表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/66

本舗を恐れるオサムと見くびるマサコ

「お前を急いで他の場所に避難させるべきだろうか?どう思う?」


俺はスケナリに言った。


「行き先は、いつものスポーツバッグに入れて実家に持っていくぐらいしか思い浮かばないけど」


「うーん、どうかな。

問題は奴らが不意討ちで、ここに来る確率が高いか低いか、だね…」


スケナリは首を捻った。


「俺がマサコと一番親しかった、って事は本舗の奴らに知られてしまうだろうね」


「だろうな」


「でもマグロもオサムも、マサコが今どこに住んでるか知らないわけだし。

もし犯権会の本体なら、コンドミニアムのセキュリティを強行突破してくるとか、どんなことでもやりかねないけど、本舗はさすがにそこまでしないんじゃないか?

実家のエリアに近付く方が俺には危険な気がする。俺の育った家の近くでもあるわけだからね。

ここにいるほうが良さそうだな。

動かなくていいよ」


「そうか。

まあ、職場に連れていくわけにもいかないし動けないな」


スケナリの安全な隠れ場所について名案が出ないまま、俺は彼を匿い続けていた。


俺はこれが長期化している事に不安を感じているが、彼自身はもっと不安だろう。

だが、ここより良い場所を見つけない限り、彼を動かすわけにいかない。


不安要素がある場所に連れていけば彼は、捨てられたと感じるだろう。それではかわいそうだ。


「あ、そうだ」


俺が暗い気持ちになっていると、スケナリが軽い調子で言った。


「マサコ、スケナリもどきを利用できるよ」


「どうやって?」


「囮にするんだ」


「まさか、のこのこ出てくるわけがないだろ」


「だからさ、そいつを実家に連れていってみれば?

あえて、見つかりやすいずさんな方法で」


「嫌だよ。俺はあいつに同情するけど、信用したわけではない。

あいつを実家に入れたくない」


「信用できないなら、前もって貴重品を『ラヴィドール総合金庫』に預けておけばいいよ」


「間取りを知られるだけでも不快だけどな。まあとにかく…」


俺は、俺がスケナリを第一に考えていないという事を、スケナリ本人に感じさせてはいけないと思った。

そう思うと、囮を実家に連れていく提案を強く否定しにくくなった。


俺は言った。


「やるとしても、成功率は低そうだ。

なんで今誘い出すのか、怪しまれるに決まっていると思う」


「それは『ちょうど一部屋空いたって連絡きたから』だろ。

台本は一緒に考えるからさ」


「なるほど。

それでスケナリもどきが本舗に捕まったとして、お前が追われなくなるかどうかが大事だが」


「そいつは俺じゃないってすぐにわかるだろうね。

でも、そいつの身元は怪しいみたいだから、確認にきっと時間がかかるよ。

時間かせぎになるね」


「時間かせぎにしかならないのでは、意味がないじゃないか」


「そんなことないよ、その間に政権が変わればいいんだから」


「それは運次第ということか?

そんな雑な計画で動くのは怖いよ。

いったん時間をおいて、明日考えよう」


「いいよ」


考えれば結論を出せる事なのかどうかわからないが、ひとまず俺は問題を先送りした。



その夜中、再びマグロさんから連絡があった。


「オサムに連絡があったぞ」


彼の顔は青ざめて、表情は固かった。


「何度か通話の申請があったのを無視したら、今度はバッテリーが切れるまで申請を取り下げなかったそうだ」


「気味が悪いな」


「うん。

電源が切れている間も申請を送り続けていたようで、次に電源を入れたらすぐ申請がきたらしい。

それで、ストーカー登録したら、別の担当者からすぐ申請がきて、それもストーカー登録したら、また別の担当者から申請がきた」


「そんな」


拒否なんかせず通話すればいいのに、と俺は思ったが、何も言えなかった。

きっとオサムさんは恐かったのだろう。

彼は急に巻き込まれたのだ。消極的になったからといって責められない。


「結局、5人目で通話を許可したそうだ。

通話してみたら、相手の男は敬語ではないが口調はとても丁寧で親切そうだったらしい」


「意外だな」


「意外だよ。

本舗は、オサムにも俺と同じような質問をした。

オサムは、ジューローが学生の時に彼の部屋に入り浸っていて、大学を彼より一年あとに卒業したと話したそうだ」


「なるほど」


話しているうちに、マグロさんの表情は少しほぐれてきた。

声の調子も多少和らいだ。


「その時点で、ジューローは外国に行くと言っていたわけではなかった」


「うん」


「本舗はオサムの情報が古いって事を確認したことになる」


「そうだな」


「次はマサコに連絡があると思う。すまない」


「別に。オサムさんが通話を終えたのは、何時だった?」


「わからないが、通話を終えてすぐ俺に連絡をくれたそうだ。

俺はオサムと話し終わってすぐマサコに連絡している。だから…一時間以内だよ」


「そうか。

じゃあ、本舗から俺に連絡が来るとすると、たぶん明日だな」


「そうだな、夜中に連絡するのは非常識だ」


「寝てれば申請に気付かないわけだし」


「ああ。それを聞いて少し気持ちが落ち着いた。

連絡が来たら気を付けてくれ」


「うん。情報ありがとう」


オサムさんが逡巡してくれたおかげで、彼と本舗との通話が夜中近くなり、俺はマグロさんと話す時間を与えられたのかもしれない。


そうでなかったら、本舗はオサムさんと通話を終えた直後に俺に連絡してきてもおかしくない。

ラッキーだったな、と俺は思った。


いや、そうでもないか。

対策をとれるわけではないのだ。


思った通り、本舗は翌朝早く連絡してきた。

あれから寝て起きただけの俺は、丸腰で対応することになった。


俺は『連絡きた』とサクヤ刑事にメッセージを送るかどうか迷ったが、やめた。


本舗からの連絡に俺が応答している事は『優秀な』AIがきっと検知しているだろうし、むしろ俺がサクヤにメッセージを送った事を本舗に拾われたらまずい。

通話申請中に、相手が他の誰かと通信していないかどうか調べる事は、違法ではないのだ。



「マサコさん、おはよう。朝からごめんね、許可ありがとう」


『人さがし本舗 捜索担当 アヤメ』

と表示している、そいつは白い服を着てさわやかな声の、化粧をしていない若い女だった。


「私は人さがし本舗のアヤメ。

今、話せる?」


「10分以内で良ければ話せる」


俺は言った。


「わかった。10分ね。

マグロさんから話は聞いている?」


「ジューローが探されている話か?

それなら聞いている。

君たち、大学の近くを探しているそうだな」


「そう。ジューローを見かけたって情報があるのに、なかなか本人が見つからないの」


「見かけた人がいるなら、すぐに見つかりそうだけどな」


彼女は俺の批判的な感想に対して、何も言わなかった。

現地で実際にスケナリを探しているスタッフと、彼女は別なのかもしれない。


俺は少しがっかりした。


目撃情報は整形した奴の間違いだっのではないか?と言いたい気持ちになったが、俺はこらえた。


俺は、オート整形手術の店『アンユージュアル』にスケナリの顔型が売られたことを知っている。

その型に整形した人が複数いることも知っている。

そいつらがいるせいで、スケナリ本人を見かけたと誤解している人がいることも知っている。


だが俺は黙っていた。

本舗に余計な情報を与えてやる必要はない。

本舗のこれまでの態度が悪いから、協力してたまるか、と思う。


「ジューローについて知っていることを、マサコさんから私に教えてくれる?

マグロさんからも話を聞いたけど、内容が重なっていてもいいわ」


淡々とアヤメは言った。


本舗の担当者がオサムさんとすでに会話したことは、まだ俺に言わないつもりか。


これだけでも、本舗の不誠実さがよくわかる。

もしかしたら、彼女はそれを知らされていないのかもしれないが。


「知っていること?

いいよ。

まず、ジューローは動物が好きなんだ」


俺がそう言うとアヤメは、以前サクヤが浮かべたのと同じような微笑を浮かべた。


俺は、このやり取りをサクヤが見ることを意識して、しまったと思った。

俺がサクヤに対して取ったのと同じ方法でアヤメの質問をはぐらかせば、それを見たサクヤは自分も同じように答えをはぐらかされていたという事を強く感じるだろう。


彼女はきっと俺のごまかし方の特徴をすっかり分析して、今度はごまかせない質問をするだろう。

その結果彼女は、俺がスケナリをかくまっていることや、犯権会政権を倒そうとしていることを暴いてしまうだろう。


そうなっては困る。



「そうじゃなくて、ジューローの近況とか」


アヤメが微笑みながら言った。

しかし動物が好きなどの情報も本来、その人を探す手がかりを得るためには大事な話のはずだ。


本舗の奴らがコミュニケーションの訓練を受けているとマグロさんは言っていたけれど、アヤメは別に訓練を受けていないようだ、と俺は思った。


「あー、近況って言われても、最近連絡取ってないし」


そう。スケナリはここにいる。俺が彼と連絡を取ることはない。


「連絡取ってないの?

ジューローが心配じゃないの?」


「心配してるよ。

俺が心配すれば見つかるわけじゃないとも思っているけどな。

でも、連絡取る意味がないだろ。探されているなら、どうせ連絡つかないだろうし」


「冷たいのね」


「そうか?

俺は無駄なことをしようとしていないだけだよ」


アヤメは苦笑した。

俺は鈍感なふりをした。無駄な話で時間を少しかせいだ。


「質問するわ。

マサコさんとジューローは同じ年齢ね。

大学の学年は、一緒だったの?」


「いや、俺が後だ。

ジューローはマグロさんと同じ年に卒業して、俺はそのとき一年目だった」


「その年からマサコさんは、大学の近くに住んでいた?」


「近くというか、隣駅だな。

まあ近いか。

先輩の紹介で、入学と同時にそこに住み始めたよ」


「その部屋にジューローやマグロさんも遊びに来ていた?」


「そうだね。たまり場に使っていた。

先輩が住んでいた時、すでにそこはたまり場だった。そのまま俺が受け継いだ。

ジューローは卒業した後も何ヵ月か顔出して、仕事ないとか言ってたな」


「そうなの」


「その後、サンローさんに仕事を紹介してもらって外国行くことになったって聞いた。

それから部屋には来なくなって、会うこともなくなった」


「サンローさん?それは誰?」


「ジューローの兄弟」


「兄弟?マサコさんはサンローさんに会ったことがあるの?」


「あるよ。一回か二回」


「どんな人?」


「どんな人か?堅そうではなかったな。

でも、わからないね。

自己紹介したわけではない」


「そう。外国、ってどこかしら?」


「さあ?言ってなかったか、記憶にないか」


「仕事は、なんの仕事?」


「詳しくは知らない。

彼の専門知識をいかせる仕事ではないって事だけは確かだ。

乗り気ではないが仕方ない、という感じだったように思う」


「うーん、そうなのね。

じゃあ、マサコさんの意見を聞かせて。

マサコさんが前に住んでいた部屋にジューローは最近行ったのよ」


「え?」


「目撃情報だけじゃなく、証拠もあるわ」


「えー。そうだったんだ」


証拠があったとは知らなかった。

隣の部屋に向かう足跡や、隣の部屋の扉に指紋があったはずなのだが。

ハッタリというか、彼女は省略した言い方をしたのだろう。


「これ、どう思う?」


「どうって?

いやー、なんだろう?

あの部屋に行けば、知ってる奴が誰かいるかもしれないと思ったんじゃないか?」


「マサコさんは、新しい住所をジューローに教えていなかった?」


「教えていない。

俺は、無事卒業できるとわかってから引っ越した。

だからジューローが来ていた頃に、引っ越す話は全くしていない」


「うん。そうするとやっぱり、ジューローはマサコさんに会いに行ったのかしら?」


「そうかもしれないし、俺がいなくても学生が住んでるわけだから。

まあ、運が良ければ顔見知りがいるし、そうじゃなくても後輩がいる。

逆に疑問だけど」


「なぁに?」


「そのとき会った奴らが、大事な話を何か聞いていないのか?」


俺がそう言うと、アヤメは再び微笑を浮かべた。


「それがね、ジューローは間違って隣の部屋に行ったようなの。

だから学生さんたちと話をしていないの」


「はぁ?間違った?」


「ええ。

そして、その後の足取りがわからないのよ」


「隣の部屋の人とは話したのか?」


「ごめんなさい、それについては教えられないわ」


その隣人が、本舗からしつこく質問されていて、ある日急にいなくなったことを俺はユナから聞いて知っていた。

やっぱり拷問されたのではないか?と俺は恐ろしく思った。


「さっき目撃情報と言ったのは、隣の部屋の人の話なのか?」


「いいえ。最近もジューローを見かけた人はいるわ。

でも、目撃された近くを探しても痕跡すらないの」


「痕跡がないなら、情報が間違っていたのだな。

不確かな情報だったんだろう?」


「それでも確認しないと、間違っているか正しいか、わからないもの」


一般論を持ち出して、はぐらかしたな。と俺は思った。


「そうか。たいへんだな。

目撃したと言っているのは大学生なのか?」


「私はどんな人から情報を寄せられたのか、知らないわ」


彼女が整形の話を言わないのはなぜだろう、と俺は思った。

目撃情報の中には、スケナリの顔に整形した人が含まれていたはずだ。


もしくは、整形した人を陥れようとする奴による偽情報が。


アヤメはきっと俺に新しい情報を与えたくないのだろう。


「そろそろ、あと3分だ」


俺は言った。


「そうね。では最後に、ジューローの行きそうな場所に、心当たりはある?」


「えー…どこだろうか?

ジューローに限らず、どこかへ行方をくらますとしたら、山とか別の地方とかに行くと思う」


つい、友達の家、と言いそうになって俺はなんとか言わずにすませた。

危ない。


「彼が行きそうなところは?」


「動物がいそうなところだな」


「例えば?」


「例えば?それはわからない。

俺はジューローではない」


「ジューローについて、他に何か話せることは?」


「えー?急に言われてもな…何だろう?

あ、実家には行かなそうかな」


「そうなの?」


「たしか、家族とあまり仲良くなかったと思う」


実家に行かないという話を本舗が信じてくれれば、スケナリを俺の実家に連れていくのも多少、安全になるだろう。

そう思って俺は、あえて彼の家族仲が悪いことを明かした。


「そうなのね。

残念、そろそろ時間ね。忙しい中ありがとう。

また連絡してもいいかしら?」


「あと1回ならいいよ」


俺がそう言うとアヤメは苦笑しつつ、礼を言って通話を終えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ