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犯権会の成り立ち

日曜日のケント会が終わるまで、各種通信機器の電源をオフにするわけにいかないな、と俺は思った。


盗聴リスクを下げるためにしょっちゅう電源を切りたい気持ちだが、日常生活に欠かせないといわれるさまざまな機器をオフにし続けるのは不自然だ。


万が一誰かに知られたら、何かやましいことをしていると気付かれかねない。

そいつがもし自作自演罰金を気にせず通報したら、俺たちは捕まってしまう。


だからタイミングを見計らって、ここぞという時に切るしかないのだ。


俺は自宅の中で一番盗聴されにくいと思えるシャワールームに入って、小さい声でスケナリに話しかけた。


「なあ、スケナリは犯権会の何を知りすぎたんだ?」


俺は思いきって質問した。

すると彼は苦笑して、自信なさそうに


「なんだかわからなくなった」


と答えた。


「マサコには教えないと言ったけど、部分的にはすでに話しちゃってたな。

まあでも、いくつかの事が重なって、最終的にヤバいと思ったんだ」


「どういう、いきさつだったんだ?」


「そうだな…」


彼は話し始めた。


俺は身を乗り出した。

スケナリが話す気になったのならちょうどいい。いや、話す気になったわけではなくても、話してもらう必要がある。


俺は、彼が犯権会の何を知りすぎてどのように危険なのか、そろそろ聞かなければならないと思っていた。

それがわからないと、これからリョウマさんにもう一度相談したり、安心党議員のマナミさんに近付いたりしたいと俺は思っているわけだが、その時に最善の行動を取れているかどうか、自分で判断できないと思うからだ。


それなのに俺の部屋に逃げて来たとき彼は、追っ手に見つかった場合にも『マサコは真相を知らず無関係だ』『友達に騙され、むしろ被害者だ』と言える余地を残しておくために詳しい事は教えられない、と言った。


俺は、真相を知らなくても敵に見逃してもらえるわけがないと思った。でも、敵が犯権会だということさえわかれば十分だとその時は思ったから、追及しなかった。


でもやはり、それだけでは不十分だった。


彼は言った。


「例の会社で俺は働き始めたわけだけど、最初は日本にいたし、監視されてもいなかった。

何より業務の内容も普通だった。

それでも、俺は早めに転職するつもりだった。俺の能力を活かせていると思わなかったから」


「そうだよな」


「それなのに俺はどんどん昇進させられそうになって、面倒だなと思ってたんだ。

役職につく事はうまく断ったけど、そのあと会社を操っている犯権会とのつながりがほのめかされて、犯権会のふだん表に出ない人たちを次々紹介されて、最後にレイさんに会った」


「期待されたように見える」


「そうかもね。

その時は、俺はその場をしのぐことしか考えてなかったけど、今思うとすでにヤバい行動をしていた。

紹介された人物を次々言い負かして、彼らには答えられない質問を繰り出し続けていたんだ。

まあ、俺に悪気がなかったことは相手にも伝わったと思うけどね」


「そうして、質問に答えるだけの知識があるレイさんまでたどり着いた、と?」


「どうかな…。

そうでもないね。

彼だって俺の疑問には答えられなかったよ。

ただし、彼に否定的なことを言うのはタブーだと言われていた。

だけど俺は、そういう人は嘘も嫌いだろうと思った。

どっちみち嫌がられるなら、俺の好きなようにしようと思った。それで俺は、レイさんに批判的なことを言った。

彼はその場では優しい顔をしていた」


「なんか怖いな」


「彼はとにかく、なんでかわからないけど偉い人だった。

そういえば、モモカが彼と対立するグループの幹部じゃないかって俺はこの間言ったけど、間違ったかもしれないな。

彼女、政府に迷惑かけられないからとか言ってたんだろ?ショウゴ総理はレイさんの子分っぽい。

ということは、彼女もレイさんの配下の一人だったのかもしれない」


そうかもしれない。犯権会はひどくわかりにくい組織だ。


「レイさんの主張は、前にも言ったかもしれないけど『日本を解体する』ことだ」


「うん、聞いたよ。迷惑な話だよな」


「そうだな。

彼から俺は、犯権会が発足した時の話を聞かされた。でも彼自身、そこにいたわけじゃないよ。

自称、後継者だから」


「発足した時の話か。それは気になる」


「犯権会の創立者は、プリンセスという人らしい。彼女は何年も前に既に死んでいる。

何十年か前に、彼女が数人の仲間と共に、犯罪者の権利を守るために活動する人権団体を日本で作った」


「最初は、名前の通りの活動内容だったんだな」


「そう。

でも彼女に賛同する人が世界中から集まり始めると、犯権会の主張はいつの間にか変わった」


「どう変わったんだ?」


「犯権会は『世界の囚人を解放する』ために活動するグループと『世界から国境をなくす』ために活動するグループに分かれた。

そのことに不満を持った数人の日本人が、改めて元祖犯権会として独立した。その中にはプリンセス本人も含まれていた」


「へぇー、それは知らなかった。

その分裂は話題にもならなかった気がするぞ。

囚人を解放する運動もまるで古代のようだが、全ての国境をなくすというアイディアも、何百年も前に出されてすでに否定された、古い意見じゃないか?

なぜ今さら?」


「そうだね。

だけど犯権会の人たちは、世界のそんな歴史をまったく知らなかったと思うよ。

どっちみち影響力の小さい組織だったし、たぶん彼らは、相手にされなかったから話題にならなかったんだ。

で、そのあと日本の犯権会が当初の人権団体に戻ったかというと、そうはならなかった」


「プリンセス本人がいるのに?」


「うん。

彼女自身、変化していたんだ。活動を続ける中で彼女は、法律そのものに対して強く恨みを持つようになったそうだ。

だから再スタートした犯権会は『世界の法律を破壊する』ことを目標にした」


「ますます現実味がないな」


「まあね。しかもその方針を掲げたことでますます、プリンセスと違う意見の人が集まるようになった。

そして、会の中で孤立した彼女は再び独立するんだ。

今度は、彼女の恋人だからという理由でプリンスと呼ばれるようになった男が一緒だった」


「その男は、プリンセスと意見が一致しているわけでもなさそうだな」


「そうそう。

三度目の犯権会は、犯罪者をかくまう会になった。

プリンセスは法律だけじゃなく秩序そのものを恨むようになって、ついに精神的な病気になって、治療してもらえないまま亡くなった」


「それはかわいそうだな」


「うん。でも彼女にも悪いところがあったと俺は思うよ。

明らかに主張の違う人を会に入れて、会を乗っ取られるという失敗を三回も繰り返したから」


「うーん…責めにくいけどな」


「彼女が死んだ後、プリンスは外国にいるかつての仲間と合流した。

合流犯権会の新しい主張は『世界の政府を破壊する』だった」


「もはや単なる犯罪者だな」


「俺もそう思った。

俺はレイさんにたしか『それ本当?悪役の設定みたいだな』って言って苦笑された。

もちろん犯権会も、いつまでもそんな主張を続けていなかった」


「そうだろうな」


「紆余曲折あって、犯権会の主導権を再び日本人が握った。

それがいけなかった。その人の力で、犯権会の今の形ができあがった。

そのリーダーというのがレイさんの尊敬する、すごい美人だという、ユイガさんだ」


「その人は今、生きているのか?」


「たぶん。でも犯権会の活動からは3年前に引退したらしい。

彼女が、世界に散った犯権会の関連メンバーを再び結集させて、それぞれの思いは違っても、まずは目の前の目標を達成しようと呼びかけたそうだ。

そして目標達成のために必要な人手を集めるために、計画的に世界各地に会社を作って、何も知らない若者が自然に集まるようにした」


「その影響で、劇的にメンバーが増えたわけか。それまで犯権会は無視していれば問題ない、変わった集団でしかなかったのに。

なんか、ユイガというのは単に仕事ができる人のように聞こえるが」


「とんでもない。

その目標は、日本政府を乗っ取ることだというんだ」


「ひどいな!

しかも、達成しちゃったじゃないか」


俺の怒った顔を見て、スケナリは反射的に、しかし声は出さずに笑った。

彼は言った。


「怖いだろ。

目標達成してすぐ解散しないってことは、すでに別の力が加わっているんだと思うよ。

ユイガは政党としての犯権会を作る活動を軌道に乗せてから、体調不良を理由に引退したそうだ。

そのあとを、10人以上の人が『自称後継者』として、それぞれの好きな方法で引き継いでいる」


「それで支離滅裂な集団ができあがったわけか」


「うん。

俺はユイガのことも平気で批判した。

日本政府を乗っ取って何をしたいのか、はっきり言わないならそれは目標とはいえない。手段と目標をごっちゃにしているんだ。

人の生活をゲームに使うなよ、自分が何のために行動しているのかすら理解できていない人間が、って俺は言った」


「お前は間違ってないよ」


俺が言うとスケナリは肩をすくめた。


「それからさ。俺が監禁されるようになったのは。

レイさんが指示したんだろうね。

俺は突然、犯罪の手伝いを仕事と称する変な部署に異動されて、嫌だと言ったら他のなじめなかった奴と一緒に監視されて、口止めされて、貴重品を奪われた。

それからは知っての通りだ」


俺はため息をついた。


「あいつら、ショウゴたちはたしかに宣伝が上手かった。美男美女の集まりでもあった。サクラもたくさんいる。

それでも不思議だよ!

スケナリが言うようなひどい集団が、どうしてこんなに人気なのか」


「きっと、政府だという事実が彼らの評価をますます上げているんじゃないかな。

取ったもの勝ちだよ」


スケナリは残念そうに言った。



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