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勝利宣言!

「マサコさん、初当選おめでたいことだと思います~」


記念の静止画を撮影した後、俺が着席するのを待ってインタビュイーの四人はそろって拍手をしながら席についた。


アキラちゃん、アンナさん、ユキさん、マリエさんの四人組だ。



インタビュー動画を撮影するのは、美人フリーライターのレイナさんだ。

編集は彼女にお任せである。


美女たちに囲まれて、俺は少し照れくさい気持ちで頭を下げた。


「ありがたいことだと思います」



こういうとき、ほんの100年前までは『おめでとうございます』『ありがとうございます』と言っていたのだから驚く。


昔の日本人は主張が下手だった、と小学校の論理の授業で誰しも教わる。

しかし、昔の言葉のほうがよほど自分の状況を力強く断言しているではないか。


今どき、正式な敬語でそんな簡潔な表現はまずない。


100年前にも『過剰敬語』という現象が問題視されていたらしいが、今と比べれば素朴なものだ。


そう。

素朴な表現で充分だと、俺は声を大にして言いたい。


もっとも俺は小学校一年生の『論理』の授業中に、ディベートの手本として音読させられた文章に対して

『この人は相手の話をぜんぜん理解していないよ!』

と苦情を言って先生やクラスメイトに呆れられた男だ。


世の中の感覚と、何かズレているのかもしれない。



「今のお気持ちは、いかがでいらっしゃるか教えていただくことは問題ないでしょうか?」


背が高く、上品でいわゆる美人のユキさんが言った。


ユキさんは誰から見ても美しいと思うし声もきれいだ。

だが、素顔ではないとか、本音ではないという印象を与えがちである。


ユキさんの良さを否定したいわけではないが、本心を隠していると思われることを、俺はできる限り避けたい。



「もちろんです。

…ていうかユキさん、そんなに気を使わないでくれよ。

昨日までと俺の中身は何も変わってないし。

敬語なしの、普通の話し言葉でよくないか?」


俺が突っ込みを入れると、女性四人は息ぴったりで、頷きあいながら合唱のように声をそろえて笑った。


さすが元アイドルグループのメンバー。

四人できっと苦楽を共に…

いや、そうでもないか?


彼女たちのユニット『サクラ・ジョウルリ』は、結成から2年もたずに解散したのだった。



懐かしい。

あれは俺がまだハイスクール2年生だった時のことだ。


クラスに何人か、アイドルグループに熱中している奴がいて、その楽しそうな様子が俺はうらやましかった。


推しの人気が上がったの下がったの言って一喜一憂したり、毎日、何かしらの見たい動画やちょっとしたイベントがあったり、彼らの生活は充実しているように見えた。

ファン同士の交流も楽しそうだった。


だが、彼らがすすめてくれたアイドルは、俺には正直ぜんぜん面白みが感じられなかった。


そこで俺は、好きになれそうなグループがないか情報を探しまくった。


そうして、やっと見つけたのがサクラ・ジョウルリだった。


ところが!

俺に見つかってからわずか1ヶ月でそれは解散してしまった。

どうせ俺が興味を持てるアイドルグループは他に無いだろうと思って、その話は終わりにした。


あれから約10年経って元サクラ・ジョウルリのメンバー四人はそれぞれ違う道を歩んでいる。



そんな彼女たちが俺を当選させるために再び集まってくれたのだから、本当にありがたい。


しかしそれは俺の実力というより、レイナさんのおかげだ。

レイナさんが、ファッション雑貨の通販サイトで専属モデルをしているユキさんに連絡をとっていなかったら、サクラ・ジョウルリの再集結はなかった。



話は逸れるが、世の中そんなに雑貨が好きな女性が多いものだろうか?


俺はユキさんが商品を紹介する動画や静止画をいくつか見てみたが、欲しいと思うものはひとつもなかった。

ところがそのサイトは女性に人気だという。

運営会社は儲かっていると聞いた。


不思議である。



さて、ひとしきり笑うと元リーダーのアキラちゃんが


「じゃあ仕切り直し!

マサコさん、今の気持ちをどーぞ!」


と大ぶりなジェスチャー付きで勢いよく言った。

俺より4つか5つ年上だが、かわいいアキラちゃんを見ていると俺はついつい顔がにやけてしまう。


でれでれする前に、俺は急いで目をそらす。



「やっとスタートに立てた、っていう気持ちだな」


アンナさんの顔を見ながら俺は答えた。


といってもアンナさんなら安心して見ていられるという意味ではない。

偶然、アキラちゃんの隣に座っていただけだ。


彼女は非常にスタイルが良い。

そして相当、鍛えている。


そうだ、この人もつい尊敬のまなざしでじろじろ見てしまわないように注意が必要だ。


失礼だし、傷つけたくないし、スケベだと誤解されたくもない。



「そして俺に投票してくれた人たちに、本当に感謝している。

心から、ありがたいと思うんだ」


「そうだね。

たくさんの人がマサコさんを応援してくれたよね。

そして、もっとたくさんの人がマサコさんの意見に賛同して、東京選挙区の当選者四人全員を素晴らしい人たちに決めてくれた」


マリエさんが言った。


マリエさんは格好いい。

男前だ。

もしかしたら男かもしれない。

もっとも、確認したわけではないし今後も確認するつもりはない。


「マリエさんの言う通りだ。

俺たちは勝利宣言をしていいと思う。しかし本当の戦いは、始まったばかりだ」


俺は言った。


「全国には『犯権会はんけんかい』所属の当選者が25人もいる。

彼らは、犯権会の主張以外の話題について議論することを拒否している。

残念なことにね」


「いろんな意見があるのは当たり前だし、議論を拒否する姿勢はおかしいよね。

興味のない問題を無視するなら、議会じゃなくてサークルの勉強会で話せばいいと思うな。

あと、批判されるのは嫌かもしれないけど、批判のおかげで新しい考え方を学べることだってあるのに」


アキラちゃんが言った。

俺は頷いた。


「そう。

それに、緊急の課題がいくつもある。それらの対策は、日本国民の間でことごとく意見が割れている」


「うん」


「選挙制度もそのひとつだ。

俺自身は『当番派』だけど、反対派の考えも聞きたい。

急いでいろんな意見を出し合わないと、何も進まないと俺は思う」


「そうだね」


「だから俺は、俺を含めて75人の、犯権会ではない当選者が決まったことは収穫だったと思っている。

直前まで本当に冷や冷やした。

選挙前と同じカオス状態になってしまうのではないかと」



アンナさんが大きく頷いた。


「みんなが良い結果を出してくれて、ほっとしたよね」


「そうだね。

ヨウコさんの命は戻らないけど、『無駄だったじゃないか!』と彼に怒られなくてすむ結果が出せたかと思う」



遺族や友人の気持ちを考えれば、ヨウコさんの死が無駄にならなかった、と軽率に言うことはできない。


でも、ヨウコさんの死を無駄にする最悪の事態を避けるために、俺は戦った。

そして勝った。


そこは自信を持っていいはずだ。


最悪の事態とは、ヨウコさんが命をかけて守ってくれた日本を、直後の選挙ですぐだめにしてしまうシナリオだ。



「立候補のきっかけは、やっぱりヨウコさんが亡くなったこと?」


ユキさんが質問した。


「もちろん彼が暗殺された事件は、ショックを受けたし影響があった」


しんみりした表情で俺は言った。

これは多少、芝居している。


率直に言えば、『正義の男ヨウコさん殺害される』というニュースを見たとき、俺は危機感と怒りを感じたが、それほどショックではなかった。


でも人前で、あれはショックではなかった、とは言えない。

そんなことを言ったら議員でなくても袋叩きにあいかねない。


嘘をつきたいわけではないのだが、やはりここはショックだったと言うしかないのだ。



「だけど、いろんなことが重なって立候補を俺は決めた。

タダヒコさんの事件の時から、このままではいけないという気持ちはあったし」



タダヒコさんは、約5年前までの20年余りにわたって日本の総理大臣を務めてきた『安心党あんしんとう』の重鎮だ。

それこそ俺が生まれる前からさまざまな大臣を務めて、苦労して日本を支えてくれた人だ。


ほとんどの日本人が彼に感謝の気持ちを持っていると思う。

俺だって、不満や苦情はいろいろあっても、感謝している。


その彼が以前、エルフのコスプレをした男にクロスボウで撃たれて、スネにかすり傷を負うという事件があったのだ。



そういえば、タダヒコさんで思い出した。


名前のことだ。


今から200年ほど前の話。


ユキやマリエやアンナ、レイナという名前は当時から女の子の一般的な名前だった。

しかしアキラは、当時なんと男のポピュラーな名前だったのだ。


さらに、だ。


タダヒコは男の名前だがヨウコやマサコはその頃、女の名前だったのだ。


俺はこの事実を知ったとき、ひっくり返りたくなるほど驚いた。


今は、名前の最後があ段なら女が多い、お段なら男が多い、と思っている人が多いのではないか?


ところが当時のセンスでは、名前の最後がヒコなら男だがコなら女だというのだ。

考えられない感覚だ。ヒコとコの何が違うのか俺にはわからない。


でもそんな微妙すぎるセンスが活きていた時代はけっこう長くて、限られた身分の人だけに使われた時期も含めれば1000年以上にわたるのだ。


ただ、それよりさらに時代を遡ると、妹子いもことか馬子うまことかいう男の人名が記録に残っているから、俺は現代人だけがおかしいわけではないようだと思って少し安心する。


しかし名前の決め方が普遍的ではないと知ったときの驚きが、どれほど大きかったことか。



名前のことだけでも、こんなに昔の人とは大きな感覚の差があるのだから、『王政復古派』の人たちにいくら昔は良かったと言われても、俺は賛成できない。


昔を無条件にたたえる人には、俺よりどれだけ歴史を理解しているつもりか?と問いただしたくなってしまう。

知らないくせに、と言いたくなるのだ。


ちなみに俺は自称、歴史に詳しい『歴士れきし』である。



そもそも俺が歴史に興味を持ったのは、母親のおかげだ。


歴史好きだった俺の母親は、『北条政子ほうじょう まさこ』という歴史上の人物の名前を息子につけた。


北条政子は女だ。


母親は、そのことを知らなかった。

マサコを男の名前だと思い込んで、俺につけた。


尊敬する人物の性別を間違えて、本当に歴史好きなのか?

もしそう思った人がいたら、あなたは北条政子を知っていますか?と聞き返したい。


たいていの人は知らないだろう。

歴史の教科書や教材に書いてないのだから。


名前を知っているだけで、歴史が少なくとも好きだと言う権利はあるはずだ。



彼女の名前と、武士だということは幼い頃から聞かされていた俺だが、正しい人物像を知ったのは中学三年生の時だ。


『自由学習』の授業で、俺は武士の歴史について調べて発表しようとしていた。


そして北条政子が女だったことを知ったのだ。



黙っておくという選択肢もあったが、間違っていると教えたほうが親切だと俺は判断した。


事実を母親に伝えたところ、ごめんねと謝られた。


謝る必要はないよ、と俺は言った。


彼女がショックを受けることは当然予想できたので、俺は何て言うかよく考えて準備しておいたのだ。


『北条政子は、武士がまだ貴族から差別されていた頃に、関東の武士のボスとして時代を動かしたすごい人だったよ。

だから俺はマサコという名前で良かった』


そう俺はセリフのように言った。


俺が自分の名前を誇りに思っていることは嘘ではない。



「…そうね。

あの頃の私たち、タダヒコさんに政治を任せきりにしていたのだと思うわ」


アンナさんが言った。

俺は軽く腕を組んだ。


「結局、俺が自分で国会議員になろうと思ったのはほんの2週間前だよ。

だけどそのきっかけは…そうだな、始まりはやっぱり、ユウキさんが経営する会社で働き始めたことかな」


「それって、けっこう前よね?」


ユキさんが首をかしげて不服そうに言った。


「そう。

2年前だ。その時はもちろん、将来自分が国会議員になるとは思ってもいなかった。

でも、すでに歯車は回り始めていたと思う。

俺が入社したのは、2年前の選挙の直前だった」


俺は、できるだけ客観的に言おうと気を付けながら、話を始めた。



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