隠し事は難しい
ナデシカと違い『人さがし本舗』はプロだ。
だからむしろ、通話中に何か仕掛けるという間抜けなマネはしないだろう。
そう思ったが俺は念のため、すぐ刑事サクヤに連絡した。
警察に通話申請をすれば、彼らの持つセキュリティシステムによって、不審なものを自動的にふるい落としてくれるからだ。
何もない時であれば、自作自演通報の疑いをかけられることを恐れて俺は警察に連絡などしない。
でも今なら用があるので、この手が使える。
「おはよ。
用件はわかっているわ。安心して」
すぐにサクヤは言った。
いやいや、まだ何も言っていないじゃないか。
彼女が俺の用件をわかっているかどうか俺は知らないし、安心するわけにはいかない。
しかし、俺が話そうとすると彼女はそれを遮って
「私の個人的な憶測だけどジューローさんは、意図的に本舗さんから逃げているみたいね」
と言った。
「え?」
「憶測だけど。
大丈夫、いろいろ調べるから。
後でまた連絡ちょうだい、これから仕事でしょ。またね」
一方的にしゃべると俺に質問をさせず彼女は通話を終了した。
スケナリ(ジューローに俺がつけたあだ名)が本舗から逃げている事に、彼女はすでに気付いていたのだ。
また上手く、彼女が俺と本舗の通話を傍聴した証拠となる言葉を使わずにそのことを表現したものだ。さすがだ。
それより、いろいろ調べるとは何だ?
俺は少し不安になった。
彼女は、俺にも裏がある事に気付いているのか?
何が『また連絡ちょうだい』だ。俺が慌てて懺悔するとでも?
「まあ仕方ないね」
同じことを考えていたのか、スケナリが言った。
「仕方ないって何がだ?
お前が逃げていると確信を持たれた事が、か?」
「それもだし、どうもマサコも怪しいと思われたっぽい事」
「やっぱりそう思うか?
まずいな。
『ジューロー』の居場所を知らないと俺は言い続けてきたから、それが嘘だとばれたら、他の発言の信用もなくなるだろう」
「そうかな?
友達をかばうのは、理解されそうな行動だし」
「少しでも不利になりたくないだろ」
「大丈夫だよ。ばれても困らない嘘の範囲内だ」
「嘘は、ばれない方がいいに決まっているじゃないか」
「でも、しょうがないよ。
この程度のことなら優先順位を落とせる。言い訳できるし。
まだ、俺がここにいるって気付かれたわけじゃないし」
「いや、それも時間の問題じゃないか?」
「そうなったら、なったで仕方ないよ。
だって、俺が犯権会に捕まらないことが最優先だろ」
「そうだよ。そのために隠れているんだろ」
「うん。
でも状況は変わるし。
そろそろ、もう一度情報を整理したほうがいいかな。
マサコが仕事から帰ったら作戦会議しよう」
「…わかった」
長い付き合いだがスケナリには時々、考え方の圧倒的な違いを感じさせられる。
昔の人が『文化の違い』と言っていたような、そんな違いだ。
今では文化などという死語を使ったら、一般の人には意味が通じないし、下手をすると差別だとして訴えられかねない。
だが正直、そう言いたくなるような驚きをこの友人には時々感じるのだ。
今もそうだ。
なんで急に、サクヤにならちょっとした隠し事がばれてもいいみたいなことを言い出したのか。
俺が信用をなくしても問題ないと思っているのか?
たしかに打ち手がなく、俺は困っていた。少し妥協することで動けるようになるのは助かる。
でも、そのために失うチャンスもあるのではないか?
彼は俺のことを、単なる便利な道具として扱っているのか?
俺は彼を友人だと思っているのだが?
利用されること自体は、べつにかまわないのだが、気持ちの問題があるではないか。
まあ、そこらへんの疑問はさておくとしてもだ。
そもそもスケナリがここにいることを知られたくなかった理由を、思い出さなくてはいけない。
サクヤたち警察の人は、信用できると思う。
でも彼らが集めた情報を、犯権会の奴らは見ることができるのだ。それは犯権会メンバーの一部が、警察官の上司にあたる立場にいるからだ。
だからこそ俺たちは、犯権会に見つからないためには、警察にも見つからないように隠れる必要がある、という結論に至ったはずなのだ。
それを簡単に、優先順位を下げて良いだって?
だったら初めから、警察に相談すればよかったではないか。
彼は何を考えているのだろうか?
膨大であろう捜査データの中からスケナリに関する情報を犯権会側が探し出す確率はとても低いかもしれないと見くびっているのか…。
まあ、作戦会議しようと言うのだから何かしら考えはあるのだろう。
こういうとき、俺が反論してもスケナリはたいてい意見を変えないので、作戦会議のときに彼が何を言い出すか様子を見ることにした。
俺は、マグロさんとオサムさんに『本舗から連絡あった。同じ話の繰り返しだった』と短い報告メッセージを送り、職場に向かった。
着く頃、オサムさんからメッセージの返信があった。
「とっくに立ち去った人間を探し続けるとは迷惑だ。手を広げて彼らは何をしたいのか?」
オサムさんの言う通りだ、と俺は返信した。本当にそう思う。
本舗が調査を続けているという事は、本舗に調査費を払い続けている客がいるという事だ。
費用を前払いされたからといって、契約期間が過ぎるまでダラダラ活動を続けるような組織だとも思えないから、彼らはたぶん本当にスケナリを探そうとしているのだ。
客は、ナデシカじゃないなら犯権会しか考えられない。
犯権会がなぜスケナリをやっきになって探すのか、俺にはわからない。
スケナリもどきが今どうしているか、彼が無事かどうかも気になる。
気になるが、こんど会えば身代わりを差し出すように要求されそうな気もする。
だが、ずっと放っておいていつの間にか移動されたりしていたら、コンタクトを取りたいときにどこにいるかわからない。
だからチェックして、そこにいることを確かめておきたい。
サクヤに怪しまれないためには俺が見に行きたくないから、ユナに動いてもらおうか?
事務所に入る前、俺はユナに、夕方か夜に通話したいから都合が悪くなければ許可して欲しい、と短いメッセージを送った。
「だからね、うちはコネクト型を取り扱っていないの」
事務所に入ると、ハンナさんの声が聞こえた。
すでに客と通話している。
「朝から困るよね。人間のスタッフによる対応希望って、対応したらずっとあの調子だよ」
ソウさんが、彼女のほうをアゴで示し小声で言った。
「事故予防のために脳・神経コネクト型を販売しないと言ってるのに、理解しないんだよ。
昨日発表された新製品がどうしても欲しいって」
「時々いるね。そういう人に限ってうちから買いたがる」
「不思議じゃないよ。
大規模事故があってから、信用できる業者は、うちと同じようにコネクト型商品の取引を制限しているところが多いからね。
売ってくれる業者がなかなか見つからないのだろう。
規制対象品だとメーカーから直接買うこともできないし」
「普通に、どんな商品が合うか相談してくれればいいのに」
「うん。主張ばかりされると、相談に乗ることもできなくなってしまうね」
何がなんでも希望の商品を買いたがるお客さんの気持ちが、俺にはまだ理解できない。
そもそも、そんなにコネクトしたいものだろうか?
確かに便利だろうが、便利さ以外のメリットは何だろう?
問い合わせを受ける度に俺は疑問に思う。
昨日の接客AIの履歴を見ると、神経コネクト系の同じ商品に関する問い合わせが5件あった。
「不良品発生防止の対策、誤作動防止の対策をしている、って説明があるけど新製品だからデータが少なすぎるね」
「まだ信用は得られないだろう。
マサコ君は、プライベートではどうだ?
コネクト系のツールは使った事ある?」
「いや、俺はない。
コネクトも避けてるし、そもそもウエア型が好きじゃないから壁投影とかにしてる」
「わかる。僕も使わない。
例の事故の時、僕は小学生だった。あれは衝撃だったね。
それまで身体の一部くらいにしか思っていなかったものが、他人だとわかったような、そんな気持ちになったよ」
俺は頷いた。
でも俺は事故が起きたことに驚いたわけではない。
年齢的なことだろうか?
コネクト系のツールが身体の一部だという感覚も、俺にはない。
事故のあと、多くの業者が取り扱いをやめたにもかかわらず同型の商品が世の中に出回っていることを知った時、俺は驚いた。
改良型が発売されても、根本的な解決になっていないとニュースなどでは言われていた。
それでも欲しいと言う人がいるのだ。
「おはよう」
「あ、ユウキさん。あー…ユウキさんが来てから対応始めれば良かったかな」
ソウさんがそう言って社長に、状況を説明し出した。
さて、この日は、その後とくにトラブルもなく業務を終えることができた。
15時に事務所をロックして、ユウキさんと一緒に駅まで歩いた。
途中、さりげなく彼から小さなカードを手に押しつけられたので、そのまま持ち帰った。
自宅に入ってから見ると、二つ折りにしてテープでとめられた紙だった。
開くと、よくわからないメッセージが書いてあった。
『ハルキの結婚パーティーにはリアル参加を』
いやいや。
何だそれは?
ハルキさんが結婚するとか知らないし。妻がいた気もするが、契約期間が満了していたのか?
それもわからない。
しかもリアル参加をどうだというのか?参加しろというのか?
まだ俺は招待されてもいないのだ。
それとも何かの暗号なのだろうか?
いや、ユウキさんがわざわざ暗号を作るとも思えないか。
わけがわからない。
とにかく俺は、紙を細かく切って捨てた。
明日、タイミングを見てユウキさんに意味を聞こう。




