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趣味と仕事

美南洲ビーナス島は小笠原半島の南東、1kmも離れていないところにある、商業施設しかない小島だ。


東京から遠くもないが近くもないその島に、俺は初めて行くことになった。

それもまた『当番派』が原因だった。



バースデーパーティーの翌日、当番派のマネジャーたちに俺を加えた5人でオンラインで話した。

その時、口を滑らせたことをごまかそうとしてしまった、とハルキさんが認めたので俺は彼を許した。


例のモモカと名乗った女性に俺の名前や、俺がリョウマさんに犯権会の関連企業の不祥事について相談したとしゃべったのはハルキさんだった。


リョウマさんは全く関わりがなかったそうで『情報を漏らしたならアドバイザー失格だ』と思ったのは俺の早合点だった。

そうは言っても、リョウマさんがハルキさんとモモカの両方と友人だったから名前を利用されたのだ。

交遊関係には隙があったと言える。



この件で一番怒ったのはケントさんだった。


ハルキさんが俺をバースデーパーティーに招待したのは、モモカと俺を会わせるチャンスだと思ったからのようだ。

だが彼はマネジャーミーティングでケントさんたちに嘘の説明をしていた。

サークルに新しく入った俺に関心があるような事を言ったそうだ。


『ユウキさんが直接連れてきたからには、期待の新人だ』


『彼はケント会にも入ってるの?やる気ありそうだね。

一人だと来にくいだろうから、ケント会の子を誰か一緒に連れてきてもらって良いよ』


その説明がごまかしだったとわかって、ユウキさんも『正直に話して欲しかった』と注意したけれど、ケントさんは『許さない』と断言した。

彼は説教を始めた。


「僕たちは信用が第一だ。君だって、よくわかっているはずじゃないか。

信用がなくなったら、仲間ではないよ。

サークルから追い出されないと思って見下しているのか?

確かに僕は君を追い出せない。マネジャーから外すこともできない。追い出したら通報しそうだからね。僕たちに誰かの罪をなすりつけてさ。

だけど追い出さなくても許したわけではない。

こんな嘘をついて、よりによって利害関係者に便宜を図るなんて裏切りだ。

さっき君はマサコさんに謝ったけど、指摘されるまで黙っていたね。

ばれなければそのままにするつもりだったんだろう?

つまり、マサコさんがもし対応に失敗して殺されていたとしても、君は気にしないってわけだ」


そう言われてみると、その通りと思えた。


口を滑らせたという説明自体も嘘だろうという気がしてきた。

わざわざ教えたのではないか?

考えてみれば、うっかりしゃべったにしてはタイミングが早すぎる。


今回、モモカは捜査が入らないうちに、犯権会の関連企業で起きた不祥事の始末を組織の中で素早く済ませてしまった。

そのためリョウマさんによる『しかるべき筋』への根回しは無駄になって、事件は警察に伝わる前にもみ消された。


これは、急いで伝えたレベルのスピードだ。

モモカに会ったことがどれほど危険だったか、俺はじわじわ実感した。


ハルキさんが『そんなことはない』などと説得力に欠ける弁明をしている間、ユウキさんとレイナさんは、難しそうな表情を浮かべて黙っていた。


ケントさんが正しい。でもハルキさんを敵に回したくない。しかしケントさんを敵にしてまでハルキさんをかばうつもりはない。

そんなところだろう。


他人ながら、ケントさんのことが俺は逆に心配になった。

窮地に追い込まれたハルキさんは、何かあった時ケントさんをためらわず生贄として差し出してしまうのではないか?


それ以前に、ハルキさんは『ケントにこう言われた』などとモモカに言いつけてしまうのではないか?

追いつめすぎると、ハルキさんは犯権会のスパイになってしまうのではないか?


いや。

そもそも、初めからスパイだったとしてもおかしくない…。


まあ、ケントさんは以前から堂々と選挙制度に反対してきたような人だから、今さら何を言われてもびくともしないか。


そうは言っても、だ。

いつ『今まで通り』が通用しなくなるか、世の中わからない。

ケントさんの身の安全のためにも、俺はヘマをしてはならないのだ。


だが俺は自分で思うよりマヌケなのか、その時も一点うっかりしていたことがあった。


日光が反射する都合で俺は座る向きをいつもと変えていた。


もちろん、台所に隠れているスケナリは見えない。大丈夫だ。


しかし向きを変えたことで映り込んだ物があった。

アイドルグループ『サクラ・ジョウルリ』の(スケッチブックの表紙を切り取った)カードだ。


「マサコさん、お部屋をじろじろ見ようとしたわけではないのだけど、後ろのそのカードに写っているのはもしかしてユキさんかしら?」


ケントさんが発言を終え、ハルキさんの言い訳も終わって全員が一瞬沈黙した直後、話題を変えようとするかのようにレイナさんが言った。


「後ろ?

あ。そうだよ、四人写ってる中のこれがユキさんだ。

こんな小さい静止画なのに、よくわかったね。

けっこう日焼けで色褪せてるし」


「一応、仕事で何度も会ったことがあるから」


「これはアイドル時代の静止画だ。

サクラ・ジョウルリってグループ名は知ってた?」


「ごめんなさい、知らないわ。サクラ…何て?」


「ジョウルリ。短期間で解散しちゃったから知ってる人は少ないかもな。

アキラちゃん、っていう人がリーダーでユキさんはメンバーだった。

四人組だ」


「あら、そうなの。いつ頃のこと?」


「いつだっけ?6~7年前かな」


「そうなのね。

たしかにユキさん、アイドルグループのメンバーだったことがあるって言ってたわ。

当時はユキさんに『インテラ』してたの?」


「ユキさんもだし、まあ、四人ともかな。

俺の一番『インテラ』はリーダーのアキラちゃんだった。

メンバー全員に『インテラ』できるグループを探して、やっと見つけたのがサクラ・ジョウルリだった」


「すごい。

全員にインテラって、なかなかないわよね」


「うん。だからかなり頑張って探した」


「じゃあ解散して残念だったわね」


「そう。ほとんど活動を見る暇もなく消えて行った」


そんな話をしている間もケントさんはずっと黙っていて笑いもしなかった。


だから翌日、ユウキさんから連絡を受けたとき俺は、よくケントさんがその話を了承したなと思って驚いた。



それは8月11日金曜日に、俺がユキさんに会えるというのだ!

しかも食事会。


しかしお膳立てされた会だけに、問題点があった。


当日はハルキさんも参加し食事代を出してくれるというが、参加しなくていいし食事代も出さないで欲しいと思う。

監視役なら、ケントさんかユウキさんか、せめてレイナさんにして欲しかった。


ユキさん側はマネジャーがついてくるそうだ。


くだらない懐柔策だと思ったが俺はその誘いを受けた。

通販サイトのモデルをしているユキさんの、知恵を借りるチャンスかもしれないと思ったからだ。


「話したいことを前もってまとめる必要はある?」


「いや、とくにないよ。

美南洲ビーナス島のレストランで食事とフリートークだから」


「じゃあ、有名になるコツとかを聞いてみよう」


「え?マサコは有名になりたかったのか?」


「なりたい訳ではない。必要かもしれないから。

有名なら安全って事もないけど、『例の人たち』と関わった以上、俺に何かあったら騒がれる程度には有名になっておくべきかなと」


「…うん。

ユキさんとは、いろんな話ができると思うよ」


ユウキさんはゆっくり言った。


「ようこそ、本当の『当番派』の世界へ」


俺は最初から当番派が危険と紙一重の活動をしていると思っていたし、スケナリのことがあったからとっくに後戻りできないところまで来てしまったと思っていた。


でもユウキさんにとっては、俺がその世界に足を踏み入れたのは今だったのだ。


そんなふうに言われると、さっきまではひょっとして、まだ後戻りできたのだろうか?と俺は何だか惜しいことをしたような気持ちになった。


ユウキさんは俺にとって勤め先の社長であり、趣味のサークルの会長である。

公私ともに付き合いのある相手だ。

もちろん世話になっているが、もう少し俺の得になるように細かくアドバイスしてくれてもいいのではないか?と思った。



食事会の前夜、ケントさんが突然連絡してきた。


「夜分にごめんね。一言、伝えたくて」


「大丈夫」


「ハルキさんに気を付けて。

裏切られ、裏切り合う仲間だと思われないように」


裏切り合う仲間…?

そうか。


ハルキさんは彼の膨大な人脈をそのように使っているのか、と俺は納得した。

俺はハルキさんと同じ道を歩むまい。

ハルキさんの子分になるまい。


ケントさんが危険を冒して連絡してくれた事を俺は重く受け止めた。


いつもなら、俺に言いたいことがあるとき彼は週一回の勉強会『ケント会』で、コメントのついでに話す。

彼はテロ活動の疑いをかけられることを避けるため、ふだんから友人などにほとんど連絡をしないと聞いていた。


その彼が連絡してきた。

それだけ危機感を持たれたということだ。


「わかった。気を付ける」


俺は真面目な顔で頷きながら答えた。


「うん。じゃあ、それだけだから」



美南洲島のレストランで俺たちは集合した。

ユキさんは通販サイトの静止画で見たそのままの姿で、以前から知っている人のような感じがした。


「サクラ・ジョウルリを覚えていてくれてありがとう。とても嬉しい」


彼女は腰が低く、優しい笑顔で話をした。


「レイナさんから話を聞いて、懐かしくなってメンバーのみんなと、数年ぶりに連絡を取ったの。

みんな元気だったわ」


「良かった。

ユキさんは通販サイトで見かけてたから今のイメージだけど、アキラちゃんとかあれから全く見かけないから、あの頃の印象しかないよ。

なんか俺、彼女たちの年齢を追い越したかな?っていう」


「じゃあ私だけ年を取っちゃったわね。他の三人にもマサコさんを会わせなきゃ」


ユキさんはそう言って笑った。ジョークだと思って俺も笑った。

ハルキさんも笑った。


しかしユキさんのマネジャーの女性は不快そうな表情を浮かべただけで声も出さなかった。

どうしてこいつは俺たちに愛想良くしないのだろうか?と俺は思った。


他人のプライベートに、仕事として同行するのが気に入らないのだろうか?


マネジャーさんの機嫌を取るわけでもなく、ユキさんは言った。


「アキラは完全に舞台とは関係ない、会計の仕事に転職したのよ」


「えー?意外だな。ダンスが好きそうだったから」


「そうなのよ。私も、彼女はダンサーかパフォーマーになるかと思っていたわ。

でも本人は全く、その気がなかったみたい。

ある人が彼女に、才能があるのにもったいない、って言ったの」


「会計の仕事をやりたかったかもしれないのに?」


「ええ。

もったいないなんて言ったら失礼よね。

アキラの返事がまた、衝撃的だったからよく覚えているわ。

『あなたは全ての頂き物を、喜んで無駄なく消費しているの?』だって」


「何だそれ?お母さん?」


「彼女のダンスの才能は確かに天から頂いたギフトかもしれない。

でもそれを仕事にしなくてもいいじゃない、っていうことよ。

趣味やボランティアで踊るだけでは、恩知らずだと言われなきゃいけないの?って」


「なるほど。世間にそういうプレッシャーはあるね。

能力を無駄なく活かす仕事をする義務がある、みたいに言う人もいる。

俺すら『なぜ大学に残って研究を続けないのか』って言われた。

恩返しの強制だね」


「そうね。

私はもともとモデルになりたかったし、サクラ・ジョウルリがあんなに早く解散させられるとは思っていなかったけど、いずれ卒業してモデルを目指そうと思ってた。

だから次の仕事を探すとき、後ろめたさというか、罪悪感はなかったわ」


俺は頷いた。

ユキさんは微笑し、ひと息ついて言った。


「他のメンバーは、アンナはスポーツトレーナーで、マリエは企業むけの実用ミュージックの営業をしているわ。

そういえば私とマリエは自分から応募したけど、アキラとアンナは声をかけられてアイドルになったの」


かつてであれば、こんな特ダネが手に入ったら得意になっただろうが、今は冷静に聞くだけだ。


「解散したきっかけは、何かあったのか?」


「それはもう、AIプロデューサーに負け続けたからよ。

歌詞も取られた。ダンスも先取りされた。衣装も。

私たち、悪いループに嵌まってた」


「ループ?」


「AIプロデューサーの傘下にいない私たちが、ネタ作りなどのために調べものをするでしょ?

そうすると、どういうわけかAIプロデューサーに出し抜かれるわけ。

私たちが作ろうとしていたようなものが先に発売されてしまう。ネタを盗み見られていないはずなのに、なぜ?

不思議だった。

でも、さすがに何作品目かで気付いたわ。

調べものの検索情報が『若者が最近、興味を持ったモノ』として拾われていたのね」


「それはキツい。

盗作とも言えないし」


「そうなのよ」


「他のアイドルたちはどうしてたんだろう?」


「AIプロデューサーに頭を下げていたのではないかしら?

AIプロデューサーの作品を使わなくても、毎月料金ワイロを払えば発表前の作品の内容に目を通させてもらえるとか何とか。

そういう話は聞いたことがあった。

私たちは事務所から、AIプロデューサーと組むか、アイドルを辞めるか選べって言われたわ」


「そんなの、辞めるしかないじゃないか」


「ええ。とくにマリエが怒った。

彼女は作曲も頑張っていたから」


「悔しかっただろうな」


そんな昔話を、俺たちは食事をしながら二時間以上した。


有名になるコツや、有名になって良かった事などは聞かなかった。

話していて、結局は基本原則しかないと俺は思ったからだ。


リアルにせよウェブにせよ何にせよ、人前に出続けていればそれなりに有名になるし、出る事をやめれば次第に忘れられていく。

出続けているユキさんは今でも有名だし、出る事をやめたアキラちゃんは有名ではなくなった。



帰り、駅に向かおうとしたらハルキさんに途中まで飛行車で送ると言われた。

断るのも不自然なので俺は乗せてもらうことにした。


飛行車に乗っている間、景色の話や美南洲島の話をして和やかに過ごしたが、別れ際にハルキさんが不穏な事を言った。


「ユキさん、饒舌だったと思わない?

あれは僕が店に頼んで、とある環境ミュージックをかけてもらったからなんだ」


「環境ミュージック?全然気付かなかった」


「それもそのはず。だって、女性を饒舌にする誘導ミュージックだから。

男性用は少し違うのさ」


俺はぎょっとした。

自白誘導ミュージックは違法だが、おそらく同じ技術を使って作られている『饒舌にする』音楽は規制されていない。


しかし本当に彼は店の音楽を変えてもらったのだろうか?

そうまでしてユキさんまたはマネジャーさんから聞き出したいことが、彼にあったとも思えない。


「なんだ、冗談だろ。男性用とか女性用とか、聞いたことないし」


俺は言った。


「どうかな」


意味ありげに笑い、彼は俺を降ろして飛び去った。



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