刑事サクヤ
「マサコさん、私があなたに連絡した理由はナデシカについて聞きたい事があるから」
サクヤ刑事は言った。
そしてナデシカとその仲間を逮捕した事、罪状の内容を説明した。
彼女は
「あなたがナデシカについて知っている事を、私に教えてちょうだい」
と言った。
頷いて答え始めたが、俺は彼女がナデシカの事を調べているのか、俺の事を調べているのかわからないから気をつけようと思った。
俺は彼女の話し方から学校の授業を思い出した。
いま誰が誰に何の話をしているのか、いちいち確認する言い方。
たしかに、誤解を避けるためにも彼女にそのような話し方をしてもらわなければ、最終的に困るのは俺だろう。
だが俺の頭の中でそれは、苦手だった学校と結び付いた。
学校、とあえてひとくくりに言おう。
俺は学校に感謝しなければならない。
長年世話になって、勉強させてもらって、多くの楽しい時間を過ごし、友人まで与えてもらったのだから。
でも好きではなかった。
学校に特別、問題があったわけではない。
それは主に、家族と俺との学校に対する温度差が原因だったと思う。
学校に行っていた頃の俺にとって、公共の場といえば学校だった。
今は違う。
俺だけではなく多くの大人にとって公共というと、本人の仕事やボランティア活動の場を最初に思い浮かべるだろう。
たぶん学校はその次だ。
当時の、俺の両親や祖父、叔父たちにとってもそうだったと思う。
小学生の時に、学校に対する感覚が家族とちょっとかみ合っていないと思ったことがある。
それはもしかしたら、優先順位の差だったのかもしれない。
「ナデシカは俺の友達の、母親のうちの一人だ」
俺は言った。
「俺が小学生の時には、学校とか近所で何度も見かけた。
それ以来、何年ぶりだっけ?
昨日顔ありで通話したが、その顔を見た時は、年齢は感じるけれど雰囲気は変わらないという印象を受けた」
サクヤは軽く頷いた。
「昨日、連絡したのはあなた?ナデシカ?」
「ナデシカから連絡が来た。
面倒だと思ったが、友達の親からの通話申請を拒否するのはおかしいだろうと思ったから受けた」
「面倒?」
「まあね。
学校卒業してから、もう疎遠になっていたから。何か頼まれたら嫌だな、ぐらいの感じだ」
「そうなのね。
あなたが学校に行っていた頃、何か彼女に面倒なことを頼まれた事がある?」
サクヤに細かいところを追及され、俺は揚げ足を取られた気分になった。
「いや、とくに覚えていないから、なかったと思う。
でも友達本人、つまり彼女の息子の一人…ジューローって言うけど、そいつがいつも彼女に対して面倒そうに振る舞っていたことは記憶に残っている。
だから面倒な人という印象があった」
「それは、良くない印象という事かな?」
「そうだね。良くない」
今、俺は部屋の中央にいて、スケナリが台所の陰に隠れている。
(スケナリの本名がジューローだ)
彼は居眠りしていないかぎり俺とサクヤ刑事の会話を聞いている。
そう思うと俺は、少し話しにくさを感じる。
でもそれをサクヤに察知されてはいなけい。
スケナリやその家族を悪く言ったからといって友情が壊れるわけではない、と俺は自分に言い聞かせ気を引き締めた。
「ナデシカはあなたにどんな連絡を?」
「なんか、俺が連絡先を変えていなくて良かったと言われて、ジューローが行方不明だけど行き先を知らないか?と。
でも、俺も行き先を聞いてないし。
だから、俺は知らないけどサンローさんなら知ってるかもしれないよ、って答えた。
サンローさんもナデシカたちの息子の一人だ」
「ナデシカは、サンローさんとはジューローの行方不明について話していなかったのかしら?」
「わからない。
でもサンローさんはいつも放浪してる人だから、たぶん家にも帰ってないだろうし、まだ話していないんじゃないかと思った。
それより、行方不明っていう重い問題に俺はあまり関わりたくなかったから、ナデシカの関心を他の誰かに移したいと思って、とりあえず知ってるサンローさんの名前を出した」
「そう。あなたのその答えに対してナデシカは何て?」
サクヤは淡々と質問を返してきた。
俺はすぐに答えを言えるのだが、スムーズに答え続けていると嘘っぽく思われそうだから、思い出そうとするふりをした。
「なんだっけ?
あの子はね~、とか言ってたかな。
あ、違うな。
あの子はふらふらしてたからね、って言ったと思う。
それで、なんで過去形なんだ?って思ったんだ」
「なんで過去形か、とはどういうこと?」
「そうだな、サンローさんは今もふらふらしているんじゃないのか?と疑問を持った。
今ふらふらしていないなら、病気かも?亡くなったかも?
でも質問しなかった。そこまで親しくないし」
サクヤに追及されて振り返ってみれば俺は今まで、思ったより自分の性格の悪さを言動で表に出していた。
この結果には少し不満があるが、仕方ない。俺は俺だ。
問答は続き、俺はテレの修理屋に行って、ジューローを探す『人さがし本舗』のスタッフたちを見かけたところまで話を進めた。
(あえて時系列をあいまいに説明した)
今のところまずい回答はしていないつもりだ。
機会を見て、犯権会の話を挟んでいきたい。
「ナデシカが俺に連絡するよりずっと前から『人さがし本舗』がそこに来ていた事もわかった。
いつ依頼したのか不思議だと思った」
俺は言った。
しかしサクヤは人さがし本舗について何も質問しなかった。本舗がスケナリを探していることをすでに知っていたのだろう。
ということは、さっき初めて聞いたような態度を取っていたが、彼女はナデシカの行動がスケナリ絡みだという事も知っていたのだ。
質問する代わりに彼女は言った。
「ナデシカはどうして、あなたに連絡したのだと思う?」
「俺とジューローが、小学生の頃から親友だからだろう。
俺がハイスクール卒業するまで、よく一緒に遊んでいた。
だから、俺にはジューローから何か連絡が入っているかもしれないと思ったのだろう」
「なるほど。
あなたはジューローの自宅に行く事がよくあった?」
「いや、家に行ったのは小学生の時の一度だけだ」
「あなたとジューローはどこで遊んでいたの?学校?」
「いや、学校ではあまり一緒に過ごしていなかった。飛び級の影響で。
俺の自宅が多かった。
親の家の時もだし、俺が学校の近くで一人暮らししていた時は、友達が毎日何人も来て、ジューローもその中にいた」
「そうなのね。あなたはハイスクール生の時、友達が何人ぐらいいた?」
「何人!?
数えたことないけど、けっこう多かったと思う。俺はちょっと長めに在籍していたから…。
最後の年はオンラインの友達も増えたし、卒業するまでの付き合いだった奴とか全部を数えれば…1000人ぐらいかな?」
「ジューローはどうだったと思う?」
「まあ、普通じゃないか?
俺とかうちに来た奴以外にも、友達がいたようだから」
「なるほどね」
何がなるほどなのか?と俺は思った。スケナリがハイスクール生時代に孤立していたかどうか確かめたいのだろうか?
しかし、俺からは質問しにくい。
俺が黙っていると、サクヤは別の質問をした。
「ナデシカはあなたの友人のうち、さっき言ってくれたユナには連絡をとり、別の一人の通話履歴を盗み見た。
この事に、何か心当たりはある?」
「たぶん単純に、最近俺が連絡を取った相手ということだと思う。
ケントさんの通話履歴を見た、だろ?ケントさんから、修理終わったよ、履歴を見られていたから通報したよ、って連絡もらったから知ってる」
「ケントさんとあなたは友人?」
「俺はそう思っているよ」
サクヤは微笑して質問を言い換えた。
「ケントさんとあなたには、どんな共通点がある?」
「同じサークルに入っている」
「サークル名と活動の内容を聞かせてくれる?」
「サークル名は『当番派』。
内容は、勉強会を開催して意見を言い合う」
「当番派ね。
勉強会というのは?詳しく教えて」
どうしてそこを追及してくるのか、おかしいではないかと俺は思った。
彼女は当番派が何なのか、調べてすでに知っているかもしれない。
ごまかしていると思われずにごまかす、という難しい課題が俺につきつけられた。
「数人ずつのグループに分かれて、テーマを決めてディスカッションして、サークル内で発表し合うんだ」
俺はとりあえず、サークルの活動内容ではなくしくみを明るい口調で言った。落ち着いて考えるための、わずかな時間稼ぎだ。
「テーマは政治の事とか、仕事や学校の事、お金の話もある。
話したいテーマがある人が持ち寄る感じだな」
「あなたはテーマを持ち寄った事があるの?」
「いや、まだない」
「政治の事も話すということだけど、当番派は政治活動かしら?」
「いや、ポリティカルvsプライベートで分けるならプライベートに入ると思う。
変な意見でもとりあえず聞いてくれる人がいるから、言いたいことが言えるっていうメリットを求めて、俺はこういう勉強系サークルに参加している」
俺は意識して、論点を当番派から一般的なサークル活動に移そうとした。
当番派のことを意識されていては、犯権会の話を出しにくいではないか。
まるで当番派で犯権会のことをしょっちゅう議論しているかのような印象を、公務員であるサクヤに持たれたくはない。
話している途中『そういえばナデシカの話をしていたはずだけど』と言いたい気持ちに何度もなったが、俺は耐えた。
それを言ったら、触れられたくない話題から逃げていると思われるに決まっている。
ところで、口先では思わずプライベートに分類した当番派だが、中心メンバーにとっては政治活動だ。そして俺は、その中心メンバーたちにかなり近い…。
「ジューローは当番派と関係がある?」
俺の思考は再び、サクヤの言葉で中断された。
「いや、ない。当番派に俺はジューローと関係なく入った。
ナデシカも関係ないと思う」
サクヤは、俺の聞いて欲しい事をなかなか聞いてくれない。
当たり前だ。
俺は少しだけリスクを冒す事にした。
「俺が言ってもしょうがない事だけど、今回ナデシカが一人で行動したとは、どうも思えない。
小学生の頃の記憶でも、彼女は周りの人に動かされるというか、利用されがちな性格だったと思うからだ」
「そうね、詳しくは教えられないけれど共犯者はいた」
「やっぱり。通話中も、近くに誰かいそうな雰囲気だった」
「ナデシカの態度からそう思ったの?
声が聞こえたり、姿が見えたわけではないのね?」
「ない。
態度というか…みなさん元気?って俺が聞いた時、なぜか新しい養子の話ばかりされたからだ。
なんか、聞かれても困らない事だけ言ってるかな?と」
ナデシカの話をしながら、いつの間にか俺は自分の話をしている。
気をつけなければいけない。
「そう。
近くに誰かいると感じて、あなたは警戒した?」
「警戒?
うーん、多少ね。でもその時は、たいしたことないかと思った。
そもそもジューローが行方不明って言う割に笑ってて、あまり困ってなさそうだったし」
なんなら探すふりをしているだけ、または実は見つけたくないのかと思ったほどだ。
でも、そこまでは今は言わない。
「それなのにユナに連絡が行って、おかしいと感じた」
「あなたはその時点で通報は考えなかった?」
「考えたけど、自作自演て言われたくないからやめた」
「そう…」
「自作自演罪の罰金、もっと軽かったら通報しやすいのに。
犯権会の新政府はいろんな法案を出してすごいけど、こういう法改正もして欲しい」
「マサコさんの意見の内容を私は理解したわ。
でも私は法律について批評を行う立場にないの」
そんなことはわかっているよ、と俺は思った。犯権会政府に対する批判をまだ言いたかったのに、途中で遮られてしまった。
「あ、そうだ。
俺、ジューローの勤め先の会社の名前を聞いておけばよかった」
「いいのよ、それは調べようと思えば調べられる事だから」
「そっか」
俺はできるだけ自然な会話の流れで、スケナリが犯権会の関連会社で働いていたという話題に持っていきたかったが、なかなかうまくいかなかった。
まあ、それこそ調べればわかることだ。そしてそこで何が行われていたか、これも調べればわかることだ。
犯権会の名前だけでも言うことができたから、よしとしよう。
「マサコさん、いろいろ話を聞かせてくれてありがとう」
サクヤが言った。
「今日は休日と言っていたじゃない?
マサコさんは、ふだん休日はどんな風に過ごすの?」
質問はまだ終わっていなかったか。
「休日は、まあたいしたことないよ。
ニュース見たり、ウォーキングマシンで歩いたり、買い物したり、当番派に参加したり、MUSART見たり」
「あら、MUSART使ってるの?いいわね。
絵画は誰の作品が好きなの?」
「好きなアーティストはたくさんいるよ。今活動している中では、脱力系のラウンドエアーズがいいかな」
「ラウンドエアーズ、3年前すごく流行ったわね」
「そうそう。あれが流行ったから驚いた」
「当時いろいろなバーチャルショップの背景に使われたから、私も見たわ」
「そっか」
「さて、これで通話を終えようと思うけれど、マサコさんは何か私に質問したい事や言っておきたい事がある?」
「えーと、とくにないよ」
「ではこれで終わるね。
今後、何か気付いたり気になったら、ためらわずに連絡してね」
「わかった」
「今日はありがとう。さようなら」
「さ!?…さようなら」
急に古風な別れの挨拶をされて驚いたが、きっと決まり文句として使っているだけだろう。
通話を終了しサクヤの画像が消えてからも、俺は黙っていた。
なんとなく、俺は監視され始めたのではないかと疑っていた。
俺は小さく千切った紙とペンを出して短い文章を書き、台所の陰からこちらの様子をうかがっているスケナリに見せた。
『しばらく無言で』
スケナリは頷いた。
俺は文字を塗りつぶし、その紙をさらに細かく千切ると野菜の皮の中に隠した。




