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再び引っ越し

家賃を節約するため1ヶ月間実家に住む事にした、と俺が言ったらサクヤは全く驚かず


「あ、そう」


と軽く答えた。

墓穴を掘りたくない俺は、それ以上説明しなかった。


「あの後どう?」


「新しい情報もある。通話は傍聴できた?」


俺ばかりが試されるのは面白くない。

サクヤが意識的に正直な答えを言うだろうと想定して、俺はストレートに質問した。


「人さがし本舗からの連絡と、お友達との会話を聞いたわ」


と彼女は言った。


やっぱりユナとの会話も聞いたのか、と俺は思った。しかし名前ではなく友達と言ったのはハッタリなのか?

まあ、友達って誰の事だ?などと聞けば俺がユナ以外の友達とも連絡を取ったと思われて損になりそうだ。


質問もできないし、考えてもわからない。仕方なくスルーしよう。


「じゃあ、必要な情報は伝わったね」


と俺は言った。


窓から強い日差しが入っている。スケナリは影を作らないように台所の隅に寝そべっている。

今日も暑くなりそうだ、と俺は思った。


それは金曜日の朝だった。

俺は結局、自分からサクヤに連絡をしたのだ。


彼女に休みはないのだろうか?

思い立って急に通話を申請したのに、彼女はすぐに許可してくれた。服装も仕事中のような格好だ。


服は画像の合成かもしれないが。顔以外の合成は違法ではない。



「人さがし本舗は今後、どうやら俺に会いに来そうな雰囲気だ。

俺はどう対応したらいい?来たら通報した方が良いのか?」


サクヤに協力したいという意欲を示した方が良いと思って、俺はそう言った。でも見せかけだけではなく実際、本舗にどう対処すべきか俺は彼女のアドバイスが欲しかった。


「特別な事をする必要はないわ」


と彼女は微笑を浮かべて言った。


通報して欲しいとも、しなくていいとも言わなかった。どちらにしても強制した証拠と言えるものが残るとまずいからか。


優しい話し方で俺の緊張を和らげようとしているようだった。と言っても、俺は別に緊張していなかった。


「もし本舗の人に会いたくないなら、住所を聞かれても『個人情報は教えない事にしている』と言って断ってかまわないと私は思うわ」


「うん。

俺が断っても、勝手に探されそうだけど。

考えてみるとコンドミニアムの賃貸情報を探せば、部屋の画像を照合できてしまう。

前回通話した時、画像をオフにすればよかったな…。

もし彼らが来るとしたら、突然来られるよりはアポを取ってもらった方がマシだろうか?」


「アポがあるのと無いのと、どちらが良いか予想するのは難しいわね。

だけど少なくとも、彼らが玄関先で帰ると思わない方が良いわ」


「そっか。じゃあ、やっぱり俺は奴らと会いたくないな」


俺がそう言うとサクヤは頷いた。


「彼らがあなたの居場所を調べようとしても、あなたの今の住所しかわからないでしょう。

あなたが実家に引っ越す事を彼らは知らないから。引っ越すには良いタイミングだったのかもしれないわね」


「なるほど」


俺が本舗を出し抜く事を推奨する、みたいな事を刑事が言って良いのか?と少し疑問に思いながら俺は頷いた。


俺がスケナリをかくまっている事は、やっぱりサクヤに気付かれているのかもしれない。

俺は泳がされているのかもしれないのだ。


しかしサクヤが気付いても気付かなくても、最終的にスケナリが俺の部屋に隠れている事を犯権会に知られなければそれでいい。


泳がされていようと何だろうと、今は俺が逃げたいように逃げられるならラッキーだ。少なくとも当面の時間稼ぎにはなる。


「あなたの今の住所に、うちのHNヒューマノイド刑事を明日からしばらく住ませる」


彼女は言った。


「えっ?HN刑事さんがここで本舗を待ち伏せするのか。

思ったより大変だな」


「彼らは少なくともあなたの友人やその隣人に、精神的な苦痛を与えた。

私たちには彼らに、事情を聞く義務があるわ」


「たしかにそうだ。

でもそれ、俺に言っちゃって良いのか?」


「マサコさん、私はあなたを信用したのよ」


「そっか。

もちろん俺は信用されたいと思っている。ありがとう」


本心かどうかわからない言葉に対して、俺もうわべだけの言葉を返した。


「あ、本舗から連絡だ。

もし、今から会えるか?って聞かれたらまずいな。断りたいし、これから引っ越す事を言いたくない」


「それなら『今日は都合が悪い。明日なら時間があるかもしれない』と言えばいいわ。それなら嘘ではない」


「なるほど」


「マサコさん、あなたに幸運を」


「ありがとう」


一呼吸して、俺は本舗からの通話を許可した。


「おはよう。ごめん、今ちょっと部屋着だから画像拒否した」


相手は今回もアヤメだった。

この会話は間違いなくサクヤに傍聴されているが、その事をアヤメに悟られないために俺はなるべくリラックスした態度で話した。


すると俺のリラックス感が伝わったのか、相手は妙にフレンドリーな態度で話し出した。


「マサコさーん、こちらこそごめんねー、朝早くから連絡しちゃって。

フフ、私も休みの日なら、まだ部屋着な時間かも。

マサコさんは、このあと時間ある?」


「いやー、あんまり」


「今日はお出かけ?」


「そういうわけでもないけど、明日の方が時間あるかな。なんで?」


「フフ、少しお話ししたい事があったの」


彼女が少し笑った意味は何だろう?と俺は不審に思った。

もし彼女が、明日なら時間があると俺が『無意識に』言ったと思って笑ったなら、それは俺にとって好都合だ。


「少しって何分?」


「それは話してみないとわからないじゃない。マサコさんって変な質問する人ねー」


「もし2~3分で終われる話なら、このまま話した方が早くないか?って思ったんだよ」


「そうね、じゃあ、まず明日そちらに行っても良いかしら?」


「え?別に…悪くはないけど。

誰が?」


「ん?」


「君が来るのか?」


「いいえ、私は訪問担当じゃないから」


「担当って?」


「そちらの住所を教えてくれる?」


「嫌だね。個人情報じゃないか」


「そう言わずに」


「誰が来るかわからないじゃないか」


「大丈夫。みんなちゃんとした担当よ」


「ちゃんとしてるとか、そんな事は知らないし。

知らない人を俺は急に信用できないから、住所は教えない。

通話をオフにする」


大事な場面だと思ったが、俺はあえて下手な言い方を直さずに話した。

その方が素人っぽさが伝わって、サクヤにもアヤメにも変に警戒されないだろうと思った。


「えー?」


「バーイ」


俺は勝手に通話を終了した。

アヤメは曖昧な笑顔のまま消えた。


彼女との通話を終えた途端、サクヤから連絡が来た。

いちいち面倒とは思ったが俺は、それが本当にいつも連絡を取っているサクヤ本人の連絡先からの通話申請なのか、確認してから通話を許可した。


すると彼女は挨拶も省略して


「状況が変わったわ」


と少し早口に言った。


「彼らは今からマサコさんの住所を探して、そちらに向かうと思う。

こちらからはHN刑事を今すぐ向かわせる。

マサコさんもすぐに出発して」


「えっ?

今すぐ?

でも飲料水タンクと冷凍庫のリースを停止したから、これからリース会社の担当HNが機器を引き取りに来るんだ。

その時間に俺が留守だと迷惑をかけてしまう」


「引き取りは何時の予定?」


「11:00頃」


「今およそ9時半ハーフね。刑事が間に合うわ。あなたの代理として立ち合える。

それでいいわね?」


「うん」


「マサコさんとは行き違いになるから、キーのナンバーを教えて」


彼女を完全に信用したわけでもないが、どうせ俺は今すぐここからいなくなるし、明日には契約解除によって変更されるナンバーだ。

俺は部屋の鍵を開けるための番号をサクヤに教えた。


そして通話を終えるやいなや、スケナリを再びタオルや食料品などと共にスポーツバッグに入らせて背負い、炊飯器を手に持って出発した。


それにしても、部屋でも物でもリース等の契約・解約をすぐにできる世の中で助かった。

昔は何でも1ヶ月前に言わないと解約できなかったらしい。

昔でなくて本当に良かった。



駅まで歩きながら、以前住んでいた部屋のオーナーのジョージさんの所に立ち寄りたいと俺は思った。


どうせ住むなら俺は、彼のような楽しくて親しみやすいオーナーさんの物件に住みたい。

もし部屋が空いていたら、1ヶ月後から再びジョージさんの物件に戻って住む予約をしたかったのだ。


それに、本舗がそこまでたどり着いたかどうかも気になるから、怪しい人物が来たか聞いてみたかった。


だが、荷物が重く疲れたのであきらめてまっすぐ実家に直接向かった。



久しぶりの実家で、玄関のドアを開けたら姉が…俺と不仲なはずの姉が、俺を見て嬉しそうに近付いて来たから驚いた。


「マサコ、最新のニュース見た!?」


彼女は言った。


「いや、今日はまだニュース見てない」


俺は靴を脱ぎながら淡々と答えた。


「マサコは絶対、好きな話題!

ブラッドってね…ダメ。まだ言わない。

荷物を置いてすぐニュース見なさいよ!」


「はいはい」


『久しぶり』でもないし『おかえり』でもない。まるで俺がずっと実家にいたみたいな、彼女の態度に俺は驚いた。


俺は歓迎されている、と喜べばいいのだろうか?

それとも、当時子供だった俺を追い出した事を忘れたのかと怒ればいいのだろうか?


しかし姉は気分屋だ。

俺を歓迎しているわけでもないし、追い出した事はもちろん忘れているだろう。


俺がニュースを見てコメントしてしまえば、テンションが下がって急に不機嫌になるに決まっている。振り回される方が馬鹿馬鹿しいのだ。


少し離れたところで、俺に声をかけそびれた様子の祖父が苦笑しながらこちらを見ていた。


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