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早すぎる失望

マナミさんのセミナーが終わってから10分以上、俺とスケナリは無言でいた。


残念な内容だった。


たしかに、安心党の主張と俺たちの考えが違う事はもともと知っていた。マナミさんが魅力的に見えたのは、単に彼女が犯権会に反対しているからだという事も自覚していた。


それでも、安心党が犯権会に負けた事すら認めない認識の甘さに俺はがっかりした。

もちろん俺だって甘いかもしれない。だが俺はアマチュアで彼らはプロなのだ。もっと学ばせてもらえる事を期待してもいいじゃないか。


勝手に期待して勝手に失望してはいけないだろうか?



「安心党に接近するのは間違いだな」


俺はようやく言った。


「敵の敵は、別に味方ではない。古代から変わらない教訓の通りだ」


「表向きだとしてもあれは低レベルだったね」


スケナリも言った。


「これじゃ犯権会に勝てないわけだ。本来ならタダヒコさんも黙って見ていられないはずだよ。

それなのに『タダヒコさんが後輩に苦言』とかニュースにならないって事は、やっぱり犯権会に脅されるか妨害されて黙っているのかもしれないな。それかニュースに載せてもらえなかったか」


「かもな」


「どうする?これでも他の集団よりは安心党の方がマシかな?」


「いや…人数が一番多い党だから勝てるかもしれないと思ったけど、勝ち目はないね。安心党には頼れないぞ。

他の方法を考えよう」


俺がそう言うとスケナリは頷いた。


「他の方法だな。でも今までに却下したやつは駄目だぞ。

どうする?考えるといっても…」


「そうだな、でもまた相談してもいいし」



俺はユウキさんに連絡してみた。


「どうした?」


「ハルキさんの結婚式に、安心党のマナミさんの名物秘書って言われてるトッカータさんがいたんだ」


絶対に知っている、というかユウキさんはむしろそれをお膳立てした側の一人なのだが、いかにも驚くべき事のように俺は言った。

彼も、さも初めて知ったように


「へぇー!そうか」


と言った。

俺が本当にトッカータさんに会えたかどうか知らないのは事実だろうから、彼も嘘をついたわけではない。


「彼女に、マナミさんのセミナーに参加してみない?って誘われたからさっき早速参加してみたけど、全然面白くなかった」


「そうなんだ」


「初心者向けだからかもしれないけど、なんだか小学校の授業みたいだった。

もっと面白いものかと思った」


「ハハ、内容が簡単すぎたのかな。それはちょっと残念だったね」


「ごめん、誰かに感想を言いたかったから」


「うん、いいよ。連絡ありがとう。

そういえば昨日、人さがし本舗が一斉に捜査されたってニュースがあったね。あれには驚いたな!」


「見た見た」


「あんなひどい事をしている組織とは知らなかったよ。

脅迫とか侵入とか暴行、拷問、顧客に明らかな偽者を引き渡して代金を強要するとか」


「えっ!そんな事まで?びっくりだな」


これも嘘ではない。


そんな事までニュースに書いてあったのか?と俺は驚いたのだ。

俺もスケナリも、全て事実だと知っているが、ニュースにそこまで出ていたとは知らなかった。


「今朝、追加の記事が出ていたよ」


「へぇー」


俺たちは、話し始めたらすぐに雑談ではなくなってしまった。

俺は段取りまでしてもらったのに残念な結果に終わった計画の経緯を報告したわけだし、ユウキさんはさりげなく俺と関係ありそうな情報を共有しようとしている。


反体制的な人物とされた者同士は、遠回しな会話しか許されない運命なのだ。


「まあ話が戻るけど、とりあえずマサコは、応援したいと思える政党を見つけられるといいね」


「ありがとう」


答えながら、これで俺が犯権会に満足していないという事が公式な記録に残ったな、と思った。

応援している政党がないのは事実だからしょうがない。ケントさん流に言えば、こそこそするより堂々と本音をオープンにした方が安全なのだ。


それにしてもユウキさんの意図は、いつも通りよくわからなかった。


このまま安心党に接近する事をすすめているのか、それともいろいろな政党のセミナーに参加してみたらいいと言おうとしているのか。

あるいは、とくに深い意味はないのか。


真意を確認しそびれたのもまた、いつもの通りだった。


ユウキさんとの通話を終えた後、すぐに俺はユナに連絡した。

昨日は『今ちょっと都合が悪いの』というコメントで通話を拒否されたが、今日はすぐ許可された。


「ごめんなさい、折り返さなくて。マサコさんの都合がわからないから…」


「いいよ、俺の都合で連絡させてもらってるから。

本舗が捕まったな」


「そうなのよ!

やっと私も被害者の会に参加したの」


行動が早い。

今日話せて良かった、と俺は思った。


「あ、そうなんだ。仲間がいると少し安心できそうだな」


「ええ。シェアハウスの友達も応援してくれてる」


「よかったな。

会って何人くらい参加しているんだ?」


「わからない。参加者はどんどん増えているの。一万は超えたと思う」


「それは大人数だな」


「それだけの人たちが今まで、本舗のせいで受けた苦痛を我慢していたのよ。そう考えただけで苦しい気持ちになる」


「そうだな」


「私、また引っ越すかもしれない」


「え?どこに?」


「まだ決めてないけど。成績が良ければ、もしかしたらもうすぐ卒業できちゃうかもしれないの」


「すごい!」


「もっと褒めて!」


「ユナは天才かもしれないぞ」


「ううん、頑張って勉強したの」


「それはえらかったな。よく頑張った」


「うん。マサコさん、ありがとう」


褒めて、と突然言われてもどうしたらいいのだ?

とりあえず褒めてみたが、あまり喜ばれなかった。


それはともかく、彼女が卒業してどこかへ引っ越したら、俺は大学の近くに行くついでが全く無くなる。


つまり大学のエリアに俺は行きにくくなるのだ。

同窓会だってオンラインだけだし、ついでが無いのにそちらへ行けば、研究者でもないのに何をしに行ったのか?と怪しまれるのがオチだ。

そういう時に限って防犯AIの不審者チェックにぶつかってしまったりするものなのだ。


俺は大学に行きたいわけではない。『スケナリもどき』たちに、せめてもう一度会いたかったのだ。


正式な知り合いならいつでも連絡を取れるが、彼らに連絡するわけにはいかない。実際に会わなければ顔も見れないし会話もできない。


友人でも何でもない相手だが、彼らと再び会う事なくお別れかと思うと俺は寂しかった。



そんな事を考えていたら


「マサコさん、次はいつ連絡くれるの?」


と再び不意討ちの質問を投げられた。


「次?とりあえず休日なら連絡できるよ」


俺は日付や曜日を言いたくないと思ってそう答えた。セキュリティを気にかける人間の常識だ。

しかし彼女には、それはあいまいな返事としか思えなかったようだ。彼女は軽いため息をつくと


「いつも用がある時しか連絡くれないじゃない」


と言った。


「え?まあ、そうだったな…」


「もっと話したい」


「あー、ごめんごめん。だけど急にどうしたんだ?」


「急じゃないよ、前から言いたかったけど、図々しいと思われたくなくて…」


彼女は俺の事を好きなのだろうか?

と俺は思った。


だとしたら俺は嬉しい。


でも話の展開が不自然だ。

好きだと思わせて、何か言わせようとしているのかもしれない。


いや、そんなはずはないか。

なぜわざわざ俺を騙す必要がある?

単なる嫌がらせ以外に、メリットは思い浮かばない。


俺は彼女の言葉を文字通り受け取る事にした。


「そんな風に言ってくれるなんて嬉しいよ。俺ももっと話したい」


「本当に?じゃあ毎日連絡くれる?」


彼女は喜んだが、毎日連絡する事になってしまった。

念のため明日画像をオンにしてもいいかと聞いたら、かまわないという返事だった。


しかし通話を終えた時には、俺は彼女の事が既に好きではなくなっていた。

相手のペースに呑まれてしまった事が俺はただただ不快だった。


「毎日連絡するなんて約束しちゃったけど、そんなことできるのか?」


とスケナリに笑いながら言われた事も、俺をますます不快にさせた。



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