ハルキさんの結婚式
それは俺にとって忙しい時間だった。
「結婚したいと思ったきっかけは?」
「10年間、どんな風に過ごしたい?」
ハルキさんの自宅にある広大なホールで開催された結婚式。
10年契約の式でよくある質問に、ハルキさんとヒメさんが微笑を交わしながら楽しそうに答えていた。
俺はハルキさんの友人としてそこにいた。
壁には無数のお祝いメッセージが映し出され、俺はモモカやリョウマさんから送られたテンプレート的なメッセージを、苦々しい気持ちで見つけた。
なんだ、白々しい。二人とも恥ずかしくないのか。
いや、恥ずかしくないだろう。そういう性格の人たちだ。
しかし今、俺は怒っていない。ユキさんと再会できたからだ。やっとハルキさん達に妨害されなくなったのだ。
彼女の連絡先を教えてもらう事もできた。これからは、いつでも直接連絡できるのだ。
そして彼女はなんと今日、かつてのアイドルグループ『サクラ・ジョウルリ』のメンバーを友人として会場に連れてきていた。
もしかしたら、これもハルキさんの俺に対するエサのひとつかもしれない。でもユキさんや他のメンバーが嫌だと言えば実現しない事だ。
だから、俺は少なくとも彼女たちから嫌われていないのだと思う。
いい気分だ。
「4人そろっちゃって、ファンが殺到したらどうするんだ?」
俺は反射的にそう言ったが
「今のところ、あなたしか気付いてないみたいだけど」
とマリエさんが笑いながら言った通りだ。寂しいものだ。
「でも4人ともきれいで変わらないね」
「ありがと。一応、スタイルに気をつけてるもん。ね」
「うん。だけど私は前より成長したでしょ?トレーニングしたから」
アンナさんが言った。
「そうなんだね」
「なぁんだ、あんまり覚えてないじゃない」
「そんなことないよ。
解散の時に買ったスケッチブックの表紙をまだとってある」
「あら、ありがとう」
気楽な話をしながら俺は、さっきから元リーダーのアキラちゃんがただ微笑んでいるだけで会話に入って来ない事が気になった。
もっとよくしゃべる人だと思っていたから、俺には彼女が不機嫌なようにも見えた。
おしゃべりは、アイドルとして仕事する上での芝居だったのだろうか。それならそれで俺が文句を言うことはできないが。
彼女は今日、薄いオレンジ色のドレスを着てとても似合っていた。
俺はやっぱり彼女が好みだと思った。
彼女たちがアイドルだった頃、俺はアキラちゃんが一番好きだった。と言ってもそれは彼女がリーダーだからでもなく、ダンスが上手いからでもなく、ただなんとなくだった。
4人の中で誰が好きかと友人に聞かれて、その時の気分で決めたのだ。一度決めたら、なんだかずっと前からそうだったような気がした。
でも改めて見て、彼女はかわいいと思う。
俺はアキラちゃんの事をずっと好きだったような気持ちになった。
これからどうすれば彼女と仲良くなれるだろうか?強引に話しかけたら嫌がられないだろうか?
何かきっかけがあれば…。
しかし俺には、ここでそのきっかけを待つだけの時間が無かった。
4人といつまでも立ち話をしているわけにはいかない。今日の俺は、リョウマさんにもらったチャンスを活かさなければならないのだ。
俺には接近すべき参加者が他にいた。
それはトッカータそしてフーガという姉妹だ。安心党のマナミさんの秘書をしている二人である。
俺は泣く泣くサクラ・ジョウルリと別れ、姉妹を探して式場の中をうろうろし始めた。
ユウキさんを通じて聞いた話によると、リョウマさんは姉妹に俺の顔を教えたらしい。
…どうやって?
それを聞いても教えてくれないのが、リスクヘッジアドバイザーという存在だ。彼らは自分たちの動きを全て企業秘密だと思っているのだ。
俺はと言えば、一般的な方法しか使えない。
安心党の紹介サイトを見て、安心党に関心を持ち始めた若者のていで、さりげなく二人の顔を予習しておいた。
だが…ホールに人が多いので二人はなかなか見つからない。
姉妹と話をしたい人は俺の他にもたくさんいるだろう。だから複数の人に囲まれて姿が見えなくなっているのかもしれない。
俺は少し高い位置からフロアを眺められるように、飲み物を置いてあるスペースの端のステップに乗ってみた。
その時、会場を流れる音楽が変わり、ハルキさんたちの近くに一人の人物が立った。
見覚えのない人だった。
その人はハルキさんと握手し、ヒメさんに会釈した。
「みんな聞いて!彼女から素敵なお知らせがあるそうよ!」
スタッフと思われる女性がマイクを持って言った。
「こちらはハルキさんの友人で、宇宙産業大学の研究者のバカさん。
皆さん拍手を!」
ハルキさんの横に立った人物がそう紹介されると、会場から拍手が送られた。
「紹介ありがとう、この場を借りて言うわ。私は昨日、宇宙服ボールの実用化に成功したと正式に発表したの」
拍手。おめでとう。
でも何を言っているのかわからない。
「まだ知らないという人のために説明するわね。
私は約10年前、粘菌の性質を利用した、形状記憶型の宇宙服を発明したの」
それはそれは。
「使わない時は、手のひらサイズのボール状に丸まっている。着たい時には軽くジャンプしながら指定の手袋をはめた手でボールを振る。すると、0.1秒でその人の全身を覆うのよ。
もちろん好きな服を着たままで大丈夫。
脱ぐのも簡単。内側からどこかに穴を開けたり引っ張って切れ目を作ればいいの。そうすれば元のボールに戻る。
外から穴を開けたり切ろうとしてもだめ。
耐久性は約5年」
簡単なようで難しい話だと俺は思った。
「でもね、2時間が過ぎると内側から刺激しなくても自然にボールに戻るのよ。
2時間程度活動できる量の酸素を確保するために、顔の前にスペースを残すしくみ。
着ていることを忘れず、かつ視界に影響しない程度の透明感にしたわ」
へぇー。
「使いやすそうでしょ?
問題は費用。原価で一個あたり1兆文かかった」
えー?
「工夫を重ねて、ついに『千文店』に置ける価格にしたわ」
おぉー。
「その代わり汎用性をなくしたの。
一個につき一人の体型を登録して使ってもらう。
多少の体型の変化には対応できるけど、だいたい体重が5kg以上増減したら買い替え。チームで共有するのも無理ね。
それと、中に着る私服の形もある程度は限定させてもらった」
なるほど。
「次の課題は、想定する作業時間。
2時間程度の活動ができるって、さっき私は言った。でも、それは選んで決めたわけではないの。
結果的に2時間程度ならもつわね、っていうだけ。
もう少し長く作業したり散策したい時もあるわよね。
でもね、中の人が気を失ったり動けなくなった場合を考えると、あまり長時間の設定もできないわけ」
話が始まった時は興味を持ったが、詳しい説明が続くうちに俺は飽きてきてしまった。
俺と同じように感じている人が他にもいるようで、会場の視線はバカさんから離れ始めていた。
説明というか宣伝を聞きながら、俺はトッカータとフーガ姉妹を目で探し始めた。
姉妹は…いた。一人ずつ別々の場所に。
道理で二人組をいくら探しても見つからないわけだ。
フーガは隣の人と小声で会話しているようだった。二人で真剣な顔をしている。バカさんの話を全く聞いていないみたいだ。
トッカータの方が俺の近くにいた。しかも、俺に気付いたように見えた。
バカさんの話が終わると、みんな再び動き出した。
トッカータはまっすぐこちらに歩いて来た。飲み物を取ろうと思ったのかもしれない。ちょうど良かった。
俺はステップから下りて彼女にそう大きくない声で話しかけた。
「こんにちは。もしかしてトッカータさん?」
「ええ。どこかで会った?」
「いや、党のサイトで見た事があったから。有名人だよね」
偽物や偶然似ている人だったら嫌だな、と思いながら俺はマサコだと名乗った。
「フフフ。マサコさん、政治に興味ある?ボランティアならいつでも募集しているわ」
「へぇー。政治はニュースで見る世界って感じだな」
「だめよ、政治は現実。
選挙で誰に投票しようかな?だけじゃなくて、もっと普段から政策に関心を持って欲しいな。
もし気が向いたら、マナミのボランティアに応募してみてね。
見学とか、1日体験もあるから。
すごく気軽。
いろんな年代の人が参加してるし、きっとあなたにも勉強になると思うわよ」
「へぇー」
「じゃあね」
「それじゃ」
これでよかったのだろうか?
話が早すぎるし不自然だ。なんか微妙な気もする。
どうして秘書になりたいと思ったのか聞くべきだった、など後から思った。
しかしもう会話は終わってしまった。
彼女と話をするためにわざわざここまで来たのに、俺はほんのわずかしか収穫を得られなかった。
失言しないように気をつけなければならないと思うと、思い切った事を言えなかった。
不完全燃焼で非常に悔しい。
こんな事なら、もう少しアキラちゃんと話す時間を取っても良かったのではないか?
でも、やり直せない事をいつまでも考えても仕方ない。諦めよう。
向こうは安心党に興味を持ちそうな若者を日常的に勧誘しているのだろうし、お互い周りの人に聞かれて困る事は言わかなかったのだから、これでよしとしよう。
まあ、とりあえず1日体験にでも参加してみよう。
俺はそう思った。
マナミさんと直接話せるかどうかわからないにしても、一歩ずつでも前に進むしかない。
まあ、いいように振り回されるようだったらまたその時に考え直せばいいだろう。




