変化
帰宅後に作戦会議をしたが、俺がユナに『今日連絡する』と言ったのは早すぎたとスケナリに指摘された。
たしかにその通りだった。
「だって彼女と話したい内容は、本舗やスケナリもどきについての込み入った話だろ」
スケナリは言った。
「うん」
「それは傍聴されたくないじゃないか」
「とにかく早く話した方がいいと思ったんだ」
今の俺は、本舗からの連絡や本舗に関係する通話を傍聴することをサクヤに許可した状態だ。
本舗と言った瞬間、その通話は最初からさかのぼって傍聴される事があり得る。
「もちろん伝えるのは早い方がいいけどさ。
今の状況じゃ、どうせ思ったことを言えないだろ。
中途半端に話しても無駄じゃないか?」
「そうだな…」
「サクヤに言うつもりの事と矛盾する事は言えないし」
「そうか。
考えてみたら俺はユナに、嘘を言うことすらできないのか。サクヤにバレる嘘は」
「そうだよ。『こいつは嘘つきだ』と思わせたくない限りは」
「そもそも本舗から連絡が来る前にサクヤに報告しちゃったのが、早すぎたんだな」
「あー、そうかもね。
報告といえば、今思った。
傍聴されたかもしれない大事な話は、全部サクヤに『こういう話をしたよ』と報告しておかないと、結局『都合が悪い事は隠す』って評価されるかもしれない」
「たしかに傍聴されていなくても、聞かれたかもしれない以上、どんな話をしたか正直に打ち明ける羽目になりそうだな」
「そうだよ」
隠し事をしていると疑われれば、俺はますます監視されかねないのだ。
だから結局、ユナに連絡するのは少なくともサクヤともう一度話してからにすべきだった。
「でも『やっぱり都合が悪くなったから後日にする』と言うのは、優柔不断だと思われそうで俺は嫌だ」
「まあ何とかなるだろ」
彼女と話したい事は他にもあることだし、俺は通話を申請した。
「今、話せるか?」
「うん。どうぞ」
彼女の声の他に物音はしなかった。
自宅など静かな場所にいるのだろう。
もっとも彼女はリング型の高性能なテレを使っているから、周りの音を消せてしまう。
それでも今までの態度から、加工はしていないと思えた。
「そうそう、最近ハウスの友達が私に『腹話術みたい』って。
通話する時、リング型を使ってるから手を顔に近付けるじゃない?
それで、ほとんど口を動かさないでしゃべるから」
「そうなんだ」
「たいした話じゃなくても、部分的に聞かれるのって何か恥ずかしいね」
「そうだね」
彼女は遠回しに、声が聞こえる範囲に友達がいると言いたいのだろうか?
よくわからないが、どっちみち俺はサクヤに傍聴されても困らないように、怪しいと思われないように気をつけながら話すしかない。
「マグロさんがそっちに行った時、俺、行けなくてごめんな」
「ううん、大丈夫。
食器トレーを返すと決まっていたからか、彼、とても優しい態度だったわよ」
「そうか、それなら良かった」
「そんな汚いトレーを取り戻しに来る?くれたんじゃなかったの?って、ハウスの友達みんなびっくりしてたけど」
「そうか…」
「でも大丈夫。
もう新しいトレーを使っているわ」
「うん」
「あ、そういえば彼、変な事を言ってた。
本舗は今後そっちに行かなくなると思うから、って」
「は?」
彼女のほうから人さがし本舗の話を始めるとは思わなかった。
マグロさんが余計な事を言ったのは驚かないが、彼女には、聞かれもしない事を言わないでもらいたかった。
「でも言われたのはそれだけよ。
私、聞き流してしまったの」
俺が不機嫌になったと感じたのか、彼女は慌てたように付け足した。
「彼が深く事情を知っているわけがないと思ったし、適当に言っているだけかと思って」
「そうだよな」
「ところが、今のところ彼の言った通りになっているわ。
毎日のように来ていた本舗の人が最近は来ないの。
偶然かしら?」
「なるほど…」
横で会話を聞いているスケナリが肩をすくめて苦笑を浮かべた。
俺はマグロさんを批判したかったが、愚痴を言いたくはなかったので慎重に言葉を選んだ。
「彼は、自分が本舗に問い詰められた事を話したか?」
「え?ぜんぜん。
そうだったの?」
彼女はクスクス笑い出した。
俺のコメントのせいで彼女がマグロさんを見下した事は間違いないと思うが、困った先輩のメンツを立てる義理は俺にはない。
「思った通り。失敗をまるで手柄のように言う人だったのね」
「彼は、例の部屋を見に行ったらしい。そこに本舗が来ていたそうだ」
「わざわざ見に行ったの?執念深いのね!
私は引っ越してからは、あの辺に一度も行っていないわ」
「用事が無いのだろう」
「そうよ。あの辺、何も無いから」
残念だ。
興味も無く、近くに行くついでも無いなら、彼女にスケナリもどきの様子を見に行かせるのは難しそうだと俺は思った。
「だけどこれでわかったわ。
きっと彼がいろいろ話したのね。だから私が本当に何も知らないって事を、本舗の人たちもようやく理解したのね」
「そうみたいだな」
「じゃあ結果よかったってことね」
俺は同意も反論もしなかった。本舗の追及が俺に回ってきた事を、俺は彼女に言わなかった。
通話を終えるとスケナリが
「『もどき』の事は放っておけばいいね」
と言った。
「かわいそうだけど、本舗はこっちに来そうだし。
俺たち、もどきを助けるどころじゃないよ。
まあ、彼は既に隠れ場所を変えたかもしれないし」
「本当に、それどころじゃないな」
「もどきにしろ俺にしろ、捕まったらおしまいだ。
俺は本舗に、犯権会に突き出されるのが怖い。
もどきはそもそも本舗に捕まったら、俺が見つかっていないわけだから、殺される確率が高い。
『見つけたけど死んじゃってた』って人違いの死体を顧客に平然と提出するような奴らだからな」
「…」
「各自、捕まらないように頑張るしかないってわけだよ」
その時、ハルキさんから通知が届いた。
「あ、ハルキさんから結婚式の招待だ」
本当に来たか。
この人のプライベートはどうなっているのだろうか?と思いつつ詳細を見て俺は驚いた。
「え?相手はヒメさん…ってそいつ、ユキさんのマネージャーじゃねぇか!?」
「何だそれ?
ハルキって奴、卑怯者なんだね!
マサコにはユキさんと連絡を取れないようにしておいて、裏でマネージャーと付き合ってたんだ」
俺はハルキさんに対する憎しみがこみ上げてきた。
美南洲島で4人で食事した時、彼らはすでに付き合っていたのだろうか?
だからすぐにユキさんと会食する約束を取りつける事ができたのか?
しかしあの時点でハルキさんは、まだ結婚中だったと思う。
自分の浮気を知られないために、俺とユキさんが連絡を取る、っていうか友達になる、っていうか付き合っちゃう事を阻止したかったのだろうか?
迷惑な話だ!
「むかつく奴だ…よく結婚式に俺を招待できたな」
「とてつもなく鈍いんじゃないか?」
「いつも計算して動く人なんだけどな」
しかし、ハルキさんから招待状が連絡されるより前にユウキさんから予告があったのは何か匂う。
この件にはおそらくリョウマさんも一枚かんでいるのだろう。
つまり、これは単なる結婚式ではない。政治的なイベントなのだ。
彼がヒメさんと隠れて付き合っていたにしても、本当は結婚するつもりではなかったのかもしれない。
リョウマさんの要求によって、結婚式をやらされることになったのかもしれないのだ。
スケナリも同じ事を考えたようで
「もしかして偽装かな?でも、偽装にしては10年契約は長いか…」
と言った。
「だけど10年位ないと、大がかりな結婚式はしづらい。
満期を待たずに離婚するつもりかもしれないけど…」
「嫌な世界だな。式には今回も著名人がたくさん来るのだろう」
その中で、俺が会うべき人物とは一体誰なのだろうか?
わざわざ『リアル参加をしろ』という手紙までこっそり渡されたからには、その人物もリアル参加をするのだろう。
それなら少なくとも式場に来ることができる人だ。
まあ、おおかた日本人だろう。
以前リョウマさんと話した内容から考えると、彼女はもしかしたら安心党のマナミさんに俺を会わせようとしてくれているのかもしれない。
俺が安心党に接近しようとしている事が彼女にとって、好都合なのだろう。
もちろん彼女の顧客は俺だけではない。
いろいろな都合が重なって、再びハルキさんの人脈を使うべき時だと判断したにちがいない。
とはいえ、それはそれだ。
埋め合わせ的なメリットがあるからといって、話は別だ。
俺は、ちゃんと自分で確認しなければならない!
いかにもそういうルールがあるように見せかけておいて、ハルキさんが実は個人的な理由で俺をユキさんから遠ざけたのではないか?という疑いについて!
俺はハルキさんにクレームを言うことにした。
だが彼に何度か通話を申請しても
『あとでもう一度連絡くれる?』
と表示されただけだった。
どうせ結婚を祝う挨拶で、友人たちからの連絡がひっきりなしに続いているのだろう。
翌朝、仕事を始める前に再びハルキさんに連絡したが、やっぱりつながらなかった。
誰かと話していたか、俺を拒否しているのか…。
拒否されたなら俺は、ますます文句を言わなければならない!
さて仕事中に、ユウキさんから連絡があった。
「明日からルミエル君が入院するんだ」
「え?入院?」
「計画的な治療だそうだよ。心配いらないとハンナさんは言っていた」
「そうなんだ。期間は?」
「1ヶ月の予定だ。
その間ハンナさんには病室でできる仕事をしてもらう」
「わかった」
「それでマサコの出社日の事だが、とりあえず1ヶ月間は月曜日だけの出社に戻すか?
彼女が来ないわけだから、水曜はマサコに無理に事務所にいてもらわなくてもよくなったから」
「そうだな、じゃあ月曜日だけにする」
「わかった。いつもありがとう。
それじゃ」
1ヶ月か。
ちょうどいい。
本舗が押しかけて来ないうちに、スケナリを連れて実家に移動する口実ができた。
出勤日が減ったから、多少交通費がかかっても家賃を節約する方が得だと計算して引っ越す事にした、と言える。
自然な理由だ。
「姉家族がちゃんと秘密を守れるかどうかだけが問題だな、スケナリを実家に置くとすると」
俺がそう言うとスケナリは苦笑した。
「黙ってるなんて無理に決まってるだろ。子供もいるし」
彼は投げやりに言った。
「いやでも、作戦会議で言ったけど俺はお前の事を本名じゃなくスケナリと呼び続けてる。
姉もどうせ本名を覚えてないに決まっている。
友達をしばらく泊める、でいい」
「本舗が実家に来なければな。
あいつら『この人を知りませんか』って動画とか静止画を見せて回るだろ」
「子供に応対させないだろ。
姉だってそのくらいの口裏合わせはできるさ。
それに、来ないよ。
1ヶ月後には、俺はまた会社の近くに引っ越すわけだし。
俺をいくら追ってもスケナリには会えないってわけだ」
「そうも言えるか。
奴らがここに来る確率は間違いなく上がったのだから、ダメ元で実家に行ってみるか…」
「そうしよう。
今日の仕事が終わったらすぐ動こう」




