暗殺
恐怖が現実になった。
犯権会がついに、議員の任期を『無期限』にする法案を国会に出したのだ。
ニュースの見出しに書いてあった。
今日出したってことはたぶん明日、採決だ。
奴らは行動が早いので、事態は最短で進んでいくだろう。
「ニュース見たか?」
仕事の終わりにユウキさんに連絡したら、いつになく険しい顔でそう聞かれた。彼は事務所の、社長の席にいた。
「見たよ。正直、俺は恐怖を感じた」
「マサコ君!これはまずいよね!」
突然ソウさんがユウキさんの横から現れた。
いてもたってもいられなくて顔を出したのだろう。
「他の議員の人たちもみんな、何をしているんだろう!?
ジャーナリストもひどいよ、こんなこと、法案を作ることすら許してはいけないのに、普通の報道をしているとは」
「よかった、ユウキさんもソウさんも俺も同じ意見だ」
「当然、多くの人がわれわれと同じ意見だと思うよ。
だがデモは開かれないし、誰も抗議しない。
たぶん否決されると思っている人が多いのだね」
「ユウキさん、それは甘いよ。だって彼らが超・圧倒的な与党だよ」
犯権会政権が誕生した時には『安心党よりは犯権会のほうが仕事をしてくれそうだ』と言っていたソウさんが、今や犯権会に対して強い危機感を持っている。
良いことだ。
きっと彼のような人がたくさんいるはずだ。
犯権会は、やりすぎたのだ。
彼らの自業自得だ。人気はあっという間に失われるだろう。
だが彼らは、自分たちがたとえ支持を完全に失ったとしても政権にとどまれる新しい法律を作った。
その採決を前にして、議員やジャーナリストの中では犯権会がまだまだ強大な勢力を保っているのだ。
こうなる前に『当番派』に加入しておいてまだよかった、と俺は思った。犯権会が永遠の政権になってしまったら、ますます反対意見を言えなくなるだろうし、少しでも反体制的な行動は巧妙に押さえつけられるだろう。
「僕たちに何ができるだろう?」
ソウさんが言った。
「それだ、それがすごく難しい問題だと思う。
たぶん俺たちには何もできない。選挙がない限り」
俺は言った。
「いや、議員の人たちに要望を伝えることはできる。なげやりになってはだめだよ」
ユウキさんはそう言ったが、誰に何を言うのだ?
希望を持てない気がした。
夜になると、ニュースサイトの様子が一変した。
国会議員の任期を変えるには、全会一致の賛成が必要なのだが、マナミさんとヨウコさんが反対を表明しているという。
それに対し閣僚のアヤカなどが『どんな手段を使ってでも賛成させる』と言ったということで、誘拐するのではないか等いろいろな憶測が飛び交っていた。
犯権会がとる手段とはどんなものか、恐ろしい。
それを平気で論ずるジャーナリストも言語道断だ。ついこの間までタダヒコ内閣の評論をしていた、同じ人とは思えない。
「反対は、たった二人か…」
スケナリがため息をついた。
「少なすぎるな。
反対がもっと多ければ犯権会もあきらめたかもしれないのに。
でもたぶん、前もって根回しされているんだろうな。
反対する人がここまで減ったから、法案を出したのだろうね」
「そうだな。スケナリもやっぱり、これは可決されてしまうと思うか?」
「思う。俺は一生、犯権会から逃げ回るしかないのかも」
「いやー、そう言ってもな…」
「だってもう、議員本人がやめない限りメンバーを変えられなくなるんだよ。誰も犯権会に勝てないよ」
「何かあるはずなんだ、彼らに勝つ方法が」
「今のところ俺たちの作戦は何もうまくいってないけどね」
「それは認める。今俺たちにできることは、残念ながら思いつかない。
マナミさんとヨウコさんに、とりあえず粘ってもらうしかない」
翌朝、俺は仕事を始める前に心配でニュースを確認した。すると
『マナミさんの自宅、封鎖される』
という重大ニュースがトップにあった。
は?封鎖?
『マナミさんの自宅は、全てのドアや窓が何者かによって封鎖された。接着剤を使われた様子。
換気や排水は問題ないそうで、彼女が死ぬ心配はない。ただ外出することはできない。
犯権会の熱烈な支持者による行き過ぎた行動と思われる』
「いやいや、何が支持者だよ!?いかれてんのか?
犯権会がやったか、やらせたに決まってるだろ」
スケナリが記事を見て怒り出した。
「そうだな。あまりにもおかしい論調だ」
「うん」
俺はスケナリの精神力に感心した。
こんな逃亡生活を強いられ、絶望的な状況の中でまだ怒る気力があるのだ。
「マナミさんがこんな目にあうなら、ヨウコさんはどうなってしまうのか」
「殺されないといいけどね」
俺はユウキさんに連絡した。
「ユウキさん、おはよう。
今トップニュースを見たけど、もう少しニュースを見てから仕事を始めたいから、スタートが少し遅れてもいいかな?」
「いいよ。じつは俺も今、まだ自宅にいる」
ユウキさんは自宅で仕事しない派なので、自宅にいるということは仕事を始めていないのだ。
「ソウはとりあえず事務所に向かってくれているが、ショックを受けていた」
「ソウさん大丈夫かな」
「俺ももうすぐ、事務所に向かうよ。マサコは仕事を始めたら連絡くれればいいから」
「ありがとう」
俺は通話を終えて再びニュースを見始めた。
驚いたことに、アヤカの謝罪インタビュー記事を見つけた。
『昨日はごめんなさい、ブラッドさんに怒られちゃった。どんなことをしてでも賛成させる、って私が言ったけど、そんなことないからね。私たちは法律を守るわ』
「怒られちゃった、じゃねーよ」
スケナリが自分の右肩をさすりながら言った。
「今さら何を言っても無駄だ。わざとらしい」
「そうだよ。彼女は犯権会が評判を落とすようなことを言ってごめんなさい、って言ってるだけだ」
まだ肩をさすっている。
「スケナリ、肩が痛いのか?昨日、バッグで運んだからかな」
「ん?あー、これ?別に痛いわけじゃないから」
ごまかし気味にそう言って、スケナリは何かのニュースを探しだした。
「ショウゴもブラッドも、本人はコメント出してないみたいだなぁ。
あいつら、しっかりしてるんだ」
「ブラッドは全身スーツの問題以来、ニュースで見かけない」
「そうかも。
でも内閣メンバーのアヤカを怒れるわけだから彼は失脚していないよ、彼のポストも変わってないし。中で動いているはずだ」
「そうか」
「それにしてもひどいな、もっと早く気付けばよかった。ニュースサイトはずいぶん前から、犯権会の広報サイトに変質していたんだ」
スケナリにそう言われて俺は、はっとした。
「たしかに!そう思うと納得することが多い。
ジャーナリストのコメントが全て犯権会寄りだとか、何でも犯権会の公式発表のあとに報道されるとか」
「だろ?」
「あー、そうだったのか」
「今、権力を持っているのは犯権会だけなんだ。奴らは『犯罪者の権力を守る会』になっている」
「そうだな…」
その時『速報』として緊急ニュースが出た。
『ショウゴ暗殺される』
「え?」
『国会に登場したショウゴ総理を、ヨウコさんが射殺した。詳細は調査中だ』
あまりに唐突な話で、俺はとっさに信じることができず同じ見出しを何度も読んでしまった。




