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楽をする事はできない

「マサコが嫌だって言えば簡単だったのに」


ハルキさんの結婚式から帰宅すると、スケナリが不満そうに言った。

何の事だ?と聞こうとしたが俺は思わず


「それ、ベランダの掃除するやつだぞ」


と言ってしまった。

彼は電動モップで、リビングのカーペットを念入りに掃除していた。


「知ってる。汚れが気になったから使ってみた」


「そんなに磨いたら床が削れそうだ」


「大丈夫だよ。カーペットモードでやってるから」


「そんなモードあるんだ」


「俺もさっき見つけた」


彼はモップを止めて、部屋に入ろうとする俺について来た。

ドアを閉めると彼は


「さっきお父さんから、1年間の期限つきで養子にならないか?って誘われた」


と言った。


「マサコは賛成してる、ってよ」


「えー?」


それを聞いて俺はうんざりした。

父がいずれスケナリに打診するだろうとは思っていたが、思ったより早かった。迷いは無かったのだろうか?


スケナリを1年間養子にしたいと父に言われた時、俺が強く反対しなければ、賛成した事にされるだろうと思った。


だが、もし反対したらそれはそれで何を言われるかわからないと思ったから、俺は強く反対する事ができなかった。

マサコはスケナリを追い出そうとしているとか、家族にしたくないと思っているとか、他に俺が考えつかないような嫌味な言い方をされるかもしれなかった。


それによって居場所がないと感じたスケナリが、自滅的に外へ出る事を俺は避けたかった。

結果、自分の意見がないみたいな返事をしてしまった。


「やっぱり父さんはそういう言い方をしたか。いつもそうなんだよ。

俺は別に、反対してもいないし賛成したわけでもない」


「そうだろうと思った」


「冷静に考えれば父さんも、無理だと気付くと思うけどな」


「うーん」


「スケナリはもともと三魔女の養子だから、他でも養子になろうとすると三魔女に通知が行く。

父さんが前もって三魔女に相談するはずがないし、トラブルを避けたければ養子をあきらめるしかない。常識だ」


俺がそう言うとスケナリはため息をついた。


「マサコと違って彼は、それで三魔女とトラブルになるとは思わなかったみたいだ。

1年間限定なら苦情を言われないと思っているんだろう。自動解約だし」


「おかしいな」


「おかしいなじゃないよ。

通知されたら居場所が知れて、困るのは俺だ。

絶対に無理だ。

だけど、無理な理由を説明するのが面倒だから『嫌だ』って言ってすませておいて欲しかったんだ。

俺たち、本当の理由を言えないんだぞ。

犯権会に目をつけられたから隠れてる、なんて言うわけにいかないだろ」


「あー、そっか。ごめん」


「仕方ないから、死んだサンローのせいにしておいた。

じつは今サンローから逃げてて、養子の通知が里親の三魔女に届くと、サンローにも知られちゃうかもしれないから嫌だって」


「上手いね。父さん納得した?」


「うん。しょうがないな、って。

でも、それならマサコが出る時には君も一緒に出て行ってくれ、ってよ」


「えっ?厳しいな。部屋が空いているのに」


なぜ出ていけと言ったのだろうか?家賃的なカネを払えば父は満足するのではなかったか?

意地を張り始めたのだろうか?


俺は内心、面倒な事になったと思った。

いくら気心の知れた親友でも、一対一でかくまうのは大変なのだ。


俺はこれから安心党に接近して、犯権会と本格的に闘わなければならない。忙しくなるし、スケナリをかくすための動作は時間の無駄だ。


もし俺が一人で闘わなければならないなら、スケナリが近くにいてくれたら心強いだろう。

だが俺は一人ではない。ユウキさんやリョウマさん、ケントさんといった相談相手がいる。


正直、スケナリの意見は時々聞ければいいのであって、常に一緒にいる必要はない。


はっきり言って彼には、しばらく実家に隠れていて欲しかった。



「出て行って欲しいと言われて、それでもここにいたい、とは俺も言えなかったよ。

いつもマサコの邪魔をして悪いけどな」


「いや」


邪魔ではない、と言うのは白々しい気もした。社交辞令を言えば、むしろ俺は彼からの信用を失うだろう。


俺は良い言葉を探したかった。だが、変なことを言うよりも間が空く方がまずいと思った。


「邪魔とは思わない。

だけど二人暮らしは、俺が少しでもしくじったらスケナリは死ぬかもしれない、というプレッシャーがあるんだ」


急いで失言したかもしれないな、と思いながら俺は言った。

スケナリは困ったような笑みを浮かべた。


「マサコが俺を追い出すつもりがない事は知ってる。売るつもりがない事も」


俺は頷いた。


「俺たち、絶対に負けないぞ」


「そうだ」


スケナリは、強く頷くと急に笑い出した。


「それにしてもマサコは家族と仲が悪いな。マサコのおかげで俺にとって、生まれながらの家族がいる事は、ぜんぜん羨ましくなくなったよ。

昔はマサコの家が輝いて見えたのに」


「そうかもな」


「否定しないんだ。まあ、動物として見ればマトモだ」


「なんだそれ?」


「独立した子供は他人って考えだ」


「そんなことを言ったら袋叩きにあうぞ」


「でもこの家の人たちも、マサコを他人と思って彼らなりに気遣ってる」


「そうか?」


「うん。マサコにはいいところを見せようとしてる」


「そうか」


なんとなく話を誘導されているような気がしたが、俺は流れに逆らわずに聞いていた。

するとスケナリの目が少しつり上がり、意地悪そうな顔になった。


「さっきマサコの両親がリビングの床で性交してた。

だけどマサコが帰宅する頃に慌ててやめたみたいだ」


「は?」


「俺が通りかかって驚いたら、二人とも喜んでた。けっこうムカついた」


「スケナリは他人じゃないのか」


「俺は人間としてみなされてすらいないってことだ」


「そんなことはないだろう?」


「いや本当だ」


だから彼はさっき神経質に掃除をしていたのか。


さっき黙っているつもりだった事を今、言い出したという事か。

彼は何を言いたいのだろうか。


この話は本当だろうか?と俺は思った。両親の行動も、彼らがスケナリを人間として見ていないという事も信じられない。

しかしスケナリが作り話をするとも思えない。


俺が黙っていると、彼は険しい表情のまま淡々と話を続けた。


「ケンゾー叔父さんがソファーに座って、二人を冷静にデッサンしていた。

彼は気が向いた時だけデザインの仕事をしているらしい。デッサンは、仕事のネタに使うんだって」


「…」


「苦情を言ったら、僕の知ったことではないって返事だ。僕が頼んだわけではない、って」


「なんだそれは…」


「お姉さんがリビングを通ったけど、まるで彼らがいないみたいに無視した。完全に無視。

お姉さんが外出すると、お父さんはおそらく裸のままお姉さんの部屋に入って、部屋の外にいるお母さんに向かって何か言った。見てないけどね。

それから棚か何かの引き出しを開ける音が聞こえた」


「わかった、もういい」


俺は言った。


よくわかった。

スケナリは、俺が彼と共にこの家を再び出ると決めるまで、俺が嫌がりそうな話を続けるつもりだ。


彼は早く引っ越したいのだ。だが一人で引っ越すことができない。

だから俺をその気にさせるしかないと思っているのだろう。


俺は言った。


「俺は早くどこかへ引っ越したいという気持ちになったし、スケナリをここに残して行くのはかわいそうだと思ったよ」


「よかった」


彼は、先生から初めて良い評価をもらった小学生のような表情を浮かべた。

そして気軽な調子で


「今度はどこに行く?

ジョージさんの物件がいいね」


と言った。

もう険しい顔はしていなかった。


「そうだな。ジョージさんに連絡しよう。

その前にひとつやる事がある。

安心党のマナミさんのセミナーを、今日中に予約しておかないと…あっ!」


「何だ?新しいニュース?」


「『人さがし本舗、有罪』だって!サクヤさん、やったんだな」


突如舞い込んだ良いニュースに、俺は思わず飛びついた。


世間では小さいニュースかもしれないが俺たちにとっては大ニュースだ。

これでようやく本舗から解放されるのだ!


警察の動きに伴って、これまで本舗による行きすぎた調査の被害にあった多くの人たちが、被害者の会を作って訴訟に向けて動き始めたとも書いてあった。


あとでユナに連絡しよう。祝杯だ。


「これでスケナリも、本舗に追いかけられる心配はなくなった。本当に良かった」


「うん。

サクヤさんに、おめでとう!ありがとう!って言いたいけど『無駄な通報』をすると罰金取られちゃうからな。

連絡しにくいね」


「スケナリの言う通りだよ。法律で、警察官にお礼を言えないしくみになっている。

苦労しても感謝の声は届かない。すぐ辞める人が多いわけだ」


スケナリは肩をすくめた。


「本舗が潰れても、レイさん達は俺を追ってくるだろうね。しばらく油断できないや」


「そうだな。

俺も引き続き、気をつけるよ。

セミナーは……お、明日の会に空きがある」


「バーチャル?」


「うん」


「いいね。

それ予約しよう。

この家にいる間に参加しておいた方がいい。どうせ安心党も勧誘は強引なタイプだろうから。

一人暮らしよりも家族と一緒に暮らしてる方が尾行されにくいし、しつこい勧誘も防げるよ」


「まあ、そうだな」


「俺は本棚の脇に隠れて投影を見るね」


「わかった」


油断できないと言いながら、彼は少しはしゃいでいるように見えた。

当然だ。

本舗が捕まって、目の前の危険が取り除かれたのだ。


犯権会が政権にある限りスケナリが安全とは言えないのだが、俺も今は明るい気持ちだった。



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