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マグロの失敗

マグロさんのせいで、俺は仕方なくサクヤ刑事に連絡を取ることにした。

いろいろ考えた結果、連絡せず隠し事をしていると思われるよりも、誠実に連絡したほうがマシだと判断したからだ。


仕事中だろうな、と思いながら通話を申請したら、意外にもすぐ許可された。

暇なのだろうか?


「マサコさん、連絡ありがとう。

どうしたの?」


「例のナデシカが依頼したっぽい『人さがし本舗』の担当者から、俺に連絡が来るかもしれないことになった」


俺がそう言うと、彼女の顔つきがわずかに引き締まった。

予想通り、俺たちはこれから面倒な事に巻き込まれるわけだ、と俺は思った。


ナデシカと犯権会との関係は明らかになっただろうか?

質問しても、どうせ教えてもらえないだろうけれど。


「あら、情報ありがとう。

連絡が来るかもしれないのね?

いつかしら?」


「それはわからない。

来ないかもしれないし。

もし連絡が来たら録音しようか?」


「録音より、傍聴させて欲しいわ。

お願いできるかしら?」


傍聴か。

やっぱりな、と俺は思った。


会話を横で聞かれるのは嫌な話だ。

それに根拠はないが、一度傍聴を許可したら今後ずっと監視され続けてしまうような気がする。


でも、警察に傍聴されているほうが俺の身の安全は保ちやすいかもしれない。


傍聴しているところに正体不明の誰かが侵入することを、警察は嫌がるはずだ。

警察が何かしら防御策を講じて、結果的に俺は、他からの攻撃を防げると期待できる。


だから傍聴されるのは良いとして、とりあえず俺のプライバシーを侵害しない事を、彼女に明言させておくべきだろう。

そうすれば多少は、俺の立場がマシになると思う。


「いいよ。

でも、家族や友人、仕事関係の人との通話はあまり聞かれたくない」


俺は言った。

サクヤ刑事は微笑して頷いた。


「もちろん。

私たちは、あなたの個人的な通話を聞くことはしない」


「だけど、いつ連絡が来るかわからないんだぞ。

関係ない通話とどうやって区別するのか教えてくれ」


「それはAIが区別するわ。

AIが、これからマサコさんの全ての通話を傍聴する。

目的の通話だと判定した時と、警察に助けを求めていると判定した時だけ、記録および、私の視聴を可能にする。

他は、記録もしないし私の視聴画面にも表れない」


「判定の間違いはない?

あと、漏洩の危険は?」


「心配しないで。

漏洩の危険はない。

そして間違う確率も非常に低いわ。

もし判定を間違えた場合にも、私が気付いた時点ですぐに視聴および記録を中止して、対象外として処理を行う」


「わかった。

本舗との通話を、傍聴していいよ」


隠し事をしていると気付かれないために俺は、彼女から目をそらさないように意識しながら会話した。


「協力ありがとう」


彼女は再び微笑を浮かべて言った。


「私、実は元E射撃のプロ選手なのよ。

世界大会に8年間、毎年出場していたわ。最高で6位になったこともある」


「へぇー!?すごい」


彼女はスポーツが似合うと感じたが、元プロ選手だったとは意外だ。

ずっと警察官として働いてきたのかと思った。


「選手を早めに引退して、E射撃プログラミングのほうに進んだの。

その後、警察官に転職したのよ。

だから情報分野は得意だし、処理も早い。

そんな私から見ても、日本の警察のAIは非常に優秀よ。

安心して任せられるわ」


「そうなんだ」


そのわりに世間の評価は低いぞ。

俺は声に出さずにそう思った。


世間では、人間の警察官が駆けつけると『良い対応をされた』と言われ、AI刑事を搭載したヒューマノイドなどが駆けつけると『軽く扱われた』などと悪く言われる。


AIが本当に優秀なら、人々の評価は間違っている。人々の評価が正しいなら、AIは優秀ではない。


いったいどちらが正しいのだろうか?俺にはわからない。


「ところで、人さがし本舗の担当者から連絡が来るかもしれないことになったのは、どうして?」


質問されて俺は頷いた。

そして、それが俺にとって不快な話題だという事を示すために眉間にしわを寄せた。


「大学の先輩が、勝手に俺の連絡先を彼らに伝えたんだ」


「勝手に?」


彼女は驚いた顔をした。

先輩とは、もちろんマグロさんである。


「うん。彼が大学の近くのコンドミニアムに行った時、本舗の人と言い争いになったそうだ」



マグロさんから連絡がきたのは夕方、仕事を終えてすぐだった。


「いたよ」


俺が通話を許可すると、すぐに彼は一言そう言った。

彼は自宅にいるようで、先日と同じソファーに座っていた。


しかし先日のリラックスした雰囲気とは違った。

今日彼の服装はきちんとしていて、真剣な表情を浮かべていた。声にも硬さがあった。


きっと良くない話だ、と俺は思った。


「話したよ。大学からの帰りに、あの部屋に寄ったら声をかけられた」


「何て?」


「『この部屋の人?』」


「そいつ、本舗のはっぴを着ていた?」


「着ていたよ。本物だ。

俺は違うと答えた。

むかし友人がここに住んでいた。近くに来たから寄ってみただけだ、と答えた」


「それで?」


「『友人って、この人?』とジューローの静止画を見せられた。

俺は再び、違うと答えた。

そいつも友人の一人だったが、ここに住んでいたのは別の人間だ、と言った」


「本舗の奴、何て?」


「あいつらは俺に、ジューローと友人だった期間はいつなのか質問した。そして、最近会っていないか、消息を知らないかと尋ねた。

俺は、ジューローがとっくに外国に行ったと教えてやった」


「本舗は納得した?」


「いや。

最近この近くにいたという情報があると言われた」


「えー」


「俺は、その情報は知らないと答えた。奴らは、かなり詳しく俺の言った話の根拠を追及してきた」


「マグロさんは奴らに、知っていることを教えてやっただけなのに」


「その通りだ。

あいつらはプロだ。

お前が、本舗の奴らはいつまでも同じところを探してアホだと言ったから、俺は油断していた」


彼の言葉が言い訳じみてきた。そして俺のせいで油断したなどと言い出した。

彼は何か失敗したのだろう。それを俺に伝えようとしている。

それはきっと、俺にとって重要な情報だ。


彼が話す気をなくさないよう、俺は優しく鈍感にふるまった。


「彼らはアホなのかと思った」


「とんでもない。

話術も、脅し一辺倒ではなかった。

言い争いになったのだが、言い合っているうちに、いろいろな事を自然に聞き出された」


「どんなことを?」


「ひとつは、あの部屋に住んでいたのはオサム、マサコ、ユナの順で、それぞれいつからいつまでいたか。

それと、オサムとお前の連絡先も聞き出された」


「えっ?」


「すまない。

奴らに気をつけてくれ。

たぶんマサコに連絡があると思う。

警戒してくれ。

奴らは少なくとも、話術に関する何かしらの訓練を受けている。

奴らは、俺の性格を見抜いて口喧嘩に持ち込んだ。

マサコには違う手法を使うだろう」


マグロさんの話し方から俺は、『自分が劣っていたのではなく、相手が優れていたから負けたのだ』という自己弁護を感じた。


「連絡先は、どうやって教えた?」


「スキャンだ」


俺はぞっとした。


「他に被害はないか?」


「それだけだ」


「マグロさんが無事で、まだましだった。

もしオサムさんに奴らから連絡が来たら教えて欲しい」


「もちろんだ。

マサコにも連絡が来たら教えてくれるか?」


「連絡する。

念のため、お互い電源をオフにして今から修理屋に持ち込もう。

スキャンの時に、何か操作されたかもしれない」


「いや、それは大丈夫だ。

正規の修理屋で点検してもらった。

異常は無かった」


「そっか。良かった」


ほっとした。

たしかに、プロがそんなところで証拠を残すわけがないか、と俺は思った。


普通やらないよな。それをやってしまったナデシカは、やっぱり素人なのだ。


マグロさんとの通話を終えてから、俺はスケナリと作戦を立てた。

(ジューローはスケナリの本名)


俺たちは、俺がスケナリの近況をどこまで知っていることにするか改めて確認した。

それからサクヤ刑事に連絡したのだった。



俺はマグロさんから聞いた情報を、サクヤ刑事に伝えた。


「ユナの前にそこに住んでいたのは俺だから、本舗は俺が事情を知っていると疑っているようだ」


俺は言った。


「そうかもしれないわね」


本舗がからんでくることは想定内だったのか、驚きもせず彼女は穏やかな表情で頷いた。


「もし人さがし本舗の人から連絡が来たら、無理に何か聞き出そうとしないでね。

構えず、警察が傍聴していない時と同じにふるまってくれればいいの」


「わかった」


「ところでジューローさんは、今でも探されているのね?」


「そうみたいだ。

外国に行くと言っていたから、このへんを探しても無駄だと思うけどね」


「そうなのね。

どこに行くって?」


「それは聞かなかった。なんか急いでいる感じだったから」


サクヤは再び、スケナリのことを質問し始めた。

打ち合わせしておいてよかった。

とはいえ、質問攻めにあうのは好きではない。


俺は言った。


「サクヤさんたちは、本舗を捜査してくれないのか?」


「捜査して欲しい?」


「うん。ジューローを長期間探しすぎておかしい。

依頼人のナデシカが捕まったのに、なんで人さがしを続けてるのか不審だ」


「うーん、たしかにおかしいかもしれないわね。

でも、契約期間だとか予算の範囲内ということもある。

不自然に長く人さがしを続けているから、という理由だけでは、おかしいとは言い切れないわ」


「そうか」


「正式に依頼してもらえればすぐ捜査するけれど、自作自演罰金の対象にならないとは言い切れないわね。

だからひとまず、任せて。

人さがし本舗についても、捜査すべき事が見つかれば調べるわ」


「わかった。連絡を待ってみるよ」


俺はそう言ったものの、本舗から連絡があるなら、もっと早く来ていなくてはおかしいのではないか?と思った。


彼らが俺の連絡先を知ってから、マグロさんが帰宅し、マグロさんと俺が話したあと、俺はスケナリとも話せて、さらにサクヤに相談する時間まであった。

時間がかかりすぎている気がする。


つまりもう連絡は来ないのではないか?


だが、忘れた頃に、ということもあり得る。


気をつけろ、とマグロさんに言われたことを忘れないようにしよう。

俺はそう思った。


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