという女性、悲しくて涙が止まらないと話す』


『パニックで自殺しようとした女性、病院に運ばれる。ショウゴさん!と叫び意識失う』


『ヨウコさん、帰宅途中に死亡』


え?

えー?

えーー?

なんだ突然、どういうことだ!?


『ヨウコさん、飛行車ひこうしゃから降りたところ自宅前で地上車ちじょうしゃにひかれる』


『地上車の運転手、わざとやったと開き直り』


『地上車の運転手、ショウゴさんのファンだった。ヨウコさんの姿を見て思わず突進した』



もう、言葉もなかった。



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