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逆転の発想

母親や友人と連絡を取って、思った以上に気を使った。


疲れた俺は気分をリフレッシュさせるために、とりあえず頭を空っぽにしようと思った。

そういう時はニュースサイトをチェックするのが手っ取り早い。


俺はスケナリと並んで、壁に映した見出しをぼんやり眺めた。



8月19日の主なニュース


■政府、えん紙幣の発行再開を決定

■政府、課税権のさらに0.2%を競売に

■ショウゴ総理、人権法の規制緩和案発表

きた北海道の立ち入り制限開始、早くも冬の到来

■縄文大学生物学研究室とトラストビリーブ社、蚊を捕獲するヒューマノイド開発に成功

■ボンサイさん、嫌がらせ耐えかね議員辞職

■国会議員の任期8年に延長法案、安心党などの反対により否決



相変わらず犯権会政府による新しい政策が出ている。

俺にとっては嫌な内容の法案ばかりだが、毎日新しいアイディアを出し続けることができるのはすごい。


誰が考えているのか知らないが、彼らはとにかく法案を作るスピードが異常に早いと思う。

政策の内容は一貫していないが、早さだけは当初から一貫している。


ため息をついてニュース画面を終了しようとすると、スケナリが『縄文大学』の項目を指さしている。

たしかに蚊を捕獲するヒューマノイドとは何なのか俺も気になった。


ニュース詳細を開けると、こんなことが書いてあった。


縄文大学生物学研究室は、ヒューマノイド製造大手のトラストビリーブ社と、蚊を捕獲する新しいHNヒューマノイドを共同開発した。

今回のモデルは『人肌型』の技術を取り入れている。

HN体表近くに人工血管を張り巡らせ、内蔵ポンプを使用し血流を起こす。

それによって、温めた液体が全身を常に流れる。

体内に流すのは、血液の匂いをつけた麻酔剤だ。

体温、体臭によって蚊を誘導し、刺させて麻痺させるしくみである。

麻痺した蚊の体は地面に落ちるのではなく、HN体表面に残り捕獲される。捕獲数が一定の数を超えるとHNは『帰宅』して専用の蚊回収機に入る。

回収された蚊は、実験などに利用される予定だ。


以下省略。


せっかくの新製品だが、想像したくもない。

蚊の呪いを身にまとっているかのようなHNの姿を、俺は見たくない。

このようなHNに街を歩かせないで欲しいと思う。


さらに省略した後半は話題が専門的すぎて、ざっと見たところ俺には理解できない内容だった。


もう少し記事を読みたそうなスケナリを無視して、俺はさっさと見出しのページに戻った。

彼は不自然な履歴を残してまで、あえて続きを読みたいとは言わなかった。


俺は続けて、人権法の規制緩和のニュース詳細も見た。

『政治家』『アスリート』などの言葉を差別語リストから除外する案だと書いてある。


全く使ったことがない言葉ばかりなので俺には意味もよくわからないが、どれも何かしら理由があって使用を禁止された言葉のはずだ。

だから、急に規制を緩和するというのはうさんくさい。


きっとショウゴが、というより犯権会がこれらの言葉を使いたいのだろう。

だが、それは何のためだろうか?

例えば政治家という言葉だが、彼らは政治を家業にしたいとでも思っているのだろうか?

俺には見当がつかない。


しかし記事には、法案の細かい内容が解説されているだけで、何の目的かという説明はない。


たてまえすら発表されないなんて、前政権の時には考えられなかった事だ。

ジャーナリストたちのコメントを読んでも、俺の疑問が解消されるようなものはひとつもなかった。


俺は念のために、任期延長の法案が否決された記事の詳細も見ておいた。

そちらも思った通り、法案がなぜ、何のために出されたかという説明はまったく書かれていなかったし、批判的なコメントをしたジャーナリストはいなかった。


むしろ安心党が、政府のじゃまをしたとして叩かれていた。

理不尽だ、と思った。



「どうにかして、任期終了を待たずに犯権会を政権から下ろすぞ。

でもやり方が問題だな」


ニュースを終了して俺は言った。

すると、寝そべっていたスケナリがガバッと体を起こした。


「あれ?

議員たちは犯権会グループの中では下っぱだから、本体を潰さないと意味がないって言ったろ?」


「うん。俺もそう思ってたけど、考えが変わった。

奴らに手が出せないのは、奴らが政府だからだ」


「まあ、それはそうだね」


「だからさっき気がついたんだ。

つまり奴らを政府じゃなくすれば、俺たちはいつでも奴らを攻撃できるようになる。単純な話だった。

違うか?」


「そうかもね。

でも選挙やったばかりだし、任期の途中で政権が変わることはないよ。

事件とかスキャンダルでもない限り」


「それだ。

彼らのスキャンダルを公表すればいい。俺、もしくは誰かが」


「公表って、証拠もないのにか?」


「うん、証拠がなくてもかまわない。

考えてみれば、組織の全容とか黒幕の名前まで俺たちがつかむ必要はないんだ。

だって、政党『犯権会』が誰かに操られている、っていうそれだけでじゅうぶんスキャンダルになるし、他の議員たちは怒ると思う」


「そうか?

傀儡政権は別に珍しくもないけど」


「たてまえ上はダメってことになってるだろ。

それでいいんだよ。

ライバル議員たちが、ポーズだとしても怒ってくれれば、ちゃんとスキャンダルになるんだから。

今は黙認している人がいたとしても、一般市民から指摘されたら黙っていられないはずだよ」


「あ、そっか。

安心党とかの議員に国会で質問してもらえばいいんだ。

そうだな…彼らにその気になってもらうにはどうしたらいいだろう?」


「な。

ハルキさんは人脈持ってるけどちょっと信用できないから、リベンジでリョウマさんにもう一度話を持ちかけてみようかな」


「リョウマさんか。

一応、彼女は敵じゃないみたいだからいいかもね。

もしかしたら、もう多少の情報をつかんでるかもしれないぞ。

俺のことで、ある程度まで犯権会に潜入もしてくれてたし」


「そうだな」


リョウマさんの直接の連絡先を知らないので、俺は今回もユウキさんに仲介を頼もうと思った。

俺はユウキさんに連絡しかけた。


でも、考え直してケントさんのほうに連絡することにした。


ユウキさんから、テレの修理を終えたという報告をまだもらえていなかったからだ。


たぶん、とっくに修理は完了したけれど、俺には連絡していないだけだと思う。

月曜日に顔を合わせるから、そのときに口頭で言えばいいと思っているのだろう。


でも、万が一修理がまだだったら?

その可能性もなくはない。

ナデシカにハッキングされたままの状態かもしれないのだ。

それは危ない。


だから今は大事をとって、俺からユウキさんに連絡することは控えるしかない。



俺がケントさんに通話の申請を送ると、ケントさんはすぐ許可してくれた。


「僕も今ちょうどマサコさんに連絡しようと思っていたんだ」


彼は言った。


「さっき警察から連絡があってね、ナデシカは逮捕されたよ。

マサコさんにも、もうすぐ連絡が来ると思うよ」


「もう捕まったんだ、早いね」


「そうだね。

彼女は普通に自宅にいたらしいよ」


「へぇー。ばれたと気付いていなかったんだね」


「そのようだね。

共犯者もいたみたいだけど、彼らは僕がどういう人物なのか知らなかったようだ。

僕のことを、マサコさんと同年代の友人かと思ったらしい」


「あー、そっか」


俺はナデシカとスケナリについて、母親に言ったのと同じ程度の情報をケントさんにも伝えた。

それと、整形してスケナリと同じ顔になっていたために『人さがし本舗』に追われて困っている人に出会ったことも話した。


(スケナリのことを俺は、もちろんジューローと本名で説明した)


ケントさんは驚いた顔をした。


「えー?

それじゃあナデシカは、息子が会社に来ないと言われたからといって、いきなり探偵を雇ったと言うのかい?

しかも、息子の親友に連絡するよりも前に?

それはおかしいね」


「そうなんだよ…あ、なんか連絡きた」


「警察かな?

それじゃ話の続きは、明日の『ケント会』でよろしく」


「わかった」


タイミング悪く、リョウマさんと話したいと言い出す前に通話が終わってしまった。


仕方ない、明日言おう。


連絡は警察からと表示されている。

ケントさんに言われた通り、ナデシカのことだろう。


だが俺は、表示をうのみにすることはできないと思った。

そこで、通話をすぐに許可せずいったん東京通報センターのAI応答専用窓口に問い合わせを行った。


「今、こういう人から連絡が来ているけど、これは本当に警察の人?」


俺はAIに質問した。


「確認するから少し待ってね…

はい。人間の刑事で間違いないよ。

安心して通話してね!」


「わかった。確認ありがとう」


「はい。問い合わせありがとう!」


通報センターのAIのお墨付きが得られたので、俺はその通話を許可した。

顔が映るとその刑事は、まず自分の所属と名前を言った。そして


「こんにちは、あなたはマサコさんで間違いないか?」


と言った。

顔色が良く、非常にハキハキした話し方で体力がありそうな女性だった。


「はい、俺はマサコだ。

許可に時間かかってごめん、一応、本物かどうか通報センターに問い合わせさせてもらった」


「かまわない。用心深いのは素晴らしいこと。

今、どのくらい時間とれる?」


「とくに時間の制限はない。今日は休日だから」


俺は、できるだけ正直に応対するように気をつけながら会話をした。


相手が刑事さんであっても、今俺がスケナリをかくまっていることを知られるのは得策ではない。

だから俺には弱味がある。


そういう時こそむしろ、よけいな嘘をつかないほうがいいはずだ。


同時に、これは俺にとってのチャンスだ。


捜査のための質問に答えるぶんには、何を言っても自作自演罪の対象外になるからだ。

だからこれは、犯権会のことをなんでも話せる、めったにないチャンスなのだ!


もちろん油断はできない。

この人が個人的に犯権会とつながっているかもしれないのだから。


それでも、うまくやれば警察に犯権会を捜査してもらえるかもしれない、という希望は持てる。


ケントさん、ナデシカを通報してくれてありがとう、と俺は思った。


俺は新しい戦いに臨むつもりで、気持ちを切り替えた。


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