『人さがし本舗』を嫌う人々
「そのへんに座って」
俺が入り口のドアを閉めると、若い女のように見える緑色の服を着た人物がサバサバした口調で言った。
一目で別人とわかるものの、緑服の人物が修理屋の店主に似ていたので俺は驚いた。
姉妹かもしれない。
どうやらこのグループは修理屋と関わりがあるようだ。
とはいえ誰も名乗らないし、俺も名前を聞かれないから言わない。
俺は部屋の中ほどに置かれた、テーブルとセットになっている椅子に黙って腰かけた。
そのへん、とアゴで示されたあたりに座ったところ、ちょうど俺と緑服とスケナリもどきとで正三角形を作るような間隔になった。
緑服はスケナリもどきを指さして
「この人、誰だと思う?」
といきなり俺に問いかけた。
スケナリもどきは相変わらずニヤニヤして、不快な上目遣いでこちらを窺っている。
おかしな話だ、俺を試しているのか。
何て答えようかと思ってもう一度そいつを見ると、顔や髪型や背格好はスケナリとほとんど同じだが、態度はかなり違う。
スケナリはこんな、感じの悪い奴ではない。
これは完全に別人だ。スケナリに似せたヒューマノイドですらない。
単なる他人の空似の可能性がいっきに高くなった。
「うーん…俺の知り合いにそっくりな奴?」
俺は考えるふりをしながら答えた。
「なんだ、見て違うってわかるのか」
さっきの男と一緒に2階から下りてきた白い服を着た人が、拍子抜けした様子で言った。
「わかるっていうか…似すぎで驚いたけど。
まあ、行方不明で探されてる奴がこんな近くにいるわけないだろ、と思ったし」
スケナリ本人が俺の住まいに隠れていることをさとられないように、俺は気を使いながら答えた。
それにしても顔だけは本当に似ている。
『人さがし本舗』がいつまでもこのエリアにこだわっているのは、俺やスケナリにとっては都合が良かった。
しかし、他に手がかりがないにしても、なぜこれほど長く同じ場所を探し続けるのか不思議だった。
だが、こんなにそっくりな奴の目撃情報が出続けていたとすれば納得だ。
俺の答えを聞くと、スケナリもどきが声をたてて笑いだした。
彼は言った。
「みんなが、あんたみたいに物わかりがいいと助かるんだけどね。
『本舗』のアホどもを、どうにかしてよ」
「いや、ちょっと待ってくれよ」
俺は驚いた表情をしてみせた。
なんとなく状況がわかってきたが、都合よく察して思い込みで会話を進めるのは危険すぎる。
ここにいるのは、スケナリの名前を確かめようともしない奴らだ。
日常生活の中で匿名が当たり前になっているのだろう。
そういう人たちとこのまま、あいまいな話を続けていたら、とんでもない結論にたどり着いてしまう気がする。
だから、理解できないふりをしてでも立ち止まらなければならない、と俺は思った。
しかし何から確認すればいいのだろうか?
スケナリの名前を俺が言うべきではない。彼らがスケナリの名前を知らないなら、知らせない方がいい。
俺は余計な情報を出したくない。
スケナリもどき自身も、誰かに探されているかもしれないのだ。
もしスケナリのことを教えたら、手がかりを悪用されてしまうのではないか?
緑服が俺に何だかわからない黒っぽい色の飲み物を差し出したが、俺は断った。
その様子を見てスケナリもどきは、緑服と俺の両方をばかにするような表情を浮かべた。
珍しい客に媚びる見栄っ張りと、それを受け入れない臆病者、とでも思ったか。
しゃべり方も態度も偉そうな奴だ。
スケナリもどきは案外、このグループの中で立場が上なのかもしれない。
「本舗は人違いをしているということか?」
俺がそう質問をしたら、スケナリもどきは肩をすくめて
「あいつらが俺のことをどう思っているかなんて、関係ないし」
と憎たらしい態度で言った。そして
「同じ顔をした俺が外に出たら、とりあえず本舗につかまるだろ。
つかまったらおしまいなんだよ。
奴らにとっては結局、つかまえた奴が獲物だから」
と、俺に解説した。
人違いであっても、捜索対象の条件にあてはまる人を見つけたら、本舗はとりあえずつかまえて依頼主に差し出してしまうようだ。
『だから本舗が捜索を終えるまで、俺は外に出られない』
スケナリもどきは、そう言いたいのだろう。
しかしその話を俺は発展させたくない。
俺にとって都合が悪いからだ。
なぜなら、こういう結論に至ってしまうではないか。
いつまでも隠れていられないのだから、早くお前の友人を本舗につかまえさせろ、騙してでも連れてこい、それもできないなら身代わりを連れてこい、と。
そのような論法に乗っかるわけにはいかない。
俺は話をずらして言った。
「獲物っていうか、俺の友達は母親とか会社の人に探されている。
本舗がもし君をつかまえても、間違いだってすぐわかるし」
すると、白服が呆れた様子で
「それはおかしい」
と言った。
「君の友達は、普通の会社員なのか?
だったら母親や職場の上司なんかが、本舗に依頼するわけがない」
「そういうものなのか?」
「決まっているだろう。そういう人は通常、警察に通報する」
「たしかに」
『犯権会』がらみで俺も感覚が鈍っていたが、白服の言う通りだ。
普通、家族や職場の人が行方不明になったら通報する。
それは常識だし、金銭的にも通報が妥当ではないだろうか?
たとえ『自作自演罰金』などの罰金を課されても、本舗に依頼するよりはずっと安くすむはずだ。
本舗の異常に執念深く大がかりな探し方を見ると、代金は非常に高額だろうと感じる。
白服は苦笑して
「まあ、警察も探しているが、同時に本舗もそいつを探しているのかもしれない」
と折衷案を言った。
「なるほど…」
「そもそも、なぜ友達が本舗に探されていると思った?
それこそ、人違いもあり得る話だ」
白服は腕を組んで、そう言った。
俺は答えた。
「タイミングと顔が合ってたから。
別の友達が本舗のスタッフに見せられたっていう静止画が、そいつの顔だったらしいし。
で、本舗がうろつき始めたすぐ後に、そいつの母親から『行方不明で探している』って連絡が来たから」
「それはタイミング的にぴったりね」
緑服が言った。
「本人っぽいけど、さっき彼が言ったように人違いってこともあるかもしれないわ。
本舗は『この顔を見かけた?』って聞いて回るけど、基本そいつの名前は言わないもんね。
同じ顔が何人もいたら、どうなるのかしら?
だってこの顔、彼が『オートマ』した時点で『ユーズド3』だったもの、ね?」
緑服はそう言ってスケナリもどきに同意を求めた。
それを聞いて俺は驚いた。
「え?…じゃあ、少なくとも5人いるのか、そっくりすぎる奴が」
「『2変』した奴がいなければな」
スケナリもどきは薄笑いを浮かべて茶々を入れた。
そうか、彼は整形していたのか。
俺は納得した。
道理で似すぎているわけだ。
しかし、スケナリはいつ自分の顔型を、オートマ整形の店に売ってしまったのだろう?
『オートマ』とはマシンを使った安価な自動整形手術のことで、『ユーズド3』といえば、同じ型をすでに3人が使った後という事だ。
そして『2変』は、過去にオートマ手術をした人が再び別の顔に変える事を言う。
整形手術を行うとき、モデルがあるケースは昔から珍しくなかった。
しかし約50年前の規制緩和で、モデルの顔と完全に同じ形にする手術が合法化された。
全く同じ顔に整形した人間同士でも、セキュリティ装置やAIは、どういうしくみか俺にはよくわからないが、必ず区別できるらしい。
だから、人間には見分けることができなくても問題ないとされたのだ。
規制緩和の背景にはもうひとつ、オートマ整形手術の発達があった。
およそ100年前から、人間の医師が行う手術に比べて値段が十分の一以下の、オートマ手術が急速に広まってきたのだ。
オートマ手術の仕上がりは、依頼者の個性を無視するだけむしろ、モデルに忠実だった。
モデルとして使われたのは当初は、有名人の顔や架空の顔だった。
亡くなった人の顔も使われた。
しかし次第に、もっと安い素材として生きている一般の人の顔が、型として売られるようになった。
オートマ手術を中心に経営する店にとっては、同じ顔を量産したほうがもうかる。
そこで『初使用』『ユーズド1』『ユーズド2』…と、価格を劇的に下げながら同じ顔を何度も使う。
使い回しをやめてほしければ、ストップ料金を支払う必要がある。
カネ目当てに顔を売る人と、さまざまな目的でそれを買う人。
それは社会問題としてニュースサイトにも取り上げられたが、いったん緩めた規制を再び厳しくすることはどの政権にもできず、そのままになったのだ。
ここで疑問がわく。
スケナリは何のために顔を売ったのか?
俺は今すぐ帰って確認したい気持ちになったが、我慢した。
「本舗には、関わらないに越したことはないな」
と俺が言うと
「関わらないで済むならね」
緑服が肩をすくめて言った。
「友達は、どこにいるかわからないんでしょ?」
「そうだ」
沈黙。
その後しばらく誰も発言しなかった。
「そういえば、どうして俺と話そうと思ったんだ?」
俺は思い出したように言った。
「ごめんなさい、駅前でお友達と話してたでしょ?
それがちょっと聞こえたから」
緑服が言った。
「あー、それで俺たちが本舗を嫌っているとわかった?」
「そうね」
緑服の回答に俺は頷いて、それ以上は質問しなかった。
修理屋で会った男が、先回りしたのかそれとも偶然修理屋にいたところを緑服から連絡を受けて待ちかまえていたのか、俺は知らないがどちらでもかまわないことだし、俺の想像もしない方法で待ち伏せされていたとしても、どうでもいいことだと思った。
この人たちが俺に何を期待していようが、いなかろうが、それもどうでもいい。
短時間しか会話していないが、俺の考え方は、だんだんここの人たちに似てきたようだ。
俺は考えた。
本舗を出し抜くことなど、できそうにない。
しかも、依頼主が『もう探すのをやめる』と言わない限り、本舗はあきらめそうにない。
本舗が、スケナリもどきの言う通り人違いでも平気でつかまえて報酬をもらう組織だとしたら、オートマ整形店で何人同じ顔を増産されていようとも逃げ切れる保証はない。
あなたが探している顔は、オートマ店で量産されているよ、と本舗に言ってやればスケナリ本人はだいぶ安全になるだろう。
しかしそれは、整形をした中の誰かが身代わりになって、つかまってしまう事を意味する。
油断した誰かがつかまって本舗の捜索が終わればラッキーだと思うが、誰かを差し出すことはマナー違反だと抵抗を感じる。
本舗を立ち去らせるには結局『犯権会』に依頼を取り下げてもらわないとどうしようもないのだろう。
「今日はもう帰っていいか?
何か対策を思いついたり、情報を聞きたくなったりしたらまた来る」
俺は言った。
「そうね」
緑服が答えた。
それで俺は、少し緊張したが落ち着いて席を立ちそのまま建物の外に出た。
駅に着くまで俺は後ろを振り返らなかった。




