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久しぶりの実家

『ブラッドの外見 嘘だった』


それがトップニュースの見出しだった。


「何だこれは…!?」


俺が身を乗り出すと姉は、弟が予想通りの反応で興味を示した事が嬉しいようで笑顔を見せた。


「ね、すごいでしょ!

ブラッドの完璧な肉体は、なんと精巧な全身スーツだったわけ。

あの強そうな顔も含めてね!」


母が入れてくれたメロンジュースを飲みながらニュースを見始めた俺の、右斜め後ろから姉が腕組みして言った。


「全身が嘘か…」


「そうそう!」


「今まで誰も見破れなかったんだな」


「近くで見たからって見破れるわけじゃないでしょ。

自然な感じのスーツ多いし」


「俺も見たけどわからなかった。

くそっ、悔しいな!」


「なにそれ?本物見たの?」


「見たよ偶然、スーパーの前で。なぜか呼び止められたし」


「すごいよ。いつ?」


「選挙前のさ、彼らがオープンカーで回ってた時だよ。4人そろって」


「あー、あれか」


「4人共うさんくさかったから、ブラッドだけが怪しいとか思わなかった。

あ、でも他の奴もスーツだったのかな?ヒナタが真冬に水着で平気そうだった理由もそれなら納得だ」


「まさか、やめてよ。それはなくない?」


「スーツ着てるにしては、他の奴らは痩せすぎかもしれないけど…」


「そうよ。スーツはブラッドだけでしょ」


「…わからないけど」


記事に添えられた取材動画でブラッド本人(スーツ着用)は


『なりたい自分を表現しているだけだ』

『整形と変わらない』


と言って開き直っていた。


「整形とは違うな」


「私も違うと思う」


記事には実物だとする静止画が掲載されていた。


それはこれまで見ていたブラッドよりも小柄で、18歳くらいに見えた。


過去に撮影されたのかもしれない。

画像をそのまま信じるわけにはいかないが、イメージが違うなとは思った。

スーツ着用時の強そうな印象に比べ、優しそうでむしろ上品な感じだった。


記事には彼をかばって


『自分の外見をコントロールするのはブラッドの自由だ』

『このニュースはブラッドの裸の画像を公開するのと同じだ。彼がかわいそうだ』


など彼は悪くないと主張するコメントが多数投稿されていた。

一方で


『スーツだと公表した上で着ればいいじゃないか。がっかりだ』

『今まで騙されていた事にショックを受けた』


というコメントもあった。


「驚いたな。

彼の本当の顔が暴かれたいきさつは、ニュースのどこかに書いてあったか?」


俺は姉に聞いてみた。彼に振られた人など、恨みを持っている人がリークしたのではないか?

しかし


「ばれたいきさつ?

さあ?普通にジャーナリストが見つけたんじゃないの?」


姉は当たり前の事のように言った。


そんなわけがない。

今や犯権会メンバーを批判できるジャーナリストは日本にいない。

特にショウゴとブラッドを批判する事はタブーになっていたはずだ。


もしかして犯権会からのプレッシャーが緩み始めたのか?

あるいはブラッドの系列が、犯権会の内部での競争に負けたとか?


それとも何かの伏線か?

記事の中にヒントがあるか探したが、そんなものは見つからない。


なぜこの記事が許されたのか?なぜこの記事を書いたジャーナリストは袋叩きに遭わずにすんだのか?


でも、その疑問を声に出して言いにくいと感じた俺は


「いや、俺は彼が『犯権会』の『閣僚』なのになんで叩かれたのかな、と思ったんだ。

彼は領土を取り戻した『功労者』だし。誰だって彼を追及しにくいはずだろ?」


と、つい遠回しな言い方をした。

姉は


「スーツ脱ぐ所を見られちゃっただけじゃないの?運悪く。

見ちゃったら、やっぱり黙ってるわけにいかないでしょ」


と言った。

つまり、背景は何もわからないのだ。


それよりも俺が衝撃を受けたのは、ブラッドが今後スーツを着ることを禁止されていない事だった。


これでは今後、偽物や代理が中に入ってもわからないじゃないか!


ブラッドはこれからもスーツを着用して国会に出るだろう。


「怖いな。

もしある日ブラッドが死んで、中身が入れ替わったとしても誰も気付かないぞ」


「本当ね。悪用できちゃう」


「影響力のある奴は、真似されたら困る事をしないでもらいたい」


記事を読む限りブラッドは何も罰せられない方向のようだった。

彼は恥ずかしい思いをしただけ、というわけだ。


結局のところ、問題は犯権会が何をたくらんでいるかだ。


「そもそも最初から、彼のスーツが一着とも限らないし」


俺は言った。


「えーっ?

なにそれ。

二人で交代しながらブラッド役をやってた、なんて言ったりして?

彼は閣僚よ。それって本当だったら許されるの?」


「ダメだろう。

だけど、どっちみち彼を有罪にする事はできないだろうね」


「有罪にしちゃったら、彼が交渉して取り戻した領土はどうなるの?って話ね。

怖すぎ。

だったら、そもそも彼のスーツは絶対にバレちゃいけなかったんじゃないの?」


「ということは、これはやっぱりブラッド本人が趣味で勝手にやったのかな」


「でしょ。

そうじゃないとヤバいもん。

だって、他の人も許すためにあえてブラッドを最初に暴露したとか言われたら、耐えられないでしょ」


「だな」


これ以上この問題をのは恐ろしすぎる気がして、俺は考えることをやめた。



ニュースの話を終えて俺は自分の部屋に戻った。


「ちょっと刑事さんと通話する事になってるから、部屋に戻るよ」


と俺が言うと姉は


「何?事件?

スケナリの事?」


と楽しそうに聞いた。

彼女は基本的に人のトラブルが好きなのだ。俺は少しむかついて


「俺の事だ」


とぶっきらぼうに言って終わりにした。


部屋に入ると、会話の最後を聞いていたスケナリが


「さすがマサコ。今のは素晴らしい回答だったね」


と嬉しそうに言った。


彼も今日は機嫌が良いのだ。

相変わらず彼は家からは出られない。

だが一つの部屋に閉じ込められているのと、部屋がいくつもある建物の中を歩き回れるのとではストレスの強さが全く違う。


それに彼はうちの家族の中で『マサコの友達』として存在が公認されている。


もう足音を消さなくていいし、声も出せる。カーテンを閉めていれば窓の近くに立ってもかまわない。

俺がいない時間に物音を立てたり水を使っても問題ない。


まるで水槽から池に移ったような違いだ。


スケナリが少しでも楽になって良かった。

俺は肩の荷を一つ下ろした気分で、サクヤに連絡した。


「無事に引っ越したよ」


「良かった、お疲れ。

さっきHNヒューマノイド刑事のユーさんが、ウォータータンクと冷凍庫の回収に立ち合ったわ。

後で証拠の静止画と伝票データを送ってもらうわね」


「ありがとう。本舗は?」


「来たみたい。詳しい報告はまだだけど」


「やっぱり早っ」


俺が言うと、サクヤは苦笑した。


「そうね。

マサコさんが落ち着いているようだから言うけど、さっきあなたが本舗の人と会話した時『今、部屋着だから』って言ったじゃない?」


「うん」


「今ならマサコさんが必ず部屋にいる、と相手に思われてしまったはずなの」


「たしかに」


「だから彼らは、あなたに確実に会おうとして、急いで押しかけて来たのだと思う」


「え?本舗ってそんな抜け目ない奴らなのか」


「ええ。そうなるだろうと思ったから私は、マサコさんが引っ越しを急ぐ必要があると思った」


「そうだったんだ。

俺、危なかったな」


「そうね、でも大丈夫。結果が良ければそれでいい。

また連絡ちょうだい」


「うん、ありがとう」



サクヤとの通話を終えた俺は、叔父さん達にも挨拶しようと思ってリビングに戻った。


すると父に険しい顔で手招きされ、彼の部屋に呼ばれた。

見くびっていた本舗に危なく捕まるところだった、という事実を突きつけられて頭の整理ができていない状態で


「スケナリ君をいつまで泊める予定だ?」


と急に言われて俺は返答に困った。

俺は父の真意を測りかねた。短い方がいいだろうか?


「決めてないけど、1ヶ月かな」


「1ヶ月では養子にできないな」


「何の話?」


「彼を養子にできないなら、うちに補助金は入らない。

彼には最低限、食費などの実費を負担してもらおう」


驚く俺を尻目に父はどんどん話を進めた。

俺は慌てて止めた。


「父さん、ちょっと待ってくれよ。

俺もスケナリも、食費と水代の実費を後日、母さんに渡す話になってるよ」


「それなら俺は部屋代と照明代と、備品代をスケナリ君からもらう。

補助金なら二人それぞれにお金が入るが、それができないのだから」


「母さんはあとで父さんにも分けるつもりじゃないのか?」


「金額が全然違うだろう」


「父さんは1年契約を考えてたのか?」


「ああ」


16歳以上を子とする養子契約の期間は、最短で1年だ。


まさか息子の友達まで養子にして、25歳以下の子供と同居する親に支払われる補助金をもらうつもりでいたとは。

信じられない考え方だ。


姉が26歳になって補助金がなくなった分を補おうとしたのか?


たしかに祖父母や叔父さん達までもが姉を養子にして、家族総出で姉を養うための補助金をもらっていたのだから、それがなくなったのは痛いだろう。


でも、おかしい。


「母さんと話して決めたのに、父さんがあとから他の費用も出せと言うのはおかしいよ。

母さんが家族を代表して話して、スケナリも合意して決めたんだから」


「俺はキョウカがそんな事を勝手に決めたとは知らなかった」


当然、知らないだろう。


母ならスケナリからもらったお金を父にも分ける。しかし父は自分が受け取ったお金を、母に分けないに決まっているのだ。

しかも今みたいに文句を言って話をややこしくするに違いないのだ。


だから母さんはいちいち、父さんにお金の話をしないんだよ、と俺は思った。


「まあ、父さんからスケナリに『1年滞在しないか?』って話してみれば?

もちろん、じいちゃん達が了承すればだけどね。

俺は1ヶ月でまた職場の近くに引っ越すつもりだし」


「お前は1ヶ月で出るのか?

お前こそ、もうしばらくうちにいればいいじゃないか。交通費より家賃がかからない分と補助金の方が多いだろう?」


そうかもしれないが、交通費や家賃を払うのは俺だし補助金は両親に入る。

それをトータルで俺の得であるかのように言われるのが、俺は嫌だった。


「今、うちの家族で誰か働いてんの?」


俺は父に聞いてみた。


「母さんがね」


「母さんだけ?」


「そうだよ。じいちゃん達を働かせるわけにいかないだろ」


父はたぶん形だけ求職しているのではないか、と俺は思った。

しかし、どんな聞き方をしても批判にしか聞こえないだろうと思ったので質問しなかった。


俺は父の持論をこれ以上聞かされたくない気持ちになった。


「とりあえず、母さんに相談すればいいだろ。俺ではなく」


そう言って俺は父の返事を聞かず自分の部屋に戻った。

叔父さん達と話すのは後回しだ。



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