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スケナリが言うには三人目の魔女だ

『新年度の方針も言えないの?総理大臣の資格なし!』


『は?俺ら政権スタートしたの11月だし。年度にこだわるなんて古いよ』


『あなたに方針が無いことがおかしいと言っているのよ!』


『俺の方針はいつも決まってる。日本から全ての差別をなくすことだよ』


『そんな漠然とした方針は成り立たないわよ!』


残念だが、これが本日のトップニュースだ。

野党に陥落した安心党の新党首マナミさんと、総理大臣ショウゴのやり取りだが『マナミさん今日も総理にかみつく』というタイトルがつけられていた。


いや、トップニュースはくだらないくらいでちょうどいいかもしれない。

深刻なニュースがないから、くだらない話がトップになるのだ。


それはそうと、このような質の悪い対応しかできていないのに、世間でショウゴ総理の人気があいかわらず高いのはどうにかしてもらいたい。


彼は男女を問わず多くの人から好感を持たれているが、女性の人気がとくにすごい。

支持者やファンが多いことはもちろん、野党の女性議員でもショウゴを『人として素晴らしい』などとほめる人が絶えない。


俺には、彼の外見以外のどこが素晴らしいのか理解できない。

むかつくことだ。


その点、マナミさんは頑張ってくれている。

論点が感情的でズレていることも多いとはいえ、彼女は犯権会に立ち向かってくれるだけいい。

それだけでも俺は、次の選挙ではマナミさんに投票しようかという気持ちになる。


他の人は何だ?ろくに反対もしないではないか。


たしかに犯権会は領土を取り戻した恩人で、批判できない空気が強いことは間違いない。

でも、一つ良いことをしたら他のことも批判できないなんておかしい。


誰々を悪く言ってはいけない、何々を批判してはいけない、というプレッシャーは悪い結果しか生まない。それは歴史的にもわかりきったことではないか。


どうして繰り返しこうなってしまうのだろうか?


だが俺がいくら心配しても無駄だ。

すでに悪い影響は出始めている。


さまざまな場面で、犯権会に所属していない議員が叩かれるようになったのだ。

犯権会の政策に反対した議員は、批判的な報道をされるだけでなく、プライベートでも何者かによって嫌がらせを受けているらしい。


先日、数少ない改革党議員の一人、ボンサイさんが会見を開き、犯権会の支持者から悪質な嫌がらせを受けたと訴えていた。


それに対する犯権会の回答は


『ボンサイ議員は妄想に取りつかれているようだ。すぐに治療を受けたほうがいい』


というものだった。

やっていないとは言わなかったな、暗に認めたのではないか、と俺は思った。


しかし、嫌がらせ以上に俺ががっかりしたのは、とうとう『正義の人』と呼ばれるヨウコさんまで犯権会の政策に賛成した事だ。


だが、よく見るとこれは犯権会が巧妙なのだった。


彼らは物価を下げること、貿易赤字を容認することなど、むしろ以前からヨウコさんが主張してきた事を急に政策として掲げ始めたのだ。


『物価を下げなければ貧困が拡大する』

『貿易赤字という呼び名は不適切だ!世界中の欲しい物を買っているだけだ』

と、ヨウコさんは言い続けてきた。

(俺は、彼の意見が正しいとは思わない)


最近の犯権会はヨウコさんと歩調を合わせている。

それは彼を黙らせるためだろう。

それによって、マナミさんを孤立させようとしているのではないか…?



「スケナリはどう思うか?

これはマナミさんを孤立させる作戦だろうか?」


「うーん。

そこまで考えてないんじゃないか?

犯権会はそんなに我慢強い組織じゃないよ」


「ん?」


「マナミさんが議員をやめなければ次の選挙まで孤立作戦を地道に続けるとしたら、あと3年もある。

あいつら、そんなに待てないって。

彼女は孤立したくらいでやる気をなくさないと思うし。

むかしスキャンダルで騒ぎになったとき、平気そうだったの覚えてないか?」


「スキャンダル?

あれか。持ち歌の盗作疑惑と結婚詐欺疑惑」


「そうそう。

あれ面白かったな」


「懐かしいな。

小学校から帰って、改革党の取材動画を見るのが俺は楽しみだった」


その頃、歌手から安心党の議員に転身したマナミさんを攻撃するためのキャンペーンとして、ライバル改革党は毎日、彼女のスキャンダルを放送していた。

それを姉とスケナリと俺の3人で、よく一緒に見た。


それは当時の俺にとって単純に面白い番組だった。

そして、スキャンダルによってマナミさんがダメージを受けた様子は一切なかった。


「彼女の持ち歌、何て歌だっけ?マサコは覚えてる?」


「何だっけ?

そうだ、『おばあちゃんのファンファーレ』」


「それだ」


スケナリは俺がニュース画面を消すのを確認すると、ウォーキングマシンに乗って歩き始めた。

俺は言った。


「話は戻るけど、犯権会がマナミさんを孤立させようとしているのか?って俺が言ったのは、孤立によってマナミさんを困らせることだけじゃないんだ。

むしろ、犯権会に反対する人の支持をマナミさん一人に集めようとしているのかな、と思ったんだ」


「そういうことね、でもそれもないと思う。

どっちみち結果がすぐ出ないことだから」


「でも、だったらなぜヨウコさんの政策を取り入れだしたのだろう?

彼の意見が良いと思って採用したとは考えにくい」


「そうだね。

たぶん、ヨウコさんを骨抜きにしようとしてるんだと思う。

彼らは、改革党を解体しようとしてるんじゃないか?」


「改革党をターゲットにする意味が、俺にはぴんと来ないけどな」


「じゃまな奴を叩いてるだけじゃないか?

犯権会にとって、目の前の敵は改革党だと思う。

前総理のタダヒコさんが引退して、安心党は求心力を失った。

改革党は東京ではユリナさんの失言で候補がみんな落選したけど、全国的には安心党よりも強い」


「改革党が敵?

いやー。

犯権会の敵になれるだけのパワーが、改革党にはないよ。

犯権会と戦える政党は安心党しかないと俺は思う」


「それは俺もそう思うよ。

でもたぶん、犯権会は安心党を落ち目だと思ってナメてるから、警戒してるのは改革党のほうだろうね。

でもチャンスじゃないよ。

若者はどうせ安心党に投票しないもん。

マサコだって、犯権会の候補を落選させようと思わなければ、安心党に投票しないだろ?」


「たしかに。

だから改革党の中でも人気があるヨウコさんを警戒しているわけだ」


「そうだろうね。

ヨウコさんがいなくなったら改革党は崩壊するよ」


「なるほど。

でも犯権会はすでに圧倒的多数の議席を持っているじゃないか。

これ以上どうする気だろう?

全会一致を取ろうとしているのか?

でも、無所属の人もいるし…」


「マサコ、全会一致でできることって何だろ?」


「議員定数とか任期の変更、あとは…」


「そっか!」



スケナリが何かに気付いたようだったがその時、動画オンの着信が入った。

表示されたプロフィールの静止画を確認したら、スケナリの里親のうちの一人だった。


「げ。三人目の魔女だ」


画像を見たスケナリは、そう小声で失礼な悪態をつくと台所の陰に逃げた。

拒否するのは不自然なので、俺は通信を許可した。


「こんにちは。

ジューローのお母さんの、ナデシカよ」


「こんにちは。マサコです」


ジューローとはスケナリの本名だ。念のため。


「マサコ君、久しぶり。きみが連絡先を変えていなくてよかったわ。

急にごめんね」


ナデシカは笑顔だった。

この顔には見覚えがある。


大きな口で、見ていて楽しくなるような笑顔だ。

疲れているのか、彼女は過ぎ去った年月以上に年を取ったと俺は感じた。しかしその印象は、俺が小学校一年生のときに見て感じたものと変わらなかった。


彼女は真顔になると言った。


「じつはね、うちのジューローが行方不明なの。

連絡がとれなくて、家族もお友達も行き先を知らないのよ。

マサコ君は小さい頃、ジューローと仲良かったじゃない?何か聞いてないかと思って」


「えっ?」


とうとうきたか。

俺は驚いたふりをしつつ、このあとどんな反応をすべきだろうかと考えた。


彼女は純粋にスケナリの消息を心配しているのかもしれないが、そうではないかもしれない。


なんであれ、この通話の内容はあとでモモカなど犯権会のメンバーの耳に入ると考えた方がいいだろう。

俺は、嘘はつかないが本当のことも言わないことにした。


「行方不明か。

それは心配だな。誰も行き先を知らないって?」


「そうなのよ」


「そうだ、サンローさんは何て?」


俺は聞いてみた。


「サンロー!?あの子は…」


ナデシカは急にしかめ面になって、ため息をついた。


「あの子は好き勝手に生きてきたから。

でもどうして?」


「サンローさんの紹介で働いてるとか何とか、それで外国に行ったりしているようなことをジューローが言ってたから」


俺がそう言うと、ナデシカはハッと息をのんだ。


「あら、そうなの?

困ったわ。

ジューローが行方不明だとわかったのは、職場から『来ない』って連絡があったからなのよ」


「そうだったんだ」


「うん、せっかく教えてくれたけど。でも、ありがとう」


ナデシカは歯を見せて笑った。

そして言った。


「みんなに聞いてるのだけど、マサコ君の意見を教えて。

ジューローの行きそうなところって、どこだと思う?」


答えようとして、俺は天井以外には視線をそらさないように気をつけた。

ついスケナリのほうを見たくなるが、うっかりそんなことをしたら近くに誰かいると気付かれかねない。


「どこだろう?

さっきも言ったように、外国じゃないか?

あとは動物の保護センターとか?

でも、そんなところにいたら行方不明になるはずがないし…動物がたくさんいるところ?牧場?それとも海かな?

山とか川かも」


俺が動物、動物と言ったのがおかしかったのか、ナデシカは苦笑した。


「ありがとう。

そうね、事故かもしれないものね。

職場の人も探偵を雇って探してくれてるし、警察の人も調べてくれてるけど見つからないのよ」


「早く無事が確認できるといいね」


「そうね、ありがとう。

手がかりがないのが不安ね」


「そうだね」


「でも、久しぶりにマサコ君と話せて少し気持ちが楽になったわ」


「よかった。

そういえば他のきょうだいさんは元気?」


「元気よ、ありがとう。

去年ね、うちで35人目になる赤ちゃんを迎えたの。女の子よ。

この子で最後にしようって決めてね、ハナミチと名付けたの」


「そうなんだ。35人か、増えたね」


「ええ。まだまだ大変だけど、毎日楽しんでる。

うちには今ジューゴローから下の子たちがいるわ。これから順に巣立っていくのね。

それじゃ、またね。

マサコ君も元気でね」


「はい、ナデシカさんもお元気で」


通話を終えると俺は、念のために電源を一度切って、入れ直した。


『ジューローがそちらに行ってない?』『外国ってどこの国?』などと聞かれなくて俺はラッキーだった。

急にサンローの話をして煙にまいたのが良かったのだろう。



「うわー。35人とは…」


スケナリが非常に嫌そうな顔で戻ってきた。


「最後の子が花道だって?あいかわらず自分勝手な言い分だ。

さすがに名前にローをつけるのは途中で諦めたみたいだな」


「スケナリがナデシカさんたちと、最後に連絡を取ったのはいつだ?」


「それ。

大学を卒業する時だよ。3年前だ。

3年間、音沙汰なしだ」


「職場から連絡があって急に心配し出した、と」


「それも変なんだよね。

仕事を始めたとき、俺のプロフィールをサンローが勝手に書いて契約しちまった。

だから俺の保証人はサンローになってたんだ。緊急連絡先もサンロー。

職場には俺の実家を教えていない。

ということは、やつらがわざわざ調べて連絡したんだ」


「彼女はスケナリがサンローの紹介で働いてたことも知らなかったな」


「うん。だからサンローと直接話してないんだろ。

サンロー、生きてないのかも」


「それもあり得るか…たしかにサンローの話をする彼女の口ぶりは少し不自然だった。

…そうか、『職場』はサンローの死を把握していないふりをしたはずだ。

ナデシカは俺と話したことで、その矛盾に気付いたかもしれない」


「うーん。

残念だけど、魔女は三人とも勘が鈍いんだよ。

『職場』の態度がおかしい、とか気付いてくれたらいいんだけどね」


スケナリはどうしても里親夫妻妻ふさいさいが気に入らないようだ。



「ちょっと母に連絡してみるよ」


俺は言った。


「ナデシカたちがすでにあの地域を探し尽くした後なら、チャンスかもしれない。同じ場所をもう一度探す確率は低い。

スケナリを俺の実家に隠して、その間に俺は本格的に犯権会と闘う」


「…」


「ナデシカから実家にも問い合わせがあったか、実家のまわりでどんな捜査が行われたか、聞いてみる」


「わかった。

俺、また隠れてるね。

お母さんに聞かれても俺のことは言わないでくれよ。通話を盗聴されてるといけないから」


「わかってる。大丈夫だよ」


心配そうな顔で頷き、再び台所の陰に隠れたスケナリを横目で見ながら、俺は画像オンの通信を母宛に要求した。



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